洋菓子店の経営事情(4-2)
予感は、的中した。
「オープンします!」
真帆の大きな声を聞いて、演劇部に勧誘しようかな、なんて呑気な事を考えていた私の目に、すっごく沢山のお客さんが映った。
うっそマジで? 開店直後だよ? あんなにいっぱい?
「真帆ちゃんいえぇーい!」
「いぇーい!」
なんでお客さんとハイタッチしてるの!?
ここどういう店なのっ!?
「じゃ、咲にゃんは慣れるまでみく達を見てて」
咲にゃん言うな!
「はい、分かりました」
「ま、テキトーでいいよ」
ひらひらと手を振って、ギャルの矢野さんはお客さんの誘導を始めた。
お店の中は二つに分かれているみたいで、片方は完全にケーキ屋さん。そっちには、なんか見るからに外国人って感じのお姉さんが居る。で、反対側の、喫茶店っぽい所が私達バイトの仕事場らしい。
ええと、机が五かける五列で、レジに一番近いとこが一番。
そこからクルクル番号が大きくなって、反対側の壁沿いに5、6、15、16、25……。
「ちーっす。久しぶりじゃん」
「そうかな? 土曜日にも来たけど……」
「みく二日以上前の事は思い出さないタイプだから」
タメ口ぃ!
ギャルの人ためぐちぃ!
「あれ、君新人さん?」
「あ、はい。どうも」
おおぅ、いきなり男の人が声かけてきた。
「ええっと、咲ちゃん? 高校生?」
男の人は私の胸元……じゃなくて、ネームプレートを見て言った。
なにこれナンパ? どうしよどうしよ。
「おいコラ、新人いじってねぇで座れし。後つっかえてんだろうが」
「ごめんね未来ちゃん。なんだか珍しくて」
といって、男の人は七番の席に座った。
……な、なんか助けられた?
「あの、ありがとうございました」
「ん。咲にゃんってもう注文とれる? てか研修とか受けた?」
「えっと、真帆、じゃなくて結城さんに一通り教えてもらいました」
「そ。で、注文とれる?」
「……ちょっと自信ないです」
「ん。じゃあ見てて」
スカートのポケットからハンディを取り出した矢野さんは、今座ったばかりの七番の人に声をかける。
「ご注文はお決まりでしょうか?」
「お、今日は敬語モードなんだ。いいよね、そのギャップ。たまらないよ」
「……っ」
あ、舌打ちした。
「ごめんよ。ホットコーヒをひとつと、シュガーブレットひとつ。ふっ、今日もホットコーヒーを頼んじゃう俺は、やっぱりホットなんだぜ」
「はーい。ホットコーヒーと、シュガーブレット……と?」
「……じゃあ、いつものケーキをひとつで」
「はーい。ありがとうございました」
ササッとハンディを操作して、それをポケットにしまいながら私に向き直る。
「こんな感じ」
「はい、ありがとうございます」
「また分からなかったら聞いて。みく次行くから」
「はい、ありがとうございました」
「ん。あの辺はまともで、あの辺はヤバイ。気を付けて。じゃ」
「はいっ、ありがとうございますっ」
……あのギャル、もしかしていい人なのかな?
なんか、クールでかっこいいかも。
と、私が矢野さんへの評価を改めている間、真帆はまだ出入口でハイタッチしていた。
そんなこんなで、戸惑ってばかりのバイト初日。
やっと休憩の時間になった。
華さんと一緒に休むことになった私は、ヘロヘロになりながら事務室に着いた。
……つか、れた。
「お疲れ様です」
「あっ、今の声に出てましたか?」
「いえ、何も聞こえませんでしたよ」
なに、この恥ずかしさ。
とりあえず背筋とか伸ばしてみよう。
「ごめんなさい。真帆と一緒に休憩させられれば良かったのですが……」
「い、いえ! 全然大丈夫です!」
うわ、ダメだ。これじゃ緊張してるのバレバレ。
「……では、半日働いてみて、どうでしたか?」
「ええっと、ほとんど真帆の隣でお客さんと話していただけなんですけど……なんか、すごかったです」
「ふふ、真帆ったら先輩だからって張り切っていて……」
……妹になりたい。
「あぁ、もう……妹にしたい」
……空耳、かな?
「……はっ、私ったら、咲にゃんの前で……い、いえ。咲ちゃんの前で、はしたないですわ」
華さんも私のこと咲にゃんって呼んでた!?
「ヴォェァアアアア! 完っ全に第一印象で失敗しちゃったよぉ!」
「さ、咲ちゃん。落ち着いてくださいませ」
「もう無理しないで咲にゃんでいいですよぉ! どうせ部内でも不評なネタですよぉ!」
「そ、そんなことありません。こう、キュンキュン来ましたよ!」
「慰めないでぇ!」
結局、休憩時間の半分は泣いていた。
正直バイトより疲れた。
「咲ちゃんっ、そろそろ慣れた?」
「うん、一応。一通りは覚えたよ」
「すごい! 流石咲ちゃん!」
一時間後。華さんの休憩時間が終わって、交代で真帆が入って来た。
私はまだ新人だから、暫くは二時間休ませてもらえるらしい。
……なんか、ちょっと申し訳ない。
「真帆の方が凄いよ。あんなにしっかり働いてて、なんか、見直しちゃった」
「…………」
「……あれ、真帆?」
「…………ふぇへへ、店長さんのケーキは世界一ですぅぅ……」
「寝てるし」
そりゃ、あんだけ元気に仕事してれば疲れるよね。
真帆だけじゃなくて、あのギャルの矢野さんも、なんか超真剣だった。
もちろん華さんも。
ずっと一人でレジに居た、あの外人さんも……。
だから、あれだけ多くのお客さんが居て、クレームのひとつも無いんだろうな。
なんていうか、働いている方も、お客さんも楽しそうだし。
……なんだかなぁ。
午後。
今度は矢野さんと交代で、私がホールに戻った。
お昼に比べると人が減っているけど、それでもほとんど満席。
たしか、整理券だっけ? あれもらった人が来てるのかな。
やっぱり人気の店なんだ。
なんか最近ツイッターでもスタリナがヤバいとか呟かれてたし……。
なんだろ、新商品とか?
「あれ? えっと、新人さん?」
「あ、はい。今日からバイトに入りました」
いけない、仕事中だった。
お金貰ってるんだから、真剣にやらないと。
「ええっと、咲ちゃん?」
「はい。咲ちゃんです」
「うんうん。やっぱりスタリナといえば可愛い店員さんと、美味しいケーキだよね」
「いえいえ、とんでもないです」
大人って感じの女性だ。
ふと周りを見ると、お昼に比べて落ち着いた様子の人が多い。
何だろ、いろんなお客さんが来てるのかな。
「咲ちゃんは、高校生?」
「はい。えっと、真帆と同じ高校です」
「あぁ、真帆ちゃんの友達なんだ」
真帆の名前を出した途端、彼女は笑顔になった。
…………。
「今日、真帆ちゃんは?」
「あ、今は休憩中です」
「そっかぁ……ゆきねぇが寂しがってたよって伝えといて」
「はい、分かりました」
ゆきねぇ……真帆どんだけお姉ちゃんいるの? そういうオプションなの?
「じゃあ、今日は咲ちゃんに慰めてもらおっかな」
「……はいっ。なんでも言ってください」
それから数分間、彼女の愚痴を聞いた。
ここ喫茶店だよね? と思いながら聞き続けて、やがて彼女は満足したのか「ケーキもういっこ頂戴」と注文した。私はハンディに注文を打ち込み、振り返ってレジに向かう。
レジに着くころには、例の外人さん――キッカさん――が、ケーキを用意してくれていた。
それを受け取って、先ほどの女性の元に戻る。
ふと、他のお客さんと話す華さんが目に映った。
彼女も、お客さんも、なんだかとても楽しそうだった。
……やっぱり、なんか――
閉店後。
更衣室に戻ると、どっと疲れが来た。
慣れれば仕事自体は単純で、それほど大変じゃなかったけれど……別の方向で、疲れた。
「あれ、真帆?」
真帆と一緒に更衣室から出て、さぁ帰ろうと思ったら、彼女は自然な流れで事務室に入った。
「あ、ごめんね咲ちゃん。えっと、作戦会議だよ! 咲ちゃんも来る?」
と、首を傾けた真帆の後ろ――事務室の中に、他の三人の姿があった。
「……うん、じゃあ、お邪魔してもいいかな?」
「もちろんだよ!」
なんとなく、断れなかった。
事務室に入った後、真帆がホールまで走って私に椅子を持ってきてくれた。
それを机から離れた所、ドアの近くに置いて、私はそこに座った。
完全に見学といった感じ。
「今日の、売り上げ、は、72万2000円だった、よ?」
「やったぁ――!」
わわ、真帆、まだあんなに元気なんだ。
「おー、ついに七十万」
「ふふ、これも咲ちゃんのおかげですね」
「いえいえ、私は何も……」
「咲ちゃんっ、ありがと!」
「……」
なんだか照れくさくて、私は俯いた。
「んー、でもさ、やっぱ人増えただけじゃ百万キツくね? 勝てなくね?」
ギャルの人が何か言ってる。
百万? 勝つ?
……あ、そういえば真帆がライバル出現って……。
え、そういうこと?
でも、え? バイトでしょ?
「大丈夫。ゼアレク、は、少しずつ、売り上げが、落ちてる、よ?」
「おー。てかさ、それ何で分かんの?」
「お店用の、ランキングサイトが、あるよ?」
ランキング? なんだそれ。
「そんなんあるんだ。で、敵さんとみく達の順位ってどうなってんの?」
「ゼアレクは、二位。スタリナは、九位、だよ?」
「九位! すごいです!」
「何店舗くらい参加してんの?」
「ろくじゅう、に、だよ?」
「へーそんなに参加してんだ。ちなみに一位は?」
「ジャスコ、だよ」
「ずるくね!?」
「ダントツ、だよ……」
「だからずるくね!? 勝てるわけなくね!?」
……ああ、なんとなく分かった。
「ネット販売の方は、どうですか?」
「今日、は……2万4200円、だよ」
「クソチビ五分の一人分か……まぁ無いよりマシって感じ?」
「なんですかその単位!」
これ、すごい温度差があるんだ。
真帆も、ギャルの人も、外人さんも華さんも、みんなすっごく真剣。
なんていうか、幽霊部員のつもりで入った部活が、すっごくガチだった感じ。
……居辛い。
そんな気持ちで、私は楽しそうに話し合う真帆達を、ぼーっと見ていた。