洋菓子店の経営事情(3-6・後)
もう、真帆ったら強引なんだからっ。
と友達に誘われて嬉しいのに素直になれない少女を心の中で演じながら、学校へ向かった。
約束の時間は十一時。
十分前くらいに到着すると、真帆は既に校門の前で待っていた。
「おはよ!」
相変わらず元気な真帆の声。
ほっこりする。妹にしたい。
「咲ちゃん、履歴書持ってきた? 証明写真貼った?」
「うん。大丈夫」
昨日の夜に言われて、ちゃんと用意出来た私ってそこそこ有能だと思う。
「チェックするよ!」
「はぁい」
あはは、真帆やる気いっぱいだ。
私もつい先週まではこんな感じだったんだけどなぁ……。
いやいや、夏休みが終わったら地方大会に向けて邁進するのだぞ! まだ終わってない!
あ、そうだ。そろそろお盆だっけ?
バイト的には忙しそうだよなぁ……断った方がよかったかなぁ……。
そんなことを考えながら、チェックを終えた真帆と一緒に例の店へ向かう。
「そういえば、バイトってどんなことするの?」
「えっと、お客さんとお話ししたり、注文を取ったり、お菓子とかコーヒとか運んだり、いろいろ」
前に一度だけ行ったけど、やっぱり喫茶店的な感じなのかな?
「お話しって、どんなこと話すの?」
「うーんと……いろいろ?」
「たとえば、昨日は?」
「昨日は……あっ、みぃねぇが眼鏡からコンタクトになったよ」
「み、みぃねぇ?」
知り合いかな?
「お客さんだよ」
「そ、そっか」
お客さんのこと『みぃねぇ』って呼ぶの?
あれ、もしかしてメイド喫茶的なとこ?
……ま、まぁ抵抗が無いわけじゃないし、相手が女の人なら、まぁ……。
「コンタクトって怖くないですか? って聞いたら、怖いよりもめんどくさいって言ってた」
「そっか。ところで、男のお客さんも声かけてくるの?」
「うん。えっとね……あ、そういえば、ゆうやお兄ちゃんが次の月曜日に会議でプレゼンだからナーバスだよぉって泣いてた。今日だよね? 大丈夫かな」
お兄ちゃん? やっぱメイド喫茶的なお店なの?
ま、まぁ、これでも演劇部ですし? それくらいの演技なら……。
「ナーバスってどういう意味なんだろう……」
いやでも、真帆だし。
きっと危ないお店じゃないよ。大丈夫。
「そうだ、時給ってどれくらいなの?」
「ええっと、私は……いくらだったかな?」
「覚えてないの?」
「……ごめん。気にしたことないから分からない」
「ううん、いいよいいよ」
「あ、たしか時給1500円で募集してたよ」
「やっぱり危ない店だよね!?」
「咲ちゃん、失礼だよ」
「でも、お客さんをお兄ちゃんって呼んで、時給が1500円なんでしょ? それゼッタイおさわりとかあるお店だよ!」
「ないよ!」
「じゃあ制服のスカートが短かったり!」
「膝まである! 学校より長いよ!」
「ならいいや」
……いや、いいのかな? なんだか騙されているような。
と、不安たっぷりで店に到着。
真帆に連れられて従業員用の出入口から中に入った。
店長さん居ますか~?
と真帆が言ったら、直ぐ左側にあった部屋の扉が開いて、中から男の人が出てきた。
どうぞ。
ということで中に入り、なぜか真帆も一緒の三者面談に。
「……おはようございます」
「お、おはようございます」
「おはようございます!」
なんで真帆が一番元気なんだろう。
さておき、店長さん。
これが噂の……思ったよりも若い人だ。何歳くらいなんだろう。
……。
……。
な、なんか、見られてる?
表情硬いし、私なにか悪いことしたかな?
でも面接のマナーとか知らないし……どこもおかしくないよね?
どうしよ、緊張してきた。
「……結城さんの、お友達ということで」
「は、はい。山本です」
店長さんは、こくりと頷いて、履歴書に目を落とした。
ええと、志望動機とか聞かれるのかな?
あれ、なんて書いたっけ……ま、まぁアドリブで。
「……時間の希望など、お聞かせください」
「え、えと。いつでも大丈夫です」
「……週に、何度くらい来られますか?」
「三回くらいがいいです」
「……分かりました」
また頷いて、すっと私に紙を差し出す。
見ると、左上に八月、その隣に名前の枠、その下に日付が書いてあった。
「……都合の良い時間を、ご記入ください」
「はいっ」
なにこの、上演中に相棒が台詞忘れたかのような緊張感。
フォローすべきか、待つべきか、いや私がやるべきことはこの用紙の空白を埋めることだ。落ち着け。
……ええっと、まず真帆と一緒の理由で日曜日を外すでしょ?
後の二つはどうしよ。
土曜日は、なんか入らないとまずいよね?
でも夏休み中に曜日って関係あるの?
……ええい! もういい!
とりあえず明日と明後日と土曜日!
以後も同じ曜日!
……で、時間かぁ。
開店が十一時で、閉店が九時半だっけ?
…………時給、1500円だよね?
開店から閉店で十時間半。
途中で二時間くらい休憩するとして……12750円!?
八日で、十万円……よし。
「書けました」
「……ありがとうございます」
ふぅ、禁欲に敗北してしまった。
さてさて、これから面接かな?
どんな感じなんだろ。
なんか、ちょっと緊張も解けてきたかも。
お金ってすごい。
「……では、結城さん。あとは任せました」
「はい!」
……え?
「あの、終わり、ですか?」
「……はい。後ほど制服を支給します」
うそ、面接とか無いの?
「咲ちゃん! 準備はいい!?」
「う、うん。何するの?」
「アルバイトのこと、教えるよ!」
「そっか、ありがと」
……本当にこれ、大丈夫なのかな?
と、結局不安が解消されないまま、真帆から仕事の説明を受けた。
ええと、注文を取って、お菓子を運んで、空いた食器を回収して、厨房の隣にある洗い場で食洗器に通して、定期的に回収して……と、聞いている分には簡単そうだった。
また何か分からなかったら何でも聞いてね! と真帆。
一通りの説明が終わった後、また明日と言って帰宅した。
すっごく人の多い道を歩きながら、溜息ひとつ。
「明日の十時半に来て、制服に着替えて……あとはアドリブっと」
……まぁ、なんとかなるかな。
「……十万円」
……。
…………。
………………。
よし、頑張ろう。