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洋菓子店の経営事情(3-6・前)

 日曜日。

 多くの店が一週間の中で最も繁盛する日。

 それは夏休み中であっても変わらない。

 社会人に夏休みは無い。

 もちろんそれは、スタリナも例外ではない。


「矢野さん! お願いします!」

「わぁってる!」


 洗い場で食洗器に通した食器類を回収しながら、未来は焦りと共に叫ぶ。


「だぁもぉ! なんであのチビは日曜にシフト外してんだよ!」


 


「へくちっ」

「あ、真帆いまの可愛い。もう一回」

「へくちっ」

「やってくれるんだ!?」


 夏休みの教室。

 学園祭の準備に集まった生徒の中に、真帆は居た。

 各々が分担して作業に取り掛かる中、真帆と咲は机をくっつけて向かい合っている。


「うぅぅ、なんで折り紙でお菓子のサンプル?」

「お金が無いって……つらいよね」

「画用紙を組み立てて絵を描いた方がはやいような……」

「……うそ」

「え?」


 咲は無駄に芝居がかった動きで、ふらふらと立ち上がった。


「みんな、聞いて!」


 自然と、他の生徒の目が彼女に集まる。

 真帆は何だろうと思いながら、深呼吸を繰り返す咲を見ていた。


「真帆が……真帆がっ、まともなアイデアを出した!」


 拍手喝采。


「あ、どうもどうも」


 少し照れたように会釈を繰り返す真帆を不機嫌そうな表情で見ながら、咲は腰を下ろした。


「……私、ちょっと悲しい」

「どうして?」

「だってぇ! 昔の真帆ならぁ! こういうとき恥ずかしがってぇ! それがかわいかったのぉ!」

「あ、演劇の大会で優秀賞とったんだよね。おめでと」

「スルースキルも上がってる! ありがと!」


 なげやりに言った後、咲は作業を再開した。

 だが直ぐに飽きて、うだーっと机に突っ伏す。


「ひまだよぉぉぉぉぉ」

「咲ちゃん、せめてこれ終わらせよ」

「だって、大会が終わったから部活はお休みだし、宿題なくしちゃったし、やることないんだもん!」

「宿題さがそ? 大変だよ?」

「真帆冷たい! なにそのテンション! いつもは逆じゃん!」


 真帆が説明書と折り紙を細い目で見ながら言うと、咲は机をバンバン叩きながら講義した。

 

「……あはは、ごめんね」


 作業を止め、顔を上げる。


「ちょっと考え事してるからかも」

「なに? 恋の悩み?」

「ちがうよ。バイトのこと」

「恋の悩みじゃん!」


 咲は目を輝かせ、前のめりになった。


「なになに!? なにがあったの!?」


 真帆は、いつもの冗談なのだろうなと思いながら、そこそこ真剣な口調で話す。


「実は、ライバルが現れたの」

「ラ・イ・バ・ル!? だれだれ!? どの人!?」

「どの人というか……店長さんの古い友人だったかな?」

「ふ・る・い・ゆ・う・じ・ん! キタァッ――!」


 やっぱり声が大きいなーと思いながら、続ける。


「絶対に負けたくなくて、でも難しくて……だからどうしようかなって」

「……ふぅー、ふぅー」


 お腹いっぱい。

 咲は今にも昇天しそうな表情で呟いた後、グッと親指を立てながらウインクする。


「なんでも言って!」

「なんでも……?」

「協力するよ!」

「ほんとっ?」

「もちろん!」

「咲ちゃん暇って言ってたよね!?」

「うん! すっごく暇!」


 真帆は素早くケータイを取り出して、店長へメールを送った。


 お仕事中にごめんなさい(; ・`д・´)

 友達がバイトしたいって言ってるんですけど、

 まだ募集してますか\(゜ロ\)(/ロ゜)/


「メール? 誰に?」

「店長さん!」

「……なんで?」


 なんとなく、咲は話を察していた。


「咲ちゃんバイトしてなかったよね?」

「……うん」


 なんとなく、咲は確信した。


「よろしくね!」

「……うん」


 果たして、その日の夜。

 

『待っています』

『咲ちゃん! 店長さん待ってるって!』

『ええっと、いつどこに行けばいいの?』

『店長さん! いつどこにですか!?』

『都合のよろしい時に。できれば、お店に』

『咲ちゃん! 何時がいい!?』

『……ええっと、お昼かな』

『明日の十一時に学校集合だよ(*´ω`)』

『うん。分かった(;´∀`)』


 というやりとりがあった。


 同時刻。

 事務室に集まった三人は、昨日よりも少し疲れた表情をしていた。


「今日は、58万5200円、だったよ」

「マジかよ……」


 傷口に塩。

 疲れている所に追い打ちをかけられた未来は、力なく天井を見上げた。


「……人手不足、ですね」


 冷静に、華が原因を口にする。


「あのチビもちゃんと仕事してたのか……ちょっと見直したし」

「矢野さん、失礼ですよ」

「いやほら、忙しい時に皿割るって印象が強いっていうか?」

「……」


 華は口を開いたまま固まって、


「キッカさん。アルバイトの応募状況は……」


 自然な様子で話題を逸らした。


「石の上にも三年、だよ?」

「……そうですか」

「つか、なんで応募ねぇの? ここ時給いいじゃん」


 キッカは静かに目を閉じて、ポツリと呟いた。


「書類審査、だよ」

「なにやってんの!?」

「書類審査、だよ?」

「そうじゃねぇし。選んでる場合じゃねぇってことだし」

「でも、大事、だよ?」


 ダメだ。と未来は頭を抱える。

 

「……みくの知り合いはロクなのいねぇし……あ、でもあいつなら……いやでも……いや、でも……いやでもなぁ……」


 その隣で、華も友人の姿を思い浮かべる。


「……佐倉様は身体が弱いですし、御門様はお家が忙しくて、碇様は直ぐに暴走しますし……」


 同じく、キッカも友人のことを思い出そうとして、直後に国境という壁にぶつかった。

 各々が考え込むことで、自然と事務室は沈黙する。

 この空気を打ち破る少女は、今日はいない。


「……なんかムカつく。あのチビの好感度が徐々に上がってて悔しい」


 未来の呟きに苦笑いしながら、華は別の話題を口にした。


「とりあえず、明日の話をしませんか?」

「明日? 定休日っしょ?」

「ええ。このまま休みにするか、祭りの間だけでも営業するか……」

「てんちょ、限界、だよ」

「……そうですよね」


 手詰まり。

 また数分の沈黙があった後、華が無理矢理に明るい声で言う。


「とりあえず、帰宅して、また各自で考えましょう」


 その提案に、二人は頷いた。

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