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洋菓子店の経営事情(3-5)

*ハンディ。飲食店で用いるケータイ機器のこと。机の番号、人数、注文などの情報を入力すると、所定の機械へ送信する。

「オープンします!」


 真帆の元気な声と共に開かれた出入口の扉から、祭りの喧騒と熱気が店内へと入り込んだ。


「いらっしゃいませ!」


 出入口に立つ真帆は、店に入る客の一人一人と目を合わせて挨拶する。

 開店前から待っているのは、みな常連の人々。

 真帆とは顔見知りである。


「おはよ! 今日も元気だね」

「おはようございます! あのあの、れいかお姉ちゃん。ここで止まると他のお客様の迷惑となってしまうので、えとえと、ごめんなさい!」

「あはは、ごめんねぇ~」


 えいえい、店員が客の袖を引っ張ている姿を初めて見た人はきっと驚くであろう。

 だがスタリナの常連客達にとっては見慣れた光景である。


 ……くっ、あいつ上手くやりやがって。

 ……私もここに立っていれば真帆ちゃんに。

 ……なるほど。今日はそういう日なのか。


「ほんっとバカばっか」


 みくは入り口で立ち止まっている常連客達に冷たい目を向けて言った。


 かくして、今日も忙しい一日が始まった。

 宣伝と祭りによる相乗効果もあってか開店直後に満席となり、また、ケーキを目的に訪れた人々の行列が店の外まで続いている。

 華が座れなかった人や列後方に並ぶ人々に整理券を配り、キッカが手際良く注文をさばいていく。未来と真帆は席に座った人達の注文を聞く為に、狭い机と机の間を慣れた様子で歩き回る。


 最初の注文を取る直前、真帆は未来に目線を送った。

 それに気付いた未来は一瞥だけして、客に目を戻す。


 ……お、怒られないでしょうか?

 ……お前は逆に怒ってもいい。

 

「ねぇ真帆ちゃん。どうしたの?」

「えっ、あっ、わわ、なんでもないです! ご注文はなんでしょう!?」


 二人組の若い女性客は、いつも通りな真帆を見てにっこりする。

 真帆から見て右側に座る女性は、おもむろに眼鏡を外して言った。


「じゃーん! 実はコンタクトでした!」

「コンタクト! みぃねぇがコンタクトです!」

「真帆ちゃん真帆ちゃん。私は今日三つ編みにしてみたんだけど、どうかな?」

「可愛いです! ゆいねぇ可愛いです!」


 直前の緊張は何処へ行ったのか。

 未来は背中から聞こえてくる声に、心の中で溜息を吐いた。


 ……あいつ目的忘れてねぇよな?


「今日はホットコーヒーと、いちごケーキを一切れでお願いします……夏なのにホット、今日の俺は最高にホットなんだぜ! ふふ」

「はーい。ホットコーヒーとケーキ……と?」

「……え、あ、以上です」

「と?」

「……以上、で」

「と?」

「…………じゃあケーキもう一個もらおうかな、こっちのチョコのやつ」

「はーい。あざしたー」


 未来は手に持ったハンディを操作して素早く注文を打ち込んだ。

 打ち込まれた情報は、レジと厨房に置かれた2つのパソコンに送信される。

 キッカはそれを見て、レジで受けた注文と共にショーケースからお菓子を取り出す。

 一方で、店長はお菓子を作る。


「おー、高橋じゃん。ちーっす」

「あれ、未来ちゃん体臭変えた?」

「キモ。注文は? アイスコーヒー1リットルでいい?」

「糖尿病なんで1リットルはちょっと……」

「なんでケーキ屋来たし。てかブラックで飲めし」

「苦いの……ムリなんだ」

「あっそ。で注文は?」

「アイスコーヒーをひとつと、カステラを二個」

「はーい。アイスコーヒーとカステラ二個……と?」

「……え、以上です」

「と?」

「……」

「と?」

「……カステラ五個追加で」

「はーい。あざしたー」


 三人目のターゲット、もとい客の元へ向かいながら、未来はふと思う。

 

 ……まだ五分も経ってないけど、みくの時給分くらいは稼いだんじゃね?

 なにこれ余裕じゃん。飲食店チョロ。

 てか、ここ個人経営っしょ? 最近メッチャ繁盛してるし、あいつ金持ちなんじゃね?

 たしか売り上げから原価と税金と人件費を引いたのが利益で……あーあ、期末テストたるかったなぁ。


「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりですか?」


 初めて見た二人組の男性客に向かって、未来は見事な笑顔で言う。

 直前までの接客を見て、内心ビクビクしていた二人は面喰いながら、少し遅れて返事をした。


「えっと、噂のケーキをいただこうかなと……」

「じ、自分も……」

「はい。おいくつでしょうか?」


 未来は、こいつら瞬き多いな、と思いながら笑顔で続ける。

 二人の男性客は、いっそ困惑した様子で言った。


「えっと、ひとつで」

「じ、自分も……」

「ご家族の方にも、おひとつどうですか?」

「……じゃあ、おねがいします」

「……じ、自分も」

「ありがとうございます。一緒にアイスコーヒーを頼むお客様が多いのですが、如何ですか?」

「……おねがいします」

「……じ、自分も」

「はい。ありがとうございました」


 と、次の席へ向かう未来は再び思う。

 チョロい。




「どう? 今日の売り上げ。半端ないっしょ」


 閉店後、自然と事務室へ集まった面々に向かって、制服姿のままの未来は得意気な表情で言った。


「……今日の矢野さん、すごかったですね」

「ま、なに? みくが本気を出せば? アレくらいチョロいっていうか?」


 とても機嫌の良い未来を横目に、華は両手を震わせながら、ゆっくりと頭部まで運んだ。


「……私のっ、ポジションっ!」

「なに言ってんの?」

「清楚キャラは私のポジションですわ! 矢野さんが敬語を使ったらキャラが被ります!」

「しらねぇよ」

「ムキィーっ! ギャップ萌えなんて最初だけなんですからっ、直ぐに飽きられるんですから!」

「キッカ、売り上げ」


 無視しないでください!

 と騒ぐ華を無視して、未来はキッカに目を向けた。


「67万、4320円。だよ」


 少し嬉しそうに、キッカは言った。


「おおぉ! すっごく増えてます!」


 真帆の拍手を聞きながら、未来は満足そうな表情で髪をくるくる回す。


「なんつーの? これもう余裕なんじゃねぇの?」

「……ううん、まだまだ、だよ」

「いやいや、だって67万だよ? 一ヶ月で2000万じゃん?」


 キッカは神妙な表情をして、未だに頬を膨らませる華へと目を送った。

 華は拗ねた様子で返事をする。


「……ゼアレクの売り上げは百万円以上あるそうです」

「ひゃく!?」


 真帆がビックリして椅子から立ち上がる。

 未来は髪を弄る手を止め、真顔になった。


「……ムリじゃね?」


 その言葉に、返事は無い。

 未来は真顔のまま、続けた。


「いや、だって、あんだけやってプラス十万っしょ?」


 その言葉にも、返事は無い。

 沈黙。

 自然と、三人の目は真帆に向かった。


「な、なんで私を見るんですか!?」


 グっ、とキッカは両手を握りしめて、真帆に微笑みかける。

 困った真帆は、あわあわしながら華に助けを求めた。


「……そうだ、私がギャルキャラを演じるのはどうでしょう? ……いえ、それではリスクが……」


 華は、あえて話題を逸らす。

 真帆は涙目になって、その場でくるくる二回転した。


「あの!」


 それから、ヤケクソに言う。


「頑張ったら十万円も増えたんですから、今日の十倍頑張れば百万円です!」


 三人は、関心した様子で頷く。


「……さて、真面目に考えましょうか」

「そう、だね」

「おー」

「ちょっと皆さん酷くないですか!?」


 ああでもない、こうでもない。

 今夜も、事務室に集まった四人はギャーギャー話し合う。


「……そろそろ、遅いですね」


 やがて、少し疲れた様子で華が呟いた。


「……そう、ですね」


 眠そうに、真帆は返事をした。


「では、それぞれ家に帰って考えて、また明日、ということで」


 華の提案に、三人は難しい表情で頷いた。




 同じ頃、厨房で明日の準備をする店長も、考えていた。


 ……みなさん、とても頑張ってくれている。

 

 オーブンから漏れた光が、手元をオレンジ色に染めている。

 

 ……だけど、このままでは勝てない。


 手を止めて、扉の向こうへ目を向ける。


 ……限定商品。


 昨日、漏れ聞こえてきた声。

 しかしそれは、自分への負担を考えて、という理由で却下された。

 確かに、既に限界を超えている。

 作業量は、とても一人でこなせる量ではない。

 特に今日は注文が多く、何度かお菓子が間に合わなかった。


 ……それさえ解決すれば――


 

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