勢力戦勃発15
「戻って来たか」
「クレアさん、お疲れさまです」
颯太より早くクエストエリアから抜け出したクレアは、酒場のテーブルに腰を下ろしてグラスにウイスキーを注いでいた。颯太はクレアの向かい側の席に座ると、重そうな木のジョッキを運ぶウェイトレスにジュースとハンバーガーを注文する。
「ふぅ、まさか君に負けるとはな……これでは師匠失格だ」
「あ、いえ!そんなことありませんよ!即死がなければクレアさんには勝てませんし、何よりあれだけやってやっと1回攻撃が通ったんですから、まだまだ未熟です」
「そう言って貰えると気が楽になるよ」
どうやら余程颯太に負けた事に対して堪えているらしいクレアは普段の明るい雰囲気はない。
「だがまぁ、形はどうあれ私に勝ったのだ。カレラとユーノ戦の時には善戦する事が出来るだろう」
しかし、そこは彼女も大人。すぐに気持ちを切り替えて明日の事について話し始めた。
「そうだといいんですが……」
「なに心配するな。即死の効果はないが、それでも颯太の剣が一度でも相手に通ればもはや勝ったようなものだ。もちろん状態異常を回復させるポーションも飲ませるつもりもない」
「ですが、それは相手も同じですよね。ウォータナトスも攻撃が通ってしまえば操られてしまう…」
「あぁ、その通りなのだが、ただそれが怖いだけであって双子の戦闘技術はそれほど高いというわけではない。いや、平均的に見れば相当のものだが、私と互角に戦う颯太であれば何も問題はない」
「実際に何度も戦ったクレアさんがそう言うんだからそうなんだろうな……―――クレアさん、俺はどっちと戦えばいいですか?」
「ふむ、そうだな」
「お待たせしました。こちらご注文のコーラとビックハンバーガーになります。ごゆっくりどうぞ」
「ありがとうございます」
先ほどのジョッキを運んでいた可愛らしいウェイトレスが、普通のハンバーガーより2回りほど大きいハンバーガーとコーラをテーブルに置き、営業スマイルを浮かべて去って行く。
「大きいな…」
「そうですか?これがうまいもんでして、案外食えるんですよ」
「ほう?ジャンクフードは太るから余り食べないのだが、そこまで言うのであれば今度私も食べてみよう」
「この世界に太るも何もないと思うんですけど」
「おっと、それもそうだな」
颯太がそう言うとクレアは一度きょとんとした顔を見せ、そしていつもの笑みを浮かべた。
「さて、食いながらで悪いが、颯太の先ほどの質問について答えよう」
「あ、俺の事は気にしないでください」
「うむ――――まずカレラとユーノについて話しておこう。ニヴルヘイムによれば先代のウォータナトス使いは1人で様々な武器を操っていたそうだ」
「でも今回は2人ですよね。例外過ぎませんか」
「まず前例にないし、1つの神器を2人で操るという話も聞いたことがない。運営がそのことを知らないはずもないし、何より招待状を送ったのは運営本人だ」
「ってことはグレーゾーンってわけですか。ぎりぎり問題ないと」
「そうなるな。あくまであれは2人で1人ということらしい。手に取った神器が最悪だったが」
「クレアさんと伊澄さんは何度か戦闘したことがあるんですよね。どんな感じでしたか?」
「そうだなぁ……私自身は何も感じることはなかったが、ニヴルヘイムがおかしなことを言っていた」
「へえ?なんて?」
「ウォータナトスの人格が2つに分かれていると」
「………え?人格が…?」
颯太はハンバーガーを握る手を止めて思わず聞き返していた。クレアもそれに頷き、テーブルに置いたグラスの口を指でなぞる。
「そして更にニヴルヘイムが知らない新たな能力がウォータナトスに追加されていたと言っていた。少年の方、つまりユーノのことだが、ユーノが持つ武器には傷を与えた敵の身体の制御を奪うマリオネット。そして新たな能力が“感染”だ」
「感染…?」
「そうだ。感染は操り人形にした敵の神器にウォータナトスと同じマリオネットの効果を寄付する能力なのだ」
「え!?それじゃ、操られた味方の攻撃を受ければその味方も敵に!?」
「そういうことだ。まるで病気のようだろう?」
「多人数で攻めたら返ってこちらが不利になる厄介な能力ですね……―――クレアさん、マリオネットにも操れる限界数ってものはないんですか?」
「あった」
「あった…?なんで過去形…?」
「ニヴルヘイムによればウォータナトスが同時に操れるマリオネットの数は最大3人が限界だった。しかし、そこでカレラが持つ新たな能力にせいで無制限になってしまったのだ」
「それがまさかカレラの新しい能力なんですか…?」
「あぁ、能力名は“兵隊”だそうだ」
「ってことはユーノの感染によって操り人形を増やして、カレラの兵隊でまとめられていくわけですか……」
「ちなみにカレラは基本サポートに徹している。兵隊の能力でプレイヤーを操り、守りを固める戦術を得意とする。この前私と伊澄が要塞を攻めきれなかった理由はそこにあるのだ。今いる全てのプレイヤーで全力攻撃を仕掛けたら待ち伏せしていたユーノの攻撃を受け、そして感染によって味方が寝返ってしまった」
「あぁ…それでカレラの兵隊で要塞の守りを強化されてしまったんですね…」
「してやられたな。まさか兵が少ないのであれば敵から奪えばいいという暴論が通じるとは」
「要塞が手薄になっても敵側から調達して防衛力を強化する……――――敵が減って味方が増える……本当に厄介な能力ですね」
「つくづくこういう大舞台で活躍する能力に特化してて困ったものだ」
「クレアさんはそれをどう攻略するつもりなんですか?」
「よくぞ聞いてくれた。今まで聞いた限りだととても厄介極まりない能力だと思うだろう。しかし、ちゃんと弱点はある」
「それは…?」
「ブレインを倒すことだ」
「ブレイン……――――あぁ、兵隊の能力を持つカレラのことですね」
「うむ。カレラさえ倒してしまえばユーノは3人以上マリオネットでその数を増やす事も出来ず、操られた味方も一気に解放する事が出来る」
「ですが、それを分かっているからこそカレラはユーノに戦闘を任せてサポートに徹しているのでは?」
「そうだとも。なに、私が道を切り拓く。颯太は何も考えずユーノを倒すことだけを考えていればいい」
「あれ?俺がユーノを倒すんですか?」
「今まで観察してきた思ったが、颯太は多人数を相手するのは苦手だな?」
「まぁ…苦手というわけではありませんが、やっぱり1対1の方が遥かにやりやすいですね」
「だからスキルも1対1を想定されたものばかりに偏るんだ。範囲攻撃出来るスキルは雷撃と紫電砲くらいじゃないか?」
「あぁ…確かにそうですね。自覚がなかった」
「まぁそういうことだ。君はユーノとの戦闘に集中してくれて構わない」
「どうやって戦うんですか?あの双子を引き離すことなんて相当難しいと思いますが」
「そこも問題はない。私の氷塊で無理やり引きはがす」
「結構アバウトな作戦ですね…」
「だが、悪くもないだろう?ウォータナトスは能力に特化しているせいか、基本パラメーターが低い。私の氷塊を壊す事など不可能さ」
クレアは空になったグラスにウイスキーとウーロン茶を注ぐ。どうやらウーロン茶で割っているらしい。さっきは水で割っていたが。
「いつもレギュンと一緒にいるおかげで何度も分断に失敗し、そして我々は敗北を喫してきた。だが、今回はそうはいかないぞ」
「レギュンの炎があれば氷塊が溶けてしまいますからね」
「あぁ、全く嫌なライバルを持ったものだ」
クレアは短く苦笑するとウーロン茶で割ったウイスキーに口を付けた。
「あの、クレアさんの目的ってやっぱり神器破壊ですよね」
「あぁ、そうだが?――――あぁ、颯太はあの部屋を見たのだったな……」
一瞬何のことか分からないクレアは颯太の俯いた表情を見てすぐに思い至った。
「颯太は何も心配しなくていい。これはいわばニヴルヘイムとヘルヘイムの問題なのだ。気に病む必要などない」
クレアは子供に諭すように優しい声音で颯太にそう呼びかけた。
「ニヴルヘイムがヘルヘイムを壊したがっていると?」
「そうだな。何人もの同胞が目の前でヘルヘイムに殺され、そして消えて行ったらしい。1世代目と2世代目を交えた“ある戦争”のせいでもあるが、それでも一番の親友から託された願いなんだそうだ。ヘルヘイムを壊してくれ、と。これ以上自分のような悲しい結末を迎える神器を増やさないためにも、とな」
「なるほど……クレアさんはあくまでそれに手を貸してるに過ぎないってことですか…」
「言ってしまえばそうかもしれないが、それでも既に5人もの私のフレンドがヘルヘイムによって神器破壊をされてしまっている。本当はこの手でヘルヘイムを倒したいが、こちらも重要な役目だ。今は私情を捨てて仕事を全うしよう。颯太はユーノを追い詰めるだけでいい、後は私がやる」
「そうですか……」
「やれやれ、いらないものを見たがために戦いに躊躇いが生じてしまったか。いや、あれがなければレーナを救うという大義を見出せなかったか」
クレアはグラスに口をつけながら独り言のように呟く。
「ふむ……君が全ての神器を救おうとしている事に対しては、私も素晴らしいことだと思う。しかしな、当たり前のことだが、皆が全部救えるというわけではないのだぞ」
「そうですけど、なんか寝覚めが悪いじゃないですか。知り合いだけ助けるなんて…」
「まぁな。だが、その時になって果たしてそんな余裕があるのかどうか、だな……」
「どういうことです?」
「いや、それは颯太自身が考えるべき事柄だ。こういうものはな、他人がどうこう言ったところで納得できる話ではないのだ。自分が信じた道を人から違うと言われたところで、納得できるか?」
「えっと……」
「そうだな…………例えば、颯太がずっとやり込んでいたゲームがあったとする。そして、そのゲームの中で最も経験値と金稼ぎに向いたダンジョンがあったとしよう。それを友人に勧めたら『いや、俺がやっているダンジョンの方がいい』と言われる。さて、君は納得するかな?」
「しませんね……データとか出されない限りは…」
「そうだろう?今の話しを置き換えるとそんなものだ。私だって颯太が思っているほど知識人ではないし、ましてや人命がかかるとなると躊躇いもする。投げやりな言葉しか君に送れない自分が恨めしいよ」
そこでクレアはグラスのぐいっと口に傾けてウイスキーを飲んで一息ついた。
「ふぅ……少し説教臭くなってしまったな」
「いえ、クレアさんの話はとてもためになりました」
「はぁ……こんなのだから妹に年寄り臭いなどと言われるのだ」
クレアはため息をつきながらテーブルに頬杖を突く。
「クレアさんに妹さんいたんですか?」
「まぁな……あいつは日本に余り関心がないせいか、両親と共にロシアにいるが、たまに会って話すと嫌味しか言わん」
「何歳なんです?」
「あいつは今年で15だったか。颯太なら分かるだろう?中学生が一番面倒な時期だと」
「あぁ……反抗期真っ盛りですね…」
「うちの母親も手を焼いて私に電話をかけてくるのだが、日本にいる私に一体どうしろと言うのだ」
『普段毅然と振舞うクレアさんだけど、やっぱり色々溜めこんでいるんだな…』
「その分颯太の家庭は素晴らしい。言葉数は少ないもののちゃんと君を見守っているお義父さまや君の模範となった和彦君。はぁ、私もそんな家庭に生まれたかった…」
「いや、クレアさんもしっかりしていると思いますよ?」
「そうも言うが、一番上は色々と面倒なだけだぞ。特に私の家は厳しくてな。だからあの家を出てきたというのもあるのだが、残してきた妹のことを考えると少しだけ可哀想に思えるよ」
「クレアさんは今年ロシアに帰らないんですか?」
「ランゲージバトルの事もあるし、今年は帰れそうにもないな。いや、帰りたくなどないな。颯太達といた方がよっぽど気が楽だ」
どうやらクレアの家庭は複雑らしい。
「ちょっと気になったんですけど、クレアさんっていつ頃日本に?」
「ん?そうだなぁ……確か私が7歳の時だったかな」
「7歳で日本に!?」
「まぁ驚くのも無理はないな」
「よく親が許しましたね」
「最初は反対されたさ。だが、叔母の言葉のおかげもあって日本に来ることも出来たのだ。そして日本に来た私は、その日から叔母と仲が良かった隣に住んでいるある大学教授に頼み込んで日本語を習い始めたのだ。ホントあの頃は日本に来た事を後悔したよ」
「あぁ、それで口調が男らしいんですね」
「うむ、確かに学生時代は友人から男っぽい口調だと言われたな。まぁそれも教授のせいだと言えるのだが」
クレアは空になったグラスをテーブルに置くとチラリと綺麗に食べ終わった颯太の皿に視線を投げる。
「ふむ、どうやら話し込んでしまったようだな。さて、続きを再開しようじゃないか」
「カレラとユーノの事について話していたのに随分と脱線しましたね」
「ふふ、酒を飲んで少し酔ってしまったようだ」
「この世界の飲み物、食べ物は身体に影響がないじゃ?」
「そういうわけでもないさ。ただ、気持ちの問題なのだよ」
クレアは席を立つと少しだけ赤くなった頬を見せながら微笑んだ。
どうもまた太びですー!
今回のお話は戦闘なしでしたね。主に明日戦う双子に対する対策と謎が多いクレアの家庭事情。そして実はクレアには妹がいた件。
中学生と言うと反抗期をイメージしますが、皆さんは反抗期とかありましたかね。
私はあんまなかったイメージです。
一応酒が入った父親にイラついて掴み合いの喧嘩になったこともありましたけど、基本父親がおっそろしい存在として君臨していたので何事もなく平穏な日々を過ごしていました。
何故なかったのか自己分析すると、ちょうどそのころからネトゲの世界にハマり始めたんですよね。確か友人数名がやっていたネトゲでして、パソコンがあるならお前もやろうよ、と言われまして、半分乗り気じゃないまま始めてみたらこれが楽しくて、いつの間にか友人たちよりも圧倒的にログイン時間が増えてパラメーターを抜かすという所にまで行きました。
だからでしたかね?イライラする暇もなく、自分の楽しいことが常に溢れている状態でしたので反抗期ナニソレ?オイシイノ?状態だったのでしょう。
なんのゲームぞ?となる人もいる(のかな)と思うので、一応タイトルだけ言っておくと『マビノギ』というゲームですね。
あれ酷いんですよ。あの頃色々と興味津々だった私は間違ってファイアーウォールを外してマビノギにログインしたら僅か30秒足らずでトロイの木馬がゾロゾロ入り込んできたんですよ。いや~あの時の親の激昂は今でも覚えています。
さてさて、おかげさまでランゲージバトルもお気に入り登録数が120人突破という事とポイントが250突破!ということでして、本当に頭が下がる思いです。
こんな作品でもやっぱり見ていてくれている人はいるんだなぁと改めて実感しました。
最近忙しくて更新が遅れていますが、これからも走り続けますのでどうぞよろしくお願いします。
最後に!満点の評価をつけて貰い、本当に感謝の言葉もありません!名前が分からないのでこういう形で謝辞を述べることとなりましたが、評価に恥じないよう、これからもがんばっていきます!




