戦士たちの休息
「ん?」
母親に頼まれた買い物を済ませて帰宅している颯太は見知った人物を公園で見つけた。
周りの子供たちは楽しそうに遊具で遊んでいるのに、その少女だけは1人でブランコを漕いでいるのだ。
「あ~なるほど」
颯太は一瞬で少女の状況を理解した。
少なからず颯太も少女と面識があるので、少女の高飛車な性格も理解しているつもりだ。
「なにしてんだ?1人で」
「そ、颯太!?な、なんでアンタがここにいるの!?」
「いや、この道真っ直ぐ行くと俺の家だし」
その少女、千草は颯太の登場に酷く狼狽してブランコから落ちそうになる。
「っと、大丈夫か?」
「べ、別に落ちたりしないわよ!」
「今まさに落ちようとしていた奴が言えるセリフか?」
「もううるさいわね!それで私になんか用かしら」
「これと言って用事はない」
「な―――!?」
「でも、1人でブランコ漕いでいて面白いかなって思ってさ」
「お、面白いわよ!み、見てなさい!今ブランコで一回転してみせるわ!」
「…………」
「まずは勢いをつけることが重要よね!」
勢いよく漕ぎ出した千草を颯太は無言で観察することにした。
「よっ!ふっ!んしょっ!」
「…………」
「んー!!」
「…………」
「まだよ!まだ行けるわ!」
「…………」
「――――って何か言いなさいよ!」
「あぶなッ!?」
無言で見ていた颯太に腹が立った千草は靴を飛ばす。靴は颯太の顔の横をスレスレで飛んでいき、避けた颯太に千草は可愛らしい容姿似合わない舌打ちを見せる。
「で、ブランコ一回転の件はどうなった」
「ごめんなさい、出来ません」
千草の靴を拾ってきた颯太は、彼女に靴を履かせながらブランコの成果を尋ねた。
「まぁ最初から分かっていた事だが、楽しかったか?」
「全然」
「だろうな」
靴を履いた千草はブランコから降りると颯太が持っているビニール袋に気がついた。
「どこ行っていたの?」
「近くのスーパーだ。母さんに買い物を頼まれてな」
「ふ~ん……」
「あ、おい!勝手に中身を見るな!」
「材料から見るに、お菓子でも作るの?」
「現在進行形だがな」
「今作っているの?」
「あぁ、クッキーだったかな」
「おいしい?」
「うまいと思うぞ。母さんは料理好きだからな」
「行ってもいい?」
「え!?俺の家にか!?」
「いいでしょ。颯太だっていつも私の家に上がりこんでいるんだし」
「あれは仕事だからだ!」
「あ~もううるさいわね。別にいいじゃない。ほら、家どこなの?案内しなさい」
「何で俺って女性に振り回されるんだろう……」
颯太はがっくりと肩を落とした。
「ただいま」
「お邪魔します…」
「おい、さっきの威勢はどこに行ったんだ」
「う、うるさいわね。これでも人の家の時は気を遣うのよ」
「それ、いつも使ってくれていれば結構良い子だと思うんだが……」
「あら、颯太その子は?」
「ん~?颯太が知らない子連れてきたー」
キッチンから顔を出したレーナは若干不機嫌そうな顔をする。
「あぁ、この子は千草ちゃんって言って、俺が家庭教師で教えている小学生だ」
「ど、どうも…」
借りてきた猫のように萎縮している千草にやりづらさを感じる颯太は、買ってきた物をキッチンのテーブルに置く。
「たまたま公園で会ってさ、クッキーの話しをしたら食いたいって」
「でも、まだ出来ないわよ?」
「働からざる者食うべからず、だ。ほら、お前もレーナに混じって母さんを手伝え」
「え、わ、私も?」
「そうだ。ほら、俺のエプロン貸してやるから頑張れ」
颯太はキッチンの引き出しからエプロンを取り出し、それを千草に渡す。
「あとは頼んだぞ」
「ええ、後は母さんに任せなさい」
「了解!ささ!早く着替えた着替えたー!」
「は、はい!」
颯太の表情から大方の事情を察した母さんは、ゆっくりと頷いた。レーナの方は分かっていないようだが。
「しかしまぁ、母は偉大なり、とはよく言ったものだ」
「で、なんでしれっと我が家のリビングでお茶を飲んでいるんですか、クレアさん」
キッチンから少し離れたリビングのソファにクレアが座っていた。颯太は自分の湯飲みと茶請けを出しつつ、彼女が何故ここにいるのかを尋ねる。
「今日はお義母さまがお菓子を作るというのでな、私も呼ばれた身なのだよ」
「あ、そうだったんですか」
「だがな~作っている最中にレーナから私が手伝うとあっという間に終わってしまうと言われてキッチンから追い出されたのだ」
「なるほど。確かにクレアさんがいたらすぐ終わってしまいそうですもんね」
「実際終わりかけた。今小麦粉をこねているだろう?」
お茶をすすりながら、キッチンでレーナと千草が楽しそうに小麦粉をこねている姿を確認する。
「ええ、そうですね」
「実は少し前に私が1人で勝手にこねてしまっている生地があって、今彼女たちが作っているものは2個目なのだ」
「あぁ、んじゃ、クレアさんが作った生地は今冷蔵庫で寝かせているんですね」
「そういうことだ。だがな、ここで1つ問題が起きる」
「え?どういうことですか?」
「作るのはいいのだが、そのクッキーの処理はどうするのだ」
「あ………確かにこれは作りすぎになりますよね」
「ふむ……では、ここで1つ私から案を出そう」
「聞きましょう」
「皆を呼んでみるのはどうだ?」
「――――あ!それは名案ですね!」
「ふふ、そうだろう。皆の親睦も深まり、尚且つ大量のクッキーの処理が出来る。素晴らしいじゃないか」
「んじゃ、早速FDで皆にメールを飛ばしますね」
「あぁ、頼んだぞ」
クレアはそう言って煎餅をかじった。
「母さん、クッキー作りすぎてしまうんだろ?」
「ええ、そうね。レーナちゃんと千草ちゃんが頑張るものだから、結構な量になってしまうわ」
「俺の友達を呼んだから、そこは問題ない」
「あら、そうなの?でも、颯太がお友達をうちに連れて来るのって初めてのことよね」
「あれ?そうだっけ?」
「なによ、颯太もお友達いないの?」
「ちげえよ!」
「これもレーナちゃんと出会ったおかげね。最近颯太が明るくなって、嬉しいわ」
「やめろよ、全く。んじゃ、そういうことでクッキーの処理は心配しないでいい」
颯太は母さんから目を逸らし、頭を掻きながらリビングに戻って行った。
「颯太照れてたね」
「ふふ、そうね。それじゃ、クレアさんが先に作ったクッキーで型抜きしようかしらね」
「はーい!ウサギさん作っていい?」
「もちろんよ」
「あ、私はクマさん作るわ!」
「ええ、好きに作っていいのよ」
レーナと千草の様子を母さんは微笑みながら眺めているのであった。
「デレがない颯太もお義母さまには敵わないか」
「さっきからうちの母さんの事を過大評価しすぎじゃないですかね」
「妥当な評価だと思うがな」
再びリビングのソファに座った颯太をクレアはどこかニヤニヤしながら見てくるのであった
「こ、こんにちは~…」
「緊張しすぎですよ、香織」
「颯太来たぞー!」
「手作りのクッキーと聞いてやってきたぞ」
「ここが颯太のお家なんだね」
「………」
「お、皆きたか」
クッキーが焼き上がる少し前に香織、アルテミス、竜也、ボルケーノ、詩織、琥太郎の6人がやってきた。
「皆遅かったな」
「クレアさんが早いんですよ。いつからいたんですか?」
「ん?9時頃からかな」
『え!?』
詩織と香織の声が被った。
「あぁ、クレアさんは母さんのクッキー作りを手伝っていたんだ。今はレーナと千草ちゃんが作っているが」
「あれ?レーナちゃんは分かるけど、あの子は?」
「あの子は俺が家庭教師で教えている子で、千草っていうんだ」
せっせと母さんの指示に従ってキッチンを動く千草を見て詩織は『なるほど』と頷く。
「可愛いわね。あんなに頑張って」
「なんかあれだな。小さい子供に任せるのもな…?」
「あ~確かに……―――あたし達ただ食うだけだ…」
「ふむ、我らにも何か出来ることはないのか?」
「んじゃ、あたし達はジュースとかクッキーを盛り上げられるお菓子を買ってこようよ!」
「あ、それいいわね!ほら、兄さん!行くわよ!」
「お、おう!」
「荷物持ちなら任せよ!」
「忙しいな…」
そう言って6人は買い出しのため家を出て行った。
「あれれ?ボルケーノ達はどこ行ったの?」
「あぁ、なんか買い出しに行った」
嵐の如く家を出て行った6人を見ていた颯太は、レーナの言葉に茫然と答えた。
「あははは、颯太はいい友を持ったな」
「煎餅をかじりながら言わないでください」
颯太は他人事のように言うクレアを睨みながら言うのであった。
「クッキー焼けたわよ」
『おおおお!』
皆がリビングのソファで座ってテレビを見ていると、待ちにまったクッキーを母さんが持ってきた。
「おいしそうね」
「ん、なんだこの歪なクッキーは?」
「竜也は失礼な人だね!それは私特製のウサギさんクッキーなんだから!」
「んじゃ、こっちはパンダか?」
「う、うん!それ私が作ったのよ!」
レーナに頭を叩かれている竜也を無視して颯太はパンダと思われるクッキーを指差すと、千草は嬉しそうに何度も頷いた。
「ほう、よく出来たものだ」
「おいしそうだ」
「ボルケーノ、涎が出ていますよ」
「はっ!?わ、我としたことが!?」
「ははははは!ボルケーノも待ちきれないようだ。さ、これを作ったレーナと千草ちゃんに乾杯をお願いしようか」
レーナと千草はオレンジジュースが入ったコップを持って立ち上がる。そして2人はお互い目配せして―――
『乾杯!!』
「うっしゃー!まず1ついただくぜ!」
「この香ばしい匂い……たまらん!」
「んじゃ、俺も」
「あ、颯太はまず私の特製ウサギさんクッキーを食べるの!」
「颯太!私のも食べなさい!」
「え?あぁ?」
「うん、やはり焼きたては最高だ」
「ええ、とてもおいしいわ」
「市販のとは比べ物にならないね!」
いつの間にか大所帯となってしまったリビングに母さんは少し驚きを隠せなかったが、まさか自分の息子がこんなにも多くの友達に囲まれている事が何よりも嬉しかった。
「颯太の教え方はうまい?」
「ん~……まぁそこそこね」
「あ!?この前やっぱり颯太の教え方はうまいわ!って言っていたばかりだろ!」
「い、言ってないわよ!絶対言ってないわ!」
流石に10人もいるということで、あらだけあったお菓子とクッキーはあっという間になくなり、今は詩織と香織とアルテミスが母さんの後片付けを手伝っているところだった。
「なんだか楽しそうだね、あっち」
「そうね。こんなに楽しかったのは久しぶりだわ」
「えへへっ、そうだね」
「ボルケーノと竜也の暴食を止めるのに必死でしたよ…」
「あの間違っていたら申し訳ないんだけど、もしかしてあなたって道草香織さん?」
「え?あぁ、はい。そうですが?」
「あー!やっぱり!」
突然母さんに話しかけられた香織は戸惑いながらも答えた。すると母さんは間違わなくて良かったのか、笑顔を浮かべて胸の前で手を合わせる。
「まぁまぁこんなにも綺麗になって」
「え?あ……ありがとうございます」
「この前はゆっくりお話も出来なかったから」
「あ、あの時は寝間着で……本当にすみませんでした」
「いいのよ、そんなこと気にしなくて」
「え!?寝間着で颯太の家に行ったの!?」
「詩織さん、ランゲージバトルで颯太が倒れた時ですよ…」
アルテミスが詩織を耳打ちしてあの時の状況を説明した。
「あぁ…あの時か……うん、あの時は仕方ないね」
「あの、私の名前を知っていたんですか?」
「ええ、香織さんは颯太と中学頃からの付き合いでしょう?ほら、卒業アルバムを見せて貰ったから」
「あぁ、なるほど」
「今も颯太と同じクラスと聞いたのだけれど、どう?颯太って自分の事を喋りたがらない性格だからあの子が学校で何をしているのとか分からなくてね」
「普通に過ごしていますよ。友人もいますし、クラスでもちゃんと溶け込めていると思います」
「そう?ならいいんだけどね。あの子、中学の時にあんなことがあったから、どうも心配しちゃうのよね」
「そうですね。あの頃の颯太くんは……とても見ていられなかった…」
「和彦もお父さんも黙っていろって口を揃えて同じこと言うし、香織さんに聞いて安心したわ」
「それは良かったです」
「さぁ颯太!この前はお前の部屋に行けなかったが、今日こそはお前の部屋を探索させて貰うぞ!」
「あ!?竜也ちょっと待てやゴラァ!!」
1度来ているため、階段がどこにあるのか把握している竜也は、勢いよく2階へと続く階段を昇って行き、対する颯太は血相を変えて彼の後を追う。
「あ!私の私物もあるんだった!竜也待てー!」
「こ、これは私も追いかけるべきね!」
「やれやれ、騒がしいな」
「竜也……ここは人の家だぞ…」
「全く、もう少しゆっくり出来ないものか…」
4人が上に上がって行くのを、クレアとボルケーノと琥太郎は額を抑えて呟いた。
「今日は賑やかね。こんなに賑やかなのはいつぶりかしら」
「すみません……うちの兄が…」
「あぁ、いいのよ。颯太も楽しそうだから」
「はぁ…竜也は子供かっての」
「あながち間違いじゃないですね」
「もう恥ずかしいわ…」
「帰ったら弓でお仕置きしましょう」
「弓でお仕置きってなに…?」
顔を真っ赤にしながら申し訳なさそうに皿を洗う香織に、アルテミスは冷静にとんでもないことを言った。
どうもこんにちは、こんばんは!また太びです!
今回のお話は皆仲良く小さなパーティーを開くお話でした。
書いている途中で思ったことが1つありまして、今回やたらお母さんのセリフが多いなと思いました。
でも、お母さんを加えることでどこか安定感が増したようになりまして、レーナと千草にクッキーの作り方をやさしく教えているお母さんを想像しながら書いていたら自然と微笑がこぼれていました。
やっぱり母は強し、ですね。