勢力戦勃発8
「――――以上が今回の事の顛末になります」
「なるほど。多分その男はグレイヴの幹部にいるプレイヤーだね」
颯太と詩織は中央拠点に戻るなり作戦室を訪れていた。だが、颯太は先ほどから表情が辛そうで、今回の報告も全て詩織が行っていた。
「グレイヴ…?」
「凶悪なギルド集団だよ。ティアさんは前回のランキングを知らないかな?」
「あ……すみません、確認していませんでした」
「あぁ!別に謝る必要はないんだよ!えっと、それでランキング1位と2位を独占したのがグレイヴっていうギルドなんだ」
「ギルドメンバーは何人くらいいるんですか…?」
「構成員だけでも50人は超えている。その中でも一際強いプレイヤーが幹部になっていて、幹部は7人いるらしいよ」
「でも、今日1人倒したから……」
「後6人いるね」
「イズルみたいな奴があと6人もいるのか……」
「その中でも2人は現状最強の神器使いでしょ………やばいね」
「だけど、拠点1つに全員が固まっているとは流石に思えない。十分勝機はあると僕はそう確信しているよ」
「そうですね。最初から逃げ腰じゃいけませんよね」
「そういうこと。僕らは僕らで出来る事をやろう」
加山の言葉を聞き届けると颯太は椅子から立ち上がって作戦室を出て行ってしまった。
「なんだかお疲れの様子だったね」
「あぁ……はい。ちょっとスキルの使用で」
「そうですか。しばらく何もないと思うので、ゆっくりしていてくださいと颯太さんに」
「了解しました」
颯太が心配な詩織は加山にぺこりと頭を下げて、すぐ彼の後を追った。
「颯太……辛い…?聞こえる…?」
「暗黒大陸を使った時からずっと聞こえるんだ…」
颯太は階段の蔭で壁に背中を預け、苦しげな表情で座り込んでいた。そんな彼をレーナは心配そうに抱きしめ、彼を蝕んでいる混沌を和らげていた。
「混沌を取り込み過ぎたようだね……やっぱり、私の覚醒は封印しなくちゃダメみたい…」
「いや、あの時は仕方がなかった。レーナは悪くないよ」
「…………多分、現実世界でも吐血していると思う……」
「…そこは何となく分かっていた」
颯太は深い溜め息を吐いてレーナの頭を撫でる。
「俺、確か布団で寝ていたっけ…」
「うん…」
「あはは……母さんに何て説明したらいいかな」
「バレないようにシーツ洗ったら?」
「え、どうやって?」
「明日土曜日でしょ?なら、こっそり洗うしかないね」
「あ~……朝早起きしなくちゃな……」
「バレたら大変だね」
「ホントだよ。もしバレたら……レーナと死闘を繰り広げたって言えばいいのか?」
「え~私そんな凶暴じゃないもん」
「いやいや、気に入らない事があったら大剣取り出すだろ、お前」
「………」
「ほらな」
「もう!颯太のいじわる!」
「冗談だって。飲み物でも零したって言えばいいだろ」
「元気そうだね」
その様子を詩織は遠くから聞いていた。颯太が一体どんな状態にあるのかは分からない。だが、元気そうにレーナと話している声を聞いて安心した詩織は、そっとその場から離れた。
「おや、颯太は?」
「あぁ、颯太ならちょっと疲れたと言って他の部屋で休んでいます」
「颯太くん…大丈夫かしら…」
詩織は皆がいる中庭にやってきた。竜也と滉介がPVPをしており、他の皆はその様子を見ているようだ。
「覚醒能力使ったらしくて、多分しばらくは動けないと思う…」
「レーナの覚醒能力は暗黒大陸だったか。何か反動でもあるのか?」
「大分衰弱していました」
「そうか。ご苦労だったな。ティアも、颯太も」
「はい」
「ふ~ん……覚醒能力を使うほどの相手だったんだ」
「颯太から断片的にしか聞いてないけど、グレイヴっていうギルドの幹部と戦って―――」
「グレイヴだと!?誰だ!誰と戦ったんだ!?」
グレイヴという言葉に強く反応したクレアに詩織はびくりと肩を震わせた。
「あ、すまない。それで、誰と?」
「えっと…イズルっていうプレイヤーだったらしいんですけど」
「イズルか……あの霧を使う厄介な奴を仕留めたんだな」
「クレアさんは知っていたんですか?」
香織の言葉にクレアは頷いた。
「奴の覚醒能力はとても厄介でな、逃げに関しては奴の右に出る奴はいまい」
「あたしは奇襲されてそのまま意識を失って、その間颯太は必死にあたしを庇いながら戦ったって…」
「イメージブレイカーは相変わらずだな。その後どうなった?イズルは自分の拠点に戻ったか?」
「いえ、颯太が神器コアを破壊したと……」
「……そうか。それで颯太は……」
「神器コアを破壊……それじゃ、もうそのイズルっていうプレイヤーはこの世界にいないのね」
「そうなるな。余程颯太の一撃が強力だったのだろう。まぁグレイヴの幹部相手によく無事で帰って来てくれたな」
「そのグレイヴってどういうギルドなんですか?加山さんにも少しだけ聞いたんですけど」
「そうだな、一言で言うのであればPKギルドと言おうか」
「PKギルド…!?」
「PK…?何の略ですか?」
「えっとね、PKっていうのはプレイヤーキルの略称なんだよ」
「つまりPKギルドというのは殺人を好んで行う集団なのだ」
「最低ね……」
「私はその中でも幹部……前回のアリーナで2位だったレギュンというプレイヤーに用があるのだ」
「2位…?!」
クレアの瞳には強い復讐の念が籠っていた。
「まぁ私の事はともかく、グレイヴは狭い路地に入ったプレイヤーを襲い、そして金目の物を全て盗んでいくのだ」
「え?ど、どうやって?」
「脅して無理やりトレードさせるに決まっているだろう」
「随分と酷いことをするプレイヤーもいたものね」
「はぁ、普通のネットゲームならともかく、まさかこの世界でもそういうPK集団がいる何てね」
「奴らにとってこの世界はゲームの延長線上でしかない。真実を知らない者達は往々にして自分さえ楽しめればいいという思考しか持ち合わせていないのだ」
クレアの言葉に詩織は腕を組んで何度も頷く。
「だが、颯太がイズルを潰したのは大きい。奴らの尻尾を掴もうとする度にイズルの霧で逃げられるからな」
「確かにあの幻覚は厄介ですよね…」
「我々が直接奴らと対決する日はまだ遠いが、今はそういうギルド集団がいるという事を覚えておいてほしい」
「くそー!お前の反射嫌いだー!!」
という竜也の絶叫が中庭に響いた。
「うわ……見事に血を吐いているな……」
「ありゃりゃ……大丈夫?」
皆よりも一足先に現実世界に戻った颯太は自分の服を見て苦笑いをする。
「口の中も血の味がする……」
口から胸にかけて血が流れており、颯太は込み上がって来た吐き気を手で口を塞いで抑える。
「お風呂にいこ?」
「あぁ……」
レーナの肩を借りて颯太は部屋を出て、風呂場へとやって来た。
「もっかい風呂入るわ。こりゃ身体洗わないとダメだ」
「そうだね。それじゃ、私は颯太の着替え持ってくるよ」
「ありがとう、レーナ」
レーナが脱衣所を出て行くのを見てから颯太は服を脱ぐと、身体には自分が吐き出した血が大量についていた。
「………」
先ほどから頭痛が酷く、吐き気もする。
「あれはもう奥の手の奥の手だな。こんなんじゃいつか死ぬんじゃないか?」
そんなことを言ってから颯太は風呂の扉を開けた。
「はぁ………」
レーナに混沌をある程度の吸い取って貰ったおかげで、怨念と呪詛の声も大分聞こえなくなった。
しかし、まだ完全に聞こえなくなったわけではない。今も頭の中で知らない誰かが永遠と叫び続けているのだ。
「うっ……うぶっ!?」
慌てて口を手で押さえて湯船の外に顔を出し、そして血を吐き出した。
「はぁ……はぁ……なんなんだよもう…!!」
あの声を聴いていると気が狂いそうになる。
「レーナ……」
『ん~?どうしたの~?』
何となく彼女の名前を呟くと、丁度颯太の着替えを持ってきていたようだ。
「また血を吐いた。これ、収まらないのか?」
『……分からない。暗黒大陸を使ったご主人なんて颯太が初めてだから…』
「そっか」
『私に出来ることと言えば、颯太の中にある混沌を和らげるくらい……ごめんね。こんな事になるんだったらずっと封印しておくべきだった』
「いや、レーナが謝る必要はないよ。暗黒大陸を使った俺の自己責任だ」
『ごめんね…』
レーナは颯太にも聞こえないくらい小さな声で謝った。
「あれ、シーツも変えてくれたのか?」
自室に戻ると、そこには綺麗にシーツが変えられた颯太の布団があった。
「うん。颯太がお風呂に入ってる間に全部変えておいたよ」
「ありがとう」
「えへへっ」
レーナの髪をワシャワシャと少し乱暴に撫でる。
「母さんにバレないように洗濯機の奥に突っ込んだか?」
「バッチリ」
「グッジョブだ。まぁバレたとしても―――――うッ!」
「颯太!?大丈夫!?」
颯太はその場に頭を抱えて苦しそうな表情を見せた。
「もうやめてくれ……俺の頭の中で騒がないでくれ…」
「颯太……もう寝よう?」
「あぁ……」
「今夜は一緒に寝てあげるからね。辛いんでしょう?」
「あぁ……」
颯太はうわ言のように呟いてレーナの言葉に頷く。
「大丈夫、私が颯太の面倒を見てあげるからね」
「あ……うぅ…」
睡魔に負ける前に見たレーナの瞳は酷く歪んで見えた。
「うっ……」
時刻は午前10時。今日は土曜日という事で休みなのだが、若干昨日の記憶が怪しい。
『あぁ……昨日は暗黒大陸の反動で血を吐いて……それで…』
段々意識が覚醒してきて颯太は布団をめくる。
「レーナと寝たんだったな…」
そこには颯太に抱き付いてスヤスヤと眠るレーナの姿があった。
彼女と寝たおかげで頭の中で絶えず響いていた声も聞こえなくなり、颯太は幸せそうに寝ている彼女の髪を優しくすいた。
「んしょっと」
レーナを起こさないように布団を抜け出し、テーブルに置いた携帯端末を手に取って部屋を出る。
「アンタ、今日シーツが洗濯機に入っていたけど、なんかしたの?」
欠伸をしながら下に降りれば案の定母さんにシーツの事を聞かれて颯太は予め用意していた文句を口にする。
「いや、ちょっと飲み物零しちゃってさ」
「そう?部屋に飲み物持っていくのもいいけど、気を付けなさいよ」
「分かっているよ」
そこまでシーツの事を気にしていないのか、母さんはそれ以上追及することもなくレーナのためのお菓子作りに戻った。
「あ、レーナちゃんまだ寝ている?」
「あぁ、寝ているよ。お菓子一緒に作る予定だったの?」
「まぁそうなのだけれど、珍しくレーナちゃんが起きて来ないから」
「なるほど。起こしてこようか?」
「寝ているのならいいのよ」
「ふぅん、ちなみになに作ってんの?」
「クッキーよ。アンタも食べるでしょう?」
「まぁ食えるのなら食うよ」
「分かったわ。ほら、さっさと着替えてきなさい」
「はいはい」
「あぁ、悪いんだけど、暇なら買い物行ってきてくれるかしら」
「別にいいよ。俺が着替えている間にメモに書いておいてくれ」
颯太はコップに入った水を飲み干し、コップを流しに置いて自室に戻った。
「ふわぁ~……」
「あ、起こしてしまったか」
颯太が着替えていると物音で起きたレーナが、目をこすりながら颯太を見る。
「…………」
「どうした?」
「………夜中に颯太の身体を一通りスキャンしたら、腹部に内出血が見られた…」
「……マジか…」
急いで服を脱いで腹部を確認すると、右の脇腹らへんが黒くなっていた。
「…まぁ………大した出血量じゃなかったから、すぐ治るよ」
寝起きでまだ覚醒していないレーナはまだ眠いのか再び布団にくるまる。
「レーナがそういうのならいいんだが」
「颯太お出かけ?」
「母さんに買い物頼まれてな。ちょっと出かけてくる」
レーナは『母さん』という言葉に反応を見せると、閉じかけていた瞼がパッチリと開いた。
「あっ!わ、私お母さんとお菓子作る予定だったんだ!」
「おう。もう一人で作り始めていたぞ」
「ええ!?わわわ!は、早く着替えなきゃ!」
「別に母さんは怒らないと思うがな~」
「颯太も起きたのなら一緒に起こしてくれれば良かったのにー!」
「え!?お、俺のせいなのか!?」
レーナは颯太のせいにしながら慌てて着替えはじめる。
「あ、それとね」
「ん?なんだ?」
「私の計算だと、あと2回暗黒大陸使ったら、颯太死んじゃうよ」
「…………笑えねえ…」
「でもこれ凄いことなんだよ?普通なら1回目で死ぬもんなんだけど、颯太と私は相当相性良いみたいだね」
「え、なんだ。もしかして俺はそんな危ない覚醒能力を普通に使っていたのか?死ぬかもしれなかったのに」
「そうなるね」
「とんでもねえ博打していたんだな、俺……―――自分の悪運の強さに引くわ」
「まぁまぁ命あっての何とやらだし、私も颯太を失いたくないからこの先の戦いでは覚醒能力は封印しようね」
「そうだな。俺もあんな声はもう聴きたくない」
「あれ気持ち悪いよね。私は無視していたら何にも聞こえないけど、颯太から吸い取っている間に久々に聞いて相変わらず気持ち悪いな~と思った」
「ちょっと待て、今お前凄いこと言わなかったか?」
「え?無視していたらって?」
「それそれ」
「ん~……最初は颯太みたくずっと声に悩まされていたけど、なんかうざいな~って思って無視していたら聞こえなくなった」
しれっとそんなことを言っているレーナに颯太は目を白黒させるしかなかった。
まずあの声を『うざい』の一言で済ませている時点で、この少女の精神がいかに壊れているかを颯太は改めて理解する。
「まぁ暗黒大陸も人々の憎悪を集めて作ったものだから、颯太が私みたいに慣れてしまえば血を吐く事もなくなるし、いくらでも使えるようになるよ」
「それって……―――――」
その頃には俺の精神が壊れてしまっているんじゃないのか?――――と、颯太はそれ以上の言葉を口に出すことは出来なかった。
「でも、あの様子なら颯太にも私と同じ事が出来ると思うんだよね」
「い、いや俺にはあの声は……」
「あ!そうだ!んじゃ、定期的に私が混沌を流すから少しずつ慣れていこ?ね?それいいと思わない?」
「いやいや、それより母さんが待っているんじゃなかったのか?」
「あー!そうだった!私も早くお手伝いしなくちゃ!」
レーナの中での優先順位が目の前の事より、母さんが優先されて良かったと颯太は心の底からそう思った。
「完全に病んでいるな………」
レーナが出て行った部屋で、颯太は額に浮かんだ嫌な汗を服の袖でぬぐった。
えーっと、勢力戦もなかなか続いて来ましたね。本格的な戦いはもう少し先の話になりますが、今は日常編が少し多めに入れています。
ランゲージバトルでの季節は7月上旬と言ったところなので、これからの夏ネタどうしようかと悩んでいます。全部やればいいじゃんって話になると思います。ですが、そうするとメインの勢力戦がおろそかになったり、現在進行形のテスト期間やら家庭教師やら強制的にぶっこまなければいけないイベントを書ききれなくなる可能性が出てくるんです。
まさにそれこそ私の腕にかかっているわけですが、出来るだけ思いついたネタはやっていきたいと思っております。




