新たな戦地
月曜日、ランゲージバトルにログインした颯太はいつものと違う景色に驚いた。
「カナリア……じゃない?」
「おろろ?ここどこ?」
そう、颯太とレーナの目の前に広がる景色は和を体現したような建物が立ち並ぶものだった。
「颯太颯太、メール」
「ん?」
レーナにFDを指差され、颯太はFDを取り出してメールを確認する。
「何て書いてあった?」
「あ~………これはイベントに参加した人のみ入れるエリアらしい。つまり、ここは既にイベント会場って事だ」
「ほえ~?もうチーム分け決まった感じなの?」
「そのようだな」
既に多くのプレイヤーがこの和のエリアを歩いているようで、颯太とレーナはそんな人たちとすれ違いながら進んでいく。
「颯太、こっちだ」
「あ、クレアさん」
団子屋と書かれたのれんから出てきたクレアは、颯太の姿を見つけると手招きをする。
中へ入ると既に颯太を除くギルドメンバーが集まっており、ちゃっかりユキナが香織の膝に座っている。
「今日はユキナもいるのか」
「まぁね~。あぁ、他の四神は赤にいるよ」
「なんだか一人にするのも可哀想だから一時的に私達のギルドにいさせてあげようかと思って」
「香織は面倒見がいいよね」
団子を頬張っている詩織がそんなことを言う。
「俺の財布を少しは考えろよー!」
「あぁ、大丈夫大丈夫」
「何が大丈夫なんだー!!」
「この皿の残骸は竜也の奢りだったのか。よし、俺とレーナにも奢ってくれ」
「あ!私みたらしがいい!」
「お、お前ら鬼だ……」
「余り兄さんを苛めないであげてね」
「そこは心配するな」
『ちくしょー!!』と言いながらも律儀に団子を買いに行った竜也の背中を見つつ颯太は、座敷に腰を下ろす。
「先ほど変な男たちが21時に集会を開くから来いと言ってきた。時間になったら皆で行くとしよう」
「今回のバトルアリーナは勢力戦だからね~。皆の顔を知っておく必要があるでしょ」
「ティアに言うとおり、恐らく顔合わせだろう。だが、もしかすると指揮を執る者が現れるかもしれんな」
「俺はそれでいいと思いますけどね。統率者がいなければ皆自由に動いて戦いにすらならないなんてごめんです」
「ユキナは香織と一緒にいられればそれでいい」
「…すっかり気に入られたんだな、香織さん」
「あはは…」
みたらし団子を持ってきた竜也から団子を受けとりながら颯太はユキナと香織を見て苦笑する。
「ほら、金」
「投げるなよ…」
座敷にあるテーブルで団子の値段を既に確認していた颯太は、レーナと自分の代金を竜也に投げたが、一瞬千草にした行為を思い出して顔を歪ませる。
「それで私たちはどうするの?もし指揮を執る人が現れたらその人に従うの?」
「俺はそれでいいと思っているが、クレアさんは?」
「ギルドマスターは颯太なのだ。颯太がそれでいいと言うのであれば私たちはそれに従うのみだ」
「あたしもそれでいいと思うよ。皆何も分からないわけだし、とりあえず今のところは現れたら従うって方針で」
「ユキナはここのギルメンじゃないけど、颯太のこと気に入っているから従ってあげる」
「了解した。それじゃ、時間まで適当に時間を潰そうか」
「颯太!ユキナと勝負しよ!」
「あぁ、そう言えばあの大会からお預け状態だったな。いいぜ」
「颯太は忙しい人だね~」
「そうね。でも、本人がそれを望んでいるのだから仕方がないわ」
ユキナを連れて外に出て行った颯太を詩織と香織は見送りながらそう呟いた。
「う~…颯太に負けた…」
「ふう、危なかった」
「ユキナも速いな。颯太と同速か?」
「途中から目で追えなくなったわ」
21時も近いという事でお城の前までやってきた颯太達は、先ほど決着がついたユキナとのデュエルの感想を口にしている。
「颯太も相当速かったけどよ。ユキナもはえ~な。俺の攻撃が当たる気がしないぜ」
「直線なら負けないんだけど」
「ふふ、我がギルドは高速アタッカーが多いようだな」
青エリアにいる全員に呼びかけたのか、続々と集まってくるプレイヤーを横目で見ながら颯太は壇上に上がった男に目を移す。
皺が出来た作業着のような黒い服を着た中年男性が壇上に上がるなり、ざわめいていた空気が一気に静まり返る。
髪をオールバックにし、鋭い眼光には思わず目を背けなくなるような力強さを感じる男に颯太は眉間にしわを寄せてしまう。
「あれは?」
「前回のバトルアリーナで3位だった銀二という男だ。私達は感じ取る事が出来るだろうが、もちろんあの男の神器も1世代目の凶悪な神器だ」
「あ~オレは銀二という者だ。今日皆さん方に集まって貰ったのはほかでもない。この勢力戦に勝つための下準備をするためだ」
のらりくらりと酔っぱらったかのような喋り方をする男だが、隙のなさにどこか恐怖を感じた。
「おい、あれを配れ」
「はっ!」
銀二のギルドメンバーから渡された配布資料は、この青エリア全体の地図だった。
「今オレ達がいる場所はこのでかい青い点の本拠地なんだが、御覧の通り小さな点々がいくつもあるだろ。これ全部拠点なんですわ」
颯太は地図に目を落とす。そこには15か所の小さな拠点があった。
「これからこれを取ったり取られたりの戦争をするわけなのは理解しているだろ?んで、やっぱこういうのは指揮を執る者がいないと話にならないわけよ。もうここまで言えば分かるだろ」
反発する者は誰もいなかった。
いや、出来なかったと言うべきだ。銀二の余りにも強い眼光に誰もが抗えなかった。
その中でクレアと颯太だけは知らぬ顔をしていた。
「まぁ、あれだけ強いプレイヤーなら安心できるな」
「そうだな。我々は出来る限りの事をすればいい」
しばらく誰も口を開かないでいると銀二は『んじゃ、決まりだな』と言ってにやりと笑って見せる。
「それじゃ、ギルド、仲良しのお友達同士で固まっている奴はこっちの坊主のとこに来い。ボッチのソロ野郎はもしゃもしゃの奴のとこに来い。そっから拠点振り分けをする」
銀二にそう言われて木のテーブルで受け付けをしている坊主頭の男と、少し遠くの場所で坊主頭の男同様に受け付けをしているもさもさ頭の男が同時に手を挙げていた。
「皆行こう」
颯太の言葉で皆が歩きだした瞬間、前方に白い服を着た少女が仁王立ちしている。その少女の後ろで男はため息を漏らしており、明らかに少女のテンションに着いて行けていないようだった。
「ふっふっふ、レーナ!やっと会えたわね!」
「うわ…リーナだ…」
「わあ!ホントにレーナさんそっくりなのね!可愛らしいわ!」
「ほわぁ……ホントに似ているね…」
「え?ちょっと、あなた達なんなの!?きゃ、さ、触らないで!」
「よう、颯太。また会ったな」
「神出鬼没だな。お前とリーナは」
「大会ぶりだな。滉介少年」
「おや、氷帝とビャッコも一緒だったか」
颯太の後ろにいたクレアとユキナに気付いた滉介は驚いた様子も見せない。
「それでどうしたんだ?」
「颯太、よければ俺とリーナをお前達のグループに入れて貰えないか?」
「え!?ちょっとアンタ何言っているの!?」
香織と詩織にもみくちゃにされていたリーナが二人を振り払って滉介に言葉に驚いた様子を見せる。
「知らない奴と1ヶ月も戦えというのも気が重い。なら、顔見知りである颯太達と手を組んだ方がやりやすいと思っただけだ」
「と、言っているが?」
「重要な選択肢の時は俺に任せますよね……クレアさんは…」
「君は私達のリーダーだからな」
どこか含みのある笑みを見せてクレアは颯太に決断を委ねる。
「レーナはいいと思うか?」
「ん~……私が嫌と言えばそれは我がままになるし、颯太を困らせたくないから私はいいよ」
「そうか――――――――分かった、俺達のグループに入る事を許可する」
「サンクスだ」
「えええ!?ホントに入るの!?」
「しばらく厄介になる。俺は滉介だ。よろしく」
「いや~男が増えて嬉しいぜ!俺は竜也だ。よろしくな」
「よろしくね、滉介さん。私は香織よ」
「よろしく!あたしはティア!」
「ユキナだよ~」
「私はクレアだ。君の活躍に期待するよ」
ギルドメンバー+1名と握手を交わした滉介は満足そうだ。
「それじゃ、行こう」
「こちらの紙にメンバーの名前と神器名を書いてください」
坊主頭の男に紙を渡された颯太は、全員分の名前を記入し、その紙を受け付けへ戻す。
そこから待たされること数十分。
振り分けられた紙を持って再び銀二が壇上に上がってくる。
「お~お~なかなか強い奴が揃っているなァ……オラァ嬉しくて泣いてしまいそうだぜ」
自分でそう言って鼻で笑い、次は真顔で『冗談だよ』と言う。全く変な男である。
「各拠点にはうちのギルドの幹部を置く事にする。基本そいつの指示に従って貰う事になるが、気に入らなければオレに言え。それが正当な理由ならばそいつをぶっ潰すからよ」
『まぁそれも冗談だが~』そんなことをぼやきながら振り分けを発表する。
「まずは中央エリアだ。基本ここは争いが絶えない場所になるだろうな」
地図に取り出す皆に習って颯太も地図を広げる。
色分けが施され、中央で分断されたマップの右側が颯太達青チームとなっている。
「んで、馬鹿でも見れば分かるけどよ、こっちの青は何の配慮か知らねえが、真ん中の中央線から突き出る形で赤の領域がこっちに入っているんだわ」
そう、青側に膨らむ形で赤の領域が青の領域に入ってきているのである。
「その代わりこっちは地図の真上と真下の地形が赤の領域に滑り込むように入っている」
靴のような形をした地形が赤の領域に食い込んでおり、颯太は『ここがねらい目だな』と思った。
「こういう拠点合戦はな、真ん中なんか誰も狙わねえんだわ。ましてや青の領域の地形は赤のアドバンテージである真ん中を挟撃できるような位置取りになっている。恐らくここは青にも突破されない、赤にも突破されない泥沼を続ける場所になるとオレは読んでいる」
『で』と銀二は話を続ける。
「ここには必要最低限で前線を維持できる奴を配備することにした。おい、加山」
「はい、ここに」
「お前をここに配備する。んで、お前の指揮に入る奴は颯太っていう奴らに任せる。おい、ここまで上がってこい」
突然呼ばれた颯太達は、言われるまま壇上に上がる。
「お~お~誰かと思えば混沌使いだったか。こりゃいい。それに、氷帝にビャッコ。んで、最近噂になっている新しい神器も取り揃えているか」
「銀二、この人達だけで?」
「いや、後でどんどん送ってやる。今はそいつら連れて地盤を固めておけ」
「分かりました」
「お前達の活躍に期待しているぜ」
「さぁ、行きましょうか」
バシバシと銀二に肩を叩かれた颯太はそのまま加山に連れられて壇上を降りると、城の中へ入って行く。
「さて、ここらへんでよろしいでしょうかな」
そう言って加山は振り返る。
「皆さん初めまして。少しの間皆さんの指揮を務めてさせていただきます、加山と申します。以後お見知りおきを」
「あなたはバトルアリーナに出ていなかったと記憶しているが?」
「あぁ、それは銀二に止められたからですよ。お前は映像から他の奴らの戦闘力をまとめろと言われまして」
クレアの質問に加山は気さくに答える。
「どんな神器を使うのですか?」
「私は4世代目の神器を使います。この子の名前はレディリーケープと言います」
加山が見せたのは見えるかどうか怪しいくらいの細い糸だった。
「神器と一体化するタイプですか。クレアさんと一緒ですね」
「あはは、氷帝で恐れられているクレアさんには遠く及ばない神器ですがね」
「それで、わたくし達をここまで連れて来たのはどういう事かしら?」
「あぁ、それなんですが、あちらをご覧ください」
リーナの問いかけに加山は思い出したかのように指差した先には、カラフルな彩りで並ぶワープゲートだった。
「あのゲートは?」
「あれは各拠点を行き来することが出来るゲートです。そして少し離れた位置にあるのがギルドのアジトへ繋がるゲートとカナリアの城に繋がるゲートです。ですが、カナリアの街には出られませんので注意してください」
「暇なときはソードタイガー探しに出かけられるのはいいな」
「こちらではレベル70で固定されますが、カナリアの城とギルドアジトに戻ればレベルが戻る仕様になっています」
「あ!それで思い出したのだけれど、ここではモンスターが使えるのかしら?」
「ええ、各拠点に行けば使えるようになりますよ。この本拠地では使用出来ませんがね」
「そうなるとモンスターの事も視野に入れて戦わなければならないのか」
「そうなりますね。とりあえず僕達の拠点に行きましょうか」
加山は青色のゲートの中へ飛び込んでいく。それに習って颯太達も続々とゲートの中へ身を投じた。
「大きいわね……」
「すげえ……」
香織と竜也が見上げる先には、巨大な要塞が立ち誇っていた。
先ほどの戦国時代のような雰囲気は一気に消え失せ、コンクリートのような真っ白い岩壁には小さな穴がいくつも開いている。
「中はなかなか綺麗でしたよ」
加山に案内されて中に入ると真っ白な廊下が続いていた。
木の扉をどんどん追い越し、2階に上がればまた似たような景色が続く。
「ここが作戦室になりますね」
流石作戦室というべきか、ここだけ豪華な飾りが施され、赤いカーペットの所々に散りばめられたライオンの刺繍が目につく。
「何もない場所だな」
颯太の第一声だった。
「ええ、今の所何もありませんが、こちらのカタログで色々増やせるみたいです」
テーブルの中央に置かれた分厚い本を開くと、そこには家具申請やら拠点修復機能やら拠点を守るゴーレムなど色々載っていた。
「オブジェクトを破壊すれば拠点ポイントが増えるらしいな」
横から見ていた滉介がそう呟く。
「はい。ですが、これは全拠点共有のものなので、好き勝手に使っていいわけではありません。何故この作戦室だけこんなに豪華なのかと言いますと、実は銀二が試しに使ったものでして、ホントは何もない殺風景な部屋だったのですよ」
「あぁ、だからここだけこんなに豪華なのか…」
「で、その拠点ポイントの稼ぎ方は?」
「基本この拠点の周りにある木を伐採したり、削岩すれば増えて行きます」
詩織の質問に加山は即座に答える。
「勢力戦開始は今週の木曜日だ。それまで出来る限り拠点を強化しようではないか」
「そうですね。木曜日までは基本拠点の強化に努めましょう。さて、僕はこれから来る人達の拠点案内をしてきます。皆さんは拠点ポイントの稼ぎの方をよろしくお願いしますね」
「了解しました」
忙しそうに加山は作戦室を出て行った。
残された颯太達はとりあえず加山に言われた事を実行すべく、グループを更に細かく分ける。
「とりあえず外を出歩こう。地図だけじゃ分からない事が多すぎる。香織さんは竜也と一緒に見渡しやすいところを探してくれ。狙撃ポイントを見つけることは重要だからな。そしてクレアさんは滉介と地形把握を集中的にしながら拠点ポイントを稼いでくれ。最後にティアとユキナは俺と一緒に探索だ。皆、張り切って行くぞ!」
『了解!』
滉介以外の皆がやる気を見せながら作戦室を出て行った。
ここから少し長い話になると思われます。
まぁランゲージバトルは12月で決着する話を想定していますので、1章1章長くなるのは仕方がないことだと思います。




