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若気の至り

翌日の土曜日、颯太はこれから皆と昨日の出来事について話し合うため香織の家に行くことになったのだが、妙に落ち着かないでいた。



「なにしているの?」


「え?あ、いや、なんでもない」


「何でもないわけないでしょ……」



集合する予定時刻まで1時間以上あるのだが、颯太が早く目を覚ましたせいでレーナも巻き添えをくらっていた。



「香織が迎えに来るんだよね?」


「あぁ、その手筈になっている」



香織は颯太を迎えに、竜也はクレアの家に行き、そこからクレアの車で詩織を拾ってくる予定になっている。

まぁ、誰も香織の家など行った事がないためこういう措置を取ったのだが、颯太はそれよりも昨日の出来事を思い出して顔が赤くなる。



「ちょっと風に当たってくる!」


「今日は暑いよ?」


「構わない!」



部屋を飛び出した颯太をレーナは小首を傾げて見ていた。




「はぁ……何やってんだか……」



家の近くにある自動販売機で炭酸入りのジュースを購入した颯太は、深いため息をつきながらプルタブを開ける。



「まさか香織さんの前で泣くとは…」



午前9時という事もあり、ちらほらと増えてきた人影に目を向けながら近くのベンチに腰掛けた。

今思い出せばあの時の香織は可愛らしい寝間着を着ていた気がする。

それに風呂上りという事もあっていい匂いがした。



「んでもってあのまま寝たんだっけか…」



颯太は香織の胸の中でいつの間にか寝てしまったのである。

夜中にFDが鳴り響いて一度目が覚め、そこで香織の家に集合する事となり、それを知った時からなかなか寝付けなくなって結局少しの間しか眠ることが出来ず、今に至るわけだ。



「はぁ……一体どんな顔をして香織さんに会えばいいんだ…」



颯太は再び深いため息をついた。



「はぁ……」



そしてここにも深いため息をつく者がいた。



「どうしたのですか、香織」


「あ、ううん、何でもない」


「何でもないようには見えないのですが…」



香織だった。

先ほどから部屋の中を忙しなく行ったり来たりしてはたまに溜め息を吐きだす行為を続ける香織に、アルテミスは様子が気になって声をかけているのだが、香織は何でもないと言う。



「ちょっと外に出てくるわね」


「今日は少し暑くなりますよ。日焼けに気を付けてください」


「ええ、分かっているわ」



豪邸というか、屋敷の大きな玄関扉を開けて外に出た香織は、庭園のベンチに腰かけた。



「あぁもう…勢いとは言え、あんなことまでしちゃうなんて…!」



顔から湯気が出そうなくらい顔を真っ赤にした香織は両手で顔を覆う。




『颯太くん……落ち着いた?』


『すぅ……すぅ…』


『あれ…?寝ちゃった…?』



抱き付いたまま寝てしまった颯太を香織は起こさないようにそっと布団に寝かせる。



『颯太くんの寝顔は本当に可愛いね……』



好きな人の寝顔をいつまでも見ていたい、そう思った香織だったが、そこである事に気付いた。



『あ……ここ、颯太くんの部屋だ…』



何を今更という感じだが、香織は今まで男の部屋はおろか、男の友達すら出来たことがないそんな初心な少女の初めて入った部屋が好きな人の部屋である。顔が赤くなるのは時間の問題だった。



『颯太くんの匂い……』



颯太の匂いが染みついた部屋にはいつも持ち歩くバッグや先日自分がおすすめした本が収納された本棚。

その奥にこっそりとカーテンで隠された棚は颯太の輝かしい記録が詰まった棚だと思われる。

香織は周りを見渡した。

男にしてはやけに掃除の行き届いた部屋に香織は『颯太くんらしいや…』と呟いてクスリと笑う。

テレビの横に置かれたダンボールの中には大量のゲームのディスクが入ったケースと攻略本がどっさりと置いてあり、ゲーマーな颯太の思い出がいっぱい詰まっているのが一目でわかる。

そして何より目を引いたのは、颯太のベッドである。

何故彼はベッドで寝ないのだろうか、と思ってすぐに答えが出た。



『レーナさんと寝ているんだっけ……』



小さな女の子に少し嫉妬してしまった自分の思考を振り払い、香織は再び寝ている颯太に視線を戻した。



『颯太くん……』



寝息を立てる颯太は少し寝返りを打つとそれに合わせて前髪が揺れる。

香織はそんな颯太の髪を弄りながら微笑む。



『私ね、颯太くんの事が中学校の頃からずっと好きだったんだよ……君は気付くどころか、私を避けるようになってしまったけど…』



寝ているからこそ言える告白。

普段の彼を前にしては絶対に言えない言葉。



『ランゲージバトルに選ばれた時、本当は嫌だった。あんな怖いゲームやりたくないって思っていたの。兄さんは無駄にやる気を出して頑張っていたけれど、私は願い何て何もないし、アルテミスも戦いたくないのならそれでいいって言ってくれたから、嵐が過ぎるまで静かに過ごそうと決めていたの。でも、君に出会ってランゲージバトルの世界が変わった。君との共通の話題が出来たことの喜びと、また中学の頃みたく君の隣にいられることの喜びが私を勇気づけてくれたの』



香織は颯太の寝顔を見守りながら優しく頭を撫でる。



『あんなに速く走れて、昔の君を見ているみたいで嬉しくなった。また君の走る姿が見られるのなら、どこまでもついて行くって思えた。それにゲームをしている君は本当に生き生きとしていてかっこよかった。やっぱり私が好きになった男の子はかっこいいんだなって。あ、あれ……あはは…私、変なこと言っちゃってるね…』



誰にも言う事もなく自分の言葉で恥ずかしがる。



『君はすっごく鈍感だからこれくらいしないと分からないよね……』



香織はそう言って周りをもう一度見渡してから、そっと颯太の頬にキスをした。



『そ、それじゃ…!またね…!』


「うわああああああ!?」


「ど、どうかなさいましたか!?お嬢様」


「な、なんでもないわ!」



現実に引き戻された香織は自分の行動を振り返って、余りの恥ずかしさに叫び声を上げてしまった。

それに驚いたのはメイドの人たちであり、お淑やかで通っている香織の叫び声など前代未聞の出来事だろう。



「そ、それに私あの時急いでいたら寝間着で颯太くんの家に上がったわよね!?」



竜也は車を運転する事からある程度落ち着いていたのか、あの時はジャンパーを羽織っていた。それに対して自分と言えば……―――――。



「うわあああああ!!!???」


「お嬢様!?」


「何でもありません!」


「し、しかし…」


「大丈夫です!」



颯太の父親にバッチリと見られた自分の醜態。

いや、帰り際には颯太の兄と母親に見送られた記憶からすると――――



「もう全員に見られた……もうダメだわ……おしまいだわ…」



香織は口を開けてベンチをずるずると滑って行く。



「どんな顔をして颯太くんを迎えに行けばいいの……」


「なら俺と変わるか?」



いつの間にか前に立っていた竜也は、そう提案してきた。



「に、兄さん!?」


「アルテミスが気にしていたから何かと思えば、なんだよ。颯太の家族に寝間着を見られたくらいどうってことないだろ」


「ちゃっかりジャンパー羽織っていた兄さんにだけは言われたくないわ!」


「緊急の事態だったんだ。普通に会いに行くときに寝間着はどうかと思うが、あの時は仕方なかったと思うぞ」


「まぁそれはそうだけれど……でも、初対面よ…………颯太くんのお家に行くときはもっと綺麗な服を着て、失礼のないようにしてバッチリ決めたかったのに…」


「お前、颯太の家を何だと思っているんだ……それにほら、和彦さんにも口裏合わせて貰っただろ?」


「あれで信じて貰えたのか怪しいわ…」


「いやいやなかなかな理由だと思うぜ?颯太が間違って香織のノートを持っていったために宿題が出来なくなって、危うく先生に怒られるところだった。ほら、真面目なお前らしい理由じゃないか」


「兄さんが私をどういう目で見ているのか若干気になるけれど、そのノートを取りに行くだけであんな鬼気迫るような行動をするかしら……」


「まぁまぁ、既に過ぎたことだ。切り替えて行こうぜ」


「そう簡単に切り替えられるものですか……兄さん、時間は?」


「あともうちょいだな。どうする?車出して貰って俺と交代するか?」


「ううん、ちゃんと迎えに行くわよ」


「そっか。んじゃ、俺は少し早いが、クレアさんの家に行ってくるぜ」


「分かったわ。気を付けてね」



竜也は欠伸をしながら去って行った。

何ともまぁ気楽な兄である。



「はぁ……私もそろそろ準備しないといけないわ……」



憂鬱な気持ちを抱えたまま香織は重い腰を上げてベンチから立ち上がった。

次の話は初めて現実世界で集合する話です!って言おうとしたら既にクレアの引っ越しで集まっていますね、これ。

まぁあの時は忙しかったので、ゆっくりと話す機会を設けたという意味では初めてですね。

さて、今回は颯太と香織の仲が進展したお話でした。

香織の心情と颯太の心情を書いているうちにどんどん楽しくなっていきました。

バトル編の方が好きな私ですが、たまにこんな話も書きたくなるのです。

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