訳あり
「くぅ…!今日も疲れたな」
翌日の放課後、颯太はいつも通りの授業をこなし、家に帰ったらレーナと何して遊ぼうかと考えていたところへ見知った人物を見かけた。
「千草ちゃんか…?」
学校の校門付近をうろちょろしている千草を見かけた颯太は、一瞬スルーするかを考えたが、流石に高校生が小学生相手にそんなことをするような真似は出来ない。
「何してんだよ、校門で」
「あ……えっと」
「……場所を変えよう。人の目が気になる」
やっぱり小学生が一人校門の前で誰かを待っているとなれば気になる人も出てくるわけで、その待合人が根暗の颯太となれば尚更気にもなる。
颯太はそんな視線に耐えかねて頭を掻きながら千草を引っ張って歩き出した。
「ほら」
近くの公園までやってきた二人は、ベンチに腰掛ける前に自分の缶コーヒーと何を飲むのか分からなかったが、とりあえず無難なオレンジジュースを買ってきて投げ渡す。
「手で渡しなさいよ」
「買ってきて貰って最初に言う事がそれか……」
『レーナ、ちょっと帰りが遅くなる』
『は~い!今ね、クレアのお家にいるから私もちょっと遅くなる!』
『そうか。お前が楽しそうで何よりだよ』
『えへへ、クレアね。ゲームとっても強いんだよ~。もし私に買ったらお菓子を買ってやろうって言うから、頑張るの!』
『あぁ、頑張って来い。もし買ったら、その戦利品を俺にも分けてくれよ』
『いいよ!よ~し!颯太の分まで私頑張るね!』
「で、なんだ?」
レーナとの会話を終えて、颯太は隣に座る千草に話しかけた。
「………」
「はぁ……喋ってくれないと何故俺を待っていたのか分からないじゃないか」
「別に、アンタを待っていたわけじゃない」
「あ、そう」
いい加減この少女の反抗的な態度にも慣れつつある颯太は軽く受け流して、千草から視線を外す。
「ねえ、どっか連れてってよ」
「はぁ?いきなりなんだよそれ」
「いいから!連れて行きなさいよ」
「訳分からねえ……それで、連れて行くにしてもどこがいいんだよ。それに、世間体的に高校生がランドセルを背負った小学生を一人連れ回していると面倒なんだよ」
「なんで?別に構わないじゃない」
「まぁ……本人承諾って事でいいか……」
颯太は缶コーヒーを飲み干すと立ち上がった。
「話を戻すが、どこ行けばいいんだ。いきなりそんなこと言われても思いつかないぞ」
「どこでもいいわよ。時間を潰せれば」
なんだか訳ありだな、と感じた颯太はとりあえず友達に電話をするフリをして笹森家に電話をかけた。
「繋がらない……か」
「早くしてよ」
「はいはい。それじゃ、俺の好きな場所を歩くぞ」
「ええ、それでいいわ」
颯太は家に電話が繋がらない事がやけに気になった。
「で、なんで本屋なのよ」
「お前な……本を馬鹿にする奴は後々泣きを見るぞ」
という颯太も和彦に勧められるまでは本など興味がなかったのだが、最近香織のおススメの小説やら、クレアの意見を取り入れて本を読むうちに、小説にハマってしまったのである。
「まぁ、小学生には理解出来ないか」
「私を子ども扱いしないで」
「どこをどう見ても子供だろうが」
「アンタ、結構むかつく」
「奇遇だな」
隣で並んでいる小説を手に取っている千草と探偵もののシリーズを探す颯太は、そんなやり取りを繰り返す。
「そう言えば千草ちゃんの部屋にもいくつか本棚があったな」
「なんで私の部屋の戸棚なんか見ているのよ」
「言葉のキャッチボールくらい投げ返せ。お前、グローブごと地面に叩きつける会話しか出来ないのか」
「変な比喩ね―――――まぁあれはお父さんの本よ」
「お父さんのだったか。読んだのか?」
「読める訳がないじゃない。お父さんが買ってくる本は全て外国語よ。なんで読めもしない本を買って来るのかしら」
「あぁ、だからタイトルが英語だったのか。お父さんはいつ帰って来るんだ?」
「さぁ?私は知らないわ。例え帰って来たとしてもすぐ出かける人だし、あんな人の用事なんか知る必要もない」
「変にませているガキだな、ホント」
「だから子ども扱いしないで」
「はいはい、悪かったな」
「私もう飽きたわ」
「もう少し待てって。俺もすぐ選び終えるから」
本屋の素晴らしさを軽く1時間くらい語ってやろうか、なんて思った颯太だが、言ったところで千草には理解出来ない事を悟り、とりあえず無難なベストセラー小説を選ぶことにした。
「次はどこ行くの?」
「ゲームセンターだ。ちなみに17時には帰るぞ。余りお母さんを心配させては駄目だからな」
「別に、心配されなくてもいいわよ」
「何か言ったか?」
「別に」
やってきたゲームセンターはデパートの中にあるゲームセンターだった。
明るい雰囲気が漂うゲームセンターは、親の買い物を待つ子供たちがたくさんいて、平日でも大いに賑わっていた。
颯太がいつも通う穴場のゲームセンターはここではない。
だが、ゲームセンターというのはスリや恐喝など、犯罪が起きやすい場所でもある。
ましてや小学生がそんな場所にホイホイ行ってしまっては何をされるか分かったもんじゃない。
高校生くらいになればそういう場所の危機感というか、近寄っては行けない雰囲気を直に感じることが出来るようになるのだが、小学生は好奇心旺盛でどこへでも行ってしまう。
颯太の隣にいた千草がいつの間にかどこかに行ってしまった、何てことになれば颯太は千草の母親に何を言われるか。
しかし、ここのデパートのゲームセンターは安全だ。
スタッフが常に巡回していて、何より店内が照明などで明るい雰囲気を保っており、犯罪が起きるようには見えない。
その代わりUFOキャッチャーのアームの強度が極端に低かったりするのだが。
「私、お金持ってないわよ」
「いいって、少しくらい俺が奢ってやる」
「へえ…」
「なんだよ」
「たまには良い事をするのね」
「余計なお世話だ。ほら、何をやりたいんだ?」
「少し歩き回ってもいい?」
「了解だ」
初めて見るのだろうか。颯太はガラスの向こう側にある、ヌイグルミに対して目を輝かせている千草を目のあたりにした。
「はじめて来たのか?」
「ええ!ゲームセンターなんて初めてよ!」
「やけに素直だな」
「はっ……!?べ、別に――――」
「もう少し見て回るぞ。もし取れそうなら取ってやる」
「ホント!?なら、あのぬいぐるみがいいわ!」
「どれだ?」
颯太が言葉を遮ったことに反感を覚えない千草は、颯太の手を引いて走った。
「どうかしら」
「ん~……これは比較的ノーマルな奴だな」
持ち上げて落とすパターンのUFOキャッチャーに颯太は眉間にしわを寄せる。
UFOキャッチャーのプロでもない颯太は、とりあえず100円玉を投入してアームの強度を測る。
「平日だから良心的なアームの強さだな」
「取れそう…?」
「あぁ、大丈夫だ。必ず取ってやる」
颯太を見上げる目がレーナと被って見えてしまった颯太は、思わず笑顔で頷いてしまった。
「頑張りなさいよ」
「言われなくても分かっている。なんせ、使っているお金は俺のだからな」
そう、自分のお金をすり減らしてやっているのだ。これは本気にならざるを得ない。
それから颯太はUFOキャッチャーと格闘を続けた。
そして激闘の末に、颯太は遂に真っ白なウサギのぬいぐるみを落とす事に成功する。
「うっし!!」
「凄いわ!」
すぐさま取ったヌイグルミを千草に渡すと、彼女は天使のような笑みを浮かべてヌイグルミを抱きしめた。
「ありがとう、颯太」
「ん?あ、あぁ。いいってことよ」
素直な千草にいまいち調子が狂う颯太は、舌足らずな返事をして頭を掻く。
「さぁ、帰ろう」
「あ………うん…」
はっとした顔を浮かべてから千草は表情を沈ませた。
その理由を聞くべきか悩んだが、千草が話す時まで待つことにした。
「それじゃあな―――っておい」
家まで送った颯太は、背を向けて帰ろうとした瞬間、千草に服の端を掴まれて振り返る。
「馬鹿…」
「ば、馬鹿!?」
千草はそう言って家の中へ入って行った。
馬鹿と言われた颯太はしばらく呆然としていたが、やがて自分もレーナが待っている事を思いだして帰り道を歩き出した。
「あら、遅かったわね。どこ行っていたの?」
帰って来た千草に気付いた母親は、料理する手を止めて彼女を見る。
「別にいいじゃない、私がどこに行っていようが」
「そう言ってもねえ……―――そのぬいぐるみは?」
「颯太にゲームセンターで取って貰った」
「あらあら、今日は天風さんとお出かけしていたのね。でも、そのぬいぐるみを取る時にお金を使ったのでしょう?天風さんが今度来た時にお金を払わなくちゃならないわね…」
その時千草はギリっと奥歯を噛んだ。
全然分かっていない、この母親は、と。
「だから私はこの家に帰りたくなかったのよ!」
「ち、千草!?」
千草はぬいぐるみを大事そうに抱えて階段を一気に上がり、部屋の中へ飛び込むと鍵を閉めた。
「もう知らない…!あんな母親と父親なんか…!」
追ってくる気配もない母親に更にイラついた千草だったが、ふと机に置かれた颯太の連絡先に気付く。
『もし分からない所があったら、変に悩まず俺に相談しろ。まぁ、千草ちゃんは頭が良いからそんな事はないだろうけど』
と、彼は笑いながらそう言ってメモを置いて行ったのを思い出す。
律儀にメールアドレスと電話番号を書いて行った彼の連絡先を千草は携帯に登録する。
「もう腹立つ!」
ひたすら颯太宛てに『バカバカバカバカ――――』と気が済むまで打ち続けて乱暴に送信ボタンを押した。
返信はすぐにやってきた。
『お前誰だよ』
「あ、颯太に私のメアド教えてなかった………まぁいいか、颯太だし」
そう彼の名を口にして千草は微笑む。
少しだけ気分が晴れた千草は、颯太に取って貰った大きなウサギのぬいぐるみをベッドに置く。
「この子の名前、どうしようかしら……」
楽しそうに千草はウサギの名前を考えるのであった。
小学生の頃ですが、母親が豆腐を切るとき、手のひらの上に豆腐を置いて、そこへ包丁を落とすのを見て無性に怖かった思い出があります、どうもまた太びです。
まぁ実際自分でやってみれば全然痛くも何もなかったのですが、自分もまだ若かったという事ですかね。
さてさて、今回は千草ちゃんのお話でした。
複雑な家庭環境に見えてきたような?話だったのですが、いかがだったでしょうか。
そろそろランゲージバトルの謎が一つくらい明らかになるような話を考えていますが、どこでやるのかさっぱり考えておりません。




