バイトを考える颯太
カッカッカ――――!
数学教師である我がクラスの担任小町がチョークを綺麗な黒板に走らせている今日の午後。
時計の針は14時を示しており、そんな授業を颯太はぼんやりと頬杖を突きながら聞いていた。
授業というのは退屈だ。
それは誰もが思う事だろう。実際好きな数学でさえも『ただ他の教科に比べれば受けやすく、精神的苦痛が最も少ない』という理由から好きな教科に上がっているに過ぎないし、本当に勉強が好きだと言う者などほんの一握り程度だろう。
隣の学年首席である上条もがり勉ヅラして勉強が大の嫌いと言うもんだから信憑性にかけるのだが、廊下側の席に座ってグースカ寝ている健太が『俺、勉強嫌いだぜ!』と言えば納得できるものがある。
その違いはなんだろうか、と颯太の思考はくだらない域にまで上り詰めていた所でチャイムが鳴った。
「あら、もうそんな時間だったのね。それじゃ、今日はここまで。皆、テストも近いのだから気を抜かないようにね。特に健太くん!」
「は、はひ!」
「健太、涎垂れているぞ」
くだらない事を考えていたらいつの間にか時間が過ぎており、小町に名指しで呼ばれた健太は机に小さな水たまりを皆に見られて赤面する。
小町が教科書と自分が持ってきたチョークを小さな箱入れて教室を後にするといつもの喧騒が沸き起こる。
くだらない思考を張り巡らせていた颯太は、板書を中断していた事を思いだしてノートとペンを持って立ち上がった。
「お?どうした?」
「ちょっと写していないとこあってさ」
「見せるか?」
「いやいいさ。それに今日の日直は俺だしな。消すついでに写すよ」
上条が閉じたノートに手を伸ばしたが、颯太はそれを手で制して断り、教卓の前まで来るとノートを開いて板書を再開した。
ランゲージバトルの方も落ち着きを取り戻した事もあり、颯太はある事を実行に移そうと考えていた。
それは―――――……
「バイト……しなきゃな」
そう、バイトである。
レーナを遊園地に連れて行くことを決意した颯太の前に立ちはだかったのが金銭面である。
一介の高校生に過ぎない颯太に大人料金と子供料金の二つを賄えるほどお金は持ち合わせていない。
そこで颯太は前々から計画していたバイトをやろうと思っているのだが、さて、どこでしたものやら、という所なのである。
「バイトねえ…」
「あぁ、ここらへんでいいバイトはないか?」
最近お決まりになりつつある竜也とのお昼に颯太はコーヒーが入った紙コップを口につける。
「金に困ってんのか?」
「少しだけな」
「バイトの事なら事務室前の掲示板見てみたらどうだ?あそこに高校生向けのバイト募集要項があるぜ」
「へえ、今まで行きもしなかったから気付かなかったよ」
「お前この学校に来て1年経っているのに何も知らないんだな」
「興味もなかったからな」
「ふうん?」
「なんだよ」
そこで竜也から意味ありげな視線を向けられて颯太は眉間にしわを寄せる。
「いや、今までそういう事に興味がなかった奴を動かしたのは誰なんだろうなって思ってさ」
「………さぁな」
「全くお前も素直じゃねえな。それが世間で言うツンデレって奴なのか?」
「俺がいつ、誰に、デレた」
「さぁ?それは自分の頭に真っ先に思い浮かんだ奴じゃねえの?」
「うっ…」
竜也に言われた瞬間頭にレーナが思い浮かび、颯太は頭の中のレーナを消すように頭を振った。
「少なくともうちの妹じゃねえようだな……」
「ん?何か言ったか?」
「いや、何でもねえよ。とにかく、放課後事務室前まで行ってみようぜ。もしかしたらお前が望むバイトが見つかるかもしれないしな」
「別に俺一人で行ってもいいんだが」
「部活引退してから俺も暇なんだよ。いいじゃねえか、着いて行ってもよ」
「そう言う事なら、まぁいいけどさ」
「教室戻ろうぜ。颯太に影響されて俺もゲームを買ったんだ」
「なに買ったんだ?」
「ネクロスファンタジーⅢ」
「お、携帯ゲーム機にリメイクされた奴か。いいよ、あれはマルチプレイも可能だったから一緒に冒険しよう」
コーヒーを飲み干した颯太は紙コップをトレイに置いて立ち上がる。
そして竜也も素早く弁当箱を片づけると先にトレイを片づけに行った颯太と合流して食堂を後にした。
「で、何にするんだ?結構あるようだが」
「思った以上にあるんだな」
「ま、張り出されるだけで実際にここから受ける奴は少ないからな」
放課後、事務室前までやってきた二人は、掲示板に張り出された大量のバイト募集要項に目を通していた。
颯太は右手を顎に当ててじっくりと掲示板を見ており、対する竜也は適当に流し読みしている。
「お、こんなのはどうだ?」
「………本屋のバイトか。ん~少しここから遠いな。自転車で40分もかかるじゃないか」
「颯太は原付の免許持ってなかったのか」
「まぁな。原付は車の免許を取る時同時に習うから、今無理して取る必要はないかなって思っていた。それで、その口ぶりからすると持っている感じか?」
「おう、俺は持っているぜ。ちょっと出歩くときには便利だ」
「あれば便利だと思うがな」
「ちょっと勉強すればすぐ取れるぜ?」
「あれもお金がかかるだろう。今はいいさ。自転車で間に合っている」
そこで颯太はある紙に目が留まった。
「お?それが気になるのか?」
「…………」
「家庭教師…?小学生のか」
「簡単な国語と算数が出来ればいいらしい。時給も悪くないし、ここからそう遠くない」
「まぁ颯太は苦手な教科とかなさそうだしな」
「俺だって苦手な教科はある」
颯太は募集要項の紙を引き抜くと、事務室に入って行った。
「え、マジで家庭教師やるのかよ…」
その姿を竜也は茫然と見ていた。
「俺、バイトすることにした」
「何のバイトするのよ」
晩御飯、颯太はそう話を切りだした。
真っ先に食いついたのは母さんであり、その隣の父さんは大した興味もなさそうに見えるが、ちゃんと聞き耳を立てている。
「家庭教師だ。申請が通り次第行ってくる」
「小学生のか?」
「あぁ」
「颯太、帰り遅くなるの?」
「火曜日、木曜日、週2回の16時から18時までの家庭教師だ。少し帰りが遅くなる」
「それは大丈夫だ。我が家は皆が揃うまで飯にありつけないのが鉄則だからな」
「で、俺のバイトを許可してくれるよな?」
「人様に迷惑をかけない程度に頑張って来い」
確認の方を聞くため颯太は父さんに顔を向けながら窺うと、父さんは息を吐きだしながらそう答えた。
「ねえ颯太、家庭教師ってなんであるの?」
「なんであるって……そりゃ、学校で理解出来なかった範囲をもう一度詳しく教えて貰うためかな。それか、特殊な例だが、学校に行かないで自宅で勉強している人とかか」
その後、自室で帰りに本屋で買ってきた小学生用の算数の問題集を眺めている颯太に、レーナはそんな事を聞いてきた。
「ふうん?颯太はそういうことあったの?」
「いや、俺はなかったな。小学生の頃は何となく受けていれば理解出来たものだったし、特別苦戦した覚えはない」
「んじゃ、これから行くところは馬鹿な子のところなの?」
「いやいや、そんな事はないと思うぞ……―――それで話を戻すが、正直小学生の授業が中学生や高校生の授業よりもよほど大事に思えるんだ」
「なんで?小学生の授業って簡単なんだよね?」
「だからこそだ。小学生で習う授業というのはこれから展開されて行く授業の基盤となる部分だ。そこをしっかり抑えておくことで、これから習う数学。つまり算数の発展をよりスムーズに理解しやすくなるという事なんだ」
「颯太って頭いいんだね」
「…………話を続けるが、俺の友達に上条という男がいる。そいつは学年で首席を取るほどの頭脳を持っているんだが、それでもアイツは塾に通っている。それは何故かっていうと今言った事が当てはまるんだ。小学生の授業内容に比べれば雲泥の差なんだが、それでもやっている事は変わらない」
「ふふっ……つまりは、復習をしろって事だよね?」
「なんだかレーナがそう言うと違う漢字を連想してしまうが、そういう事だ。復習をしっかりやる事で脳に深く内容を刻み込ませ、より忘れにくくするというものなんだ」
「それを颯太は教えに行くの?」
「あぁ、そうだ。練習問題を何度も解かせる気はない。基本をしっかり抑えてそれを実践するだけの簡単なお仕事だ」
「でも、颯太が読んでいるのは算数の参考書だよね?国語はどうするの?」
「…………明日参考書買ってくる」
「かっこよく決めようとしたのに残念だね~」
「はぁ………ほら、そろそろ風呂の時間だぞ」
「は~い。パジャマどこだっけ?」
「もう母さんが脱衣所に用意している。さっさと風呂入ってこい」
「うん!」
レーナはパズルを中断すると、急いで部屋を出て行った。
「…………国語は何をやるんだ…?」
颯太の純粋な疑問の声が部屋の中に響いた。
どうも、また太びです。
私の小学生の頃は何も苦労せず授業を受けていた覚えがあります。
授業の中で面白かった思い出と言えば、小学1年生の頃ですかね。
今思えばとんでもない教師だなと思ったのですが、その教師はなんと授業になると必ず竹を持ち出すとんでも教師でして、うるさくなると竹で床を叩いて静かにさせるような人でした。
それである日、クラスの男子一人がうるさくしてその教師の竹で頭を叩かれたことがあったんです。それがなんとまぁ、その男子の頭が石頭だったのか、それとも竹に限界が来ていたのか分かりませんが、竹がばっくりと割れてしまい、その授業中はみんな笑っていましたね。
叩いた教師も目を見開いており、今思えばいい気味だと思いました。
正直何故あんな竹を持ち出すような男が教師になれたのか分かりませんが、竹で何をするのか分からない小学1年生に竹は逆効果でしたね。
そんな先生とも1年経って学年が上がるとお別れでした。まぁ、余り良い思い出がなかった先生ですが、学校をさぼろうとした私を自宅まで迎えに来たのは驚きました。(ちなみに私の実家は歩いて2分の距離に小学校があります)
全く、変なところで熱い先生だったな、という思い出があります。




