滉介とリーナ
「あ~もう!むかつく!」
「俺の金の事を少しは考えてくれないか…」
「知らないわよ!アンタのお金なんて!」
カナリアの端に位置する誰も知らないような、隠れた酒場にリーナと滉介はいた。
混沌に負けた事が余程悔しかったのか、目の前で自棄食いするリーナに滉介はどうすればいいのか分からず嘆息する。
そんな小さな身体のどこに大量の食い物をしまえる胃袋があるのかと一瞬滉介は考えたが、そもそも神器に人間の定義が当てはまるはずもない、という結論に辿りついて滉介は漆が塗られた木の椅子に深く腰掛けながら天井を仰ぐ。
「しかし、強かったな。あの男」
「ん?あぁ、颯太と言ったかしら。ええ、レーナには勿体ないくらいの男ですわ。むしろわたくしのご主人と交換したいくらいよ」
「俺もこの世界に来てから負けなしだったのだが、まさか意気込んで挑んだ上に普通に負けるとはな」
リーナの皮肉なのか、それとも本当に冗談でもないのか分からない言葉をスルーしながら滉介は自分の言葉を口にする。
「良い線まで行ったと思うけれど」
「まぁな。でも、あっちの方が上手だった事に変わりはない」
そこで滉介はフラッグファイトの中継が流れている酒場のテレビを横目で見る。
巨大な炎の龍が一人のプレイヤーを呑み込んだ瞬間であった。
「あれは?」
「ボルケーノね。わたくしは知識でしか知らないけれど、レーナの次に警戒すべき相手よ」
「へえ、面白そうだな」
「あなた、結構冷めている男のように見えて燃えるタイプなのね」
「さぁな。自分の事は良く分からない」
「うわぁ……そういうセリフを得意げに言うのやめてくれないかしら…」
「悪かったな!」
ドン引きしているリーナに滉介は怒りを露わにしながら謝る。
「はぁ、暇なものね」
「次のイベントの発表は来週だろう?それまで待てないのか」
「待てないわけじゃないわ。ただ、あっさり終わってしまったものだから、これから何をすべきなのか分からないだけよ」
「そういう事か」
テレビの中継ではまだ戦いは続いている。
中央広場のモニターならば全ブロックの戦いも見る事が出来たのだが、普通の酒場にあるようなテレビでは1つのブロックしか映し出せないようだ。
「マスター、3ブロックの戦いを映せないか?」
「ええ、出来ますよ」
髭を生やしたダンディな酒場のマスターはリモコンを操作して3ブロック目。つまり、滉介とリーナが先ほどまで戦っていたブロックを映し出した。
しかしまぁ、このマスター。最初であった時は簡単な返事しか返さなかったというのに、何度も通ううちに口数が増えて行った事に滉介は素直に驚いた。
リーナによれば『好感度よ。それにこのお店、端にあるから誰も来ないみたいだし、マスターの好感度を根こそぎ奪っているからこそ滉介が通う度に態度がどんどん変わるんじゃないのかしら。競争率が高い城の近くにある酒場何て態度は絶対に変わらないわ』。
そんな話をリーナから聞いたことがあった。
今では名前も憶えて貰っている程であり、二人が入店するたびに『おかえりなさいませ、滉介さま、リーナさま』と声をかけて貰うほどである。
自然と不快感はなかった。
現実ではそんな挨拶など数えるほどしかないというのに、このマスターのから発せられる声には何故か温かみがあったのだ。
リーナはそれを鼻で笑った。
NPCに何を思っているのだと。
だが、滉介はリーナの言葉に『そうだな』と、同意する事が出来なかった。
何故だろうか。このNPCはとても機械が作ったシステムにはそう思えなかったのだ。
いや、このマスターだけではない。
この近辺に住む道具屋の若い女の子NPCや武器屋の厳つい男もそうだ。
滉介は悩む事が嫌いだ。
だからこそ、この悩みをリーナに聞こうと何度も思った。
だが、聞いてはいけないと心の底で忠告を出す自分がいる。
そこで滉介は向かい側に座るリーナを見た。
自棄食いは相変わらずだが、目線だけはテレビに向かっている。
どうやら彼女もあの男と混沌の行方が気になるようだ。
「ちょっといいか?」
「なによ」
不機嫌そうにリーナが反応を示す。
いや、完全に不機嫌なのだが、滉介は意を決して自分の問いを口にした。
「なぁ、NPCって本当に機械なのか?」
「…………」
「リーナ?」
今まで止まる事がなかった手の動きが止まる。
まるで時間が凍りついたかのようにリーナの表情も凍る。
「わたくしからはノーコメントですわ。けれど、1つだけ言ってあげます。無駄な詮索はやめなさい。あなた、死ぬわよ」
リーナは今までにないほど真剣な表情で滉介へ忠告した。
ガタン―――!!
リーナが座っていた椅子が倒れる。
それは彼女が椅子を蹴り倒してテーブルに身を乗り出したからだ。
「いい?過去にそんな無駄な詮索をして命を落とした愚か者が数多くいたわ。ねえ、あなたもそんな馬鹿な連中の仲間入りしたいの?」
息がかかる距離まで身を乗り出してリーナは滉介の心臓の位置に手を置く。
「あなたを危険視した運営が今もわたくしを操って心臓を捻り潰すかもしれない」
「いてえよ…」
服ごと胸を鷲掴みしたリーナに滉介の表情は歪む。
「もう一度言うわ。やめておきなさい。あなたはわたくしと普通にこのランゲージバトルを楽しむの。いい?」
「…………分かったよ」
「うん、良い子ね。好きよ、滉介」
「うお!?」
滉介の唇に自分の唇を重ねたリーナに、彼はらしくもなく椅子と一緒に後ろへ倒れてしまった。
「お、お前何してんだ!」
「え?わたくしの忠告を聞きいれてくれたお礼よ。何なら、もっと違う事が良かったかしら?」
そこでリーナは服をはだけさせて胸を見せる―――いや、鉄板を―――何でもない。
「ぬ、脱ぐんじゃねえよ!服を着ろ!」
「あら、わたくしとあんな爛れた生活を送っているというのに」
「どんな生活だよ!」
「滉介のピストンが凄く――――」
「ただ振る動作があるゲームを一緒にやっているだけだ!」
「うふふ、滉介は面白いわね」
「俺はお前といると疲れる……」
「ほっほっほ、いつも滉介さまとリーナさまは仲がよろしいですな」
「マスターも笑うな…」
「もうマスター公認の仲ね。滉介、今夜は一緒に寝ましょう」
「毎日同じ文句を言わせるつもりか!お前と寝ると……いや、とにかく寝たくない!」
「可愛いわね、滉介」
「うるさい!マスター!辛いジンジャーエールだ!」
「かしこまりました」
笑いを堪えているマスターに舌打ちをしながら滉介は、椅子を立て直してどっかりと座る。
「なんだか滉介を弄っていたら気分がすっきりしたわ」
「お前、ホント嫌な神器だな。性格がねじ曲がってやがる」
「そんなことないわよ。それならレーナの方がよっぽど酷いわ」
「ん?混沌の方がやばいのか?」
「自分のご主人を痛めつけているかもね」
「何だそれは…………―――まぁリーナより酷いというのであれば、あの男に少しだけ同情するな」
「うふふふ、わたくしと恋人のような関係を築いている滉介は幸せ者よね」
「あ~そうだな」
「つまらない反応ね。いいわ、今夜こっそり滉介の布団に潜りこんであんなことやこんなことしてやるんだから」
「もう勘弁してください……」
「お待ちしました。滉介さまオリジナルの辛いジンジャエールでございます」
「ありがとうな」
「ええ、ではごゆっくり」
朗らかな笑みを浮かべながらジンジャエールを運んできたマスターに礼を言って、滉介はグラスに口を付ける。
「くぅ、うまいな」
「わたくしは嫌いだわ。よくそんな辛いジンジャエールが飲めるわね」
「辛いのが好きなんだ」
「なら他の飲み物にコチジャンでも入れたら?」
「ジンジャエールだからいいのだが、リーナにはまだ分からないようだな」
そんな会話をしながら時間は過ぎて行く。
不穏な空気を漂わせながら………――――
今回はリーナと滉介のお話でした。
レーナは颯太が真実にたどり着くことを望みましたが、リーナは自分の大好きな主を守るために真実を隠しました。
これには一体どういう意味があるのか、リーナの口ぶりから彼女は真実をすでに知っているのか、謎がまた増えていきましたね。
次回、リーナと滉介の話をするときは彼女について語って貰おうかな~何て思っています。
彼女は一体何者なのか。まぁそこらへんは既にお察しの方はいるかと思いますが、どうか、これからもランゲージバトルをよろしくお願いいたしますね。