彼女の能力
「あぁ…颯太……私だけのご主人………死なないご主人は初めて…」
レーナは恍惚の表情を浮かべながら颯太のベッドで颯太の事を考えていた。
その手には颯太をデフォルメしたようなキャラクターの抱き枕を抱えており、レーナはそれに顔をうずめる。
「若い男の子のご主人も初めてだし、私が殺す殺す言うだけで顔を変化させる……あぁ、颯太…可愛いよぉ……」
颯太は神器選びの時は気付かなかったが、レーナが封印されている試験管は洞窟の最奥に位置する場所にあった。
途中壁と思われる場所が何度もあった事にも関わらず、颯太はまるで引き寄せられるようにレーナの所へ歩き続けていたのだ。
「早く帰ってこないかなぁ……あの愛しい顔が見たいよ…」
レーナは颯太の頬を赤らませて抱き枕が壊れてしまうのではないかと思うほど、強く抱きしめた。
「さて、帰るか……」
「颯太くん」
「げっ…小町先生…」
「人の顔を見てそんな事を言わないの」
「すみません。それで今日は何の用ですか?俺だけ2者面談ですかね」
「まぁそんなところかな。担任の先生を前にして『つまらない』何て言ってくれて、先生放って置けません」
「あの時は口が滑っただけですよ」
「ふむふむ…………颯太くん、何か楽しい事でも見つけた?」
「え?なんでそう思うんですか?」
「だって、昨日はとりあえず帰らなきゃって顔してたのに、今日はやる事を見つけた時の顔をしているんだもん」
「まぁ確かに今日は…いや、これからは早く家に帰らなきゃいけないと思いますね。ええ、自分の身可愛さに」
そう答える颯太に小町はにっこりと笑った。
「早く帰られきゃ行けない颯太くんを呼び止めるのも可哀想なんだけど、今日香織ちゃんと喧嘩した?」
「はぁ?いや、ただうるさかったんで、ハッキリと自分の言葉を口にしただけですが」
「はぁ……それでね、誰とは言わないけど、先生にそういう相談されちゃって」
「その、先生も大変ですね。初めて受け持つクラスがこのありさまで」
「その原因を作った颯太くんにそう言われるとなぁ…」
早く帰りたい颯太は小町の話を余り聞いていない。
「颯太くん、確かに自分の言葉をハッキリ言う事も時には大事だけれど、もう少し言い方を変えてみた方がいいんじゃないかな」
「あぁ、なるほど……うッ…!」
やばい、左目が痛み出した。
これは怒っている。レーナが怒っている。
「だからね、今度香織ちゃんと颯太くんで話し合うべきだと私は思うの」
「せ、先生!ガチで左目が痛いんで帰ります!この話はまた今度で!」
「え!?その左目どうしたの!?ち、血が出てるよ!?」
「じゃ、じゃあ!さようならー!」
「ちょっと颯太くん!?」
このままでは左目が失明してしまうと危機感を悟った颯太は鞄を持って教室を飛び出した。
『うふふふふ…颯太ぁ…』
『わ、悪かった!小町先生が俺の事を呼び止めていたんだ!か、帰りにお菓子を買っていくからもう少し待っていてくれ!』
『お菓子!?やったぁ!食べてみたいと前から思っていたんだよね!』
レーナの機嫌がよくなると左目の痛みは引いた。
荒い息を漏らす颯太はやっと一息つく。
通行人が電柱柱に寄り掛かっている颯太を怪訝な目で見て行くが、今の颯太に周りを気にする余裕などない。
「俺の身が持つかな…この先……」
『大丈夫。身体は持つようにするよ。あ!でも、颯太と一緒に暮らすだけでも私はいいんだよ。まだランゲージバトルに興味があるからいいけど、もし飽きちゃったら拷問がエスカレートするかも』
『………』
『どう?私の冗談。「どこが」冗談なのかさっぱりわからないでしょ?』
『だ、だよな!?冗談だよな!あは、あはははは!』
『うふふふ……颯太可愛い』
『は、早く帰りまっす!』
彼女の笑い声に恐怖を感じた颯太はコンビニでエクレアとシュークリームを2つずつ購入して、走って家まで帰って行った。
「おいしいね、このエクレアっていうの」
「どんなの買っていけばいいか迷ったけど、やっぱり女子に人気があるこれかなって」
「颯太が買ってきてくれたものなら何でも嬉しいよ」
「さ、さいですか…」
レーナの好意が今は颯太にとってかなりの重みになって来ている。
早く慣れた方がいいのだろうか。
改めて彼女を見ると、自分とそう変わらない年齢に見える。
身長はまぁ低い方だが。
「それで何時になったらランゲージにログインする?」
「そうだなぁ……あれってちゃんと時間が過ぎるんだろ?なら、やっぱり時間帯を決めて入らないと危険だよな」
「ご飯のあとになっちゃうか。それまで復習しておこうよ」
レーナはパクリとシュークリームを口に入れると颯太のテレビゲームに触れた。
「パネルとか出せないから、このゲーム機使うね」
「こ、壊すような事はしないでくれよ?」
「しないよ。颯太が悲しい顔をするのは見たくないから」
勝手にゲーム機の電源とテレビが点く。
映し出された画面にはランゲージバトルのおさらい、と書いてある。
「まずランゲージバトルにはレベルがあります」
「上限はないんだったか?」
「正解。ランゲージバトルはやった分だけレベルが上がる廃人向け推奨ゲームになってま~す!ってことじゃないよ」
「そのプレイヤーの現実状況をトレースして出来るだけ差がないようになっている」
「うん、ちゃんと覚えているね。例えば四六時中ログインしているような廃人さんには、経験値増幅量は限りなく低い。そんでもって一方会社の仕事が忙しくて余りログインできない!って人はかなり甘めにレベルアップが設定されている」
「ん?んじゃさ、その会社員がリストラされたとか、全然忙しくならなくなったらどうなるんだ?」
「その時の情報もちゃ~んと反映されます。会社員さんのレベルアップに必要な経験値取得が厳しくなるよ」
「凄いな。まるで監視されているようだ」
「監視されているよ?私達神器を通して」
「げッ!」
「でも安心して、そういう所しか監視してないから。プライベートはちゃんと保護されているよ。例えばこんな事をしても―――」
レーナは颯太に顔を近づけて頬にキスをする。
「は?え!?お、お前いま―――」
「運営さんは機械だから、そういう事にはまるっきり興味ないんだ。人間もいるっていう噂もあるけど、眉唾物だね」
「機械か……」
「でも、やっぱりレベルが甘めに設定されてもプレイヤースキルの方はどうにもならないから、レベルが高くても弱いっていう人はかなり多いよ」
「そこのところは本当にどうしようもないからな。まぁ俺は結構インしていくつもりだが」
「そのログインを略すのもね……まぁ颯太らしいけど」
「まぁいいじゃないか。レベルは分かった。次は?」
「プレイヤースキルとか来たから、次はバトル編行ってみようか。これはもうチュートリアルでやったから動き方は省略するけど、神器の説明はまだだよね」
「あぁ、説明書で見たな。確か神器には普通の能力と必殺技的な能力があるんだろ?」
「え?あぁ、覚醒能力のことね。私は特別だから2つあるけど、まぁそれは追々説明していくかな」
レーナは抱き枕のような颯太のデフォルメと大剣を持った姿を画面に映し出す。
「まず私の能力の一つ目は混沌支配。私の剣に触れると相手に混沌を流し込んで死に至らしめるものなの」
「そんな笑顔で言わなくても……」
「でも、人を殺しちゃうと颯太が悲しんじゃうから少しだけ流し込んで、相手の行動を封じる事も出来るよ」
「おお、それは便利だな!つばぜり合いになるだけで相手は弱ってしまうんだもんな!」
「あぁ…颯太のその嬉しそうな顔いいね…」
「あ、どうも…っていちいち抱き付かなくていいから!」
「もっと近くでみたいもの。それで二つ目なんだけど、私って混沌だから色々な物に変形できるの」
レーナの顔で画面が見えない颯太は、顔をずらしてテレビを見てみるとそこには銃になったり、斧になったりする剣が映し出されていた。
「へえ、臨機応変に戦えそうだな」
「うん。銃だったら一つ目の能力の混沌支配が銃弾にも適応されるよ」
「すっげぇ……お前チートじゃね?」
「チートかもね。もしかしたら私達と勝負してくれる人いないかも」
「え!?なんで!?」
「だって私有名だもん。人殺しの神器として」
颯太の胸板を触るレーナに恐怖しか抱けない。
普通ならばドキドキする場面なのだろうが、こっちはいつでも死と隣り合わせだ。そのうち死神とも友達になれそうな気がしてきた。
「大丈夫。このやり取りもすぐに慣れるよ。ごめんね、颯太を怖がらせることでしか私は感情表現が出来ないの」
「………そうか…」
「その左目もね、もし颯太が私を怖がって逃げ出しちゃったりしたら、すぐに私の所に戻って来るようにした首輪なんだ」
「あぁ……効果てきめんでしたね…」
「私は颯太の傍にいるだけでいいのに、こんなお菓子も買って来てくれて嬉しい」
重すぎる。この少女の愛が重すぎる。
これが俗に言うヤンデレだろうか。いや、既に狂っている事からしてメンヘラだろうか。
「レーナってランゲージバトルをしている人たちにとってはかなり有名な神器なのか?」
「相当ね。ランゲージバトルの歴史に残るくらい有名で、私と剣を交えたら生きて帰れないって言われているほど」
「あれ……俺には殺す気はないのに、もしかして最初から孤立しちゃってるのか?俺」
「しちゃってるよ。システム介入でどんな攻撃も身体には影響を及ぼさないランゲージバトルでただ一つプレイヤーを殺す事が出来るのが私」
「どんな方法で……?」
興味本位で聞いてしまった。
その答えにレーナはくすりと笑う。
「颯太には全然効かなかったけれど、私の混沌って呪いなの。ありとあらゆる悲鳴を見せつけたり、人々が死んでいく映像を一生見せ続けたり、精神を殺す能力」
「本当に混沌なんだな……」
「うん!普通は眼球抉られた時点で死んでしまうご主人が多いのだけれど、颯太は違う。私を受け入れてくれる私だけのご主人。颯太、一緒にずっといようね」
言っている事は酷いが、彼女の笑顔だけは輝いていた。
本当に今まで理解されないまま過ごしてきたのだろう。しかしまぁ、本当にレーナの愛で空が落ちてきそうなくらい重いが。
「颯太!ご飯だよ!」
「分かったよ!それじゃ、少し食べて来るよ。すぐ戻る」
「行ってらっしゃい。寂しくなったら左目弄るからね」
「や、やめてくれよ」
既に寂しそうな顔をするレーナに颯太は部屋を出て行かずに立ち止まる。
「どうしたの?」
「すぐ戻って来るから待っていてくれってば」
気の利いたセリフが出せない颯太は、慣れない手つきでレーナの頭をワシャワシャと撫でる。
「あ……」
「んじゃな。マジで左目痛いからやめてくれよ」
バタンと部屋の扉が閉まる。
レーナは茫然としていて、颯太が撫でてくれた頭に手を置いた。
「人から撫でられた……誰も撫でてくれなかったのに颯太は…」
レーナは初めての感覚に戸惑いを覚えた。
レーナは言ってしまえばバッドステータスの申し子でしょうか。
ゲームであるような毒付きのナイフとかあるじゃないですか。あれにゲーム上全てのバッドステータスを乗せた武器を颯太が持っているわけですね。
10割の確率で状態異常を起こしますし、もちろん中には即死とか含まれていますから、普通のモンスターじゃ歯が立たないですね。書いていて思いましたがw