2回戦前
「なぁ、颯太」
「ん?なんだ?」
翌日の授業中、隣の席に座る上条が話しかけてきた。
「最近委員長と仲良くね?」
「そう、見えるのか?」
「まぁな。健太は相変わらず馬鹿ばっかりやっているけど、本田の奴は1年の彼女なんか作りやがったからな。どうもそういう男女の関係に目ざとくなっているというか」
「あぁ、なるほどな。最近本田がにやにやしながら携帯弄っている理由はそこにあったか………―――それで、別に俺と香織さんは何も変わっていないよ。香織さんと話すのも中学が一緒だったというだけだ」
「それそれ、いつの間にか香織さん、なんて呼びやがって。前は委員長だっただろ」
「そう呼べって脅されただけだ」
嘘は言っていない。
実際あの時の香織は颯太にとって十分恐怖足りえる威圧感を放っていたし、もう一度委員長などと呼んでしまったら、きっと睨まれるだろう。
「昨日は珍しい女子と話していたじゃないか」
「誰だ――――あぁ、歩美さんと千代さんか。歩美さんが持ってきてくれたファッション雑誌を見せて貰っただけだよ」
「お前……女物の服見て何してんだ…?」
「………酷い勘違いをしているようだから訂正しておくが、ファッション自体に興味はない。ただそこに載っているモデルさんが気になったんだよ」
「誰だ?」
「クレア・フィールストン。知っているか?」
「あぁ、名前だけな。でも急にどうしたよ?女に興味がないような顔しているくせに」
「上条は一体俺をどういう目で見ているんだ………これでも人並みにある」
「なら、学年でもトップの美人さを誇る委員長と普通に悪口を言い合える颯太の頭の中が気になるね。普通遠慮するだろ」
「しない」
「やっぱ颯太の頭の中どうかしてるんじゃないのか…?」
「あの~颯太くんも上条くんも話すのやめてくれないかな」
「ほら、上条のせいで小町先生に怒られただろ」
「なんで俺のせいなんだよ」
「そっちから話しかけて来たんだ。そっちの責任に決まっているだろ」
「颯太くん」
「はい、すみませんでした」
先ほどまで教卓にいたはずの小町が最後列の颯太の席まで歩いて来ていた。
これには颯太と上条も話をやめるしかなく、素直に謝っておいた。
『レーナ~』
『はいは~い!どったの?颯太』
上条との会話を終えてから、颯太は小町の楽しい授業を聞きながらレーナと話す事に決めた。
『今何をしているんだ?』
『クレアと遊んでいるの』
『おっと、早速遊びに行っていたか』
『ううん。クレアのお家じゃないよ?クレアのお買いものに付き合っているの。足りないもの買うんだって』
『まぁ確かにこっちに来てから足りない物はあるだろうな』
『後でクレアとゲームセンターに行くんだ~。ぬいぐるみ取ってくるよ!』
『あぁ、クレアさんに迷惑かけないようにしろよ』
『は~い!またね~!』
颯太はそこで椅子に深く腰掛けて息を吐いた。
最近のレーナは人と深く関わるようになってから大分性格が穏やかになってきたように思えてきた。
ただ、たまにストレスが溜まって左目が酷く痛んだりするのは仕方がないと割り切っているのだが、それでもレーナの笑顔が増えた事に対して颯太は純粋に嬉しかった。
「マンボウかっての…」
「ちなみに颯太。マンボウは色々な死因が考えられているけど、大半はネット民が流した嘘だからね?」
「知っているよ」
「まぁ、マンボウがデリケートな生き物であることに変わりはないんだけど」
「確かにな」
上条の言葉に適当に返しつつ颯太は、自分の願いが揺らぎ始めている気がした。
『レーナの感情を元に戻す…………か…』
正直左目の痛みも我慢出来るようになってきたし、レーナの危ない行動とやらも大分少なくなってきた。
いっそのこと、このまま一緒に住んでいれば彼女を正しい道へ戻す事も可能なのでは?と思えてきてすらもいる。
しかしだ。ここである疑問が浮かび上がる。
では、自分の願いは一体なんだ?と。
『あぁもうやめやめ。今は余計な事を考えるべきではない』
颯太は半ば無理やり頭を振って思考を放棄した。
その日の夜、颯太は一人早くアジトに来てしまったため、ソファに寝ながらアルバイトの事を考えていた。
それはもちろんレーナと遊園地に行くための軍資金だ。
「どこでバイトしたものか……」
颯太は長く働く気はない短期バイト募集を探しているのだが、夏休みも近いという事なので案外候補があったりする。
「う~!まだ皆来ないね~」
「あぁ、そうだな」
レーナも自分専用のソファで人形を弄っており、とても退屈そうだ。
『製造業かそれともコンビニか……』
ファーストフード店は避けたい。
颯太は余り接待行が得意ではなく、出来れば短い言葉のやり取りで済む仕事を望んでいる。
だがまぁ、工場系の製造業もなかなか辛い。父さんも母さんも同じ職場で働いているため、製造業の辛さは何より分かっているからこそ出来ればやりたくないのだが、時給が良い事から颯太の中の候補に挙がってしまっている。
『働いて稼ぐんだ。辛いのは当たり前だ』
弱きな自分にそう言い聞かせて颯太は欠伸をする。
『あぁ……ここ最近忙しかったから余り眠れてないんだな……―――まだ皆が来るまで時間があるし、少し寝るか』
颯太は静かに目を閉じた。
「あれ?颯太寝ちゃったの?」
余りの退屈さから颯太に構って貰おうとしたレーナは、腕を頭の後ろで組んで枕にして寝ている颯太に近寄る。
静かに寝息を立てている颯太の寝顔などレーナは見たこともなかった。
いつも颯太はレーナが寝るまで起きているのが普通であり、レーナが眠いと言ったら布団の準備をしてくれて、レーナはすぐに布団に入るのが当たり前になっていた。
それ故にレーナは颯太が眠っている姿など見たこともなかったのであった。
「ふふ、颯太可愛いなぁ……」
しばらく近くで颯太の寝顔を見ていたレーナだったが、なんだが自分も眠くなってきたのか、いそいそと颯太の身体の上に乗ると、そこで寝始めてしまった。
「こんばんは~」
「おっす。どうやら颯太が一番乗りみたいだな」
「颯太が一番ってなかなかないよね」
「まさか途中で皆と会うとはな」
颯太が寝始めてから30分後、香織たちギルドメンバー全員がアジトに集まった。
「あら」
「おっと」
「あれれ」
「ほう」
そして寝ている颯太を発見して素っ頓狂な声を上げる。
「まるで兄妹みたいね」
「ここ最近頑張りすぎだったからな」
「颯太の寝顔可愛いね」
「うむ、カメラに保存しておいたぞ」
「あっ!あたしも!」
「え!?え!?わ、私もするわ!」
「颯太は相変わらずの人気だな。もしかすると俺も寝ているうちに盗撮されていたりするのか…?」
「嫌よ、兄さんの寝顔なんて」
「竜也さんは流石にないかなぁ……」
「確かに君もなかなかの男だが、颯太のあの笑顔には勝てまい」
「………一体俺と颯太にはどれくらいの差があるんだ……」
「どんまいだ、竜也よ……」
「ボルケーノ…」
ボルケーノが竜也の肩を優しく叩く。それに竜也は感動したのか、目を潤わせてボルケーノを見つめ返す。
「私も真っ直ぐな性格の竜也さんが好きですよ」
「ふっ、神器にここまで気に入られる男もなかなかいないぞ」
にっこりと笑うアルテミスと壁に寄り掛かっている琥太郎にそう言われて竜也はなんだか悲しくなってきた。
神器に気に入られるのは良い事だが、現実の女の子にモテない事に竜也はどこか納得が行かない。
「さて、颯太の居眠りを邪魔するわけには行かないから、私達だけで今夜のフラッグファイトの話しを詰めて行こう」
「えっと、その前にいいですか?」
颯太とレーナが寝ているなか、クレアが仕切って場を進行していくようだ。
早速話を始めた時に、香織が手を挙げる。
「なんだ?」
「輝光の騎士団についてなんですけど、ギルドマスターはともかく、サブギルドマスターが決まっていないんです。そこで今日帰りに颯太くんと話したのですが、サブギルドマスターの権限をクレアさんに任せるという事に決めていたんです」
「多分それで颯太も早く来たんだろうな。だけど、早く来すぎて寝てしまったというわけか」
「なるほどな。てっきり私は既に香織がサブマスの権限を持っていると思っていたのだが、ギルマスしか決まっていなかったのか」
「ええ、ちょっと私には務まらないかなって」
「中学の時は生徒会長。今ではクラス委員長のお前が人をまとめられないからってどういう了見だって話だけどよ」
「兄さんは黙ってて!」
「はい…」
「まぁ私でよければやらせて貰おう。ふふ、颯太が寝ているから言うが、恐らく君は颯太の隣に立つことが恥ずかしかったのだろう?」
「え!?ち、違いますよ!?」
にやりと笑ってそう指摘したクレアに香織はあからさまに狼狽してみせた。
「あたしも元々気楽に過ごしたいからね~。そういう役職とかは面倒だし」
「俺もティアさんと一緒だ。そういうのは真面目タイプのクレアさんか香織に限る」
「サブマスの件は了解した。さて、フラッグファイトだが、ルールのおさらいからしていくぞ――――」
クレアの進行の元会議は続いて行く。
そんな話声が響く中でも熟睡している颯太とレーナには全く聞こえなかった。
「クレアさん、今度一緒にお洋服の買い物付き合ってくれませんか?」
「あたしも!そろそろ夏物の仕入れもよくなっていると思うので、買い物したかったんですよ~!」
「いいだろう。しかし、私なんかでいいのか?」
「何を言っているんですか!読モのクレアさん以外に服選びの適任者何ていませんよ!」
「そうですね。案外自分でも似合わないと思っていた服も組み合わせで変わるかもしれませんしね。色々アドバイスも聞きたいです」
広場に向かう途中、颯太と竜也は前を歩く3人を見ていた。
「そう言えばお前昨日の特訓で1回もクレアさんに勝てなかったらしいじゃん」
「あぁ、一度も勝てなかったよ」
「そんなに勝てなかったのか?状態異常なしで?」
「いや、ありだよ。挙句の果てには即死でも何でも来いって言いだしてしまってな。まぁそれでも勝てなかったが」
「すげえな……クレアさんは能力いくつ使えるんだ?」
「確か覚醒まで使えると言っていたような……」
「マジで!?」
「くそぉ……俺なんてまだ1つしか使えないのによ~……」
「そう落ち込むな。そのうち使えるようになるさ」
「そうだな……そう期待しておくよ………んで、お前の覚醒能力ってなんだよ…」
「ふっふっふ~!知りたい?ねえねえ知りたいの?」
「うお!?れ、レーナちゃんいつからここに!?」
先ほどまでボルケーノの肩に乗っていたはずのレーナがいつの間にか、竜也の前ににょきっと現れた。
「私の覚醒能力は、暗黒大陸っていうの」
「有名な原初の神様だな。確かカオスから生まれた神様だったか」
「今の颯太なら、使った瞬間身体崩壊しちゃうかもだから、私が使わせないようにしているけどね」
「おいおい……一体どういう効果なんだよ…」
「私はカオスモーメント。カオスは何もない場所から生まれて、ガイア、エレボス、ニュクスを創造した。そしてモーメントとは何度も廻ることを意味する。つまりこのゲームだと、フィールド全体を私の効果が倍増する大地と暗黒の空と夜に移し替える能力なの。カオスの創造は何度も廻る、という意味から私の名前はカオスモーメントって名付けられたの」
「お?え~っと」
「例えば草原ステージが選ばれたとする。だけど、レーナの覚醒能力を使えば場所問わず関係なしに暗黒大陸に塗り替えるってことだろ?」
「うんうん、そういうこと。ちなみに暗黒大陸を使用中はフィールド全体に状態異常付きの雨を降らせるから、正直触らなくても使ってしまえば勝ちだね」
「えげつないな……」
「だが、ゲンブのように状態異常を完全に無効化してくる奴もいる。何も全ての敵に対して必勝法になる能力ではない。それに使ったら俺の身体が崩壊するんだろ?冗談じゃないな」
「覚醒能力はプレイヤーに相当な負担をかけちゃうからね。そんなバンバン使えるものじゃないんだよ」
「だが、我の場合は違う」
そこへボルケーノが会話に入って来た。
「我は自分よりも強大な敵と戦うために創造された神器だ。覚醒能力を使ったとしても余り負担にならん」
「ボルケーノの覚醒能力凄いんだよ~」
「ど、どういう奴なんだ?」
「…………今は言わん。竜也がもう少し我の力を使いこなせるようになれば、いずれ話す時が来るであろう」
「ここまで期待させておいてお預けかよー!!れ、レーナちゃん、後でこっそり教えてな?」
「え~?どうしよっかな~」
「混沌」
「分かったよ~。ボルケーノのお腹で寝られなくなるのは嫌だから喋らないでおく」
「くっそおおお!」
「まぁなんだ……が、頑張れよ?」
「おい、そのかける言葉が見つからなかったけど、とりあえずかけないよりはマシかな、みたいな言葉は」
「お前、エスパーかよ……」
「本当にそう思ってたのかよ!!」
「兄さん何をしているの…?」
「颯太、早く行こうではないか」
「皆早くいこ~!そろそろ20時になるよ~!」
先を歩いていた3人が颯太達を見ていた。
話しているうちに結構距離が離れてしまっていたらしく、颯太達は少しだけ早歩きで彼女たちの後を追った。
遂に始まってしまう大学の講義。
少し憂鬱ですね。しかしまぁ、前期に比べれば全然講義内容が少ないので、まぁ気楽と言えば気楽ですね。
金曜日は休みですし……ボソ
さてさて、今回は2回戦前、ということでして颯太が夏にバイトで頑張る伏線が地味に張られていました。
一体何のバイトをするのでしょうね(まだ全然話を考えていない)。
私も夏と冬親の会社でバイトをさせていただくのですが、朝7時出勤の午後17時まで正社員のように働くものですから、本当に疲れるのなんのです。
でも、大人の人との会話というものもなかなか面白いものでして、あぁ、こういうのもバイトならではだなと思いましたね。
では、少し短い後書きですが、これみてドロン!です!
ふふ、ひめゴト買っちゃいましたよ…ふふふ…w




