凪原家
「レーナ」
「あ、颯太……おかえりなさい」
「おう、ただいま」
颯太の部屋でパズルをしていたレーナは、帰って来た颯太を直視できずに、チラリと見るだけですぐパズル作りに戻ってしまう。
「よっと、パズル作りはどんな感じだ?」
「あ…えっと……」
レーナの隣に座ると、彼女は身体を一瞬ビクリと震わせる。
「………確かに怒る怒らないで言えば怒ったさ」
「………」
「でも、俺はもう過去と折り合いをつけている―――――いや、折り合いはつけていないな。今もこうして賞状もトロフィーも捨てられずにいるし、レーナに怒ってしまった」
颯太は立ち上がった。
そしてバッグからプレゼント用に装飾が施された紙袋をレーナに渡す。
「これは…?」
「開けてみ」
「……髪留め…?」
「まぁ…ご機嫌取りってわけじゃないが、俺からのプレゼントだ。俺の懐が少し心細かったから髪留めになってしまったけど……ちゃんと香織さんと選んだからデザインは補償する」
「普通女の子にプレゼントする時は他の子の名前は出さないよ」
「あぁ……すまん…」
「でも…ありがとう。付けてみていい?」
「あ、あぁ…」
青色が目立つ星形の髪留めを付けたレーナは、顔を輝かせる。
「どうかな?」
「おお、なかなか似合っているな」
「えへへ…」
「まぁ怒ったりして悪かったよ。俺も大人気なかったしさ」
「ううん、私の方こそ謝るべきだよ。颯太に前から注意されていた引き出しと戸棚開けちゃったんだし……」
「なら、これでお相子だ」
颯太は拳でレーナの頭を軽くコツンと叩いた。
「さてと、この話題はもう終わりだ。フラッグファイトの対策について話し合っていこう」
「分かった。大規模な戦闘は初めてになるよね。フラッグファイト何て私も初めてだし、前情報もない」
少し強引だったようだが、颯太はレーナの機嫌を取り戻す事に成功した。
内心でほっとする颯太は日曜日に起こる出来事を考えると胃が痛くなる想いだった。
「颯太さん、香織さん、こんにちは」
「………よう」
「こっちで会うのは初めてね。道草香織です。よろしくね」
「凪原詩織です!よろしくね!香織ちゃん!」
昨日の髪留めを選んでいる間に颯太は香織に詩織のメールの件を伝えていた。
「なんだが忍者服着ていないと印象が随分と変わるわね」
「そういう香織ちゃんもだよ。あんな大胆な服着ていたのに、こっちじゃロングスカートか」
「あ、え!?だ、大胆!?」
「な、なんで俺を見るんだよ…」
「む……颯太さん、たまに香織さんのスカート見ていたよね」
「はぁ!?た、確かに見ていたかもしれないが、そんな見てねえよ!いつも戦闘ばっかで集中していただろ!」
「どうかなぁ…?」
「そ、颯太くんの馬鹿!」
「あがッ!?ど、どうしてだ……」
「あ!ご、ごめん!つい殴っちゃった!」
颯太は痛む右頬を抑えながら詩織を流し目で見ると、彼女はどこかむっとした表情をしていた。
以前会った時は見せたこともない表情で颯太は彼女が何を思っているのか分からなかった。
「とりあえず行こっか。お姉ちゃん待っているし」
「ん?詩織さんの家で何をするのかしら?颯太くんからは行くしか聞いてないのだけれど」
「あれれ?颯太くん何も言ってないの?」
「いや…うん………言っていない…」
「どうしたの?颯太くん」
「んじゃ~あたしから言うけど、香織ちゃんって結構コスプレ似合うと思うんだよね!」
「こ、コスプレ!?わ、私が!?」
詩織の家に向かう途中で香織は飛び上がって驚く。
「ほらほら、いこいこ」
「ちょ、ちょっと引っ張らないで!」
「俺は詩織さんの家に向かうこの道がどうも地獄に向かう道にしか見えない…」
香織の手を引っ張って走って行く詩織を颯太はげんなりしながら追った。
「ようこそ!我が道草家へ!」
「これが……詩織さんのお姉さん…?」
「うん……全然違うでしょ…」
「あっはー!颯太君待っていたよー!おお!?そっちは前々から言っていた香織ちゃんだね!?」
「無駄にテンションが高いのは仕様だから…」
「恵理さんこんにちは…」
「颯太君会いたかったよー!ささ!お着換えタ~イム!」
「うお!?な、なんて怪力だ!」
「お、お着換えタイム…?」
家へ引きずりこまれた颯太を見た香織は茫然とそう呟いた。
「元はと言えば颯太さんのコスプレが目的だったからね。お姉ちゃん、颯太さんのコスプレ見たさに服作ったの」
「ええ!?そ、颯太くんのコスプレ!?」
「ランゲージの姿かな。颯太さんの服のモデルになったのは、ネクロスファンタジーっていうゲームに出てくる主人公エイジ。お姉ちゃんとあたしもネクロスファンタジーのエイジは結構好きだったから、それ着ているってお姉ちゃん聞いたらいても経ってもいられなくてさ」
『じ、自分で着替えるから脱がすなぁああああ!!』
『颯太さん(くん)!?』
『うっへっへ!ほらほら、お姉さんに颯太君の逞しい身体を見せなさい』
「お、お姉ちゃん待ってええええ!」
「颯太くん大丈夫!?」
二人は急いで家に入って行った。
「ドキドキ…!お姉ちゃん興奮してきた…!」
「颯太さんのコスプレ…!あぁ、見慣れているはずなのにどうして胸が高鳴るんだろう!」
「颯太くんのコスプレか………そ、そうだね…見慣れているはずなのに…どうして…」
『あ、あ~もう入っていいか…』
「はいは~い!シャッターチャンスOKよ!」
がらりと扉の開けた先には黒いレザーコートに身を包む颯太がいた。
「凄い!エクセレントだよ!」
「すっげえ恥ずいんだけど……早く脱ぎたい…」
「かっこいいよ颯太君!さぁさぁ!ポーズとってとって!」
「え、えぇ……」
物凄く嫌そうな顔をしている颯太に対して恵理は楽しそうだった。
「よく出来ているわね……凄いわ…」
「まぁお姉ちゃんクオリティーだから」
「ほらほら!詩織も着替えなさい!颯太君一人じゃ恥ずかしいようだし」
「あ、あたしも!?」
「なに言ってんの、いつも着ているじゃない。なになに?颯太君の前だから着たくないの?んん?」
「ち、ちがっ!」
「なら着てきなさい」
「うぅ……」
「その間私は颯太君の姿を写真に収めておくから」
とぼとぼと衣装を持って部屋を出て行った詩織が不憫に見えた。
「な、慣れているはずなのに……」
「おお……」
「どう颯太君、似合っているでしょ?」
「あ…あぁ……確かに似合っているな」
「恥ずかしいよぉ……」
詩織が着ている服は、ネクロスファンタジーに出てくるヒロインのサリアという女性の服だった。エイジとはまた違い、へそ出しスタイルの赤いインナー。その上に防御力0に等しい銀色の薄い金属の胸当てと紺色の革で出来たジャケット。そして下は上と合わせた短い紺色のスカートと金属のドクロのベルト。相当スカートが短いのか、中に履いている黒のスパッツまで見えてしまっている。
ふとそこで香織はスカートから延びるボロボロの黒い布が気になった。
「ほら、男子とかでもいるじゃない?上着を腰に巻いて縛るやつ。あれみたいなもので、名称は特にないけど皆は腰マントとか呼んでる。かっこいいでしょ」
と、恵理が説明してくれる。
それを見た香織は対抗心を燃やしたのか分からないが、勢いよく立ち上がった。
「恵理さん、私に合う服はありませんか!」
「もちろん!香織ちゃんくらい可愛い子だったら何でも似合うよ!」
「お、おい…香織さん…?」
「ささ!服はこっちにあるよ!」
香織は何も言わずに恵理と部屋を出て行く。
「何なんだ?香織さんの奴…」
「むぅ……颯太さんの鈍感さも一級ものだね…」
『こっちの方が似合うんじゃないかな?』
『え?いや…そっちはもう服じゃなくて布というか……服の役目を果たしていないっていうか…』
『え~?颯太君はこれくらいしないと分からないと思うよ?』
『で、でも…』
「何をしているんだ…?」
「あのさ、颯太さん」
「ん?」
詩織がモジモジしながら颯太を呼んだ。
『よく見るとホント詩織さんはサリアに似ているな……服のせいもあるだろうけど』
「あ、あたし……そ、颯太さんのこと…」
「え?なに?」
「えっと………」
『い、言うのよ詩織!』
詩織はどこか焦った様子で言葉を濁らせていた。
「あたし!颯太さんのこと…!くん付けで呼んでいいかな!」
「あ、え?別にいいが…?」
『ち、ちっがーーーーう!!!』
「何なら呼び捨てで構わないが」
「よ、呼び捨てでいいの?」
「あぁ、同い年だろ?別にそれくらい構わないが」
「な、なら!あたしのことも呼び捨てでいいよ!」
「分かった。今度から詩織って呼ぶよ」
「あ……うん、わかった……颯太…」
「なんか恥ずいな…」
「ふふ、そうだね」
「え、なにこの雰囲気」
衣装選びが終わった恵理と香織が戻ってくると、そっぽを向いて頭を掻く颯太とそれを見て微笑む詩織の雰囲気が妙におかしい事に二人は気付いたのであった。
「やれやれ、恵理さんのコスプレ趣味も大概にしろって言いたいな」
「着せ替え人形の気分を味わったわ…」
夕方、電車に乗って仙台まで帰って来た二人は少しやつれていた。
「今日はお疲れさま、香織さん」
「颯太くんの方もお疲れさま。コスプレなんて初めてしたけど、なかなか面白かったわ」
「まぁ確かに面白かったことには同意する。個人で作ったとは思えない程の完成度だったし、恵理さんの本気具合が分かったよ」
「今度私の衣装も作ってくれるって言っていたわ。ちょっと楽しみ」
「恵理さんの手にかかればあっという間だろうな。でも、元となる服の材料が大変そうだ。俺は既存の黒いコートを改造したから早く出来たって言っていたし、それに比べて香織さんは完全なオリジナルだ」
「ファンタジー性が強いものね」
「恵理さんは妥協しないからな。本物に限りなく近い物に仕上げるはずだ」
「時間がかかるかもね」
「気長に待っていた方がいいだろうな」
「テストも近いし、フラッグファイトも近い。やる事が多いわね」
「両立は難しいかもしれないが、頑張って乗り越えて行こう」
「颯太くんって頑張れば勉強だって出来るはずなのに、どうしてやらないの?就職も進学も有利になるのよ?」
「俺はいいんだよ。確かに香織さんの言う事も分かる。実際に上条はあの成績の優秀さから指定公募推薦は確実に勝ち取れるってもう2年のうちから言われているし、勉強をしておいて損をするなんてあり得ない」
「ならどうして…」
「目標が…ないんだよ。本田はああ見えて部活のサッカーで時期エースって言われているし、進学ももちろん体育系の学校だ。上条も家の会社を継ぐために大学で経済学を学ぶんだって意気込んでいた。でも、それに比べて俺は目標も何もないんだよ。これでも先の事は見据えているつもりだからな」
「香織―!なにしているの~!」
「あれ?千代、歩美?」
「また明日な」
「あ、颯太くん…」
「あれ?さっき天風くんといたよね?」
「もう帰っちゃった?」
香織がいつも一緒にいる友達に目を移した瞬間に颯太はいつの間にかいなくなっていた。
この人混みのなか、彼を再び探す事は不可能だった。
「デートでもしてたの?」
「ち、違うわよ!颯太くんのお友達の家に行っていたの!」
「男子の家に?」
「お、女の子よ…」
「うわぁ……天風くんもなかなかやるね~」
「天風くん、こう言っちゃなんだけど、上条と本田以外の友達何て見たことないから、友達少ないと思っていたんだけどね」
「少ないと思うわよ。歩美も私と同じ中学だったから知っているでしょう?天風くん、いつも一人でいたこと」
「あ~そうだったね。中学の頃から天風くんは一人でいることが多かったね。確か、好きな場所は屋上だっけ?」
「天風くんもなかなか変わっているよね。わたし達と考え方が違うっていうか」
「颯太くんは……少し大人すぎるのよ」
「あ~それだね!うんうん!中学の修学旅行も無理やり私達のグループに入れたけど、ガイドマップの見方とか、電車が来る時刻とか一人で全部やっていたもんね!まるで引率の先生かよ!って言いたかったわ」
「ん?他の男の子は?天風くんだけ?」
「だね~。もうあの頃は走れない頃の天風くんだったから……皆話しかけずらかったんだ……だから、委員長の香織が率先して天風くんをうちのグループに入れてさ」
「あの頃の颯太くんは何を話しかけたらいいのか分からなかったわ。兄さんに相談しても自分で折り合いをつけるって言って何もアドバイスくれなかったし、ホント歩美には感謝していたわ」
「あ~私はしんみりした空気が嫌いだったからね。それに天風くんと話してみたら案外悪い人じゃなかったし」
「あ~あ、わたしも二人と同じ中学だったら良かったなぁ……天風くんの話しされるとわたしだけいつも置いてけぼりだもの」
「残念だったな!んじゃ、そんな千代に香織の秘密を教えてあげよう」
「なになに?」
「香織が何故私達と同じ高校にいるか」
「わ、ちょっと歩美!!」
口を塞ごうとする香織の手をひらりと歩美は華麗に躱す。
「天風くんの事が気になって同じ高校に進学したのだ!ひゅ~ひゅ~!」
「香織ちゃんもやるねえ……」
「ち、ちが!家から近かったからよ!兄さんも同じ学校だったし!」
「ラブレターもいっぱい貰っていた香織がまさかここまで一途だと思わなかったよ」
「もうやめてええ!」
「一体どこに惹かれたのか……」
「やめてって言っているでしょう!」
「あだっ!」
顔を真っ赤にした香織が歩美の頭を叩いてその場の収拾がついた。
そろそろフラッグファイトに入っていきます。
特に語ることもないというか……語れないのでここまでになります…ww




