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速さの理由

「……ッ!」



颯太は久しぶりに一人で行動していた。



「グギャア!」


「せいッ!」



1回戦は一人で勝ち抜くという事になった颯太は、学校からすぐ帰ってくるなりランゲージで腕を磨いていた。



「おおおおッ!」


『2分20秒。記録更新だね』



最後のモンスターを倒すとレーナがかかったタイムを告げる。



『颯太は本当に速いね』


「まぁな」


『速い事に拘りでもあるの?』


「いや、特に意味はないよ。ただ速い方が何かといいだろ」


『ん~……私にはよく分からないや』


「別に分からなくていいが……」



靭帯を痛めてからというもの、颯太は本気で走る事が出来なくなってしまった。

今は大分回復したので体育にも普通に参加できるが、それでもたまに陸上部が走っている姿を無意識に目で追ってしまう時がある。



『いやいや、まさか未練でもあるのか…?今更走った所で意味なんかないだろ…』



そこで颯太は気付いた。



『あれ……だから俺は…こっちの世界で…』



そこまで気付いて颯太は自分の考えを鼻で笑う。

どこまで未練がましい男なのだと。



『でもまぁ、こっちで走れるのならそれはそれでいいか』


「なぁレーナ」


「ん~?」



大剣の姿からいつもの姿に戻ったレーナが不思議そうに颯太を見る。



「さっき速さに拘りでもあるのかって聞いたよな」


「うん、聞いたね。それがどうかしたの?」


「多分俺は、走りたいから速さを求めたんだと思う」


「ん~?走りたいから?颯太、現実世界でも走って学校に行っているよね?」


「あれは急いでいるのであって、心の底から走れていないさ」


「むむ~……颯太の言っている事がよく分からないや」


「まぁ、いいさ。俺は走りたいから速いんだよ」


「颯太が詩人になっちゃった。理解出来ない自分が少し悔しいかも」


「多分詩織さんや竜也に言っても分からないだろうな。まぁ香織さんなら理解できるかもしれないが………―――さて、そろそろ戻ろうか。ご飯の時間だしな」


「うん!今日は鰤大根~♪」


「あぁ、今日は鰤大根か。父さんが好きな飯だったな」



颯太とレーナはそんな会話をしながらクエストの報酬金を受け取りに歩き出した。



次の日、いつも通り家に一人で留守番をするレーナはパズルをしていた。



「え~っと…ここはこうかな…」



お菓子を食べながらレーナはパズルに奮闘する。


しかし――――



「うぅ……飽きてきちゃった……」



静まり返った天風家に一人残されたレーナは、颯太の抱き枕を強く抱きしめる。



「颯太ぁ……」



今日は何でも大事な試験範囲だそうで、颯太は会話が出来ないと言っていた。



「だ、ダメ………うぅ…何かないかな…」



一瞬混沌の力を解放しそうになった自分を抑えるため、レーナは気を紛らわせるものを探し始める。



「あれ?颯太鞄置いて行ったの?」



いつもゲームやらカードやら色々詰め込んでいるバッグがテーブルの脇に置かれていたのを発見したレーナは、早速漁り始める。



「あ、FDだ!」



最近颯太が弄っていたせいか、全くFDに触れなかったレーナは目を輝かせる。



「ん~でもどうしよ」



しかし、FDですることなど限られている。

出来れば颯太と会話がしたかったが、レーナは何となく香織と話してみたい気分になった。



「今休み時間だったよね」



レーナは香織に電話をかけた。



『え?颯太くん?じゃないよね?』


「やっほ~!私だよ」


『え!?レーナさん!?』



電話に出た香織は驚いていた。



『ど、どうしてレーナさんがFDを!?』


「颯太ね、今日鞄忘れていったの」


『あぁ……それで弁当忘れたとか言っていたのね…』


「弁当?ありゃりゃ、後で届けに行こうかな」


『私たちの学校の場所分かるの?』


「うん!前に和彦と一緒に来た事あるから!」


『和彦……あぁ、颯太くんのお兄さんね。それでレーナさん、私に何か用事かしら』


「えっとね、昨日颯太が分からない事言っていたの」


『分からないこと?』


「颯太って何で速いのか~って聞いたら、走りたいから速さを求めたってよく分からないこと言ったの」


『………颯太くんやっぱり…』


「香織なら分かるだろうって言ってたからさ~」


『私の口から言っていいのか分からないけど、やっぱり颯太くんは走りたいと思っているんだわ』


「でも、颯太は朝学校に行くとき走っているよ?」


『ううん、何か目的があるから走るんじゃなくて、ただ自由に自分が思うままに走りたいのよ。颯太くんってね、よく屋上にいるんだけど、なんでだと思う?』


「高いとこが好きだから?」


『不正解かな。屋上は立ち入り禁止だから屋上にいる颯太くんを注意した事があったんだけど、その時颯太くんは「風はいいな」ってよく分からない事を言っていたのを覚えているわ』


「風?あ、前に屋上って風がびゅうびゅう通るって颯太が言っていた」


『うん、そうね。結局のところ私の予想の範疇を超えないのだけれど、颯太くんが走る理由って風を感じたいからだと思うのよね。中学の頃の颯太くんは本当に生き生きとしていてね、彼の走る姿はそれはもう本当にかっこよかったわ』


「なるほどね……やっと納得が行った。颯太の走りたいから速さを求めたっていうのは風を感じたかったからなんだ」


『颯太くんがそう言ったのは、まだ未練があるからなのかしら………でも、中学の頃に折り合い付けていたみたいだし、今更走らせるのは酷よね……』


「香織は気にしなくていいと思うよ。少なくとも颯太はランゲージバトルで思いっきり走れているみたいだし」


『そうよね』



その時、レーナの耳に鐘の音が聞こえてきた。



『あら、もうチャイムが鳴ったわ。それじゃ、また』


「またね~!」



香織との電話を終えると、レーナは颯太の机を物色し始めた。



「ん~……やっぱりこの鍵がかかっている引きだしだよね~」



前にその引出しの事を聞いた時は颯太に怒られたのだが、レーナはやっぱり気になったのだ。



「ナノデバイスを使えば鍵穴に合わせて鍵なんか作れちゃうんだけど」



人差し指を鍵穴に押し当てると、そこからキラキラと光る砂のような光が鍵穴に入って行く。



「ちょちょいっと」



ガチャリとレーナはいとも簡単に机の引き出しを開けてしまった。



「なにが入っているんだろ――――あ……」



レーナは開けて後悔した。


引き出しに入っていたのは、颯太が中学時代の時に取った栄光の記録だった。

陸上部での輝かしい成績。地区大会優勝、県大会優勝などなど2年間の記録がずっしりと引き出しに詰まっていた。



「あ…もう一つの鍵…」



賞状の下敷きになっていた鍵は、カーテンで隠れてしまった戸棚の鍵だった。

ガラスには中が分からないように細工が施されており、レーナが颯太に聞いた時も机の引き出し同様に激しい剣幕で『絶対に開けるな!』と言っていたの覚えている。



「ここまで見ちゃったら全部同じだよね…」



レーナは机の引き出しから鍵を取り出すと、戸棚の鍵穴に鍵を差し込んだ。



「やっぱり……トロフィーだよね…」



中には色褪せない輝かしいトロフィーが並んでいた。


中学時代は普通に飾っていたのだろう。

だが、走れなくなってから颯太は自分の積み重ねてきた輝かしい記録を見るに堪えなくなってしまった。


レーナは戸棚と机の引き出しの鍵を閉めて、何事もなかったかのようにするとパズルの前にペタンと座り込んでしまった。



「………あ、お弁当届けなくちゃ」



しばらくぼーっとしていると、レーナは階段を下りてテーブルに置いてある颯太の弁当を見つけた。



「えっと、ここから歩いて20分かな」



そしてレーナは以前に作り出していた颯太の学校の制服を生成する。



「バッグに入れた方がいいよね。ゲームないから退屈してそうだし」



バッグに弁当を入れてレーナは家の戸締りをしっかりとする。



「ほい、鍵をよろしくね。ユウスケ」


「ワン!」



天風家の番犬、柴犬のユウスケに鍵を預けてレーナは出発した。



「なんだって!?」


「あ、いけなかった…?」


「駄目に決まっているだろ……」



香織からレーナが学校に来ることを知った颯太は頭を抱えていた。



「ちょっと念話で話してくる」


「ごめんなさい……」


「いや…香織さんは悪くない。そもそも弁当を忘れた俺が悪いんだからな…」


『レーナ、今どこにいるんだ?』


『あ、颯太!えっとね、もう颯太の学校の校門前だよ』


『なにいい!?』


「颯太くんどこに行くの!?」


「レーナが!」


「え!?嘘!?」



颯太は教室を飛び出した。



「もう着いたの!?」


「あぁ!もう来たらしい!」



学校の規則を常に守る香織が廊下を走るという異常事態に他の生徒は目を丸くする。



『うう、颯太。なんだか皆こっち見ているよ…』


『もう下駄箱まで来たのか!?』


「香織さん!もう下駄箱まで!」


「は、速すぎるわ!」


「くそ!」



颯太は階段を飛ぶ。



「あ、危ないわよ!」


「もう見世物になってしまっている!早く事態に収拾を付けなければ!」



香織は足の事を心配して言っているのだが、颯太は全然気にしていない様子だ。



「きゃー!可愛い!」


「ねえねえ、どこから来たの?」


「その制服どうしたの?」


「うっほー!幼女可愛い!」


「金髪幼女最高―!」



下駄箱に着くと既に人盛りが出来ていた。

身長が低くて埋もれてしまっているレーナに颯太は声を上げて名を呼んだ。



「レーナ!」


「あ!颯太!」



レーナは大事そうにバッグを胸に抱きながら、人混みを飛び出して颯太に抱き付いた。



「お前、なんで来たんだよ。別に弁当なんかなくても食堂があるっていうのに…」


「ご、ごめんなさい……でも、お弁当はお母さんが朝頑張って作っているから…」


「ならレーナのお昼ご飯でも良かったんだぞ…?」



レーナの身長に合わせて颯太はしゃがむと目に涙を溜めているレーナに、これ以上怒れなくなってしまった。



「犯罪者だわ……」


「そ、そんな!あの根暗の天風がロリコン…!?」


「小さい女の子に制服着させて何をしているの!?」


「ま、待て!こいつは俺の家族だ!」


「きゃー!犯罪者よー!」


「小さい女の子を手籠めにしているわー!」


「て、手籠め!?お、お前もっと言葉選べよ!い、いやそうじゃなくて!レーナは家族なんだよ!」



一部始終を見ていた生徒達は颯太に抱き付いているレーナを見ながら驚愕の声を上げて行く。



「はぁ…!やっと追いついた――――ってこれはどうしたの?」


「皆が勘違いしているんだ。香織さんなら話を聞いてくれると思うんだけど」


「そうね、颯太くんが言っても余計な誤解を生むだけだわ」


「それはそれで悲しいが、頼む」



ちょっとだけ颯太が走る姿を見れて嬉しかった香織は、2人の前に立つ。



「皆さん、色々言いたい事もあるでしょうけど、この2人は立派な家族ですよ。そんなにはやし立てるものじゃありません」


「香織さん……」


「ほ、本当に家族なのかよ……」


「ほら、そろそろ4時限目が始まるのですから、教室に戻りなさい」



風紀委員のように取り締まる香織の手腕に感謝しつつ、颯太はやっぱり香織は優等生だなと再認識した。



「颯太…これ」


「あぁ、バッグもか。ありがとな」


「うん…」


「ん…?なんだか元気がないな。どうかしたか?」



元気のないレーナに颯太は気になった。



「怒らないで聞いてね…」


「あぁ、なんだ?」


「机の引き出しと戸棚開けちゃった…」


「…ッ!?あ、開けたのか!?」


「ひう!?ご、ごめんなさい!」


「颯太くん!」


「わ、悪い……そうか…開けてしまったのか…」



怒りが籠った颯太の声にレーナは身をすくませるが、香織が颯太をなだめる。



「何が入っていたの?そんなに見られたくないもの?」


「………俺の…賞状とトロフィーだよ…」


「あ………ごめんなさい…」


「なんで香織さんが謝るんだ……いつまでも過去のこと引きずっている俺が悪いんだよ」



颯太は深い溜め息を吐くと立ち上がった。



「レーナ」


「なぁに…?」


「俺が走りたい理由、分かったか?」


「うん…分かった」


「2時限目にFDで話していたのはレーナとだったんだな」


「ええ、颯太くんの言葉の意味を聞かれて」


「………レーナ、弁当サンキューな」


「あ、颯太くん!」



颯太はそれだけ言って去って行ってしまった。



「もう颯太くんったら……それじゃあねレーナさん。私達授業あるから」


「うん。香織も、お勉強頑張って」


「ええ、それじゃ」



香織はレーナの頭を撫でるなり、階段を昇って行く颯太に追いつくため走って行った。



「人間は難しいな……」



自分が戸棚と引き出しを開けた事を言った瞬間に見せた颯太の辛い表情。



「颯太を困らせちゃった……ごめんね…」



誰に言うまでもなくレーナはぽつりと呟いた。



「颯太くん、お昼一緒に食べましょう?」



クラスの中が一気に凍りつく。

1年生の頃からクラスが一緒の者は知っている颯太と香織の仲を。


女子は香織が颯太の事を好きだと知っているが、男子はそんなものなど知らず、一色触発の危険性がある颯太と香織の会話を固唾を飲んで見守る。



『頑張って!香織ちゃん!』


『頑張るのよ!香織!』



何故か颯太の前だと素直になれない香織を心の中で応援する女子は、男子とはまた違う固唾を飲む。



「まぁいいけど。実は俺も相談したい事があったんだ」


「あ、ホント?なら、食堂に行きましょう」


「分かった」


「香織…!香織…!」



香織はいつも仲良くしている女子の方を見ると、彼女は親指をぐっと立てていた。



「ちょ…!べ、別にそういう意味で誘ったわけじゃないのよ…!」


「どうした?行かないのか?」


「あ、今行くわ!」



教室を出て行こうとしている颯太が不思議そうに香織を見ていた。



「香織の恋は……いつ成就するんだろうね…」


「天風くん、香織ちゃんのこと苦手だからね。時間かかるかも」


「あれは完全に香織が悪いわよ。なんで素直になれないのかね」


「最近は下の名前で呼ぶようになったし、大分関係が進展したのでは?」


「それね!いつの間に颯太く~ん!なんて呼ぶようになったのか」


「今度遊園地行くらしいよ?」


「え!?ホント!?なになに!もう付き合っているの!?」


「いや~?レーナちゃんっていう天風くんの妹さんも一緒に行くらしいよ?」


「………天風くんが香織の事を遊園地に誘うなんてあり得ないと思うから……もしや…」


「多分いつものゴリ押しで天風くんの好感度が下がるのもお構いなしに自分も行くと言ったのかと」


「香織も天風くんも難儀なものね~」


「恋バナはうまうまだけどね」



そんな会話をしながら弁当を食べる二人であった。




「それで、レーナとの関係が悪化しないためにも何かプレゼントをしたいのだが…」


「あぁ、なるほど。それはいいかもね」


「元から考えていたんだけど、まさかレーナが俺の戸棚と引き出しを開けるとはな…」



喧騒に包まれる食堂の中で颯太は香織に相談を持ちかけていた。



「どんなのがいいの?プレゼントと言っても、具体的な例を出して貰わないと」


「ん~……あんまり資金に余裕はないから、髪留めとか、そんなもんかな」


「それなら今日一緒に帰り見て回りましょう」


「あぁ、香織さんに頼りっぱなしで悪い」


「いいのよ。私も颯太くんの力になれればそれでいいから…」


「ん?何か言ったか?」


「ううん!なんでもないわ!」


「今日の放課後よろしく頼むよ」


「ええ、任せて」



香織は内心でガッツポーズをしながらご機嫌で弁当を食べるのであった。

天の風を己の足で立って受け、やがて風になる。そんな意味合いで天風颯太は出来上がりました。


最近よく分からない名前が増えていますよね。

キラキラネーム……でしたか………正直親が読めたとしても他人の目を考えるとあり得ない名前なわけですが、どうして最近になって増えたのでしょうね。

余り記憶にありませんが、悪魔くん騒動の一件からその前兆はあったのかもしれませんね。

子供の将来を考えればこの名前が良いのか悪いのか分かるでしょうに、最近の親は自分たちの事しか考えてないのでしょうね。

アニメだから、2次元だから許させれる名前もありますが、それを現実とごっちゃにするのはまずいでしょうね…………私の友人に龍牙りゅうがっていう友人がいますが、こう言ってはなんですが……名前負けしていますね、ええ。

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