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ヒカルの加入条件

戻って来るなり何度も頭を下げる香織を宥めつつ颯太含め4人は、なんとか後夜祭が始まる前に学校へ戻ってくることができた。

レーナとアルテミスとはそこで一旦別れ、颯太と香織は後片付けを任せてしまったクラスメイトと担任へお詫びとしてアイスの差し入れを出す。



「もう秋だけど季節外れに食うアイスもうまいな」



と、これは健太。ほかのクラスメイトも口々に2人へ感謝を述べつつ汗を流した後の冷たい甘味は格別らしく、皆喜んでくれたようだ。



「みなさん!香織さんと颯太君の差し入れを食べ終えたら校庭に出てくださいね!もうすぐ後夜祭ですから!」



女子と話をしながら担任の小町はそう呼びかけ、食べるのが早い男子は各自ぞろぞろと教室を後にしていく。それを見た颯太、上条、健太、本田の4人も続いて廊下に出る。



「まじ後夜祭楽しみだわ」


「後夜祭ってなにするんだ?」


「あ?颯太知らないのか?」


「ほら、僕と颯太は初参加じゃない?去年はさっさと片づけたら帰っていたし」


「お前らまじかよ」



ウキウキしている本田の呟きに颯太は聞き返すと運動部2人は信じられないものを見るような顔をする。



「今年もフォークダンスとか一発芸大会とかビンゴ大会するんじゃねえの」


「フォークダンスねえ……」


「一応体育でやり方は知っているけど」


「ああ、フォークダンスは自由参加だから別にいいんじゃね」


「なら僕は見ているよ。健太と颯太はともかく本田だ」


「おい、上条お前…―――」


「決めた!!俺はこのフォークダンスで女子と親密な関係になるぜ!」



さらっと上条に既に相手が決まっていると断言されたことに対して颯大は抗議の声を上げようとしたところで、本田の大きな声でかき消された。






校庭の真ん中に積み上げられた丸太に火を放ち、丸太が燃え上がったところで後夜祭はスタートした。ここに教師の手は介入せず、ほとんど生徒主催の打ち上げはお菓子やジュースが振る舞われ、開始早々盛り上がった。

一発芸大会やビンゴなど数多くのイベントが行われ、颯太も香織もこの時だけはランゲージバトルの事を忘れて大いに楽しんだ。メインイベントであるフォークダンスは自由参加とは言え、このフォークダンスでカップルが成立したことが多いことから、積極的に参加する男女が多く、言うまでもないが香織はたくさんの男子生徒から申し込まれており、それを友人の2人がボディガードの如く彼女に近寄らせないよう頑張っていた。


颯太と言えばその香織の現状にクラスメイトの男子から冷やかされ、やれお前が誘えだの場の空気のノリでそんなことを言われるものだから半ばヤケクソのように第三の選択として、担任の小町をフォークダンスに誘って踊るというある意味伝説を残した。


堅物でノリが悪い颯太のまさかの行動に男子生徒達は当てられたのか、こぞって女子生徒達をフォークダンスに誘いはじめ、今年のフォークダンスは例年に見ない数の生徒達が躍ったそうだ。



ちなみに小町と颯太が躍っていたのを香織は終始面白くなさそうに見ていたという。




そして後夜祭は何事もなく終わりを告げ、後片付けをして帰宅する頃には21時を回っていた。颯太はレーナの後に風呂に入り、自室に戻ると端末を弄っていたレーナが颯太に向けて端末を投げてきた。



「メール」


「誰から」


「クレア」



2人のやり取りは短く、颯太は画面ロックを解除してメールボックスを開く。そこにはクレアから『今夜集まることが出来るか?』とのメールが来ていた。

颯太個人宛てではなく、どうやら一斉送信らしく、この内容は香織、伊澄、滉介、詩織にも行っている。



「行く?」


「恐らく竜也の件だろうな。行かないと」


「おーけー」



若干疲労はあるが、今は休む時ではないと自分に言い聞かせて颯太はレーナを連れてランゲージバトルの世界にログインした。








ランゲージバトルの世界に降り立つなり最近知った自分のギルドにショートカット出来るアクセス権を使い、2人は一気にギルドの入り口にやってくる。



「………ん」



レーナの髪の毛が少し際立つ。本能的な嫌悪感か何かを感じ取ったのを見た颯太は、遅れてその気配に気づく。



「この感じ、ヒカルさんか」


「んー慣れない……」


「ファンタズママゴリアとは敵対していたんだっけか。無理もないな」


「まぁね。なんかこういや~な臭いを少しだけ垂れ流されているみたいな」


「もしかするとこれから一緒に戦う仲間になるかもしれないんだから、慣れておけよ?」


「努力する」



ヒカルのことはまず颯太がメンバーに話を通して、それから顔合わせをする段取りだったはずだが、竜也の件が入って来てゴタゴタになってしまい、紹介するのが遅れていた。もしかすると痺れを切らして乗り込んできたのかもしれない。颯太の言葉なくいきなり戦闘を始めなければいいが、と思いつつも速足でドア開けてギルドの中に入り、そのまま右に曲がってリビングルームに入る。


するとそこには剣呑な雰囲気を漂わせたヒカルとクレアが睨み合っており、それをオロオロして見ている詩織と香織。無表情ながら確実にクレアと似た雰囲気でヒカルを見ている伊澄と目を瞑り、我関せずと言った態度を取っている滉介がいた。



「えっと…」


「む、颯太か。君にはいくつか聞きたいことが出来た。先にこちらの質問に答えて貰っていいかな?」


「あ、はい。構いませんが」



笑っていない。少しでも変な動きをすれば確実に屠るつもりでいるマジなクレアに颯太は思わず姿勢を正す。



「まず、彼女の件についてだ。彼女が何の神器使いで、それでプレイヤーが何人も犠牲になっていることについて当然知っている上で聞く。君は今彼女に剣を教わっていると聞いたのだが、それは本当かね?」


「本当です」


「………」



クレアの目が一瞬見開き、そして鋭くなる。それは驚き、失望、そして悲しみ。



「君は自分が彼女に洗脳されているとは思ったことはないか?」


「意義あり。確かにボクは洗脳と幻術系統に属す神器を持つけど、それは気に入らない奴にやるだけで断じて彼に洗脳を施したことはない」


「そうと言われて素直に首を振るほど私は甘くはない」


「あったまが固いおばさんだなぁ。あんた喋り方もそうだけど、そんなに堅苦しい態度取って疲れない?」


「ふぅ………」



クレアが纏う雰囲気が更に鋭くなる。



「その気になれば貴様なんぞ容易に殺せるのだぞ」


「やってみなよ。ちなみに前にあんたには一太刀喰らわしているから。その意味分かるよね?」


「それ込みで貴様は一度大怪我を負って1ヶ月ログインできなかったことも思い出せ」


「君だってボクと戦って1ヶ月ログインできなかったじゃないか」


「もう一度ケリをつけてもいいんだぞ」


「そのセリフそっくりそのまま返すよ」



2人の視線が交差し、空気が臨界点に到達した瞬間ヒカルは目を伏せ、一息ついた。



「でも、それをやるのは今じゃない。君を待っていたんだよ、颯太」


「俺を?」


「君、ボクを紹介すると言って一向に連絡を寄越さないじゃないか。だから、痺れを切らして来ちゃった」


「ああ、やっぱり……」


「私達にも分かるように説明してくれないか。どうも私が口を開くと好ましく思わない者がいるようだからね」


「………」



最後にもう一度だけクレアに目をやってから近くのソファに腰掛け、颯太が喋るのを待つ。



最悪な雰囲気のなか、颯太はヒカルについて皆に話をした。クレアは終始無言だった。いや、香織も詩織も滉介も伊澄も黙ったままだった。颯太は彼女のことを話しながら竜也がいないだけで、こんなにこのギルドは静かなのかと思った。


いつも大袈裟にリアクションをしてくれる彼がいない。それは詩織も同じようで、颯太の言葉にどう反応したらいいのか分からず、クレアの雰囲気もあってか結局彼が喋り終えるまで言葉を発することが出来なかった。



「確かに竜也を失った穴を埋めるメンバーは必要だ。だが、その穴を埋めるプレイヤーが彼女である必要はない」


「断言されちゃったけど、マスター。君の考えは?」


「ヒカルさんは強い。俺が出会ったプレイヤーの中でもトップクラスの実力を持っている。俺は是非ギルドに入って貰いたいと考えている」


「私は反対だ。サブリーダーとして反対させて貰う」


「他の皆は?」


「あ、あたしはいいと思う」


「俺は構わない」


「わたしは反対。理由は彼女の危険性をクレア同様に知っている」


「私も反対。兄さんの代わりになるとは思えないです」


「半々かぁ……ねえ颯太、つまり当初の予定通り戦って勝てばいいんでしょ?」


「そう、なるのかな……半々だし」



ヒカルは立ち上がると腰に下げた片手剣に手を置く。



「で、誰からやるの?一番ボクをぶっ潰したがっているあんた?それとも戦神?それとも狩猟神の君かな?」


「私から行きます!」



立ち上がったのは香織だった。颯太に覚悟を示してから彼女の中で何かが変わっていた。今彼女の心には何事にも折れない芯が存在し、その背後には赤く雄大な竜の姿が見えるようだ。



「君か。君は竜也の妹さんだったね」


「はい、そうですが」


「なら、未来のボクの妹だ。でも、妹だからと言って手加減をするつもりはないよ」


「へ?」


「今聞き捨てならないことを聞いた。潰す、貴方絶対潰す」


「ははは!伊澄の逆鱗に触れたな!」


「神崎伊澄、君のことももちろん知っている。君、『ボクの!』竜也の周りをいつもうろちょろしているよね。君には一度誰のモノなのかハッキリさせておくべきだと思っていたんだ。待っていなよ。君だけは他の2人に比べて徹底的に潰すつもりだから」


「当たり前。二度とそんなセリフを吐けないように潰してやる」



伊澄とヒカルが舌戦を繰り広げ、宣戦布告したばかりの香織が置いてけぼりを若干食らったが、ヒカルは向き直ってにっこりと香織に微笑んで『待たせたね』と言う。



「さてと」



ヒカルはインベントリからクリスタルを取り出すと軽く宙に投げ、剣を抜き放ってクリスタルを壊す。すると周辺の景色が視界が歪み、アジトにいる全員が強制的に転移させられる。



「ポケットホームか」


「まあね」



視界が戻った颯太の眼前に広がるのはどこまでも平坦な草原フィールド。クレアが言った言葉に特に面白くもなさそうにヒカルが肯定し、キラキラと青い粒子を散らす霧の剣を肩に担ぐ。



「デュエルはいつもボクと颯太がやるルールでいいよね。神器を破壊する意外なら何でもOKな殺し合い」


「はい、それで構いません」


「うん。それじゃ申請送ったから承諾してね」



仮想ウィンドウを操作し、ヒカルはPVP申請を香織に送り、彼女はそれを承諾すると空中にカウントダウンを刻み始める。



「ポケットホームか。随分と高価なものを持っているな」


「ボクらの所は数だけは多いから、幹部の皆は何個か持っているんだよ。颯太も買ったら?」


「高くて買えないよ」


「なら余りの奴があるから後であげるよ」


「まじで?それは助かる」


「ボクがギルドに入れたら、ね…」



カウントが0になる瞬間ヒカルが纏う雰囲気が変わり、彼女の姿が掻き消えた。

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