空いてしまった席
「そうか……そんなことがあったのか……」
詩織と滉介に送られ、自宅に帰って来た颯太はそのまま2人を無理言って帰し、自室に夜まで籠っていたところに遅れて帰って来たレーナがすれ違った2人から事の顛末を聞き、現在2人の代わりに彼女が颯太に何が起きたのかを話していた。
「だから、一般の人々は何も覚えていないそうだよ」
「はは、運営の技術力は凄いな」
レーナの話によれば突然空に花火のようなものが上がったかと思った瞬間、それは眩い光を放ち、光が収まった頃には、人々は何かを思い出したかのようにふらふらと学校の校門前からいなくなっていったという。
「それで母さんたちはどうだった?」
「何も覚えていないみたい……ただ、今日は文化祭があって何かトラブルが起きて皆早く帰って来たことくらいは覚えているみたいだけど」
颯太はレーナに背を向けてベッドに横たわり、スマホを見ている。
「父さん達には……」
そこまで言いかけて颯太は口を閉ざす。
「私は颯太に従うよ。颯太がどんな決断を下そうともね」
「ありがとう。レーナ」
身体を起こした颯太を待っていたのは、屈託のないレーナの笑顔だった。それに颯太は言葉を噛み締めるようにゆっくりと頷く。
「レーナ、ランゲージバトルに行こう。やることがある」
「分かった。身体は大丈夫?」
「少し寝て楽になった」
「うん、それなら良かった」
颯太はレーナの手を取って電子の世界へ飛び込んでいった。
今夜のランゲージバトルの世界は少々騒がしかった。どこから情報が漏れたのか知らないが、プレイヤー達が口々に話す話題はどれもこれも宮城県仙台市で起きたランゲージバトルの事件のことばかり。
「どこから漏れたんだろ」
「さぁな」
そんなプレイヤー達の様子など気にした様子もなく、颯太はフレンド欄を確認してクレア達がいないことを確認した。
「どこ行くの?」
「グレイ――――」
「ねえ、竜也はどこ?」
『―――――!?』
フレンド欄を見ながら行先を言おうとした瞬間、背後から背筋すら凍ってしまそうなくらいの殺気を放つ声を投げかけられ、2人は振り返る。
「お前は……」
「ヒカルだよ、もちろん覚えているよね」
「あ?あぁ……う、うん?ああ!そうだな」
ヒカルだった。グレイヴギルドのナンバー2にして現在最高レベルランキング第3位のプレイヤー。
「質問に答えて」
「颯太、確かこのプレイヤーは竜也とフレンドだった気がするよ」
「そうだな、今思い出した。そういや認識阻害のスキルをパッシブで発動しているんだったな…」
「ねえお兄さん、さっきレンから仙台で事件があったって聞いたんだけど、同じ質問繰り返しさせないでね?」
「分かった。話すから場所を移そう」
「ボクのギルドでいい?」
「え?いいのか?」
「別にお兄さんとは知らない仲じゃないし、竜也のギルドマスターだから殺したりはしないよ。それにレンのお気に入りらしいし」
「話がよく分からないが、丁度君らのギルドに用事があるんだった」
「それは丁度いいね。じゃ、行こっか」
前をすたすた歩いて行くヒカルに注視しながら颯太は、先ほどの会話の内容に引っかかりを覚えた。
『何故こいつは竜也が宮城の仙台市に住んでいることを知っているんだ?』
と。会った瞬間に感じた殺気と仙台での事件。そして何よりも竜也を心配している彼女の言葉から察するにヒカルは確実に竜也の居場所を知っている。
「なあ、少しいいか?」
「なに?」
「仙台で何かあったのか?」
「お兄さんがそれを言うの?」
「………」
皮肉ではなく純粋に『何言ってんだこいつ』みたいな目で見てくるヒカルに颯太は確信した。
「お前、俺達の住所を知っているのか……」
「当たり前じゃん」
「………」
「お兄さんさ、結構なゲーマーらしいけど、プレイヤーネームどうにかした方がいいと思うよ?ただでさえリアルの顔が反映されるゲームなんだし、それにソウタって名前は余裕で分かっちゃうよ」
やれやれと肩をわざとらしく落として見せるヒカルに颯太は渋い顔をする。
「天風颯太、これ君の実名でしょ」
「颯太の名前知ってどうするつもり?」
「どうもしないよ。別にお兄さんが一番調べやすかっただけで目的は竜也だったしね」
「竜也に何をするつもりだ」
「だからどうもしないってば。ボクはこの世界が好きだし、いちプレイヤーとして遊んでいたいだけだよ」
「なら、何故調べた」
「ただ竜也に会いたかっただけ?」
正気か、という言葉が喉から出かけて颯太はその言葉を飲み込む。今の言葉だけで分かってしまった。こいつはレーナと似た雰囲気を感じると。
隣のレーナに目だけやると瞳はあちらのレーナに代わっており、悪魔のような笑みを浮かべていた。
「会って竜也がリアルでは何をしているのか、とかそういうの見たいなって」
「本気で言っているのか?」
「え?冗談だと思ったの?」
「あ、いや……お前もか……」
「ん?」
「ボクね、竜也のことが好きなんだ」
「…………」
颯太は突然の告白に引きつった顔をしてしまった。
「だから竜也のことは何でも知りたいし、いつかお嫁さんにもなりたいんだ」
「お、おう……た、竜也の何が良かったんだ?」
「全部だけど、強いて言うのなら真っすぐなところと笑顔が素敵なところかな。あ、でもでも――――」
笑顔で話すヒカルに颯太は終始苦笑いを浮かべていた。
「着いたよ」
路地裏という路地裏を迷路のように抜け、その先の開けた場所にグレイヴのギルドはあった。ランクはもちろん最高ランクの大きさであり、入り口には柄の悪そうなプレイヤー達がたまっていた。
「あ!おかえりなさいっす!ヒカルさん!」
『おかえりなさいっす!!』
「うん、皆お疲れ様~」
そしてヒカルに気付くと一斉に道を空け、しっかりと頭を下げているプレイヤー達にヒカルは笑顔で手を振る。
「さ、入って入って」
無論颯太に向けられる視線には『なんだてめえ?』というチンピラのようなメンチをぶつけられており、颯太はそれを無視してグレイヴのアジトに入る。
「今のところ幹部はボクしかいないよ。他の皆はどっか行ったりログアウトしているみたい」
「そうか」
中には誰もおらず、静まり返ったギルドは寂しさすら感じる。
「1階のリビングで話そうか」
入ってすぐにある右手の扉を開けると中は薄暗いバーのようになっており、カウンター席に若い女性NPCのマスターがいるだけだった。
「何飲む?飲み物も何もない状況で話すほどボク出来た子じゃないから」
「あーならコーヒーで」
「ミルクは?」
「ありの砂糖は少なめで」
「混沌は?」
「私はりんごジュース」
「りょーかーい。お姉さん、ミルクありの砂糖少なめのコーヒー1つとブドウジュースとりんごジュースを1つずつ」
「かしこまりました」
カウンター席に座る3人はNPCの女性を見ながら飲み物が届くのを待つ。
「さて、何から話してくれるのかな?」
そして3人の飲み物とつまむものということでフライドポテトが出され、出そろったことを確認したヒカルが口を開いた。
「もう知っていると思うが、俺の高校で倒し損ねたアジダハーカが出現した」
「うん。ボクが聞きたいのはその先だね」
「その戦いで俺は何とかアジダハーカを次元の狭間に送り込んだんだが、その代償として最後まで一緒に戦ってくれた竜也が意識不明の状態になってしまった」
「………」
ヒカルの目が細くなる。
「竜也のことは最後に回して……とりあえずアジダハーカはもう出てこない?」
「分からない。次元の狭間に送ったのはいいが、戻ってくる可能性もあるかもしれない。でも、覚醒能力が解けた時にアジダハーカは戻ってこなかった。普通の神器なら次元の狭間に送られたらそこから一定時間閉じ込められる」
「幸運ステータスを参照して次元の狭間にどれだけ留まるかの時間も同時に決まるんだけど、今回はそれすらなかったし、私が考えるにアジダハーカは廃棄データとして処理されたと思う」
「ふぅん……」
揚げたてのフライドポテトを何本も掴んで口に運ぶヒカルの表情は険しい。
「まあそれはボクには関係ないや。それで竜也はどうなの」
「分からない………現実とランゲージバトルの世界が曖昧になったあの世界で竜也はダメージを受け過ぎたらしい。ランゲージバトルの世界では確かに痛みを感じるが、それを現実世界に持ち越したりはしない。ただ、少しだけ疲れたと精神的な疲労感を覚えるだけだけだ。だが、あの戦いで受けたダメージは肉体ではなく、もろ精神にダメージを与えたらしくてな……それで竜也は……」
「廃人にはなっていないよ。ただ精神が擦り減っただけ」
「……………話は分かった。ボクが聞きたいことは以上だよ。それでさっきお兄さんは、何かボクらに用事があるとか言っていたよね」
「ああ、そのことなんだが、このギルドで片手剣の扱いが一番うまい奴はいるか?」
「片手剣?」
「そうだ」
「多分ボクかな」
「まじ?」
「うん、ボク」
「颯太?」
「頼む!俺に片手剣の扱い方を教えてくれ!」
「え?」
颯太は席から降りてヒカルに頭を下げていた。突然のことにレーナもヒカルも固まっており、目を白黒させるだけだ。
「え、えっと、なんで?」
「俺はもっと強くならなくちゃならない。だから、頼む!」
「記憶によればお兄さんは大剣だよね?大剣じゃダメなの?」
「それじゃダメなんだ。片手剣じゃなければ…」
「教えるって具体的には?」
「動き方とか打ち合い方とか」
「どうしようかな……」
しばらく悩んでいたヒカルだったが、何かを思いついたのかあっという顔をし、にやにやしながら颯太と向き合う。
「一つ条件出していい?」
「ああ、分かった」
「なら、お兄さんのギルドに入れてくれない?」
『え?』
どうもまた太びです。
最近なかなか更新することが出来ませんが、これからも頑張って更新していきたいと思います。




