崩れる戦線と竜也の一手
颯太達がアジダハーカと戦闘を開始して1時間という時間が過ぎようとしていた。
先ほどの戦いから一転し、本来のランゲージバトルのフィールドとは違う現在の颯太達の存在は極めて曖昧なもので、現実の肉体に近い状態でランゲージバトルの能力値と神器を使用することによって彼らの疲労は精神的にも肉体的にも限界に近づきつつあった。
それに対しアジダハーカは傷つき、そして再生すれば再生するほどまき散らす呪詛も攻撃耐性も強くなる一方で、今やアジダハーカの身体は傷一つつけられなかった。
更に呪詛への耐性がない詩織達は神器を使うことによって起きる肉体、精神の疲労によって呪詛への抵抗力も失いつつあり、今や颯太達のパーティーは半壊寸前のところまで来ている。
「まずいな……」
『颯太、解析している伊澄にも影響が出始めているよ。それによって解析の進み具合も遅れているようだね』
「俺はリーナの能力によって呪詛は効かないが、このままでは最悪死ぬぞ」
「レーナの混沌も呪詛の叫びによって精神がイカれて後遺症が残ってしまったプレイヤーもいたそうだからな………このままでは……」
現在アジダハーカを食い止めているのは、颯太と滉介だけだった。彼らの背後には先ほどまで戦っていたクレア達がおり、既に詩織と香織はぐったりと気を失っていた。
そして、その2人と解析を進める伊澄を守るように荒い息を吐くクレアと妹を守るという意思のみで立つ竜也がいる。だが、颯太の目から見てももうじき2人も同じようにように力尽きてしまうことだろう。
「滉介。お前はまだやれるな?」
「あぁ、まだまだやれる」
颯太と滉介も無傷ではない。クレア、詩織の前衛。竜也、香織、伊澄の後方支援がなくなったことで触手を抑える手数が足りなくなり、アジダハーカに対して防戦一方であった。
「クレアさん!竜也!!2人は香織さんと詩織を連れて脱出するんだ!!伊澄さんも脱出してくれ!もうあいつを破壊する術はないかもしれないけど、俺達だけで何とかやってみる!」
颯太の決断にクレアはもう声を発する余裕もないのか、皇帝特権の行使が発動しているうちに力を振り絞って校門まで続く氷の滑り台を作り上げる。
クレアは何やら竜也と話をしたかと思うと、詩織と香織を肩に担ぎ、滑り台に乗って校門から出て行った。
そして伊澄は震える手で竜也にメモを渡すなり、ガンドレアの背に乗って脱出していく。
「竜也……?」
「おい、無茶をするな」
「へへ、男2人が残るってのに俺だけ脱出するわけにもいかねえだろ」
アジダハーカの触手の横薙ぎを受けきった颯太と滉介は一旦後方へ下がり、表情に余裕がない竜也の下へ駆け寄る。
「聞いてくれ、伊澄ちゃんの言伝だ」
「――――!レーナ!デコイを動かしてしばらく時間を稼いでくれ!」
『分かった!多分2分が現界!』
「十分だ!」
「リーナもやれるな?」
『ええ、任せなさい。レーナ、わたくしと協力して4分持ちこたえるわよ』
『うん!分かったよお姉ちゃん!』
『ふふっ―――さ!行くわよ!』
『颯太の役に立って見せる!!』
「2人とも頼んだ!」
「頼むぞ!!」
颯太と滉介が大剣の腹で砂を巻きあげた瞬間を合図に2人の身体を精密に作り上げ、それを操るとレーナとリーナが砂埃から飛び出した。
そして颯太、滉介、竜也の3人は校舎近くの花壇の草陰に飛び込み、気配を消す。
「アジダハーカについて何か分かったのか?」
「それなんだが、今からデータを送る。それ見た方が早いだろ」
竜也はFDを操作してファイルを送信する。早速ファイルが届いた颯太と滉介はすぐさまファイルを開いて中身を確認する。
「これは……?」
「アジダハーカの3Dモデルのようだが……」
「伊澄ちゃんが解析した奴をガンドレアがモデリングしてデータ化して貰ったそうだ。んで、画面の紫のボタンを押してくれ」
まるでMMDのようなアジダハーカのモデルがボタンを押すと半透明になり、赤い点が出てくるとそれはみるみる増えて行ってアジダハーカの身体を赤い点だけで埋め尽くしてしまう。
「え?」
「伊澄ちゃんによればその赤い点全部がアジダハーカを構成する神器らしい」
「な!?こ、この赤い点全部が飲み込んだ神器だってのか!?」
「……これでは流石のガンドレアも解析できないわけだ……」
「あぁ、恐ろしい話だぜ。それでだが、伊澄ちゃんの結論だ」
『…………』
「………アジダハーカの体内にあいつ自身のコアはない、だそうだ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。神器にとってコアっていうものは心臓そのもの、自身を構成する上でなくてはならないものだ。それがないって……」
「にわかに信じ難い話だが……」
「それで颯太。コアがない相手にどうする」
「…………どう……すれば……」
颯太は結局伊澄の解析は間に合わないと読み、自分たちの手でコアを強引に探り当てて破壊するつもりだった。しかし、解析は無事に成功しており、その結果に颯太の思考は完全に止まってしまう。
「伊澄ちゃんも何かの間違いだとずっと思っていたらしいぜ。だから、ずっと繰り返し解析をしていたんだが、結果は同じく変わらねえ」
『颯太!!思った以上に攻撃が厳しい!!4分って言ったけど、あと1分しか持たない!!ごめんなさい、3分しか持たなかった……』
『滉介もごめんなさい………これはきついわ……』
「2人とも一旦こちらへ戻れ。よくやってくれた。おい、このままではじり貧だぞ」
「颯太、少し落ち着けって。んで、それからよ〜く考えろ」
「竜也.........?」
「お前はあいつを倒す術をしっかり考えておけ。その時間を俺が作る」
FDを見たまま固まってしまった颯太を見た竜也は小さく笑うと、ゆっくりと立ち上がる。
「颯太、俺は何分時間を稼げばいい?」
「え……?」
「何分時間を稼げばいいって言ってんだ」
「………20分……いや!30分時間をくれ!!竜也!!」
「オッケーだ」
にやりと笑った竜也は2丁の銃を大砲に戻し、草陰から出ていく。
「一人でやるつもりか?」
「おうよ。お前も少し休んだ方がいいぜ?いくら呪詛が効かねえって言ったって精神的な疲労はどうしようもねえだろ」
「………そうだな。少し任せた」
「にひひひ、たまには先輩らしいとこ見せてやらねえとな。行くぜ、ボルケーノ」
『うむ。かつて我も多くの強敵と戦ってきたが、ここまで絶望的な勝負に挑むのは過去最大かもしれないな。だが、それに怯んでは炎龍帝王の名が廃るというもの』
「あぁ、怯んでられねえんだ。ここは香織が通う大事な学校なんだからよおおおお!!!」
竜也の握る大砲からどす黒い炎が噴き出し、大砲は色を赤から黒へ変わる。
『これはっ!?』
「なんだかわからねえが力が沸いてくるぜ!!行くぞオラァアアア!!」
走り出した竜也はデコイが解けて殴り飛ばされて来るリーナとレーナと入れ違うように大砲を構え、アジダハーカへ発射する。
発射された黒い炎の砲弾は形を変えてドラゴンの顔となり、バックリと口を開けた黒いドラゴンは触手と衝突する。すると凄まじい爆発を巻き起こり、ありとあらゆる耐性が出来上がって破壊することすら叶わぬ触手を吹き飛ばした。
「た、竜也が……」
「触手を破壊したの……?で、でもアジダハーカはほとんどの耐性が出来上がって傷一つすらつけられないはずじゃ……」
「……この攻撃は………ボルケーノの固定爆発ダメージ……」
デコイ状態が解け、痛む身体を起こしたレーナとリーナは目の前で起きた出来事に驚愕する。
「ボルケーノの耐久と竜也の射撃なら……持ちこたえられる……!お姉ちゃん!急いで颯太と滉介のところに戻ろう!」
「もちろんよ…!竜也の奮闘を無駄にしないためにも!」
レーナとリーナは軋む神器コアを急いで修復させながら自分の主の下へ走った。
「外に出たのか……」
香織と詩織を担いで校門から出たクレアの眼前に広がる光景は、ざわざわと心配そうに学校を見守っている大勢の人達だった。
警察も来ており、校長や教頭に事情を聴いているようだが、当の2人もさっぱりとのことで、額に滲んだ汗をハンカチで拭きながら警察の対応をしていた。
「くっ!現実の身体に戻った途端身体が…!!い、痛い!!」
『大丈夫ですか!我が主!!あぁ……あちらで酷使した肉体が現実の身体に反映されているのでしょう………』
「っつう......!!そういうことか……アルテミス、琥太郎。2人を」
現実世界に戻ってきたと同時に武器化していたアルテミスと琥太郎は2人は強制的に武器解除され、クレアが担いでいる自分の主を受け取る。
そこへ遅れて脱出してきた伊澄とガンドレアも現れて、彼女もまた現実世界に戻ってきたことで肉体の反動を受けて苦し気な声を出す。
「大丈夫か、伊澄」
「………ふぅ…ふぅ……問題ない………それよりこの騒ぎは……」
「見ての通り、警察も出てくる騒ぎとなってしまった」
「…厄介……」
「ランゲージバトルの存在が露呈するとは思えないが……」
「香織さーん!!!道草香織さんはいませんかー!!!」
「む?」
その場に腰を下ろして伊澄と話し合っていたところへ香織の名を呼ぶ声がし、クレアは立ち上がって声がした方向へ視線を向ける。
するとそこには学校職員の札を下げた女性が涙目になりながら香織の名を呼んでいた。
「……行ったら?あれ、香織と颯太の担任の先生だよ……」
「そうだな……恐らくクラスの点呼を取っていたのだろう……」
思った以上に身体のダメージが大きく、動けない伊澄に代わりにクレアは人を掻き分けて小町へ話しかける。
「香織の先生ですか?」
「あ、はい!担任の小町明美と申します!香織さんを知っているのですか!?」
「香織は我々と避難をしていたので、無事ですよ」
「ほ、ほんとですか………はぁ……良かったぁ……」
「安心してください」
「はい………あと行方が分からないのは颯太くんだけなのですが……」
「………」
クレアはどう説明するべきか迷った。そこで少し考えてからクレアは口を開く。
「颯太なら既に親御さんと避難されて家に帰ったと思いますよ」
「え?」
まだ信じ切れていない小町のためにクレアは少しだけ賭けに出て和彦へ電話をする。彼ならばきっと話を合わせてくれると。
『あ、もしもし!クレアさん!君も無事だったんだね!』
「あぁ、私は大丈夫だ。それより颯太の担任の先生が安否を確認したいと言っていてね。少し話をしてくれるか?」
『………わかった』
一瞬の間をクレアは全てを理解してくれたと受け取り、小町へ携帯を渡す。
「あ、もしもし!担任の小町明美というのですけど」
『どうもいつもうちの弟がお世話になっています。えと、弟の安否確認ですね?」
「は、はい!」
『大丈夫ですよ。今部屋で疲れたのか寝ているので、また後で返しの電話をかけせてもらいますね』
「あ、わかりました!あ、はい。はい!では、失礼します!」
「これで大丈夫でしょうか」
「はい!おかげで何とか校長先生に全員の確認取れたと報告できます!ありがとうございました!!」
「いえいえ、では私も失礼します」
泣き出してしまった小町の肩をポンポンと年上ではあるが、少しの間撫でてやり、クレアはその場を後にした。
「大丈夫だった……?」
「相当心配していたのだろう………普通声を聴くまで確認を取ると思うが、私の正体を問うこともなく、颯太と香織の声を聴くこともなく私の言葉を信じて泣き出してしまった」
「………そっか………」
「ところで最後竜也に何かデータを渡していたが、解析できたのか?」
「う~ん………まぁ一応出来た……」
「ほう!ならば、颯太達が出てくるのも時間の問題だな。3人ならばコアを破壊して戻ってくることだろう」
「それが………――――あのアジダハーカの体内にあいつのコアはなかった……」
「な、なに……!?」
「わたしも信じたくなくて何度も何度もスキャンを行ったんだけど……結果は変わらなくて……」
「………まずいな………であれば、どうすれば奴を倒せる……?あいつは我々が全員死んだとしても大人しく帰る奴ではないはずだ……」
「………竜也……」
考え始めたクレアを尻目に伊澄は1人残してきた竜也の名を呟いた。
どうもまた太びです。
ところで皆さん、もう少しで閃乱カグラトゥーンが発売しますが、買うご予定はありますか?はい、私はバリバリありますよ。
以前vitaの方の無双ゲーを買って高校時代友人たちと集まって対戦をしていたこともあり、結構カグラは好きなんですよね。一見馬鹿ゲーかと思える作品ですが、実際ゲーム性はガチの一言で、絶妙なバランスで出来上がったシステムは文句なしの一言だと思います。
今回はまさか水鉄砲で戦うというどうもどこかのイカゲーを思い出しますが、PVを見た限りではとても楽しそうでしたね。ということで、後書きという名の雑談もここらへんで宣伝をしておきます。
『見習い魔法使いと魔王の眷属』という作品を新しく連載しております。こちらの作品は『敏捷値が高い=強い』のVRMMO作品とは違い、ハイファンタジーものとなっています。
見習い魔法使いのヒロインの卒論を手伝う主人公という一見ほのぼのとしているものですが、私は何分とほのぼのとしたストーリーを作れない病にかかっているのか、バトル入れないと満足できない人間なので、ちゃんとバトルものです。ですので、よろしければお暇な時に読んで感想など頂けると幸いです。
 




