四神セイリュウ決戦 6
「ここか!」
クレアとレンの支援により無事セイリュウを突破した滉介は、フェンリルに跨りながらゴウゴウと機械音がする通路を抜ける。
「なんだここは……」
その部屋にはおびただしい数のコンピューターが置いてあり、そのコンピューターに繋がれているケーブルはやがて1つの場所に集まる。
『滉介あれ!』
そう、そこには薄い緑色の水が入った巨大な試験管の中でケーブルに繋がれている裸のユキナとガイエンが眠っていた。
「これはまるで…」
『神器の保管所みたいね…』
「………」
滉介はフェンリルから降りてあまり2人の裸を見ないようにしながら駆け寄る。
「……どうすれば2人を解放出来るんだ…?」
『………これはちょっと……もし下手なことして現実の身体に影響を与えてしまうことになったら…』
目の前にあるモニターには晃介に理解出来ない言葉が並べられており、晃介はここにきてユキナとガイエンを助けることが出来ない無力感に苛まれる。
「滉介、ガイエンも助けるのかしら?」
武器化を解いて滉介の隣に現れたリーナは彼に問う。
「当たり前だろ」
「どうして?」
「あいつが進んで悪さをする奴には思えないんだ」
「なぜ?」
「リーナもあいつと一騎打ちして分かっただろ?あいつは正々堂々戦う奴だ。小学生を拉致監禁に絶対協力するような奴じゃない」
「最近そういうところ颯太の影響を受けすぎじゃない?」
「そうか?」
「ええそうよ」
リーナはそう言って滉介をモニター付属の端末機から退かすと、指をパネルに這わせ始めた。
「で、出来るのか?」
「解析に入るわ。ガンドレアほどじゃないけれど、やってみる…」
「頼んだぞ…リーナ……」
「わたくしに任せなさい」
リーナは滅多に見せない真剣な表情で空中に浮かび上がる高速で流れていく英文字の羅列と格闘を始めた。
「きゃあっ!」
「香織!!くそ!ヒカルちゃん!しばらく頼む!すぐ戻るから!」
「うん!任せて!!」
敵の攻撃を受けて後方に飛ばされた香織に駆け寄るため竜也はヒカルに前線を任せる。現在第一層で竜也達は苦しい戦いを強いられていた。
初めに相手したシンのギルドメンバーよりさらに数が増し、最初こそは何とか戦えていたものの数が増えるにつれてアイテムの摩耗が激しくなり、伊澄を守る竜也と香織の両者は限界に近づこうとしていた。
一方ヒカルと言えば3人に比べて大したダメージも負っておらず、アイテムもまだまだ余裕がある様子。その理由としては、現在戦闘に参加しているシンのギルドメンバー全員に幻覚がかかっており、まともにヒカルを認識することすら出来ていない状態で、たまに仲間割れを起こしたりしているのだ。
「ふふ、一体何を見ているのかな?」
激しい戦闘が繰り広げられている状況のなか、ヒカルは妖しく笑う。正直ヒカル1人でこのロビーの戦線を維持することも可能なのだが、それをしない理由としては竜也の頑張る姿が見たいという至ってシンプルでくだらない理由で力を見せない。
今も棒立ちしているが、誰もヒカルに、香織を介抱する竜也、防護結界を張り続ける伊澄にも攻撃をしようとしない。では、一体なにをしているのかと言うと、それは仲間割れである。
どうやらヒカルの強力な幻覚によって仲間が竜也達の誰かに見えているらしく、1人も漏れず仲間割れをしている。
「………」
そんな妖しく笑うヒカルの姿を伊澄は機械の瞳で見ていた。自分の神器データにないことから番外世代の神器だと想像がつくが、なんと強力な神器だろうか。それは死んでも消えることも見ることも出来ない永久デバフ。ただ一度接触しただけで意のままに操れる能力はウォータナトスより危険だと推測する。
一瞬伊澄は破壊すべきかどうか迷った。しかし、このヒカルの存在がなければこの戦線は一瞬にして崩壊することだろう。そうなってしまえば竜也を守ることも出来なくなってしまう。伊澄は絶対にそれだけは避けたかった。
「すまねえ!ヒカルちゃん!もう大丈夫だ!」
「お、早かったね。アイテムは大丈夫?」
「ちょっと心もとなくなってきたが、まだ大丈夫だ!」
「なくなりそうになったら言ってね?ボクの分けてあげる」
「あぁ、その時は頼むぜ!」
「ヒカルさん!助かりました!」
「いいっていいって。今は協力関係なんだし、お互い様だよ」
そして体力が回復した香織と竜也が復帰し、ヒカルは2人を笑顔で迎える。
「それじゃ再開だ!」
竜也の言葉を聞いたヒカルは目を伏せて消えるように後ろに下がる。すると次の瞬間幻覚が解けたかのようにプレイヤー達は竜也と香織を正確に狙い始めた。
パァァアアン―――――ポリゴンが散った。泥の竜王を使役していた少女は何も言い残すことなく満足げな表情でランゲージバトルの世界から去っていく。
「…………」
ミレイが消えたことで颯太の大剣は虚空を裂いて地面に突き刺さる。
「うぅううぅう……」
「颯太!!」
獣のような唸り声をあげる颯太の元へ詩織が駆け寄る。だが――――
『いかん!!離れるのだ!!』
「―――っ!?」
颯太の肩へ手を伸ばそうとした瞬間、琥太郎の叫びを聞いて詩織は全力で後方に跳ぶ。すると、次の時先ほどまで詩織がいた場所は大剣の一撃で深く抉れており、もしあのまま颯太に手をかけていれば間違いなく死んでいた。
「そう……た…?」
「があああああ!!!」
次の獲物を見つけたかのように暴走する颯太は、大剣を抜くと詩織に襲い掛かった。
「ぐうううう!!颯太!!しっかりして!!」
一瞬で詩織との距離を詰めてきた颯太は、大剣を彼女に振り下ろす。それに対して詩織は咄嗟に忍者刀を出して大剣を受けるが、あまりの衝撃に詩織は膝を屈し、床にひびが入る。
「颯太!!!」
詩織は足で颯太の足を払い、その場に倒す。
「目を覚ましなさい!!」
そして忍者刀をクルリと回して逆さに持つとそのまま倒れている颯太の真上から刀を突きさしに行く。しかし、颯太はそれ以上の速さで詩織の腹部に蹴りを入れてその場から脱出し、起き上がるとあの朱雀を葬った二振りの大剣を生み出して再び詩織に接近する。
『受けちゃダメ…!全部見切る…!』
朱雀ですら受けきれなかった大剣の乱舞を紙耐久な自分が受けられるはずもなく、詩織は神経を極限まで尖らせて立ち向かう。
「すぅ―――!!」
ひと呼吸を入れてから詩織は颯太と衝突した。一度でも食らってしまえば即座に神器ごと破壊されてしまいそうな我武者羅に見えて一つ一つ繊細さと正確さを持った攻撃を詩織は躱す。
手を伸ばせばすぐ届く距離で詩織は極限の戦いを繰り広げる。避け、時には受け流してテンポを崩しつつ少女は彼を救うべく己が持つ最大の技を発動する機会をじっと待つ。
『まさかここまでやるとは……』
琥太郎は詩織の成長に素直に驚いた。確かに出会った頃に比べれば詩織は遥かに強くなった。しかし、それは琥太郎自身が想像できた範疇の成長であり、そこまで驚くことでもなかった。だが、今彼が目にする少女の成長は想像を遥かに超え、クレアや颯太のようなトップクラスの神器とも対等に渡り合えるまでに成長していたのだ。
その前兆はあったと琥太郎ははっとして思い出した。それは先ほどのシン率いるギルドメンバーの幹部との戦闘で、詩織はあっさり倒してしまったのだ。同じフロアにいるヘルヘイムやタイタンと言った凶悪な1世代目の神器よりも早く。
『強くなったのだな……颯太殿に追いつきたい………その一心で…』
詩織の成長を誰よりも近くで見てきた琥太郎でさえ見抜けなかった臆病で、どこまでも仲間を大事にし、一途な少女の想いは今彼に届く。
「はああああああ!!!!!」
完璧なタイミングで颯太の大剣を弾き、颯太の懐ががら空きになる。詩織は飛び込んだ。それと同時に詩織の服が変化し、頭にはカラスを模したフード。身体の服は光を呑む漆黒の忍者服になり、背中からカラスの翼が生える。
『これはっ!?』
「届けええええええええ!!!!」
慌てて防御に入った颯太だったが、それよりも早く漆黒の翼を散らしながら詩織の一撃が彼の胸に突き刺さる。
「ぐほっ?!」
「颯太……」
心臓に一突き。颯太のHPを一瞬で赤ゲージまで持っていった一撃を受けたことでようやく意識が戻ったようだ。
普段の颯太ならば今の一撃で死ぬのだが、暴走してパラメーターが上がって乱数がずれたのか、奇跡的に耐えてその場に崩れる。
「大丈夫…?」
「あ、あぁ………俺は一体…」
詩織は颯太の身体を支えながら自分のポーションを飲ませてHPを回復させる。しかし、精神的な疲労が来てしまっているのか、身体を起こすことすら困難な状態のようだ。
「……………詩織、その姿は…」
「え?え!?な、なにこれ!?え!?こ、こたろう!?」
『それは今しがた目覚めた覚醒能力だ。だが、今はそれよりも颯太殿。一体どうしたのだ?』
「そ、そうだね。あたしのことよりそ、颯太だよ!」
「……………目を売ったんだ」
「目を…?あ、颯太のその目…」
颯太に言われて詩織はようやく彼の左目がおかしいことに気付いた。右目は詩織の顔をしっかりと捉えているのに対し、左目は眼球が真っ黒に染まっており、焦点も動かずまるで左目が死んでいるかのようだった。
「このままでは負けると思った俺は……レーナに左目をくれてやったんだ……」
「………そんな…」
『それであの暴走か……颯太殿、その目は…」
「……もう戻らないと思う…」
「え…?戻らないって……」
「あぁ……もう左目は見えないだろうな……俺が自分の意思でやったことだ…気にするな」
「気にするなってそんな…!」
『ティア、これは我らがどうこう言ったことで改善することでもない……颯太殿が我らを助けるためにやったのだ…』
「………」
「気を落とすなって。ティアのおかげで何とか自我を取り戻せた。感謝する」
「うん…」
「泣くなよ…」
身体を起こした颯太が詩織を見ると、身体を震わせ俯いて泣いていた。その様子にどうしたものかと困っていると、まるでタイミングを計ったかのようにレギュンが現れた。
「レギュン…」
「よう、元気そうだな」
「今頃何しに来たんですか!」
「いやなに、あのままお前が負ければ混沌をぶっ潰してやろうかと思ったんだが、まさかあの状態の混沌に勝つとは思わなくてな」
「お前知っているのか…?」
「あぁ、あれは有名だぞ。確か肉体共有だったか?あれを使うと身体の部位によって限界を超えた力を引き出せるとかなんとかって話だな」
「そうか……これが…」
「ま、良かったじゃねえか。左目で済んでよ」
「そんな言い方…!」
「ティア」
「颯太でも!」
「いいんだ。俺が望んでやったことなんだから」
「ところで混沌。お前、本当にあのミレイって奴を倒したのか?」
「え?あぁ、それなら倒したはずだ…」
「なら、ありゃなんだ?」
『え?』
レギュンが見つめる先を颯太と詩織が同時に見ると、そこには空間に小さな穴が開いていた。
「なんだあれは…」
「あまり良くないものみてえだな」
「な、なにあれ……」
颯太達が息をのんだ次の瞬間、穴はまるでブラックホールのように空間を飲み込み始めた。
「なっ!?くそ!!」
「な、なに!?」
「どういうことだよ!!」
颯太は咄嗟に剣を地面に突き刺し、詩織は両手に握る苦無を地面に刺し、体力に余裕があるレギュンはその場に立って吸い込みに耐える。
「わ、分からねえよ!!アジダハーカは破壊したはずだ!」
「あ、あたしだって見てたもん!颯太が破壊するとこ!」
「あたいだって見てたさ!だからどういうことだって聞いてんだよ!」
「んなもん知るか!!レギュン!お前の攻撃で何とかならないのか!?」
「あたいに命令すんな!!」
と言いつつもレギュンは並みの神器ならば一瞬で破壊してしまう凶悪な火炎をブラックホール目がけて放つ。しかし、レギュンの一撃は穴にあっさりと吸い込まれていってしまう。
「ダメか……」
「一度ログアウトするのはどうかな!?クレアさん達には悪いけど、これは緊急事態だよ!」
「あたいもそれには賛成だ!あんなものに飲み込まれるのはごめんだぞ!」
「そうだな……目的は達成したし、一度ログアウトしてまた中央広場からここに来よう」
3人は仮想ウィンドウを開き、ログアウトを押す。しかし、突然エラーが発生してログアウトが出来なかった。
「え!?え、エラー…?ろ、ログアウトできないよー!!」
「……確かにここはカナリアから離れた本来存在しない場所......システムも介入出来ないのか…」
「最終ログアウト地点のデータ保存ができないってことだろ!」
イライラを込めたレギュンの一撃はまたも穴にあっさりと吸い込まれてしまい、レギュンのイライラのボルテージは更に上がっていく。すると穴の中から泥のような触手が幾重にも飛び出してきた。
「きゃああ!」
「な!?あれはアジダハーカの!」
「おい!やっぱり破壊出来てねえじゃねえか!」
襲い来る触手をレギュンは焼き払う。
「馬鹿な!完全に破壊したはずだ!」
『オオオオオオオ………!』
「ひいいい!ど、どろどろの竜が!」
「あいつ、あたいらを絶対逃がさない気だぞ」
「俺の体力があれば…!」
「あったところでどうすんだよ。こっちの攻撃は全部飲み込まれるんだぞ」
「…………」
「そ、颯太まずいよ!さっきより触手の数が!」
「ちぃ!」
触手の数を増やしてきたアジダハーカにレギュンは舌打ちをしながら迎撃する。
「どうすれば……」
「このままじゃあたし達3人飲み込まれちゃうよ!」
「………」
吸い込む勢いも増していき、段々と颯太達も踏ん張ることが難しくなっていく。触手の数も増え、このままでは3人ともブラックホールに飲み込まれてログアウトも出来ず、永遠とランゲージバトルの世界を彷徨うことになるだろう。
「………」
『あたしね、今レギュンちゃんが何を考えているのか分かる気がするの』
「へえ………」
『その男の子の力になりたいんでしょ?』
「そいつはどうかな」
『またまた~そんな意地を張っちゃって。あのさ、あたし何となく覚えているんだ』
「………」
『あたし、昔はこんな楽観的な性格じゃなくて、もっと残忍で冷酷で誰も恐れ、誰もが嫌う、そんな神器だったの。だから、思い出すのは皆が笑う声じゃなくて悲鳴とか呪ってやるーとかそんな思い出したくもないような記憶ばかり。だからね、今までしてきたことがチャラになるわけじゃないけど、あたしも何か一つ皆のためになるような善行をしてみたいんだよね』
レギュンは激しさを増す攻撃から颯太と詩織を守りながら脳内に響くヘルヘイムの声に耳を傾ける。
『これはあたしからの最初で最後のお願い。あ……レギュンちゃん、現実世界に帰れなくなっちゃうかもしれないのか……それは……とても嫌だし…う~ん…』
「悩むんじゃねえよ」
『え?』
「しゃーないな。お前の願い……聞いてやるよ」
『レギュンちゃん!でも、ほんとにいいの!?』
「いいって言ってるだろ」
荒れ狂う強風のなか、レギュンは歩き出した。
「レギュン!?何をするつもりだ!!」
「ちょ!あなた正気ですか!?」
「自殺行為だぞ!!」
「うるせえ!!!いいか混沌!あたいが助けてやるんだから絶対ランゲージバトルの覇者になれよ!!ならなかったら許さねえからな!!」
『颯太くん、初めまして……かな?色々言いたいこともあるけど、どうかレギュンちゃんを責めないであげて』
「ヘル……ヘイム…?」
『うん、そうだよ。そちらの混沌ちゃんは気を失ってしまっているみたいだからお別れの挨拶が出来ないのがちょっと残念かな………』
「おい……嘘だろ…お前とはもっと違う形で決着をつけたかったのに……クレアさんだってアンタを倒したくて…」
「んなもん知るか。まぁ、いつかこんなくそったれみたいなゲームじゃなくて他のゲームがあったら、そん時にいくらでも戦ってやるよ」
『バイバーイ!最後に君と話せて良かった』
「レギュン!!」
飛び出した無数の触手は天をも焦がす劫火によって薙ぎ払われ、すべての触手がなくなった瞬間レギュンは腕に装備したガントレットから炎を噴射させてブラックホールに飛び込んだ。
『オオオオオ!!!』
「あたいに喧嘩を売ったことを後悔させてやる!!」
『レギュンちゃんは最強なんだから!!』
飛び込んだ異空間の先にもはやドラゴンと言っていいのか分からないほどドロドロに溶けて形状を保てなくなっているアジダハーカがおり、レギュンは空間すら燃やし尽くす炎を噴射させながら最後の戦いに出た。
どうもまた太びです。
ポケモンGOのラプラスが終わり、次はポケモンサンムーンの発売となってやや更新が遅れました。
今回のポケモンの対戦環境はやはりガブリアスが使用率1位と相変わらずの主人公っぷりに脱帽と言うべきか、それとも流石と言うべきか。
さてさて、今回のお話ですが、しぶといアジダハーカが巻き起こした空間の穴によってレギュンがその身を犠牲にして颯太と詩織を助けたというお話でした。カナリア外で起きた神器破壊によりシステム側が誤作動を起こし、バグデータとすべきか、神器のデータ復元か判断がつかなくなり異空間に追いやられたアジダハーカが主人の最後に抱いた感情である殺すという気持ちを引き継いでしぶとく蘇ってきたというわけです。
 




