迫る文化祭
「大丈夫か、伊澄」
「…問題ない。HPは8割回復した…」
「流石だ」
カナリア中央広場に戻ってきた2人は臨戦態勢を解除しながら一息つく。伊澄は地に足をつけるなり覚醒能力を解除してガンドレアが心配そうに自分の主に擦り寄る。
「大丈夫………心配しないでガンドレア…」
「して伊澄。お前と戦った神器はどういう能力だった」
「………分からない…」
「なに?」
「魔法属性でもない…物理属性でもない…射撃属性でもない攻撃……わたしの耐性が一切反映されなかったからよく分からない…」
「要領を得ないな」
「なんかどろどろした緑色のような黒色のような塊を操ってきて……それ触れるだけで見たことが無いデバフ乗せられて防衛に徹することで精一杯だった…」
「そのデバフはどういう効果だ?」
「全ステータス3割低下とマーキング付けられるのかな………付けられたあと敵の攻撃に追尾性能が追加されたみたいだったから…」
「なるほど………これは撤退して正解だったか」
「クレアなら強引に攻められたと思うけど……ごめん、わたしが足を引っ張ったみたい…」
「いや、そんなことはない。出来れば今回の作戦でユキナ奪還を目指したかったが、本来の目的は敵戦力の把握だ。伊澄が気にするようなことではない。むしろシンの切り札と思える相手と戦って情報を持ち帰ることが出来たのだ。上出来だ」
「そう言って貰えると気が楽になる…」
相変わらずの無表情で感情が読み取りづらいのだが、今しがた彼女がした吐息には安堵の気持ちが込められていた。
「伊澄、身体に異常とかはないのか?」
「問題ない。あのデバフはどうやら相手の効果範囲から出れば消えるみたい…」
「それならいい。さて、夜も遅いことだし、詳しい話は明日またすることにしよう」
「了解」
伊澄は短くそう答えるとガンドレアと共にランゲージバトルの世界から一足先にログアウトしていった。
「厄介な連中が出てきたな……」
クレアは今後より強い敵と相対することも考えて颯太のトレーニングメニューをより厳しいものに変えようかと悩みながらカナリアから去った。
「逃がして良かったの?」
「ええ、別に問題はありません。出来ればグレイヴと殺しあってくれたらベストだったのですが…………まぁそううまく行かないものですよね」
クレアと伊澄が去ったアジトでシンは謎の少女ミレイの問いかけに答える。
「下手するとグレイヴとやり合うことにもなるけど、いいの?」
「問題はありませんよ。僕達の計画を揺るがすほどの相手ではありませんから。それにほら、あなたがいる限り負けることはありません」
「そうだけど、余りミレイの力を過信されても困るからね」
「ふふ、そうですね」
「それじゃ、今日はもう襲撃はないだろうし、落ちるね」
「はい、お疲れさまでした。またお願いしますよ。次は混沌も来るかもしれませんしね」
「うん、それは分かってる。でも、何度も言うようだけれど混沌はミレイの神器でもちょっと分が悪い相手かもしれない」
「その時は僕が割って入りますよ」
「あなた混沌に勝てるの?だって、混沌はあなた達四神のカウンターとして作られたわけだし」
「大丈夫です。今度は負けたりしませんから」
「そう……なら、ミレイの方でギルドの皆に通達しておくね。これから忙しくなるって」
「はい。今夜はミレイさんしかいませんでしたが、次は皆でお出迎えしましょうか」
「楽しくなってきたね」
「ええ、本当に」
怪しく笑うシンにミレイもまた笑いながら消えていった。
翌日、颯太の学校では文化祭の日時も迫ってきたということでどこか浮かれた雰囲気が校内に漂い始めていた。
颯太のクラスもまた文化祭の話題で持ちきりになり、これから始まる文化祭の準備のことを考えて女子も男子も楽しそうに騒いでいた。
「はーい静かに!これから我がクラスは文化祭で何をやるか決めるから、皆この紙にやりたいことを1つ書いてね」
担任の小町が全く静かにならないクラスに肩を落としつつも、用紙を配っていく。
「颯太は何かやりたいことあるの?」
「あんまり忙しいものじゃなければ何でもいい。でもな、うちのクラスには香織さんがいるから……」
「あぁ、颯太のその願いは当然叶わないだろうね。はぁ、喫茶店とかやる羽目になるのかなぁ…」
「男子と女子の過半数が完全に香織さんを有効活用するつもりでいるから、恐らく上条の読み通りだろうな」
「じゃあ僕らは無難にクレープとかたこ焼き屋とか書いておく?」
「そうだな。少しでもいいから抵抗しておこう」
そう言って颯太と上条は配られた用紙に打ち合わせ通りの内容を書くのであった。
「はーい。それじゃ後ろの人は集めてきてね」
数分後、小町の声で後ろに座る颯太や上条達が用紙を回収して教卓にいる小町へ手渡していく。
「それじゃ香織さん、先生黒板に書くから読み上げてくれない?」
「わかりました」
例の如く香織は小町に呼ばれて教卓に立ち、皆のやりたいことが書かれた用紙を読み上げていく。
「えーっと………これ消して…これも…―――」
そして全て読み上げた香織は自分の席に戻り、小町は1人で得票数が少ないものから順に消していく。
「はい!決まりました!今年の文化祭で私たちのクラスがやる出しものは喫茶店に決定―!!」
『いええええええええい!!!』
「ほら上条、お前の読み通りだ」
「えぇ……」
クラスが盛り上がるなか、颯太と上条の目は完全に死んでいた。
「喫茶店かぁ……大変だと思うけど、大丈夫?去年と同様に香織さんいるし」
「え、わ、私ですか!?そ、そんな……」
「香織さんを呼び込みに使ったらめっちゃ人来るんじゃね?」
「小町ちゃん!売り上げってどうなんの?」
「えっと、売り上げはそのクラスで使っていいはずだけど」
「おっしゃ!ならバンバン売り上げて皆で打ち上げしようぜ!」
健太の一言でクラス内は一致団結した。まだ喫茶店をやるかどうか決まったわけではないのに。
「はは、これは完全にやらないといけない流れだね」
「まぁ決まってしまったものは仕方ない」
「忙しくなりそうだね~」
「去年の俺たちって何やったんだっけ」
「去年も香織さんいたから喫茶店だったよ」
「あぁ…………あぁぁぁあ……あれは酷かったな…」
香織の噂というのは他校にも知れ渡っているようで、去年の喫茶店も酷い有様だった。香織の携帯のアドレスを聞く者や香織を一度見ようと人で溢れ返る教室とそれを捌く颯太達。ひどいものだった。
「あれの繰り返しにならないことだけを祈るよ」
「それは無理な話だろ」
「だよね~………」
上条の淡い希望をあっさり打ち砕いた颯太はそう言って自分も深いため息をするのであった。
「文化祭かぁ~私こういった行事初めてかも」
それと同時刻、颯太達の学校の屋上で彼の視界を警護という名目で勝手に覗いていたレーナは楽しそうに呟く。
「貴様の場合、大体序盤に主を殺して脱落していたからな」
「殺したくて殺したわけじゃないもん。ただソリが合わなかっただけ」
「ソリが合わなかっただけで殺すのもどうかと思いますが………それよりも文化祭ということは外部から結構な人が来るわけでしょう?であれば、より一層警戒を強めなくてはなりませんね」
「アルテミスの言う通りだな。一般人に混じって神器使いが現れたりしたら大変だ」
「ま、颯太も私もこの目があるから神器使いや神器が接近して来たら一発で分かるけどね」
「過信はいけませんよ。私たちのような従来の神器はともかく新たな世代の神器にその目が通用するかどうかは分からないのですから」
「まぁね。でさ、もし見つけたとしたらどうするの?」
「それは考えていなかったな………ここで交戦するわけにもいかぬだろう…」
「それもそうですね。ここで戦えば一般の方々を巻き込む恐れがありますし、とりあえず自分の主に判断を仰いでみてはどうでしょうか」
「それが一番良さそうだね。まぁ1人でも戦えるガンドレアとクレアに丸投げするのが一番だろうけど」
「クレア達も来るのであったな。しかし、ニヴルヘイムによればクレアは颯太に代わって颯太のご両親を守護するとか何とか言っていた」
「あ~…んじゃガンドレアに丸投げ?言ってさ、私たちも自分の主守るので精一杯じゃん」
『………』
レーナの言葉に2人とも押し黙ってしまい、レーナは話がまた最初に戻ったような気がしてため息をする。
「んじゃもうアルテミスの意見でいいよ。とりあえずもし神器使いが現れたら接触はしないで自分の主に判断を仰ぐこと、これでいい?」
「異論はない」
「はい、私もそれでいいと思います」
「おーけー。なんだか楽しくなってきたね」
「我は楽しくはないが………混沌、良からぬことを考えるものではないぞ」
「何も考えてないってば。ただ文化祭が楽しみなだけだよ」
「それならいいのですが…」
にししと悪戯っぽい笑みを浮かべるレーナに次はボルケーノとアルテミスが肺に溜まった息を吐き出すのであった。
どうもまた太びです。
今回のお話はこれから文化祭に入っていくという前振りの話でした。今言った通りこれから文化祭編なのですが、もちろん章のタイトルにあるように今回の章のメインはシンが率いる番外世代です。つまり、これらが意味するのは………感がいい方は大体こんな話が展開されるのだろうな~というくらい分かってしまったかもしれませんね。




