伊澄とガンドレア
「うっ!?」
次の日の朝、颯太は腹部に衝撃を受けて目を覚ました。
「あ、颯太起きたわ」
「え……なんでリーナが…」
そう、今颯太の腹部へダイブをかましたのはリーナであった。クレアに買って貰ったレーナとお揃いの白いワンピースを着ているリーナは目を覚ました颯太の顔を覗きこんでおり、何故ここに彼女がいるのか理解出来なかった。
「レーナに呼ばれてあなたの家に来てみれば誰もいないし、仕方なくあなたの部屋に入って待たせて貰うことにしたらあなたが寝ていたの」
「だからって起こすことはないだろ…」
「誰もいないんだからあなたがわたくしの話し相手になるしかないでしょう?それにもう10時よ。滉介も大概だけど、あなたもちょっとだらけ過ぎよ?」
「滉介もお前だけには言われたくないと思っているはずだ」
「どういう意味よ」
颯太は上に乗っているリーナを退かし、欠伸をしながら立ち上がってタンスの中の服を漁る。
「恐らくレーナは千草ちゃんと菓子でも買いに行っているはずだ。もう少ししたら帰ってくると思うよ」
「そう、なら一度わたくしに連絡を寄越すのが筋ってもんじゃないのかしら?」
「リーナは時間にルーズだからな。どうせ30分くらいしてから来るんじゃないかと思って高を括っていたんだろう」
「うぐ……―――ってなんで服脱ぎ始めるのよ!」
「いや、ここ俺の部屋なんだが…」
「あ、そ、それもそうね…」
いつもレーナの前で着替えていたためか、姉の前でも構わず服を脱ぐとリーナは顔を真っ赤にしながら手で顔を隠して声を荒げる。が、自分のいる場所が彼の自室だと気付いて声に力が無くなっていく。
「………」
「ちゃっかり見ているんじゃねえよ」
「み、見たくて見ているわけじゃないわ!」
「あっそ」
ラフな格好に着替えた颯太は寝る時に充電していた携帯をポケットに突っ込み、バッグを手に取ると出かける準備を始めた。
「あら、どこかに行くの?」
「適当にぶらついてくる。どうせ俺の部屋で遊ぶんだろう?なら、俺は邪魔になるからな。戸締りは―――って言ってもお前らは神器だから空き巣に狙われても撃退できるか。んじゃ、行って来る」
「昼飯は?」
「外で食ってくる。お前達は俺に気にせず遊んでおけ」
「なんだか悪いわね」
「別に気にするな」
颯太はそう言って家を出て行った。
「あっつ…」
今日も日差しは強い。颯太は少しだけ照りつける雲ひとつない青空に浮かぶ太陽を仰いでから、クーラーの効いた本屋を目指す。
特に買いたい本もないのだが、適当に回っているうちに新たな本との出会いを期待して颯太は本屋に足を運ぶ。颯太の場合、新刊チェックとかそういうことは一切していない。そろそろ新しいの出ているかな程度の気持ちで本屋に行き、そしてあったら買う、なかったらとりあえず何か気に入りそうな本を探して時間を潰す、そんなループをずっと繰り返している。
目的の本がないのであれば買わずに店を後にするのが普通ではあるのだが、本の虫になりつつある颯太にとって本屋に行ったら何かしら買わないと気が治まらないのだ。
「何かあるかな…」
店員さんとも顔見知りの仲である本屋にやってきた颯太はとりあえず店員オススメのコーナーへ足を運ぶ。
と言ってもこういったコーナーは万人受けしそうな本しか置いておらず、自分の趣味趣向を全面的に押し出した本は置いていないのだ。ようは無難、読めばとりあえず損はしない。そんなラインナップの本がここに置かれる。
何もオススメコーナーが悪いとは言っていないが、颯太は何故か本にマイナー度を求める。簡単に言えばほとんどの人が知らないような本を発掘して自己満足したいということなのである。
んじゃなんでオススメコーナーに来たんだよ、というのは現在の店側の仕入れ状況の確認である。ここの店長はとにかく自分が面白いと思ったジャンルがあるとその道の本を大量に仕入れるため、自然とそのジャンルがオススメコーナーにずらっと並ぶのである。特に買いたい本も決まっていない時はこのオススメコーナーのジャンルを見て買うのが颯太のやり方なのである。
「今月は推理ものか……悪くはない…かな」
颯太は早速推理ものの本を探し始めた。
「…………」
「マスター」
一方その頃ランゲージバトルシステム管理場でエニグマンと番人が先日の颯太達を襲撃した集団を特定していた。
「やはり彼らか……面白い、これは面白いイレギュラーだ」
「マスター、いかがされますか。形とは言え、この者達は規則に違反しております。マスターが一言くれるだけで我が部下達が奴らを八つ裂きにすることでしょう」
「う~ん……確かに規則に違反しているけど、颯太君達も相当違反しているからね。彼らが潰しあってくれればそれはそれはいい気がするけど」
「マスターがそう言うのであれば私はこれ以上何も言いませんが、よろしいのですか?」
「ん?何がだい?」
「無礼を承知で言いますが、その慢心はいつか己の身を滅ぼすやもしれません」
「そうだね。でも、私は絶対的な演算の下で動いているからね。計画に揺るぎはないし、私の身は君が護ってくれるのだろう?」
「もちろんです。この番人、マスターを護るために造られた最強の神器ですから」
「期待しているよ、番人」
「勿体無いお言葉です」
「しかし、それにしてもまさか首謀者が彼とはね……そんなに混沌と関わりがあったかな?」
「この者達は昔から神器同士のいざこざがあります。もしかすると精神が乗っ取られている可能性も否定できません」
「あぁ、先日の敗北が彼に何らの影響を与えたと見ていいのかな、これは」
「恐らくそうでしょう」
「さて……颯太君は12月の決着まで生き残れるかな?ランゲージバトルでも、現実世界でも」
「生き残ることが出来なければそこまでの男だったということ」
「それもそうだね。でも、私は颯太君にここまで来て欲しいかな」
「あの男に肩入れするのもほどほどにしてください」
「おっと、どうもいけない。神器のことを考えるとつい肩入れしてしまう。ふう、一旦休憩してくるよ。番人、しばらく任せたよ」
「はっ!」
エニグマンはこれから起こる出来事に胸を躍らせながら部屋を出て行き、番人は各神器から送られてくるリアルの情報に目を移した。
「…………」
番人は自分のマスターに忠誠を誓っているが、どうも科学者としての意見からか、自分の脅威に無関心過ぎる。
番人は砂嵐で全く映らないモニターのシリアル番号を見る。その番号はクレアが持つニヴルヘイムを示しており、彼は最も警戒すべき相手は最初からこの神器だと睨んでいた。
エニグマンは以前自分が不在の時にこの場所へ颯太と混沌が侵入してきたと楽しそうに語っていた。そして追い詰めはしたが、最後にどこからともなくクレアが現れ、覚醒能力を使って2人を連れて見事脱出していった。
「少し動向を知る必要があるようだな」
番人はニヴルヘイムのモニターを睨みながら呟いた。
「クレア……」
「なんだ」
夏休みも終わりに近いある日、クレアの家で相変わらずぐーたらしている伊澄はパソコンと睨めっこしている彼女に話しかけた。
「ガンドレアがお外行きたい言っているから行って来る…」
「ん、そうか。今日も暑いから水分補給はしっかりするんだぞ」
「ん…」
伊澄は静かに頷くと小さなリュックを背負ってガンドレアと共に外へ出かけていった。
「………ガンドレアの言葉が分かるのか」
『彼女だけ意思疎通が取れるようですね』
静まり返った自室でクレアはコーヒーを啜りながら何となく思った言葉を口にした。
「…………」
道行く人々は自分の前を歩いていくガンドレアを見て驚く。彼女にとってそれはもう慣れた日常だが、目立つことを嫌う彼女にとってあまり喜ばしい状況ではない。
ガンドレアはそんな人々の視線など気にせず、どんどん道を進んでいく。伊澄はガンドレアの言葉が分かるわけではない。あくまで何となくそんなことを思っていそうだな~という思い込みで、実際のところ本当にガンドレア自身が何を思って行動をしているかなど分かりもしない。
「ガンドレア……どこに行くの…?」
「………」
伊澄の声にガンドレアは振り返り、彼女の瞳をじっと見つめる。
「そう………公園……公園行きたいのね…」
自分の言葉が伝わったことを確認したガンドレアはまた歩き始め、伊澄はその後をついていく。
公園がどこにあるか何て自分は知らないが、コンピューターのアシストを受けているガンドレアなら公園がどこにあるかなど一発で分かってしまうのだろう。
それから数十分歩いて伊澄とガンドレアは公園についた。草木が生い茂る緑豊かな公園。遊具は少ないけれど、敷地が広く。サッカーゴールも用意されていた。
夏休みということもあって親子連れやサッカーで遊ぶ子供達の姿で公園は溢れており、伊澄は何故こんな人が多い場所にガンドレアが来たがっていたのかよく分からなかった。
「なんでここに来たの…」
「………」
ガンドレアは答えずどっかに走っていってしまった。
「むぅ……」
ガンドレアの思考は極めて動物的で、この現実世界で過ごす時も1日の大半は寝ているか、それとも伊澄と一緒にテレビを見るかの2択しか存在しない。
そんなガンドレアが外に出たい、ましてや公園に行きたいなど言い出したことが本当に彼女には理解出来なかったのだ。
伊澄はガンドレアの考えが読めず、とりあえず彼が満足して帰ってくるまでベンチに腰掛けて待つことにした。
丁度木の下で日陰になっているおかげか、夏の強い日差しを遮り、心地よい風を運んできてくれる。
「…………」
「あれ、やっぱり伊澄さんか」
「………颯太…」
目を閉じて休んでいると、聞き覚えのある声が聞こえて目を開ければそこには本を抱えた颯太の姿があった。
「何しているんだ?」
「……簡単に言えばガンドレアの散歩…」
「え?ガンドレアって散歩必要なのか…?あ、でも見た目は完全に犬だしな…あれ?」
「ううん、ガンドレアはヒョウ…」
「あぁ、そうだったな。あ~ネコ科の動物って犬みたく散歩するのか?」
「さぁ……ネコ飼ったことないからあなたの質問には答えられない…」
「あ、あぁそう…」
颯太は少しだけ困ったような顔をしながらとりあえず伊澄の隣に腰掛ける。
『やべえ……伊澄さんとろくに話したことがないから会話のネタが思いつかない…!』
「………本屋…行ってたの?」
「え、あぁ!家にはリーナと千草ちゃんっていうレーナの友達来ているからな。邪魔するのも何だと思って外に出てきたんだ」
「ふぅん……」
「…………」
颯太は焦った。このままでは会話が続かないと。
「ねえ、ちょっといい…?」
「いいけど、なに?」
「あなたはわたし達のギルドリーダーだけど、話す機会があまりなかったから今聞く」
「俺に答えられることなら何でも」
「……それじゃ遠慮なく。あなたはランゲージバトルを勝ち抜いて何をしたいの…?」
「………レーナや神器達を救いたい。だから、俺はランゲージバトルを勝ち抜くと決めたんだ」
「……………それは本当に出来るの?」
「確証はある」
「そう……」
伊澄は横目で彼の横顔を見た。そこには自身と絶対己の願いを成就させてやるという決意に満ちた彼の表情があった。
それを見た伊澄は静かに目を伏せ、そして短く息を吐き出すように答えた。
「俺も質問していいかな」
「うん」
「伊澄さんと同じ質問だけど、君はランゲージバトルを勝ち抜いてどうしたい?」
「……なるほど、そう来るのね」
「あ、あぁ!別に答えたくなければいいんだ!無理に答える必要なんてないからな!」
「そこまで焦る必要なんてない………――――馬鹿らしい願いだけど、わたしは自分の家族を蘇らせたい……」
「え…?家族?」
「家族と言っても人間じゃないよ。数年前まで飼っていた犬」
「あぁ、犬か…」
「ねえ、あなたとクレアがこそこそやっていることは周知のことだけれど、それでガンドレアも救うことが出来る?」
「もちろん……ガンドレアも神器だ。絶対救ってみせる」
「……ガンドレアってね、人間じゃないんだ…」
「ん、まぁそうだよな…」
「本当に中身はヒョウなの……だから、もしランゲージバトルが終わってガンドレアを救うことが出来たら……その時は一緒に暮らせないかな…」
「出来るさ。俺はそのつもりだぞ」
「え…?」
「レーナをうちに引き取らなければ救った意味が無いからな。救った以上最後まで面倒を見るさ」
「………そう、ならあなたに全てを託す……わたしの願いも…」
「……あぁ、分かった。任せてくれ」
「でも、12月の決着の日に当たったら、その時は容赦しないから……あなたを応援しているけれど、お情けで勝ち上がってもそれは何の意味が無い…」
「もちろんだ。クレアさんも全力で俺を倒しに来るみたいだし、伊澄さんにも竜也にも詩織にも香織さんにも滉介にもユキナちゃんにも負けるつもりはない。同じギルドメンバーだろうとこれは絶対に譲れない誓いだからな」
「うん……あなたはそれでいい………今日はあなたと話せて本当に良かった…」
「俺も伊澄さんと話せてよかったよ」
「有意義な時間を過ごせたから、特別にクレアの神器について教えてあげる…」
「え?ニヴルヘイムのことか?神器の情報なら既にレーナから教えて貰っているが…」
「クレアのニヴルヘイムは覚醒能力が2つある……過去に1度だけ使ったことがあったらしいけど、その時は一瞬にして世界が凍てついたとか……」
「なんだって!?そんなことレーナも知らなかったぞ!」
「ガンドレアが神器のデータバンクにハッキングして情報を引き抜いた……大丈夫、痕跡は残していないから運営にもばれていないはず…」
「……マジかよ……ただでさえ今でも強いのにまだ奥の手があるってことか…」
「恐らく12月の最終決戦では躊躇うことなく使ってくるはず………まだあなたとクレアが戦うことが決まったわけではないけど、頂点を目指せば必ずあなたの前にクレアは立ちはだかるはず………気をつけて…」
「……あぁ、この情報は有効活用させて貰うよ」
「今のあなたでは絶対にクレアには勝てない……これはあなたもよく分かっているはず………現状をよく分析してみて。今あなたに足りないものはなに?」
「PSもそうだが、何より足らないのは耐久だ………今の俺とレーナじゃクレアさんの氷塊、ギル・ヨトゥンヘイムを受けただけで神器の耐久値が限界まで削られてしまう…」
「そうだね……でも、神器の耐久値だけは隠しステータスで見えないし、何より最初から耐久値が決定されてしまっている……鍛えようがないものだね」
「…………」
「さて、どうしたらいいのか……」
伊澄はそう言って立ち上がる。
「まさか伊澄さんレーナのことも!?」
「ふふ、どうかな……」
「待ってくれ!レーナの最後の能力が文字化けしてしまって効果が読めずにいるんだ!」
「………大丈夫、とだけ言っておく……今は防御の練習だけしておくといいよ。それじゃあね……話せて楽しかった」
伊澄はガンドレアを迎えに行くためそのまま歩いていってしまい、颯太は1人ベンチに残された。
どうも、また太びです。
今回は伊澄回ということでしたが、伊澄ちゃん………ランゲージバトルについてどこまで知っているんでしょうね………。
そしてクレアには覚醒能力が1つではなく、2つあることが判明した回でもありました。
物語的に真の敵はもちろんエニグマンなわけですが、クレアも十分ラスボスとして機能するくらいなお方ですよね。むしろ日頃からクレアの強さを見せ付けていたからこそ戦闘能力が知れないエニグマンよりクレアの方が脅威度は上のような気がします。




