それぞれの思い
「まさかヒカルちゃんに負けるとはな……予想外だったぜ…」
「はは、まぁ余り気にしない方がいいよ」
その後しばらくして目を覚ました竜也と起きるまで彼に膝枕をしていたヒカルの両者はダンジョンを抜け出し、一休みするためヒカル行きつけの酒場に来ていた。
こじんまりとした木造の酒場にはヒカルと竜也の他に数人のプレイヤーとグラスを磨く30代後半の女性マスターしかおらず、酒場は静かであった。
「ボクの神器は幻覚が効いてやっと皆と同じ土台に立てる神器だからね。正直前に遊び感覚で竜也を斬っていなかったら普通に負けていたよ」
目の前で『うごごご…』と頭を抱える竜也を見てヒカルは苦笑しながら彼を慰める。
「それでもランゲージバトルの世界を生き残っていくためには例え幻覚にかかっていようとも負けられねえんだ。銀二のゲオルギウス……あいつの覚醒能力を見た瞬間青ざめたぜ」
「あ~合体ね。あれは怖いよね~」
「ヒカルちゃんあれ怖くねえの…?だってあんなブレス喰らったら一撃だぜ!?いやいや、他の攻撃だって一撃でHP持っていかれる自身あるわ」
「え、あ!ううん!すっごい怖いよ!うん、あんなの相手したくないよね!」
全然怖がっていないヒカルに竜也は目を白黒させるが、ヒカルは何故か思い出したかのように捲くし立てて彼の言葉に同意した。
「ん?まぁでもさ、いつかああいう恐ろしい神器使い達とも決着をつけるわけじゃん?」
「そうだね。12月の終わりには全てが終わる」
「そうなんだけどよ。勝つ負けるとかの以前に戦いの途中で神器が壊れたりしないか不安なんだよな」
「あ~確かに。勝てば勝つほど残るのは強力な神器ばっかりだろうし、下手すれば神器なんか一瞬で壊れちゃったりするかも」
「それが怖いんだ。臆病風に吹かれたわけじゃねえけどさ、このランゲージバトルが始まってから神器とはリアルの世界でも一緒に暮らしているもんだから、やっぱり傷ついて欲しくねえわけよ」
「そういうもんかな?」
「ヒカルちゃんの神器は喋らないのか?」
「ボクの神器?そうだね~。これと言って会話をしたことはないかな」
「お?んじゃ神器とかの情報はどうしてんだ?」
「ボクの神器は一体化型だから情報は一方的に引き出せるよ。だから会話なんかしたことがないんだ」
「クレアさんと一緒のタイプか」
「でもまぁボクはこれで良かったと思っているよ。ほら、下手に会話とかしちゃうと竜也みたく余計な感情を抱かなくて済むでしょ」
「余計な、ね。ヒカルちゃんは随分と達観しているな」
「そんなんじゃないよ。あのね、ようするにボクが言いたいのは余計なことを考えない方がいいってことだよ。竜也って物事を深く考えるような性格じゃないでしょ?」
「まぁそうだけどよ」
「ほらほら、いつもの猪突猛進な竜也の方がボクは好きだな。今は余計なことを考えずに目先のことだけ考えていこ」
「………そうだな。ありがとヒカルちゃん」
「うん、いいってことだよ」
ヒカルは向かいの席から身を乗り出して笑顔で竜也の肩をポンポンと叩くと『今日はいっぱい食って飲もう!』と言い、マスターに大量の注文をするのであった。
それから同時刻、颯太は香織と詩織のPVPを監督していた。どうして香織と詩織がPVPしているかと言うと、それは香織たってのお願いだった。
何でもこの前の勢力戦でレギュンとタイマンしてからというもの、もっと自分は強くならなくてはならないと思っているらしく、颯太に稽古をつけて貰おうと思ったのだが、案の定颯太が強過ぎるため稽古をつけることも出来ず、丁度詩織が暇をしていたため急遽彼女が香織の相手をすることになったのである。
「………」
「どう?颯太」
2人の戦いを厳しい表情で見ている颯太に隣のレーナが大した興味もなさそうに話題作りのためだけに言葉を投げる。
「まだ香織さんは接近してくる相手の対処に慣れていない」
「うん、ティアとの距離が空いた時は弓の命中精度が上がっているんだけど、近づかれると途端に精度が悪くなるよね」
「そうだ。アルテミスも激を飛ばしているが、どうも焦ってしまうらしい」
「頭では理解しているのにいざ近づかれるとっていうこと?」
「あぁ」
香織はPVPが始まる前に詩織へ『全力で来て欲しい』と言ったのだが、本当に今の詩織は全力を出している。颯太の目でやっと追えるほどの速度でかく乱しながら恐ろしい精度で確実にクリティカルを狙いに来る詩織に香織は息絶え絶えで回避するやり取りがずっと続いている。
詩織の爆弾を参考にして香織の新たな攻撃技に加わった携帯爆弾で詩織を追い払っても、直線ならば白虎、レーナすらも凌駕する敏捷値で一瞬にして距離を詰められるため香織らしかぬ舌打ちが見える。
直線ならば距離が離れた一瞬を突いてその眉間に矢を放てばいいと颯太は当初思ったのだが、詩織のプレイヤースキルを甘く見ていた。
そもそも詩織は加速のシステムを完全に把握しており、加速によって上昇した敏捷値が元に戻ることなどありえないわけではあるが。
「くっ…!また!」
距離が離れた瞬間香織は矢を射る挙動すら見えるかどうかの速度で光の矢を放った。しかし、矢は詩織の頬ぎりぎりを掠めて彼方まで飛んで行き、香織は次の矢を番える。
そう、詩織は僅かに顔をずらしてちょん避けをしているのだ。以前フラッグファイトが始まる前に颯太と共に香織の矢を避ける練習をしていたことを思い出した詩織は、香織の矢と言えばホーミングが働いて確実に急所を抉ってくる光の矢だったので、当たる前からあれこれ動いてもしょうがないと割り切り、ならば当たる瞬間に顔をずらせば避けれるんじゃないかと思いついたのである。
彼女もとんでもない博打屋で思いついたらすぐ試す。それが彼女のモットーであり、その結果あっさりうまく行ったのである。そして颯太が甘く見ていたのがここだ。
一度避けたのなら誰もがまぐれだと思うのだが、なんと彼女は2度も3度も矢を避けて見せた。そう、彼女もまた伊達に颯太と頭を並べるゲーマーなわけではないのである。こうなってしまえば後はもう作業となる。頭を使わずほぼ感覚でやっている詩織にとって感覚さえ掴んでしまえば後はもう作業でしかない。
『香織!一度距離を取りなさい!』
「そんなこと言ったって!!」
「逃がさない!」
「あっ!」
香織がバックステップをした後の着地の瞬間を見逃さなかった詩織はアクセルを一気にトップギアへ入れて稲妻の如く消えると次の瞬間には香織の心臓を青いレーザーの苦無が貫いていた。
以前に行った神器改造によって解放された琥太郎の最後の能力である『暗殺の心得』により、クリティカルダメージが増加した一撃は一瞬にして香織のHPバーを持っていった。
「ふう、またあたしの勝ちだね」
「ティアに勝てない……まずはあの速度に目が慣れないと…」
「2人ともお疲れさま」
対戦が終わって今の戦いの反省をする香織と息を一つ吐くだけで呼吸を整えた詩織に颯太は歩み寄った。
「傍から見た颯太先生のご意見をお聞かせくださいますかな」
「先生なんてやめてくれ。えーと、まず香織さんは速度云々の前に接近された時の対処に焦りが見える。PVPというものはPSも大事だが、それよりも相手の精神的に優位に立つことが最も大切なんだ」
「ま、焦ってたら自分が持っている力なんて出せたもんじゃないしね」
「レーナの言うとおりだ。香織さん、危ない時こそ冷静になるべきなんだ。そして冷静さを保った状態で接近してきた敵を追い払うんだ。それが出来るようになるだけで香織さんの動きは一段と見違えるようになるはずだよ」
「分かった。アドバイスを無駄にしないようにもっとトレーニングをするわ」
「颯太、あたしはどうだった?」
「ティアか?ティアは……無駄のない動きだったと思うな。加速の初期化する判定を確実に把握してる動きは見事としか言うようがないし、最後のトップスピードに至ってはどうやって出したんだ?」
「あれは今まで抑えて走っていただけだよ。たとえ遅く走っていても直線である限り敏捷値は上昇していくから、ここぞという時に抑えていた敏捷値を解放してロケットのように飛び出すんだ。あれ結構不意を突けるからいいんだよね」
「元の敏捷値が高いせいでどこまで上昇して、どこまで速くなったかなんて本人にしか分からないもんな。んで、そのトップスピードから繰り出される正確な急所突きだろ?琥太郎の能力でクリティカルダメージがちゃんちゃらおかしいし、怖いもんだ」
「一発当たったら即死の颯太に言われたくないけどな~。むしろこれがないと1世代目2世代目と戦っていけないよ」
「颯太もティアも当てなくちゃ意味が無いし、似たようなもんでしょ」
「でもレーナさんの場合は銃変形もありでしょ?やっぱそっちの方がずるいような…」
「そのビーム苦無投げればいいんじゃないの?」
「流石にこの苦無を急所に当てても一撃で持っていけないよ。あ~でも、防御ランクがD相当ならこの苦無で2、3発くらいで持っていけたから影隠れ使って奇襲すればCランクも行けるかも…」
レーナの言葉からヒントを得た詩織は颯太との会話の途中で自分の思考に入ってしまい、ブツブツと考え事を始めてしまった。
「颯太も負ける日が近い?」
「竜也にも滉介にもたまに負けてしまうからそうかもな。でも、負けられないからな。マジで」
「そうだったね」
「レーナ、俺たちももっと頑張ろうな」
「うん!」
颯太は隣に立つ自分の相棒の頭をわしゃわしゃと撫でるのであった。
お久しぶりです!どうもまた太びです。
新年明けましておめでとうございます!今年もどうぞよろしくお願いします!ということで今年も新作執筆に追われる日々を過ごしそうです。
さてさて、久しぶりにこのページを開いたら評価してくださっている方が増えていて『はわっ!?』という変な声が漏れました。
おかげさまでもうすぐこの物語も700pt行きそうでして、本当に嬉しい限りでございます。高評価に恥じないようこれからもない頭のボキャブラリーを使ってお話を作っていきたいと思いますので、これからも何卒よろしくお願いいたします。




