ヒカルと竜也
「ふぅ!今日も良い汗掻いたねー!」
夏休みも終盤に差し迫っているある日、竜也はお約束になっているヒカルとのクエスト消化をしていた。
ヒカルの神器のことは竜也もよく分かっておらず、ボルケーノのもまた彼女の神器について全く知らないと言った。恐らく彼女の神器はどこの世代にも属さない全く新しい番外の神器だと思っており、彼女から名前を聞いても全く知らない名前だった。
それにしても彼女のステータスを仮想ウィンドウで覗いてみれば何のバグか知らないが、彼女のステータスが深い霧に覆われて全く見えないのである。神器の真名も彼女の所属ギルド名も。
まぁ、そこまで重要なことではないので特に気にしないのだが、竜也は何となくそんなヒカルのステータスが気になったのであった。
「今日も結構クエスト回ったな~」
「そうだねー!最近竜也のPSがぐんぐん上がって来ているからボク驚いちゃった」
地下ダンジョンのボス部屋からその先にある小さな部屋。報酬の宝箱などが置かれ、中央にはダンジョンを脱出するワープゲートが淡く、緑色の優しい光を放つ部屋で2人は今日の成果を労っていた。
長銃をクロスさせながら背中に刺した竜也に近寄り、笑顔を振りまくヒカルの右手には黒紫色の炎を時折吹き出す片手剣が握られている。
このヒカルが持つ片手剣には幻覚を見せる状態異常が付与されており、触れた相手は例え味方だろうとも問答無用で幻覚状態異常を引きこす力を持っていた。彼女曰く全状態異常レジストを持つ神器だろうとも幻覚を引き起こす力を持っているとのことで、実際に斬られてみたら本当に幻覚を見てしまったこともあった。
あのレーナの混沌すら受け付けないボルケーノの鱗をあっさり突破して幻覚を見せられたことに竜也は驚愕した。
ヒカルのプレイヤースキルはそこまでではないが、どんな相手にでも必ず幻覚を見せるという一点に秀でたその力は計り知れないものだった。
「ね、竜也」
「おー?」
アイテムストレージ内のアイテムを整理していた竜也は彼女に目を向けないまま生返事をする。
「グレイヴってギルドあるじゃない?」
「あ~あのPKギルドか。それが?」
「ぶっちゃけどう思ってる?」
「最低の野郎共と思っているよ。なんで人様が楽しくプレイしているのを邪魔するのかね。俺には全く理解出来ないぜ。つかまぁ、理解もしたくもないんだけどな」
「なるほどね。竜也はグレイヴの幹部をどこまで知っている?」
「なんでそんなこと?」
「いいからいいから」
「ん?う~ん……よくよく考えて見ればレギュンとカレラ&ユーノ以外知らねえな。先日颯太がぶっ飛ばしたイズルっていう奴も幹部だったらしいけど、面識はねえから実質3人だけだな」
「ふぅん……イズルをやったのは混沌なのか。驚いたな、あの霧の幻覚を突破するなんて…」
「何か言ったか?」
「あ、ううん!なんでもない」
「つかさ、グレイヴの幹部って何人いるんだ?」
「え~と、竜也が言うレギュン、カレラ&ユーノ、イズルを抜くとあと3人いるよ」
「へえ?残りの3人の神器は分かる?」
「ううん、結構グレイヴの情報って隠蔽されているからね。幹部の人数も曖昧な部分が大きいよ」
「んじゃ、そんくらいいるっていう認識でいいか。どの道ぶっ潰すことには変わりねえからな」
「竜也、グレイヴと戦うの?」
「まぁな。少なくともレギュンとは決着をつけなくちゃならねえ。颯太とクレアさんから聞いた話じゃカレラとユーノもウォータナトスに操られた被害者だったそうだしな。ヘルヘイムに操られているレギュンもまた解放してやらねえとな」
「操られているんだ?へえ、それは初耳かな」
「ヘルヘイムとウォータナトスは使用者に絶大な力を与える代わりに操り人形にされるらしいぜ。ま、俺はよく知らねえけどよ」
仮想ウィンドウを閉じると竜也はヒカルに『外に出ようぜ』と言ってワープホールに向かう。
「他の幹部がどんな奴だろうと俺は負けるつもりはないぜ。颯太達と特訓して大分強くなったからな」
「そうだね、竜也は強くなったよ。ほんとびっくりするくらいにね…」
「ヒカルちゃん?」
「竜也、ちょっとボクとPVPしようか」
「お?ヒカルちゃんとやるのは初めてか。いいぜ、場所はここでいいか」
「うん、ここの薄暗い洞窟の地下ダンジョンはボク好みだし、いいよ」
ワープホールに入る直前で竜也はヒカルの申し出に足を止めて振り返る。
「ルールはいつも竜也達がやっているルールでいいよ」
「ああ、ならHP1割を切ったところで試合終了な」
「他には?」
広いボス部屋に2人は立っていた。竜也の大砲からは紅蓮の炎が漏れ出し、ヒカルの片手剣から漏れる黒紫の炎はドロりと大地に落ちるその様子はまるで獣が得物を目の前にして涎を垂らすかのようであった。
「ない」
「いいね。ボクの能力が最大に生かされるルールだ」
「颯太の即死もありなルールだからな。神器を壊す以外だったら何でもありだぜ」
「オッケー……それじゃやろうか。うふふ……うふふふふ…」
『竜也、気をつけるのだ。あの神器、先ほどから嫌な気配がしてならないのだ…』
「あぁ、分かっているぜ。ヒカルちゃんの様子もさっきからおかしいし、あれは解放されちゃいけない類の神器だぜ」
『触れてはならぬぞ。もし危なくなったらペナルティも気にせずログアウトするのだ』
「了解だ」
「それじゃ始めようか………」
風を切りながら高速で片手剣を回すヒカルはゆっくりと竜也に近づいてくる。
「そんな歩いていたら良い的だぜ!」
ゴゥン!!と大砲から吐き出された巨大な火球は山なりで飛んで行き、ヒカルの足元で着弾すると凄まじい爆発を巻き起こした。
今の竜也のボルケーノの火球ならば耐久B以上の相手だろうと問答無用で8割から9割ほど削るえぐい火力になっている。
今までヒカルと数多くのダンジョンやクエストを回ってきたが、ヒカル自身そこまで耐久値は高くない。颯太と比べてみても低く、恐らく詩織程度だろうと推測していたので、この火球を喰らってしまえば一発で死んでしまうことは免れないはずだが……――――
「どうだ?」
「どこ見てるの?」
「なにっ!?」
背後からヒカルの声がした瞬間竜也は受身も考えずに前に飛んだ。
「あらら、避けられちゃった。敏捷値低いから避けられないと思ったけど、案外避けるんだね。これも混沌との修行のおかげかな?」
「嘘だろ…?今まであっちにいたのに……一瞬で距離を詰められた…」
「うふふ……」
竜也は身を起こしながら考える。
『おかしい……ヒカルの敏捷値も並みよりも少し高い程度で詩織や颯太には絶対及ばないし、あいつらでさえあの距離を一瞬で詰めるほどの敏捷値は持っていない……』
大砲が変化し、竜也は両手に長銃を握る。
「お、本気になったね。いいよ、来て…竜也」
甘く囁くヒカルの声は真横から聞こえてきた。竜也は目を見開き、横に飛びながら長銃を乱射した。
飛んでいった弾はヒカルに着弾したかと思えば、なんと彼女の身体が霧のように消え去ってしまった。
「え!?まさか!?」
『うん、竜也はもうボクの幻覚にかかっているよ』
「やっぱりか……!でも、俺は一度もお前の攻撃を受けていないはずだ」
『あ~竜也は勘違いしているね。ボクの神器は’一度’斬られたらず~っと効果が続くんだ』
「いや、それでも俺は――――あっ!」
『あ、気付いた?そう、ボクの神器の効果を試したことがあったよね。あの時にもう幻覚にかかっているんだ。ONとOFFの切り替えはボクの方で出来るから、竜也がボクと戦い始めた時点で幻覚にかかっていたんだよ』
どこからともなく聞こえるヒカルの声に竜也は耳を澄ます。
「幻覚にかかっているのならこうするまでだ!」
竜也は長銃を地面に突き刺すとそのまま引き金を引いた。次の瞬間竜也を囲むように火柱が立ち昇り、竜也の姿が外からじゃ全く見えなくなってしまった。
『ふぅん、なるほどそう来たか。竜也やることが大胆だね。そういうところボク嫌いじゃないよ』
さて、どう攻めてくるかと思い、身構えていた竜也の耳に轟音が響いてきた。火柱のせいで全く外が見えないので何が来るのか分からず、音が一際大きくなったその時―――
「なっ!?」
フロア全体を埋め尽くす大津波が竜也に迫ってきていた。火柱は一瞬で消え去り、竜也は荒波に飲み込まれた。
息も出来ず、激しい水流に体が引き裂かれて激痛が走る。あまりの痛さに口から息が溢れ出す。HPがゴリゴリ減っていく。ヒカルがここまで強いだなんて誤算だったなど思考が高速で回っては何の意味のない言葉が口から泡と一緒に抜け出していく。
『竜也!しっかりしろ!』
「ごほっ!ごほっ!はぁ……はぁ…あぁ…まだいける…」
水が消滅すると竜也は空気を求めて息を吸い込んでむせる。前髪から水が滴り落ち、朦朧とする視界の中で竜也は右手に握った長銃を杖代わりにして立ち上がる。
「凄いね竜也。弱点の属性を突かれたのに立ち上がるだなんて、流石耐久攻撃共に優れた炎龍ボルケーノだよ」
「はぁ…はぁ…はぁ…」
「でも、ボクの勝ちだね」
ヒカルはパチン!と指を鳴らした。すると竜也の足元から鋭利な3本の氷の槍が突き出して彼の腹部を貫いた。
「くっそ…」
竜也は支えにしていた長銃が消えると同時にバランスを失ってその場に倒れた。
しかし、倒れる直前で彼の身体をヒカルが受け止めて強く抱きしめた。
「うん、良い勝負とは言えないボクの圧勝だったけど、なかなか面白かったよ」
抱きしめている竜也の意識はない。
「まだ竜也には何もしないでおくよ。竜也はマスター以外で唯一気に入った男の子だからね。もう少し、もう少しだけ遊んでいてあげる…」
ヒカルは意識のない竜也の耳元でそう呟くのであった。
どうもまた太びです!
今回は竜也とヒカルの回でした。グレイヴの幹部の中で一番謎が多いヒカルの能力がちょこっとだけ分かったお話でした。イズルと同じく幻覚持ちですが、彼女の場合覚醒能力を使わなくても一度触れれば自分の幻覚支配下におくというものです。
ですが、まだまだ謎が多い神器使いですのでこれからのお話にご期待ください。




