襲撃者の行方
「ふっ!!」
「グギャア!?」
アルテミスの光の矢が発射され、茂みの奥深くで断末魔が聞こえてくる。
「アルテミス!」
「竜也!早く香織を連れて逃げなさい!あと2分後にリーナとガンドレア達がこの先を通ります!それに合流して安全を確保してください!」
「わ、分かった!ほら!香織走れ!」
「いや!アルテミス死なないで!」
「いつも後方支援に回っていて活躍の機会があまりないので誤解しがちですけど、これでも私は3世代目トップクラスの神器なんですよ?だからあなたは心配せずに今は逃げてください。私はこんなところで負けるような神器ではありませんから。さ、竜也。香織を連れて行きなさい」
「任せておけ」
「狩猟神アルテミス!参ります!」
戦闘服に着替えたアルテミスは泣いている自分の主の頬を優しく撫でると両足に風を纏わせながら彼方からやってくる敵へ突進した。
「ナンパ師のオリオンの真似事ではありませんが、少々荒っぽい戦いをしましょうか」
「死ねえ!!」
「オラア!!」
巨大な斧を持った狼男と剣を持った大男の攻撃をしゃがんで躱す。そこからまずアルテミスは大地を抉るサマーソルトで狼男の身体を空に打ち上げると、素早く背中の弓に手を伸ばして光の矢を構え―――
「オリオン座の彼方まで飛んでいきなさい!イグナイトアロー!!」
「ぐおおおおおお!?」
放たれた矢は流星の如く燃え盛り、狼男の身体を貫くことなくそのまま空の彼方まで飛んでいくと盛大な爆発を巻き起こす。
「背中ががら空きだぜ!」
アルテミスはいとも容易く背後からの攻撃を前に飛ぶように転がって避け、大男の追撃を完全に見切って数度ひらひらと躱す。
「くそ!ちょこまか避けやがって!」
「当たったら痛いですからね」
「うお!?」
大振りの一撃を見たアルテミスは大きく後ろに飛びながら目にも留まらぬ速さで矢を2本放ち、大男の両足を大地に縫い付ける。
「質問に答えなさい、誰に雇われたのです」
「はっ!んなこと答えるかよ!」
「簡単に口を割らないのは想定済みです」
淡々と告げるアルテミスは神器の太ももに矢を打って大男はこれにはたまらず苦悶の声を上げながら膝を突く。
「さぁ、答えてください」
「誰がてめえみてえな―――ぐはッ!?」
アルテミスは大男の顔面を蹴り飛ばした。
「次は足の指の爪を剥ぎます。とりあえず3本から行ってみましょうか」
「待て待て待て待て待て待て!!ああああああああああ――――!!!」
「神器の痛みなど一瞬なんですから痛みに慣れてしまうと大変困るのですが、まぁどこまで耐えられるか見物ですね」
アルテミスはにやりと笑いながら男の拷問を開始した。
「グオオオオオオオ!!」
「くそ!炎龍ってここまで強い神器なのかよ!」
「こっちは援軍も呼んで20人もいるんだぞ!負けてたまるか!!」
周りが紅蓮の炎に包まれる中、ボルケーノは20もの神器たちを相手しながらも一歩も引かぬ戦いを繰り広げていた。
赤き翼から漏れ出す紅蓮の炎は大気を花のようにきらきらと舞い、口からは本気の証である青い炎が時折牙の間から噴出す。
「ここで引けば貴様らの命は取らぬ。だが、まだ戦いを続けるのならばこの炎龍帝王ボルケーノの怒りの炎を味わうがいい!!」
ボルケーノの声に呼応するかのように大地からマグマが噴出し、翼から体内の炎が漏れ出して巨大な炎の翼と生まれ変わり、大地は何人たりとも近づけぬ死の大地と化す。
「くそったれがあああ!」
「俺に続けええええええ!」
『オオオオオオオオオ!!』
「愚か者共が!」
ボルケーノの警告も聞かずに突撃してくる神器たちに嘆きを覚える。しかし、それは一瞬にして怒りの激情で塗りつぶされ、ボルケーノは周囲に飛び散って燃え盛る炎を口に収束させ―――
「我が全身全霊の一撃!!受けてみよ!!ボルカニック・フレアバーン!!!」
大気を、天壌すらも焦がす死の炎の奔流が放たれた。
炎を受ける前に己の身体、魂が消滅すると分かる明確な死。全てがスローモーションで見える視界で余りの轟音で耳が死に、息を吸うと喉が一瞬にして死に、喉を伝って身体の内側からズタボロにされ、そして死の炎が自分達の身体を跡形もなく浄化させる。
キュオオオオオオオオオン――――!!!!!!!
炎が突き抜けた後には何も残らず、その天壌を焦がすボルケーノの一撃は山を覆う結界を容易く破壊して月夜の空に赤い炎の一閃がどこまでも駆け抜けて行った。
「む、結界が壊れたか」
『そのようですね。どうやらボルケーノのボルカニック・フレアバーンが結界を破壊したようです』
「ボルケーノの必殺技か?」
『はい。ボルケーノが持つ最強のスキルです。炎熱耐性を持つ私でも受ける前に神器コアが壊れてしまうほど強力なので、ボルケーノに立ち向かった神器たちの生存など語るまでもありませんね』
「そんな強力な技を持っていたのか。あれを竜也は?」
『あれは覚醒能力中に使えるスキルですので、まだ竜也様は使えませんね』
神器たちを掃討していたクレアは空を駆け抜けた炎が結界を破壊したことに気付き、足を止めて状況を把握する。
「神器たちは元々1人で戦えるものなのか?」
『ええ、私のような一体化の神器は例外ですが、普通の神器ならばあちらの世界のクレア様達と何ら変わらない動きをすることが可能です。あ、ですが、炎や水と言った攻撃は現実世界に影響を及ぼしませんのでご安心を』
「どういうことだ?現に山が燃えているんだが」
『それは視覚的な効果とでも言いましょうか。我々神器の攻撃は脳を直接刺激し、精神にダメージを与えるものなのです。あの炎もまたボルケーノが敵性反応なしと判断すれば消えるものなのです。少し例を挙げて考えてみましょうか。例えば剣で斬られたら痛いですよね』
「それはそうだな」
『つまりそういうことです。剣に斬られたら痛い、その感覚を脳にダイレクトに刺激することでまるで本当に斬られているかのような痛みを味わうわけです。まぁ本当に致命傷クラスの痛みを受けてしまうとショック死してしまうのですが、そこはまぁ置いておきましょう』
「置いておくような問題ではないと思うが………―――この前颯太から倭という1人の神器使いが番人に襲われた事件を聞いたのだが、その男は番人にやられて血まみれだったそうじゃないか。あれはどうなんだ?」
『あの事件は番人本人が実体を持たない剣ではなく、本物の刃物を持っていたから怪我をしただけです。それでないと逆に説明がつきませんよ』
「……やはりランゲージバトルの本拠地は日本にあると見て構わないようだな…」
『ええ、移動距離や仕事の早さからして日本にあると見ていいでしょう』
「仙台に帰ったら資料の洗い直しだな。手伝ってくれるな?」
『はい、もちろんです。我が主』
「では、さっさとこんな戦い終わらせて今日は寝るとしよう」
『前方12時の方向から神器です。迎撃を』
「心得た!」
クレアは氷の大剣を生み出して神器の迎撃にあたった。
神器達の襲撃から1時間後、静けさを取り戻した駐車場に颯太達は集まっていた。
「まさかこんなことになるなんて…」
「大丈夫か、香織…」
怯えている香織を支える竜也。
「伊澄、ガンドレアからの報告は?」
「まだ…」
「竜也は?」
「ボルケーノもまだっすね」
この場にいないのはガンドレアとボルケーノ。ガンドレアは山を走り回ってまだ隠れている神器たちを、ボルケーノはドラゴンの姿で空を飛んで神器たちを運んできた怪しい車両などを探していた。
「わたくし達が離れ離れになるところを狙ったのね」
「勢力戦で派手に暴れまくったからな。グレイヴの連中と利害が一致した奴はこぞって参加したんだろうさ」
ケロっとしているリーナと滉介がそう語り、颯太もそれに頷く。
「皆が撃破した神器は大体100ちょいくらいか。アルテミス、拷問したんだったか?結果はどうだった?」
「え!?あ、アルテミス!?あなたそんなことしたの!?」
「香織には余り見せられた光景ではなかったので、あの時危険ながらも竜也に託したのです。颯太、あなたの質問に答えますと余り有益な情報は得られませんでした。簡単にまとめますと、我々に恨みがあるプレイヤー達がある場所に集められ、先払いの報酬金といつ、どこで襲撃すればいいなどと言った情報を貰ったくらいしか分かりませんでした。まぁ恐らくグレイヴらへんだと思いますが」
「私もグレイヴの仕業で間違いないと思っているが、グレイヴのマスターがそんな指示を出すとは思えないのだがな…」
「クレアさん、マスターがどんな奴か知っているんですか?」
「あぁ、そうだが、何故お前のような男がPKギルドをまとめているのか分からないくらいに真面目な男だよ」
「真面目…?え、それどういうことなの?」
「詩織の疑問も最もだが、あいつは正々堂々戦う男でな。こういうことをする奴ではないと思いたい」
「クレアさんにそこまで言わせる男ならどうせまた幹部らへんじゃねえの?マスターがまともなだけで、あとは全員狂ってんだろ?」
「竜也の読みで大方合っているだろう。皆、これからは出来るだけ1人にならず、神器と共に行動するよう心がけて欲しい」
『はい!』
クレアの言葉に全員が強く頷き、それと同時に山から空からガンドレアとボルケーノが帰ってきた。
「どうだった?」
「不審車両などは見当たらなかった。恐らくここに車など使わず歩いて来たのだろう。用意周到さに呆れる」
「ガンドレアの方もダメみたい……もう皆ボルケーノの炎を見てびびったのか逃げちゃったみたい」
「まぁあの炎を見れば戦意消失するのは無理もないな…」
「間違ってもわたくし達に打たないで欲しいわね。現実世界じゃフレンドリーファイヤなんてないんだから」
「今回は余りにも卑怯極まりない手に切れてしまっただけだ。滅多に使わぬ」
「で、これからどうするの………わたし、眠い…」
「伊澄さんの言うとおりだ。もう神器の反応も見られないし、今夜は帰って寝ても大丈夫だろう」
伊澄の言葉で颯太は携帯で時間を確認すると既に22時を回っており、そろそろ良い時間帯だった。
「では戻ろうか。こんな形で最終日のイベントである肝試しが潰れてしまうのは非常に残念だが、皆に怪我がなく本当に良かったと思っている。皆、今日は十分な休息を取ってくれ」
クレアが最後にそう締め括って颯太達は車でキャンプ場まで戻ることとなった。
「………」
「どうしたの?考え事?」
「ん、まぁちょっとな…」
皆がテントへ戻っていく最中、颯太は難しい顔をして考え事をしていた。
「あの、ごめんね…」
「何がだ?」
突然下を向いて謝ったレーナに颯太は考え事を一旦棚に上げて彼女の言葉を待った。
「えっと、大事なとこであっちの私に意識を預けて尚且つ酷いことしちゃったみたいで…」
「あぁ、それか。その件なら既に片付いたことだからレーナが気にするようなことじゃない」
「はぁ……私、颯太の神器失格だなぁ……」
「………まぁ今のレーナは普通に生活していた12歳の頃のレーナだもんな。いきなりあんなことに巻き込まれれば誰だってああなる」
「そうだけど………ん~……今度はちゃんと颯太をサポートしてみせるから、見ててね」
「あぁ、頼りにしているぞ。さ、今日はもう寝よう」
颯太はわしわしとレーナの頭を撫でてテントの中へ入っていった。
「勝手にクレア達にけしかけやがって……あいつら今度見たらぶち殺してやろうか!」
颯太達と同時刻、グレイヴアジトのソファで酒を飲むレギュンと自分のテイムモンスターである2頭の鎧を纏った牛を撫でるヒカルがいた。
「………ねえ、マスター。結局止められなかったの?」
「今回の件は僕達じゃないよ」
ヒカルの視線の先のカウンターバーに座るのはまるでアウトローを思わせるような黒革のジャンパーを着込んだ金髪の好青年がいた。
「はぁ!?んじゃ誰がやったんだよ」
「さぁね」
「嘘つけ、大体特定してるくせに何がさぁね、だ」
「はは、レギュンは相変わらず怖いなぁ……まぁ僕が思うに僕達とはまた違う勢力―――ギルドの仕業かなと思っているんだ」
「クレア達に恨みがある連中……う~ん、ボクにはちょっと多過ぎて分からないよ」
「だな。混沌たちに恨みがある連中なんて五万といるだろ」
「そうだね。だから僕も実際はよく分かっていないんだ。これから更なる調査を進めるけど、正直グレイヴじゃなかったと分かった時点でもういいかな、なんて思っているんだけど」
「マスターがそう言うならボクは構わないけど。あんな三流神器をぶつけて死ぬようならそこまでだったと思うだけだし」
「けッ!なんかモヤモヤするぜ。全く誰なんだ、あたしのクレアにちょっかいだした奴は」
「………」
「マスター?」
「ま、警戒だけはしておいてね。それじゃヒカル、行こうか」
「あ、は~い」
金髪の青年はヒカルを連れてアジトを去っていった。
「………クレア達にちょっかいをかけるほどの相手……あたしの方でも少し探りを入れるべきか…おい、ゴンタ」
「は、はい!」
ゴンタと呼ばれたレギュン直属の部下はびしっと姿勢を正して彼女の元へ駆け寄る。
「調査に出るぞ。ついてこい」
「え!?お、俺がっすか!?」
「お前以外に誰がいんだよ。ほら、行くぞ」
「こ、光栄っす!」
レギュンもまた部下1人連れて調査へ向かった。
どうもまた太びです!
今回のお話は襲撃者は一体誰なのか、それがグレイヴではなかったというお話でした。
それとちゃっかりグレイヴのギルドマスターは登場していたりします。彼の名前はまだ出していませんが、性格は至って真面目で100人が聞けば誰もが好青年と答えるような青年です。
このギルドマスターの神器は一体何なのか、それはまだ分かっていませんのでこれからのお話にご期待ください。
それとそろそろ新しい章に入ります。物語も中盤を終えてこれから終盤に入ってきたところですね(季節的に)




