道草竜也
『颯太!颯太!』
「いっでええええ!」
『な、なんだ!?』
颯太は左目に激痛を感じて跳ね起きた。その拍子で教卓に頭をぶつけるが、それよりも左目の方が痛い。
『今からね!お母さんとお買い物に行くの!』
『おお、もう母さんは帰って来たか。スーパーか?』
『お菓子買ってもらうんだ~。何食べようか今考えているの』
『それは良かったな。あ、でもお菓子は余り食べるなよ?母さんはご飯を残すのは許さないんだ』
『うん、さっきも言われたから、ちょっとずつ食べるの』
颯太は左目の次に頭が痛み出し、頭にたんこぶが出来ていないか確認しながら空き教室を出る。
既に昼休みのようで、購買に走る者や食堂に行く者で廊下が溢れていた。
『レーナ、色々な物を見るんだぞ。俺がお前に見たことがないような場所とかもいっぱい連れて行ってやる』
『ホントに!?やったぁ!あ、お母さんが出かけるっていうから一緒に行ってくるね!』
『……まぁ母さんがいるから心配いらないと思うが、車には気を付けて行くんだぞ』
『は~い!』
レーナとの会話を終えると颯太は自分の教室に戻った。
香織は友達と弁当を広げて楽しそうに談笑している。
そんな顔を見ていたらさっきの事があほらしく思えて、颯太は自分の席に座って鞄から弁当を取り出した。
「お前、保健室行っていたんじゃないのか?」
「保健室?」
「なんだかトイレ途中から急に具合が悪くなったとか、香織さんがそう言っていたぞ」
上条の言葉に心当たりがない颯太は少し考えるとすぐに分かった。どうやら香織がそういうことにしているらしい。こちらとしては別に構わないので、とりあえず口裏を合わせる。
「あぁ、ちょっとな。でも、すぐによくなったから戻って来たんだよ」
「ま、身体には気を付けろよ」
「心配かけてすまないな」
颯太は心配してくれた上条にお礼を言ってから弁当を広げようとした瞬間、教室の扉が勢いよく開かれる。
「この教室に天風颯太という男はいないか!」
「兄さん!?」
「た、竜也!?」
「おお!颯太!我が心の友よ!」
椅子から転げ落ちそうになった颯太は突然の竜也の登場に戸惑う。
香織に至っては箸から出汁巻き卵を落としている。
竜也は颯太を見つけると豪快に笑いながら近づいてくる。
あっちの姿は見慣れているが、自分と同じ制服を着ている事に違和感を覚えた。
「一度じっくり話し合ってみたいと思っていたんだ。食堂に行こうぜ」
「お、おう」
「ちょっと兄さん!」
「ん?なんだ。別にいいじゃないか。颯太は俺の友達だ。その友達を食堂に誘う。どこに問題がある」
「た、確かに問題はないけど。そ、颯太くんはいいの?」
「あぁ、別に俺はいいよ。たまには食堂で食べるのも悪くない」
「よし!決まりだな!俺も弁当だ。席だけ見つけたら早速食べながら話をしようじゃないか」
教室の外に出て行った竜也を颯太は開けていた弁当の蓋を閉じて立ち上がる。
「お、おい。お前いつから竜也先輩と知り合いだったんだよ」
「簡単に言えば、ネトゲで遊んでいた友達が竜也先輩だった。以上」
間違った事は言っていない。
颯太はまだ痛む頭をさすりながら外で待っている竜也と食堂に向かった。
「んじゃ、食べるか!」
「いただきます」
幸運な事に外のテラスにあるテーブルが空いていた二人はそこに座って弁当にありついた。
「やけに射撃がうまいなって思ったらライフル射撃部の部長さんだったのか」
「おう!俺全国でも優勝してんだけどな。俺を知らないなんて逆に珍しい気もするが」
「まぁランゲージに出会うまでは学校どうでもいいと思っていたからな」
「香織に聞いた通りだな、お前」
「香織さん、俺の何を言っているんだ?」
「授業中寝ているとか、隠れてゲームしているとか、やけに数学だけ学力高いとか」
「どうでもいいな……」
「だから、委員長として気を張りすぎだって言ったんだよ」
危うくレーナにドライカレーを全て食べられそうになった颯太の弁当。
先ほど颯太は食堂に備え付けてある電子レンジでドライカレーを温めてきたので、あつあつのドライカレーにナンをつけて食べる。
「俺だけじゃないだろ」
「いや、颯太の話ししかしてないぞ」
「俺以外にも不真面目な奴はいっぱいいるんだが…」
「だよな。もっと視野を広くするべきだと思うんだ」
「………………それはそれで違うような気もする」
「あれ?違ったか?っと、こんな話をするつもりはなかった。それでギルドを立ち上げるに至って、今日の朝ログインした俺は色々聞いて来たのだ」
「へえ?」
「ギルドってのは3人以上から立ち上げる事が出来るそうだ。俺、颯太、香織でギリギリクリアだな」
「まぁ3人だよな」
「ギルド建設だが、ボロイのが最初で、ギルドランクを上げれば上げるほど豪華になるそうだ。んで、昨日俺達が拾ったギルド建設券は1から5段階中、最初から5段階目の破格というものだったぞ」
「ランクは高いと思っていたが、あの建設券で最高ランクか。まぁ地味なランクポイント稼ぎしなくて済むのならそれでいいか」
「颯太、実はもうギルドについて知っているのか?」
先ほどからどこか知った風に喋る颯太に竜也は不安げに聞いてみる。
「あぁ、説明書に全て載っていたからな。大体の事は知っている」
「のおおおおおん!!」
「竜也のおかげで見直す機会が出来て良かったと思っているよ。情報収集は素直に感謝している」
「ホントか…?」
「あぁ、ホントだ」
「やっぱお前良い奴だな……」
「これだけで良い奴言われてもな…」
竜也がこれまで出会って来た人間が少し気になる颯太だったが、次はこちらから話を出すべきだと思った。
「そう言えば、竜也の神器は今はどこにいるんだ?流石にドラゴンは家には難しいだろ。香織さんのアルテミスはともかくさ」
「いや?家にいるぜ?」
「マジで!?」
「使用人の人は驚いていたが、普通に家にいるぜ?」
「使用人?」
「あぁ、俺の家でっかいからな」
まさかのお坊ちゃまだった。
確かに香織はどこかお嬢様のような雰囲気が元からあったが、まさか本当にお嬢様だとは知らなかった。
「最初は驚いていたけど、今は使用人の人達とも仲良く今も掃除しているんじゃねえかな」
「ドラゴンが掃除か……笑えるな」
一方その頃ボルケーノと言えば―――
「ぶっくしッ!」
「おやおや、ボルケーノさんどうかしましたか?」
「いや、誰かが噂しているようだ」
「ボルケーノさ~ん!こっちの草一気に火で炙って貰えませんか~!?」
「了解した!こちらの草も集めたらそちらに持っていく」
結構馴染んでいた。
ちなみにアルテミスは―――
「アルテミスさんは掃除がお上手ですね」
「いえ、ただ少しマメなだけですよ」
メイド服を着て箒でせっせと家内を掃除していた。
「寝るときはどうするんだよ」
「ボルケーノ専用の家を外に作ったから問題ない」
「金持ちだな………」
「ちなみにアルテミスは香織と一緒に寝ている」
「だろうな…」
金持ちがやる事は一味違った。
やることが大胆すぎる。
「今度うちに来るか?香織は颯太のこと気に入っているし、俺もお前の事は是非招待したいと思っている。それに、現実で神器を交えて話すのってなかなか出来ない事だろうしな」
「それいいな。俺もさ、レーナには色々見て貰いたいから遊園地に連れて行こうと思っているんだよ」
「いいかもな。良い刺激になるかもしれない」
「レーナは感情表現がまだうまく出来ないんだ。だから、痛みで伝えようとするし、その痛みが人を死に追いやってしまう時もある。俺はそれに触れたり、見せたりして刺激を与えてみたいんだ」
「レーナちゃんは育ちざかりの子供が強大な力を持ったみたいなもんだからな。うまく力の調整が出来ていないだけだと思うんだよね」
「昨日家族としてレーナを迎えたんだが、本当に喜んでいた。人には色々な種類がいる。あいつの味方になってくれる奴は世の中まだまだいるんだってことを知ってくれたと思う」
「あぁ、確かにな。香織見た時もお前の背中に隠れなかったしな」
「あれは良い変化だ。まずは出方を窺って見る、という事を覚えてくれたんだと思う」
竜也は自分が話しかけた時真っ先に颯太の背中に隠れたことを思い出した。
颯太以外に心は絶対に開かないという意思を込めた目を自分には向けられていた。
「今日も母さんとスーパーに買い物に行った」
「おお!嬉しそうだったか?」
「あぁ、俺との会話も打ち切りやがった。結構大事な事を言うつもりだったのにさ、遊園地より俺の母さんと行くスーパーがいいんだとよ」
颯太の言葉に竜也は腹を抱えて笑った。
「ま、何事も経験だ。レーナちゃんにとって目先のもの全てが新鮮に見えるんじゃないのか?」
「かもしれないな。レーナの心の混沌を取り除くまで俺は頑張るさ」
「俺も協力するぜ。あんな避けられるような事だけは絶対に許さねえ」
「あんまり熱くなるよな?クールに行こう」
「あぁ、クールにだな」
颯太と竜也は二人で笑い合った。
出しておいてあれですが、ボルケーノって結構扱いづらいですね。現実だと。
まぁ彼は余り欲がないキャラなので、例え遊園地に颯太たちがいこうとも関心をしめさないかもしれません。
アルテミスは礼儀正しい大人の女性、と言ったところでしょうか。香織の事を歳が離れた妹と思っており、彼女が興味を示している颯太を若干警戒しています。レーナ同様に。




