揺れる想い
「うわあっちいぃ……」
「もうすぐ駅だぞ。頑張れ、詩織」
「うん……」
同時刻、詩織と琥太郎は詩織の姉である恵理に買い物を頼まれていた。既に買い物も終わり、これから電車に乗って長町まで帰ろうとしているところであった。
「む、詩織」
「へ?」
「颯太殿と香織殿だ」
「え…?」
今までだらけていた詩織の表情が急転した。琥太郎が指差すその先には颯太と香織が行列が出来るジェラード店に並んでおり、暑そうにしている颯太の顔を香織がうちわで扇いでいた。
「ジェラードか。こんな暑い日には冷たいものとでも行きたいところだが……詩織はどう―――詩織!?どこへ行く!」
信号が青になると詩織は買い物袋を持って歩道を走り去っていく。ジェラードに気を取られていた琥太郎は彼女の手を掴むことが出来ず、最後に一度だけ颯太を見たが、琥太郎は急いで詩織を追った。
「詩織、探したぞ」
「………」
その後すぐ詩織を見つけることが出来た。詩織は長町行きの電車の駅ホームのベンチに座っており、先ほどまで明るかった表情はどこかに行ってしまったようだ。
「勝手に走って行ってごめんね……」
「何があったのだ?」
「…………颯太と香織が一緒にいる姿を見ていると心が痛くて思わず逃げ出しちゃった…」
「……そうだったのか…」
「あたし……嫌な子だよね……親友に嫉妬しちゃってる…」
「詩織は颯太殿のことが好きなのか」
深い沈黙のあと、詩織は無言で頷いた。
「颯太はネトゲ以外で初めて出来たお友達で、初めて好きになった男の子だった……でも、香織はあたしと出会う前から颯太のことがずっと好きで、あたしが颯太に告白しちゃったらこの関係が崩れちゃうかと思うと怖くて…」
『恋の悩みは重いな……私もまだまだ経験不足のようだ…』
「そもそもあたしが2人の中に割って入っていっていいのかすら分からなくて…」
「恋愛に時間など関係あるまい」
「そうかな……でも、香織のことは裏切れないよ…」
「………」
「……颯太に好きって言いたい……でも、もし断られたらあたし…あたし…!」
詩織は目元に涙を浮かべて顔を伏せてしまった。
「詩織」
「え…?」
「私に任せろ。お前は何も心配しなくていい」
「え!?何する気!?」
「颯太殿に真意を確かめる」
「えええ!?だ、ダメ!それだけはダメ!!」
「なぜだ?こういうのは本人に聞くのが一番だろう?」
「そうなんだけど、ダメなものはダメなの!」
「………理解出来んな。なぜだ。私はお前が苦しむ姿を見たくないのだ」
「………大丈夫。これはあたしの力で決着をつけるから、琥太郎は手を出さないで」
「詩織がそこまで言うのであれば了解した。だが、辛くなったら私に頼るのだぞ。私と詩織はパートナーなのだからな」
「うん、ありがとう、琥太郎」
「さぁ、そろそろ電車が来るぞ。泣き面を拭いておけ」
「わ、わかってるよ」
涙はあれど、詩織の顔には笑顔が戻っていた。やはりこの少女には笑顔が似合う。そう思った琥太郎であった。
「え?そんなことがあったの?」
「あぁ、今は笑っているが、詩織の精神はかなり不安定になっている。何とかせねばいけないのだが…」
自宅に戻り、ランゲージバトルの世界の詩織のように疾風の如く部屋に戻ってゲームをしにいった詩織についていかず、琥太郎は2人が買ってきた服を確認している恵理に相談をしていた。
「そっか……香織ちゃんね…あの、凄く可愛い子だよね。この前うちに来た」
「そうだ。彼女は中学の頃から颯太殿に片思いをしており、今もその思いは続いている」
「で、琥太郎は親友と思い人に揺れる詩織を救ってあげたいと」
「簡単に言えばそうなる」
「はぁ~……颯太くんも隅に置けないね」
「颯太殿はああ見えて女性にモテる。無自覚にフラグを乱立させるフラグ建築士だな」
「まぁ、私は詩織が颯太くんをうちに連れて来た時点でこの子颯太くんに惚れているなって思っていたけど」
「なに?そんな前からなのか!?」
「え?琥太郎気付いてなかったの?」
「先ほど知ったばかりだ…」
「うわ、にっぶ…」
「……私のことはいいだろう」
「ま、それもそうだね」
一瞬琥太郎の額に血管が浮き出たような気がした。
「いや~詩織も難敵だぞ~。相手はあの香織ちゃんか~」
「恵理、傍観者でいるつもりか!?」
「え?逆に聞くけど、私が詩織に何が出来るの?」
「そ、それは…」
「こういうのはね、周りががやがや言っても本人の気持ちを焦らせるだけで何の解決にならないわけですよ。それに詩織は精神がナイーブだからね。下手なこと言うとまた引きこもっちゃう」
「………」
「詩織も言っていたんでしょ?自分で解決するって」
「あぁ、言っていた」
「ならそれでいいでしょ。背中を押してやりたい気持ちも分かるけど、そこはぐっと我慢して可愛い妹の背中を見守ることにしましょうよ」
「……恵理は達観しておられる」
「そんなことないさ」
「私はまだまだ未熟だな。相談に乗ってくれて助かった。危うく詩織を困らせてしまうところだった」
「いえいえ、琥太郎とお話できたし、悪くなかったよ」
「私と?」
「ほら、あなたって全然喋らないじゃん?ご飯作ってくれる時も部屋の掃除する時も荷物運びする時も嫌な顔一つしないから、あなたってどう思っているのかなって気になっててさ」
「あれは私が好きでやっていることだ。恵理が気にする必要はない」
「そうなんだ。あなたって変な神器ね。レーナちゃんやアルテミスとは違う」
「確かに外見も性別も違うが…」
「そういうことじゃない。中身よ、中身」
「中身?」
「そ、個性があるってこと。あなた本当にコンピューター?全然そうは見えないなぁ……まるで普通の人と話しているみたい」
「……そうかもしれぬな」
「え?」
「いや、なんでもない。こちらの話だ。では、失礼する」
「ほいほい、買い物ありがとね。詩織にもそう伝えておいて」
「あぁ、了解した」
早速袋から服を取り出して物差しで計り始めた恵理を置いて琥太郎は詩織がいる自室へ向かうのであった。
「うっ!この!あ、違う違う!コマンドそうじゃないんだよー!」
格ゲーのコンボ練習をしている姿を琥太郎は後ろで眺めていた。
「うがー!成功しねー!なんで!?台パンしたくなるんですけど!」
「落ち着け詩織…」
「このコンボものにしたいのー!これ習得しないとオンラインですぐやられちゃうんだから!」
「そういうものなのか」
「うん!」
ゲームをやっている詩織の姿は本当に生き生きとしていた。先ほど落ち込んでいた様子など毛ほどにも感じさせない。
「…ブツブツブツ……」
格闘コマンドを言いながら格ゲーをする姿はかなりシュールだが。
「そうそう!いいね!さっすがあたし!天才だね!」
「お、出来たのか」
「うんうん、8割コンボ。ま、これされたら切断待ったなしのコンボなんだけど」
「出禁レベルじゃないか」
「いやいや、しなやすですよ、しなやす」
「しなやす?」
「死ななきゃ安い、ですよ。格ゲーなんてワンチャンゲーだからね。8割決めてもそこから流れでこちらが負けるってこともあるし」
にししと笑う詩織は嬉々として琥太郎に説明をする。
「これ、颯太に教えて貰ったコンボでね。やっとできたんだよ~」
「颯太殿が?」
「うん。颯太ね、格ゲーに関してAI並みの超反応するからこういうとんでもコンボ生み出すんだよね。ネットに公表していないけど」
「颯太殿の頭の中はどうなっているのだ…?」
「分からない。あ、そうそう。この前面白い話を聞いてね、颯太ったらまた出禁食らったみたい」
「出禁だと!?リアルでそんな話があるのか…」
「だ~れも颯太に勝てなくて、台座に居座り続けた颯太を見かねた店長が物凄く申し訳なさそうな顔で出禁を出したらしい」
「…なんというか、颯太殿らしいな」
「颯太は何でも本気でやっちゃうからね。手加減ってものを知らない」
詩織は嬉しそうな顔で颯太のことを語る。
「ま、そんな颯太を倒すのはあたしなんだけど」
「戦績は?」
「10勝やって4勝6敗かな。勝ち越されちゃってる」
「なかなか良い戦績ではないか」
「そだね。でも、颯太は会うたびに強くなるから特訓が欠かせないんだ。もうこれ日課になってるしね」
コントローラーをぷらぷらと振りながら詩織は苦笑する。
「キャンプ行く時はね、一緒にゲームやろうって言っているんだ。でね、颯太ったらまた負けて泣くなよ?って言ってさ!もうひどいよね!あー!琥太郎笑った!なんで笑うの!?」
「いや、詩織が楽しそうで何よりだ」
「琥太郎は楽しい?あたしの神器で」
「あぁ、楽しいとも。毎日が発見に満ち溢れ、データでは予測不可能な毎日が愛おしい」
「詩人みたいだね。どしたの?」
「たまにはいいだろう。今日は少し饒舌なようだ」
「あ、確かに。今日の琥太郎凄い喋るね。明日雪でも降る?」
「そうだったら面白いな」
「うわ、琥太郎がくだらないジョークで笑った…」
琥太郎は切に願った。この少女の恋心が叶いますように、と。
「ただいま」
「ワン!」
時刻は16時を回ったところで天風家の番犬。柴犬のユウスケから家の鍵を取り、颯太は帰宅した。
玄関の扉を開けるとそこには綺麗に整えられた赤い色の靴があった。
「千草ちゃん来ているな。んじゃ、お土産が無駄にならなくて済んだな」
幸い2階の自室からテレビゲームをする音が聞こえ、レーナと千草は元気に遊んでいるようだ。
「うーい、戻ったぞ」
「あ、颯太だ!」
「おかえり!颯太!」
「新しくオープンしたジェラード店に香織さんと行って来た。ストロベリーとチョコレートを買ってきたんだが、どっち食う?」
「わあ!私ストロベリー!」
「え、えっとそれじゃ私はチョコ!」
テレビゲームを中断して千草とレーナは颯太が買ってきたカップに入ったジェラードを手に取る。
千草はストロベリーを取り、レーナはチョコレートを取った。
「一応氷を詰めてきたから溶けてないと思うんだが、大丈夫か?」
「おいしー!うん!溶けてない!颯太にしては気が利くじゃない」
「あのな……とりあえず礼を言え…」
「これおいしいね…!うわぁ…冷たい!」
「あんま食いすぎて頭が痛くなっても知らないからな」
「くー!でも、これしないとアイスじゃないって」
「そういうもんか?」
言った傍から目をきつくしばって額に手を当てる千草を見て颯太は苦笑する。
「颯太、今日香織と何してたの?ジェラード行っただけにしては遅いような」
「ジェラードはオマケだ。ほら、前にバイト代が入ったらレーナを遊園地に連れて行くって話をしただろう?」
「え!?遊園地!?颯太、レーナと遊園地行くの!?」
「香織さんもだけどな」
ベッドで買ってきた雑誌を読む颯太に千草は驚愕の顔を向ける。
「で、マリンアイランドに行くことになった。ほれ」
颯太が読んでいた雑誌にはマリンアイランドについての特集が載っており、颯太はそれを2人が囲むテーブルに投げ捨てる。
「あ、ここ前行きたいと思ってたとこだ!颯太、覚えていたんだ」
「ん、まぁな。今日は29日の水曜日で、明日の木曜日にバイト代が入るから、8月の1日にマリンアイランドへ行くぞ」
「わーい!やったー!」
「いいなぁ……私も行きたいなぁ…」
「え?千草ちゃんも?ん~……俺はいいが、レーナはどう思う?」
「え?いいんじゃない?千草と一緒だと面白そうだし」
「ホント!?颯太颯太!」
「分かった。明日は家庭教師の日だから、その時に千草ちゃんのお母さんに話をしてみよう」
「よし!絶対行ってやるからね!」
以前のレーナであれば香織と一緒なだけでも嫌な顔をしたのに、今のレーナはジェラードを食べながらあっさりと千草が同行することに許可を出した。
「よーし!続きやるわよ!」
「ま、待って!私まで食べ終わってない!」
「え?いつまで食べてるのよ」
「千草が早いんだよー!もっと味わって食べなよ!」
「ちょびちょび食うよりがっつり食ったほうがおいしくない?」
「よし、レーナが食べ終わるまで俺が相手をしてやろう」
「え!?颯太が!?ちょ、あなた本気!?」
「まぁまぁ手加減っすから」
「なんで指鳴らすの…?なんで首もぐるぐる回してウォーミングアップしているの…?」
「さてと千草ちゃん、やろうか」
「颯太の鬼ー!!」
爽やかな笑顔を浮かべた颯太の裏に鬼の顔が見えた千草は泣き顔で叫ぶのであった。
どうもまた太びです!
いや~颯太くん鬼畜っすな。小学生の女の子相手に本気を出すという鬼畜っぷり。
しかし、ジェラードをレーナと千草に買って来るところは完全に2人のお兄ちゃん的なポディションですね。
ちなみにレーナと千草は2人とも同い年という設定です。レーナはかなり前に存在していた人ですが、精神年齢などは見た目相応なので衰えずただ歳を食ったみたいな感じです。
え?ロリババア?最高じゃないですか…




