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敏捷値が高い=強い(旧題ランゲージバトル)  作者: また太び
5章 青の領域と赤の領域(続)
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尾崎の反逆

「最近レーナ見ないわね……どうしたのかしら…」



遊び場でリーナはここ最近遊びに来ないレーナを心配していた。



「それに担当が替わったし……」



リーナは他の子供達の面倒を見る新しい担当の女性を遠くから眺める。



レーナが来なくなった日と同時に担当が尾崎から引き継がれて藤田という女性研究員に替わった。



「………聞いてみるか…」



リーナは立ち上がり、藤田の下へ歩いていった。



「あの」


「ん?どうしたの?」


「レーナ…あ、いえ、シリアルナンバー20000の顔が最近見えないのですが」


「あぁ、20000ね。あの子は尾崎チーフの研究室にいるわよ。あの子が第一号になるのかな」


「え?それはどういう意味ですか…?」


「あ、これ言っちゃいけないんだった。ごめん、忘れて」


「え?いや、えっと………はい」


「リーナちゃ~ん!あそぼー!」


「ほら、行ってきなさい」



リーナは釈然としないままボールを持った友達に呼ばれ、渋々藤田の下を離れた。



『一体ここの研究所は何をしているの…?』


「リーナちゃん…顔怖いよ…?」


「あ、そうだったかしら?」


「うん、凄い怖かった」


「ごめんなさい。それで何して遊ぶ?」


「オザキが教えてくれたサッカーするの!今から男の子とやるからリーナちゃんもやろ?」


「ええ、いいわよ」



リーナは努めて明るく振る舞い、後で考えることにした。




「いいぞ、レーナ……君は最高だ…!」


『………』



ピッピッピ――――という電子音が鳴る静かな研究所で尾崎はパソコンのキーボードに指を走らせていた。

レーナは水の入った試験管の中で酸素マスクをつけて眠っており、起きる気配はない。




『レーナ、今教えたことをやってみせてくれ』


「う、うん!」



レーナは周りは夜のように真っ黒なのに明るい緑色の網目が張り巡らされた空間。いわゆるバーチャル空間で針金で構成されたような人間と相対していた。


レーナの右手に握るのはいつも颯太が握る黒い大剣。



「やああ!」


『そこで稲妻を思い浮かべるんだ!』


「――――ッ!」



上段から振り下ろした瞬間尾崎がレーナにそう命令し、レーナは大剣に走る稲妻を思い浮かべる。


ザアアアアン――――!!



『おお!素晴らしい!エクセレントだ!』


「はぁ…!はぁ…!」



黒い稲妻が大剣に走り、針金の人形の肩に剣が差し込まれた瞬間稲妻が人形の中に流れて、人形を黒焦げにしながら大剣はそのまま袈裟切りし、勢いあまって地面に剣先が突き刺さる。



 『よし、レーナ上がっていいぞ。教えたとおりにやるんだ』


「ろ、ログアウト!」



レーナの視界が揺れて暗転する。次に目が覚めた時にはいつもの試験管の中だった。



『待ってろよ。今水を抜く』



試験管の中に入っていた水がどんどん引いていく。そして水が完全になくなると目の前のガラスが横へ開き、レーナは酸素マスクを外しながら外に出る。



「お疲れ、今日も良いデータを取らせてもらった」



尾崎はレーナにタオルを渡しながら労いの言葉を口にする。



「ふぅ、これいつになったら終わるの?」


「ん~もう少しかな。あとはレーナがあれに耐えられるかどうかだ」


「あれ?」


「時期に分かるさ。さ、お風呂に入ったら今日はもう休みなさい。明日も早いからね」


「うん、分かった」



裸のレーナはタオルで頭を拭きながらそのままシャワールームへ向かった。



「今までの実験体はあの怨念に耐えられなかったが、レーナは大丈夫だろうか…」



尾崎は椅子に座り、既に冷めてしまったコーヒーを一気に飲み干す。



「………僕のやっていることは人の道に反していることだ…」



そこで尾崎はレーナの笑顔を思い浮かべた。



「……どんな犠牲を払ってでも僕はランゲージバトルという計画を成功させると誓ったはずだ…」


『オザキー!見てみて!逆立ち!――――お、おわ!?うみゃ!?』



研究資料を作る尾崎のもとへやってきて突然逆立ちをしたかと思えば失敗し、床に仰向けで倒れるレーナ。そんな過去を思い出して尾崎は―――



「くそ!」



やるせない気持ちが溢れ出し、机を叩いてしまう。



あの無邪気な笑顔を浮かべる子供を手にかける自分がどこまでも畜生で、今すぐにでもレーナを連れてこの研究所を抜け出したかった。


尾崎は研究者としてあるまじきことに実験体レーナに情を抱いてしまった。自分にも娘がいたらこうなのだろうかとレーナを通じて思ってしまい、こんなことをしている自分が許せなくなった。



でも、やめるわけにはいかない。



「……僕は一体どうすれば…!」



尾崎は頭を抱えた。





「ねえ、尾崎」



その日、たまたま暇が空いた尾崎は藤田と代わって久しぶりに子供達の様子を見に来ていた。


そんな尾崎のもとへレーナの姉であるリーナが彼の目の前に立ち、勝手に隣のベンチに座る。



「どうしたんだい、リーナ」


「最近レーナを見ないから藤田に聞いたら、あなたの研究室にいるようね」


「藤田君が?」



彼女の口の軽さに尾崎は額に手を当てる。



「周りの子たちはこの状況を楽観視しているけど、わたくしはそうじゃない。わたくしは自分が実験動物だと理解しているの」


「……実験動物だなんて…」


「もうレーナが戻ってこないことは分かっている。だから、最後に1度だけでいいから妹と話をさせて」


「………」



尾崎は驚いた。リーナはこの年齢にして自分の状況を悟っており、もうどうしようもないと諦めているのだ。

それを理解した上で自分に頼み込んでいるリーナの気持ちが痛いほど分かった。



「分かった……明日、迎えに行く」


「うん……ありがとう」



尾崎は無意識のうちに彼女の要求を承諾してしまっていた。本来はタブーだ。だが、自分にもまだ人間の心というものがあったというのか。



「それじゃ、戻るわね」


「………」



リーナは僅かに涙を流していた。恐らく誰も気付くことはないだろうが、尾崎は彼女の涙を見た。



「……まだまだ僕も人間だったということか…」



尾崎はそこで決心をした。何十年先にこの組織を滅ぼす布石を打つことを。




「レーナ!」


「お姉ちゃん?リーナお姉ちゃん!」



尾崎は後日、約束どおりリーナを自分の研究室へ連れてきた。尾崎の研究室で本を読んで暇を潰していたレーナは、リーナの声に気がつき本を投げ出してリーナを抱き締めあった。



「あぁ…レーナ、会いたかったわ」


「うん!私も!」


「何も痛いことされてない?身体に怪我はないの?」


「えへへ、大丈夫だってば。何も痛いことされてないよ」


「尾崎、本当?」


「あはは……本当だよ。僕は一切彼女の身体を傷つけるようなことはしていない。神に誓ってね」


「どうだか……」


「それでお姉ちゃんどうしたの?」


「あなたの顔が見たくなって、尾崎に無理を言ったのよ」


「本当はここにいる時は誰とも会ってはいけないんだけど、リーナはレーナのお姉ちゃんだからね。僕も上に無理を言って許可を貰ったんだ」


「尾崎ありがとう!お姉ちゃんとお話出来て嬉しい!」



レーナは太陽のような笑顔を浮かべた。



「でも、リーナには少し条件を出させて貰った。さ、積もり話もあるだろうけど、レーナ。いつも通り」


「あ、分かった!」


「あ~あ…その場で脱ぎ散らかして……みっともない…」


「別に気にしてないも~ん」



病人が着るような服、病衣を着ていたレーナはぱぱっと服を脱ぐとそのままガラスの扉に振れて試験管の中に入る。

そして酸素マスクを装着するとレーナの足元から水が沸きあがってきた。



「僕は当の昔に人の道など外れていると自覚していた」



尾崎はパソコンのプログラムを起動する。



「だけど、レーナを見て僕の中に僅かに残っていた人間の情という奴が僕を突き動かしてね。もう、君達のような子供達を犠牲にしないためにもこの組織を壊滅させることを決めた」


「尾崎…?」


「君達はこれから神器、というものに生まれ変わる。それは僕らが運営しているVRMMOランゲージバトルに組み込まれるプログラムで、僕らが掲げる生きたコンピューターの実現に必要不可欠な存在なんだ」


「………何を言っているの…?」


「もう1世代目の神器製作が終わり、これから1世代目にも対抗できるようなマルチタイプの神器製作に移っていた。常人ならば馬鹿げている、非人道的だ、と早々に気付くべきことを僕は10年という長い年月をかけてゲームの製作自体が間違っているとようやく気付いた」



尾崎はレーナの身体のバイタルを確認しながら独り言のように語る。



「でも、所詮僕は1人の研究者だ。いくら僕が銃を持って反乱を起こそうとも一瞬で制圧され、殺されてしまうだろう。だから、僕は研究者、または技術者として歯向かうことを決めた」


「………」


「これからレーナに特殊なプログラムでコーティングした僕のメッセージを残す。それはこの先の未来でこのゲームは間違っていると、気付いた者の手助けになるはずだ」


「……つまりわたくし達は結局帰れないのね…」


「……すまない、僕にはこれが限界だ。でも、僕が死んでも君たちは生き続ける」


「え…?」


「先ほども言ったけど、僕らが目指すのは生きたコンピューターの実現。高度な演算能力と人のように感情を持ったコンピューター。それを実現させるためには人の力が必要だった。でも、人間には寿命というものがある。これはどうしようもなく避けられない運命で、人が死ぬたびにコンピューターが学習した記憶がデリートされてしまう事件が起きたんだ」


「それで…?」


「それで僕らはあのレーナが浸かってる特殊な液体の中に保存することでコールドスリープに近い環境を作り出すことに成功した」


「こ、こーるどすりーぷ?」


「とにかく半永久的に生き続けられるっていう認識でいいよ。でも、コールドスリープと違うところは本人に意識があるということ。コールドスリープは脳の働きすら停止させ、それこそ仮死状態にするものなんだけど、こっちは脳の働きを停止させず、肉体の衰えだけを停止させるものなんだ」


「………ん?」


「でも、肉体の働きだけを停止させてもやっぱり脳の衰えというのもあって、この脳の衰えをどうすべきかが最大の課題だった。そこで彼らは脳の記憶に着目した。脳が見て、記憶するメモリー。このメモリーを機械で補うことは出来ないかと考え、脳との間に脳が見たモノを記憶するコンピューターを置いてみた。実験の結果、コンピューターに見たものは記憶されたが、脳にも同じモノが記憶されてしまった。まぁ当たり前だよね。あくまでそのコンピューターは脳が見たモノを記憶するものでしかないんだからね」



リーナは小首をかしげているが、尾崎の説明は終わらない。



「そこで僕らの世代に移る。僕らはそこから更に研究を進め、脳にダイレクトにアクセス出来るコンピューターを開発した」


「え……?頭に穴開けるの…?」


「あぁ、違う違う!えっとね、ほら、レーナが被っているメカメカしい機械の帽子があるだろう?あれが記憶を弄ったり、その本人が見たものを記憶する端末なんだ」


「重そうね……」


「脳の記憶を読み取り、それを映像化する。これを開発するのに20年かかったからね。ホント疲れたよ。それで脳が見たものをコンピューターに記憶し、脳が見たものを消すことで脳の衰えを激減させることに成功した」


「え?消しちゃうの?」


「あぁ、でもそこは安心して欲しい。コンピューターで管理することで君たちは自由自在に自分の記憶にアクセスすることができ、いつでも自分が欲しい記憶をコンピューターから引き出すことでまるで自分の記憶のように扱うことが出来るんだ」


「なるほど、理解できたわ。あぁ、つまり消すことが出来るのなら書き込むことも出来るってことね?それでさっき尾崎が言ったメッセージに繋がると」


「そうだね。でも、君達が神器になる時、一度君達の記憶をフォーマットする必要があるんだ。ランゲージバトルが始まった時にプレイヤーの武器となる神器が発狂なんかしたりしたらプレイヤー達は不審に思っちゃうからね」


「フォーマット…?神器…?プレイヤー…?」


「それはいずれ分かるよ。とにかく今はそのフォーマットの対策を打たなきゃならなくて、そこで僕が開発した特殊なコードにコーティングしてレーナの記憶に埋め込む」


「あなた天才なの…?」


「いや、そんなもんじゃないさ……」



尾崎は寂しげな表情を見せる。



「でも、これは博打なんだ」


「博打……?それって尾崎が言っていたギャンブルの日本バージョン?」


「うん。フォーマット対策と言ったけど、記憶消去がうまく行かなければエニグマン達は不審に思う。だから、一度は完全に記憶が消去されてしまうんだ」


「え!?その尾崎が言っていた間違っていることに気付いた人間がいたとしても、レーナが忘れていたら何も意味ないじゃない!」


「……だから博打なんだ……――――でもね、僕がコーティングしたコードはある条件によって解放される」


「それは……?」


「言っていいものか………――――……神器となった者達にはまるでゲームのような特殊能力が与えられる。その中でも必殺技的な能力があり、それを覚醒能力と僕らは呼んでいる。レーナにはその覚醒能力を特別に2つ設けさせて貰った」


「普通は1つなの…?」


「あぁ、普通は1つだ。でも、レーナは違う。そこで2つ目の覚醒能力が覚醒すると同時に僕のメッセージとレーナの記憶が戻るようにした。これが条件だ」


「なんだかあっさりしているのね。でも、ゲームというのだから終盤に行けばいずれ2つ目の覚醒能力が解放されるわよね?」


「いや、そう簡単に解けないようにしている。そこでリーナの出番というわけだ」


「え?わたくし?」


「2重プロテクトをかけさせてもらう」


「どういうこと?」


「まずレーナの記憶と僕のメッセージを解放するためにはリーナの2つ目の覚醒能力を解放することを条件とする」


「あら、わたくしも2つ付けられるの?」


「あぁ、君も相当素晴らしい潜在能力を持っている」


「そ、そうなんだ…」



尾崎に褒められて満更じゃない様子のリーナは銀色の髪を弄る。



「そしてリーナが2つ目の覚醒能力を解放し、君も自分の記憶を手に入れたらレーナ接触し、そのプレイヤーがランゲージバトルというシステムに不満を持っているのであればそのプレイヤーと共にこの組織に立ち向かって欲しい」


「あなたのやりたいこと、理解したわ」


「条件を出してなんだが、改めて僕に協力してくれるかい?」


「いいわよ。またいつの日かレーナと共に空の下を歩けるのなら」


「あぁ、約束しよう。きっと君達を救う」



尾崎はリーナと握手をした。

どうも、また太びです。


このたび、タイトルを変えさせていただきました。ん?なんで?という方も多いことでしょうが、内容は全く変わっておりませんので、特に気にせずこれからもおつき合いください(ぺこり)


えっと、今回の話は尾崎とレーナとリーナによる小さな反逆の始まりのお話でした。

これですね。颯太君がいくら頑張っても覚醒能力が解放できず、頭を悩ましていた理由は。

解放するためにはまず誰かがリーナの神器使いになり、その中でリーナの神器使いが終盤まで生き残って2つ目の覚醒能力解放まで至る。

そしてレーナと出会い、レーナに覚醒能力開放のきっかけを与え、そしてレーナも解放というわけです。

ですが、時代も進み、1世代目2世代目は封印されてしまい、リーナに至っては番外、7世代目として出てきたばかり。そして奇跡的に颯太がレーナの神器使いになり、颯太が異変に気付き、更に滉介がリーナの神器使いになり、レーナと出会う。

とんでもない確率だと書いていて思いましたね。あぁ、確かに簡単に封印解けないわ、これ。

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