私とワタシ
「やぁ、記憶を取り戻した私」
「あなたが……記憶をなくしたワタシ…」
「ま、とりあえず座ろうか」
2人のレーナは映画館のような巨大なスクリーンがある一室にいた。青い瞳のレーナはそう赤い瞳のレーナに笑いかけて先に赤いシートに座った。
「………」
「ほらほら、そろそろ始まるよ?」
隣のイスをぽんぽん叩く青い瞳のレーナはポップコーンをどこからともなく取り出して少し乱暴に口の中へ放り込む。
ここが一体どこなのか分からないが、赤い瞳のレーナはとりあえず青い瞳のレーナの隣に座った。
「これから何が始まるの…?」
「ん~?それはワタシの記憶だよ。あなたが本来は見ることがなかったワタシの姿」
そこまで語って突然青い瞳のレーナはつまらそうにむくれ顔になる。
「あ~あ……記憶取り戻したんだ。ワタシ」
「取り戻したくなかったの?」
「まぁね。取り戻したらこうなるにわかってたし、颯太の中のワタシのイメージが崩れると思っていたから…」
「あ、あの男の人か……」
「ワタシは颯太が大好き。だから、それを何も知らないあなたに奪われるのがさいっこうに気に食わないの」
青い瞳のレーナは憎悪が篭った瞳で隣の赤い瞳のレーナを睨む。
「でもね」
青い瞳のレーナはあっさりと引き、淡く光るスクリーンに向き直る。
「これが本来のワタシの姿だから納得は行っていないけれど、引いてあげることにしたの」
「あなたはそれでいいの?」
「よくないよ?なら、今すぐワタシにその自我を譲ってくれる?」
「それは…」
「ね?だからワタシが引いてあげると言ったの」
そして上映が始まった。それは酷く歪んだ少女の記憶。映像なのに内容がすらすらと頭の中へ入ってくる。拒むことなど出来ない。
「なにこれ……」
「あ~ワタシが颯太と出会う前の話だね。ほら、見てこれ。酷いよね~?あ、殺した」
「そんな……こんなに助けてって言っているのに…」
「まぁランゲージバトルだからね。多少の犠牲は仕方ないよ」
「あなた、私の身体で何をしていたの…?」
「簡単に言えば人殺し。でもワタシは幼かった。与えられた能力が能力なだけに少女の心は簡単に壊れ、そして歪んだ」
酷いスプラッターが売りのB級映画を見ているような気分だった。隣に座る自分と同じ顔をする少女は、それを表情1つ変えずにつまらなそうに頬杖をついて膝に置いたポップコーンを食べていた。
「あなたは何人殺したの…?」
「さぁ?主は2人くらい殺したけど、普通のプレイヤーは分からないね。だって、混沌支配を使っていたのはワタシだけどワタシじゃない。あくまでプレイヤーだから、ワタシがそんなこといちいち気にしていられるとでも?」
「………」
「何落ち込んでいるの?これからワタシになるんだからあなたにもこの能力で戦って貰うようになるんだよ?」
「あの颯太さんも…?」
「いや?ほら、そろそろ颯太との出会いだよ」
「え、きゃっ!?な、なんで裸で!」
「え~?それくらいで顔真っ赤になるの?なら、この先もっとやばいんじゃ」
「え!?わ、私の身体で何をしているの!?」
「なんで?ワタシの身体でもあるんだけど」
「そ、そうなんだけど…」
颯太と初めて出会ったシーンを見て赤い瞳のレーナは顔を手で覆う。指の隙間で気になるのか見ているが。
「でね、こんな出会いから始まってワタシは変わったの」
「あんな酷いことをしていたあなたが?」
「自分に言われるとこの上なくむかつくけど、そうだね」
青い瞳のレーナは眉を寄せる。
「でも、ワタシの記憶を見ているのにあなたは発狂したりしないのね」
「あ、そういえば…」
「まぁワタシと一緒に見ているわけだし、案外ダメージが少なかったのかもね」
「なんていうのかな……ワタシの記憶ではあるんだけど、私の記憶じゃないみたいな…」
「映像として捉えているのかな。それならあなたのそっくりさんが出演する映画って認識なのかな」
「かもね……酷い内容だったけれど…」
「あ~颯太かっこいいな~……」
颯太が戦うシーンが映ると青い瞳のレーナは手を頬に当ててうっとりとした表情を浮かべる。
「あなた心酔しているの…?颯太さんに」
「え?あなたは魅力を感じない?かっこいいでしょう?ワタシの理解者にして大切な人」
「確かにあなたを大切に思っているようだけれど…」
「はぁ……こんな颯太をろくに理解していないような私に譲ることになるなんて悔しいなぁ…」
「ごめんなさい…」
「謝るなら颯太を理解しなさいよ。これ、あなたの記憶なんだよ?」
「そうだけど……」
シーンは変わる。次は颯太の家族に。
「あれ?この人達は…?」
「この人達はワタシのお父さん、お母さん、そして颯太の兄貴である和彦」
「お、お父さん?お母さん?」
「ワタシはあなたと違って記憶がなかったから、この人達がワタシの家族だった。お父さんとお母さんと和彦はワタシを温かく家族の一員として迎えてくれた」
「………家族…お姉ちゃん…」
「お姉ちゃん?誰?」
「え?リーナお姉ちゃんよ?」
「やっぱりリーナはお姉ちゃんだったんだね……はぁ、なんだか複雑だな~」
「え!?リーナお姉ちゃんいたの!?」
「耳元で騒がないでよ。うるさいなぁ……――――もう少ししたら見れるよ。それより、あなたはこれからこの家族の一員になるんだよ。大丈夫?」
「あ……そっか…颯太さんのお家にいるんだもんね…」
「言っておくけど、ワタシが過ごした時間だけで軽く50年経っているからね?今自分の家族がどうなっているとか、故郷に帰りたいとか思わないほうがいいよ。ワタシたちは生身こそあれど今は神器というデータなのだから」
「そんなに時間が経っているんだ…」
「まぁ、お父さんとお母さんが不審に思うようなことしはしないでよ。あの人達は何となく勘付いているけど、颯太の顔を立てて黙っているんだから」
「そこは大丈夫。ちゃんとランゲージバトルの世界のルールや神器に課せられた使命は理解したから」
「そ、ならいいんだけど」
「………それにしても良い人達ね…」
「でしょ?ワタシには眩しすぎる人達だった。この人達の存在と颯太がいたからワタシは変われたのかな…」
お母さんとのショッピングやお父さんとのゴルフを見て赤い瞳のレーナは微笑む。隣の青い瞳のレーナは薄っすらと目に涙を浮かべており、本当にこの人達と別れることが辛いのだろう。
「ねえ、約束して。絶対颯太をランゲージバトルの覇者にするって」
「うん、もちろん。あなたのためにも私のためにも颯太さんを勝利に導くよ」
赤い瞳のレーナの口調が変わっていく。それはカオスモーメント・レーナという人格の物語の終わりを意味しており、その人格はレーナ・ファミルトンに吸収されていく。
「お姉ちゃんと戦ったんだね…」
「うん。弱かったけど」
「お姉ちゃんは優しいから…」
「そう?本気でワタシと颯太を殺しに来ていたけど」
「あははは…」
フラッグファイトでの出来事。ガイエン、クレア、そして滉介とリーナとの出会い。映像は次々流れていく。
「あっちは覚えているのかな~?何となく覚えているような気がするけど」
「お姉ちゃん?」
「うん。まぁ気付かないふりをしていたけどね、ワタシは」
「覚えていなくてもいい。お姉ちゃんがいると分かっただけでいいの」
「はぁ、ワタシには理解出来ないけど、あなたがそれでいいのなら別に何も言うつもりはないけど」
「それであなたは私に吸収されたらどうなるの?」
「さぁ?ワタシという人格が消えるかもしれないし、あなたの中で生き続けるかもしれない」
「………私がこういうのも変だけど、消えないで」
「え?なんで?消えたほうがあなたにとって都合がいいでしょう?」
「あなたが消えると颯太さんが悲しむ……あのね、私が初めて颯太さんに出会ったときに俺のことを覚えているかって言ったの」
「うん、それで?」
「それで覚えていないって言ったら本当に一瞬だけ泣きそうな顔になって、すぐ目を伏せたの」
「……颯太…」
「あなたの記憶を見てきたけど、分かったの。絶対私ではあなたの代わりになれないって」
映像は終盤に差し掛かる。それは青い瞳のレーナが颯太と初めて本気でぶつかり合い、颯太に自分のしてきたことは間違いであると言われたあの夜。
「別に……ワタシの代わりにならなくていいんじゃない?」
「え?」
「あなたはあなたの物語を作っていけばいい。都合のいい言葉だけど、記憶はあなたに受け継がれ、ワタシはあなたの中で生きるの。ワタシはあなたが見ている長い長い夢なのだから、夢はいずれ覚めて消える運命にあるんだよ」
「夢……」
青い瞳のレーナはいつもと変わらぬ調子で言葉を紡ぐ。
「あなたは十分夢を見た。だからそろそろ起きなきゃいけない。もう何十年と寝ていたのだから、そろそろ起きないと怒られちゃうんだよ」
「でも、あなたが…」
「ほら、もうすぐ夢が覚める。戦いはあなたを待ってくれない。ワタシの代わりじゃなくて、あなたなりのやり方でしっかり颯太をサポートするんだよ」
青い瞳のレーナは椅子から立ち上がり、右手に大剣を生み出す。
「さぁ、あなたの戦いを見せて貰おうか」
そして振り返り、大剣を赤い瞳のレーナの足元に突き刺す。
「残り4ヶ月とちょっと」
赤い瞳のレーナは立ち上がり、目の前の黒い大剣を見つめる。
「ゲオルギウス?ヘルヘイム?そんなのに遅れるを取るワタシはもういない。さぁ、真の混沌の力を颯太に」
「うん。颯太さんに勝利を捧げるために全力を尽くす!」
黒い大剣の柄に手を置き、赤い瞳のレーナは宣言する。
「あなたの名前は?」
「カオスモーメント・レーナよ!」
「うん、上出来」
青い瞳のレーナはそう言うと後ろで手を組んで満足そうに笑い、青い光となって消えていった。
「あ……」
スクリーンには幸せそうに颯太と共に眠る青い瞳のワタシがいた。
「……ふぅ…」
大剣を赤いカーペットから引き抜く。すると大剣は形を変え、大剣は本来の姿を取り戻す。
「行こう。颯太さんが待っている」
レーナは最後にスクリーンに映る青い瞳の自分を惜しむように見てから上映場を静かに出て行った。
バタン――――!
誰もいなくなった上映場に青い瞳のレーナが再び現れた。
「さてと、ワタシはここであなたの活躍を見させて貰おうかな」
青い瞳のレーナは悪戯っぽい笑顔を浮かべて椅子に腰掛けるのであった。
うわ、1日で3話目の投稿です………なんだか凄い執筆意欲が沸いているので、もう何話くらいかあげたいと思います。
 




