思いも寄らない発掘
身体を起こしたレーナは手を握る颯太を見ると酷く怯えた顔をし、台座から落ちそうになる。
「おいおい?大丈夫か?」
「こ、来ないでください!私にもう酷いことしないで!」
「え?レーナ…?」
「い、いやぁ!離して!」
「ど、どうしてしまったんだ…?」
涙目を浮かべるレーナの表情を見た颯太は握っていた手を離す。手が離れた瞬間レーナは台座から飛び降り、部屋の扉が開いてないことが分かると隅に蹲ってしまう。
「あッ!?」
「いやぁ!私をお家に帰して!」
『一体何が起きたんだ……』
「お姉ちゃんはどこなの…?ここはどこなの…?」
「………レーナ、君のお姉ちゃんの名はリーナというのか?」
「え?どうしてあなたがお姉ちゃんの名前を知っているの…?」
「やっぱり………これは…レーナの記憶が戻っている…」
頭を抱えたレーナは顔を上げて颯太の顔を不思議そうに見つめる。
「………」
颯太は神器データを表示し、覚醒能力を見るとそこには『聖への執着』という覚醒能力が解放されていた。
神器の覚醒能力を解放するとその覚醒能力を解放するための条件も同時に閲覧出来るようになるのだが、颯太はそれに目を通す。
「解放条件………え?レーナの記憶の解放…?こんなの無理に決まっているじゃないか…!お前達のほうで記憶を封じたくせに!」
「どうしたんですか……?あなたは研究所の方じゃないんですか…?」
「研究所?何の話だ?」
「ふえっ!な、なんでもないです!変なこと言ってごめんなさい!」
「いや、驚かせてすまない。それで、君の名前は?」
「わ、私ですか…?えと、レーナ。レーナ・ファミルトンです…」
「それが本当の名前か…」
「……ふえ?」
「なぁ、レーナ。君はどこまで覚えている?」
「どこまで…?」
「意識を失うまでだ」
「えっと……変な男の人達が来たと思ったら首に注射を打たれて、気付いたらこういう場所にいて……変な薬を飲まされました…」
「神器にされる前の話しか……――――確認だが、俺のことは分からないよな?」
「…はい、ごめんなさい…」
「神器後の話は全て忘れていると……まずいな…」
「あの……あなたは研究所の人じゃないんですか…?」
「あぁ、俺は普通の人間だ。俺の名前は天風颯太という。数ヶ月間君と一緒にいたんだけど、さっきの改造のせいで忘れてしまったようだ」
「改造…?」
「改造…?あ、そうだ。記憶を戻すことも出来るのでは!?」
「え?」
颯太は何かが閃いたかと思うと、神器改造レシピを呼び出す。が――――
『改造は改造券1枚につき1回までです。改造券を持ってまたご利用ください』
「な、なんですか?この声は」
「くそ!」
颯太は強く台座に拳を叩きつけるとレーナは目をきつく瞑る。
「………どうすればいいんだよ…」
「あの……元気出してください…」
途方に暮れる颯太のもとへレーナは怯えながらも近寄り、声をかける。
「ありがとな…」
「あの、私は記憶喪失なのでしょうか…」
「いや、俺からすればそうだが、君の場合そうじゃない。俺と過ごしてきた期間がそれこそ夢のようなもので、君が持つ記憶が一番正しいものだよ」
「……?」
「どうやらお困りのようだね。颯太君」
「―――ッ!?」
「ひっ!」
突然空間が裂けたかと思うと、そこから2度見ることはないと思っていた男が現れた。
「エニグマン…!」
「覚えていてくれたかい?ふむ、まさか君達が没データを掘り起こすとは思わなくてね。まだまだこのゲームも発展途上にあるね」
「マスター、どうする?この男は不正を犯した。この場で切り捨てようか」
番人、あの薫を殺し、倭に大怪我を負わせた竜騎士がエニグマンの前に出る。
「いやいや、彼らは悪くない。彼らは純粋なプレイヤーとしてこのゲームを楽しんでいる。まさかこんな事態になるとは思っていないだろうし、納得も行っていないはずだ。それに私は颯太君に期待しているんだ。こんな逸材を簡単に失うわけにはいかない」
しかし、エニグマンはそんな番人を手で制して後ろへ下がらせる。
「何が言いたい…」
「助けてあげようかと言っている。見たところこれは完全にランゲージバトルの記憶を失っているし、これでは君達の連携に支障が出る」
「本気か…?」
「これはシステムの管理が行き届いていなかった私たちの落ち度だ。今回だけは特別に私たちが介入しよう」
「………信じていいのか…?」
「信じてくれて構わないよ」
「この人私とお姉ちゃんに酷いことした人だ…」
「え?なんだって?」
「おや?覚えているのかい?私のことを」
レーナは颯太の後ろに隠れながらエニグマンを指差した。
「まさか覚えているとはね。でも、余計なことを喋ってはいけない。じゃないとそこの男の子が死んじゃうからね」
「え……」
「レーナ、喋れ」
「おい貴様!この場で切り捨てるぞ!」
「―――ッ!逃げるぞ!」
「お?」
「待て!!」
颯太はレーナの手を引いて部屋を出た。
「レーナ!変身できないか!?」
「へ、変身?何のこと?」
「ダメか…!」
自分が神器であることを理解していないレーナはぽかんとしており、大剣になることも出来ない。
「なんか剣になりたいとか、そんなことを頭の中に思い浮かべればいいんじゃないかな!?」
「え?え?ごめんなさい、何を言っているのかさっぱり分からないです…」
「ですよね!俺も頭が混乱してきたからな!」
颯太はレーナの手を引いて白い扉を手を触れて先に進む。正直この逃亡に一体何の意味があるのか分からないが、今はこのレーナをみすみす奴らの手に渡したくはなかった。
「ど、どこまで行くんですか?」
「分からない…!」
「ええ……あの、追ってきているんですけど…」
「逃がさん!!」
「くそ!」
「きゃあ!」
番人は口から紅蓮の息吹を吐き出す。颯太はレーナを抱えて横に飛んでブレスを躱す。
「マスターの寛大な心を裏切るとは何たる卑劣。この刃の錆としてくれよう」
「どうすればいい…」
「颯太君、大人しくレーナを渡してくれないか?今なら私から逃げたことも許すし、そこの扉のロックも解除して元いた場所へ帰してあげよう」
「颯太さん……」
「大丈夫だ…」
不安そうな顔をするレーナを抱きしめて眼前に迫る番人を睨む。
「レーナ…ここでじっとしていてくれ」
「はい…?」
「こっちの世界なら俺はやれる」
「ほう…」
颯太は自分の服の袖を掴むレーナの手をそっと解いてその場に座らせて立ち上がり、番人へ素手で挑む。
「はっはっは!颯太君本気かい!?番人相手に素手で!?」
「………」
「なるほど、お前も武人であったか。良かろう、先ほどの逃走については目を瞑ってやろう」
「番人、流石に剣と盾は卑怯だ。君も素手で戦いなさい」
「御意」
番人は剣と盾を投げ捨てる。
「別に使っても構わないんだぜ?」
「ふん、威勢はだけはいいようだな。その威勢がこの先も続くか、見せてもらおう」
番人はボクシングスタイルのように構え、小刻みにステップを踏み始める。
「来いよ」
「―――ッ!」
「ッ!」
颯太が人差し指を番人に向けてくいくいっと挑発すると番人は身を小さくし、一瞬で颯太の懐に飛び込んだ。
そしてそこから大地すらも抉るようなアッパーを繰り出す。颯太はそれを顎に当たる寸前で身体を仰け反らせて何とか躱す。
『速いッ!』
「ふッ!」
躱されたと見るなり番人はその場でくるりと回って尻尾を振るってきた。
「ぐうッ!」
鞭のようにしなり、鈍器のように重い一撃を颯太は左腕を使ってガードするが、受けた瞬間骨が折れるよりも酷い衝撃が左腕に走る。
「おおおお!」
「ぬッ!?」
だが、颯太は痛みを堪えて番人の尻尾を掴み、力任せに持ち上げて床に思いっきり叩きつけた。
ドオオオオオン――――!!!
「ほう、やるね」
「颯太さん…凄い…」
これにはエニグマンも感心し、素直に賞賛を口にする。
「お返しだ」
「―――ッ!?」
尻尾を掴んだままの颯太の首に足を絡ませた番人は颯太を地面に倒し、そこから倒れたまま颯太の片足を掴んで無造作に叩きつけた。
「颯太さん!」
「いつまで寝ている」
先に起き上がった番人は颯太の顔を踏み砕こうと足を持ち上げるが、颯太は転がって番人のスタンプを避けて立ち上がり、番人の顔へ右拳を入れに行く。
しかし、番人はこれに反応して左の手の平で受け止めて颯太にされたことと全く同じことをやり返す。だが、颯太も張り合うのか番人の右ストレートを左手で受け止めてお互い力が拮抗する。
「ぐ…ッ!」
「ぬうう…!!」
数秒間力が拮抗すると、颯太と番人はほぼ同時にお互いの腹部へ蹴りを入れて距離を取る。
コンピューターのアシストを受ける番人とコンピューターのアシストを受けず動体視力で挑む颯太。エニグマンはそんな颯太の様子を興味深そうに見ては、気味の悪い笑みを浮かべた。
『彼は素晴らしい…!私の最高傑作である番人と互角に渡り合うだなんて…!あぁ…彼が欲しい、彼がいれば最強のポテンシャルを持つ神器を作ることが出来る…!』
こうしている間も颯太と番人は何度も衝突していた。
カメラのフラッシュのように浴びせられる番人のラッシュを颯太は見切り、正確に両手で受け止めて隙を見るなりカウンターの拳を番人の頬へ叩き込む。
グギィ―――!!!
「――――ッ!?――――ふん!」
「ぐッ!」
右のブローを受け止めた左腕の骨が軋む嫌な音がする。
「甘い!」
「やば!」
「いやあああ!」
鋭く槍のように突き出された尾が颯太の腹部に突き刺さる。
「まだだ…ッ!」
尾を掴んだ颯太は左右に数回を叩きつけ、これには番人もたまらず苦しげな表情を浮かべて血を吐き出す。
「おまけだ…!」
烈風を巻き起こしながらジャイアントスイングで壁へ向けて投げ飛ばした颯太はガクリと膝を床につき、前のめりになって倒れた。
『やはりここで彼を殺してしまうのは惜しい…!今回の戦いでポテンシャルが高いプレイヤーは多かったが、颯太君以上の者はいなかった…』
「敵ながら見事だ」
瓦礫を払いのけて戻ってきた番人は全身から血を噴出しているが、その顔には余裕があった。
「はぁ…はぁ…はぁ…!なに、終わった気でいやがる…!」
「まだやるというのか?ならばせめて痛みを感じる暇もなく一瞬で殺してくれよう」
勝負は着いたと思い、番人は剣を召喚して床に倒れる颯太の首元に剣を当てる。
「やめてください!わ、私が元に戻ればこの人を痛めつけたりしないんですよね!?」
「……だが、この男は知りすぎた。殺す理由にはそれで十分だ」
「そんな……」
颯太の身体に覆い被さるレーナは身を挺して彼を守ろうとするが、番人は無慈悲にそう告げる。
「さらばだ、天風颯太よ」
「………ッ!!」
パチパチパチ――――番人が剣を持ち上げ、レーナは目をきつく縛って覚悟をした瞬間、番人の後ろから拍手が聞こえてきた。
「マスター?」
「いや~見事だ。颯太君、天晴れだよ。番人、剣をおろしなさい」
「御意」
「正直ぼこぼこにされて終わるかと思ったんだけど、番人をまさか追い詰めるとはね。番人、残りHPは?」
「2割です。正直この男がここまでの猛者とは思いませんでした」
「聞いたかい?やっぱり君は素晴らしいな。最初ある男から推薦があったときはぱっとしない子だな~なんて思ったんだけど、あの男の評価を改めなくてはいけないね」
エニグマンは番人を下がらせて倒れている颯太に近づく。
「オーケーだ。何事にもイレギュラーというものはつきもの。レーナの記憶を消さないままランゲージバトルで過ごして来た記憶を戻してあげよう」
「……本当か…」
「本当だとも。ランゲージバトルの秘密を知り、君は何を思うのか。それが少し気になってね」
エニグマンは颯太へそう告げると彼の隣で涙を流すレーナに視線を移す。
「レーナ、君にはこれからこの世界で起きてきたことの記憶を戻す。混乱してはいけない。ありままの記憶を受け入れなさい。その記憶を拒絶すると君は新たな人格を得てしまう。いや、生まれてしまうかな?ふふ、これは見物だね」
「なにするの…?また酷いことするの…?」
「酷いこと?それは君次第だな」
エニグマンはパン!と指を鳴らすと床からアームが飛び出し、レーナを掴んだ。
「ひゃッ!や、やだ!離して!」
「おっとおっと、暴れない暴れない」
「そ、颯太さん!たすけ――――!」
そして電流が流れ、レーナはまた意識を失った。
「れ、レーナ…」
颯太もまた意識を失い、レーナへ伸ばした右腕が糸が切れた人形のように床へ落ちた。
「番人、颯太君を丁重に運んでくれよ」
「マスターお言葉ですが、何故ここまでこの男に施しをするのです?」
「そうだね。彼が天才的な才能を持つからかな?」
「はぁ…」
「ん~少し言葉が足りないか。簡単に言ってしまえば、彼は努力家ということだよ。愚直なまでにね」
「努力家、ですか」
「うん、努力家という才能をね。一見してみれば誰でも出来る努力だが、ほとんどの人間の場合途中で努力をすることを放棄してしまう。だけど、彼の場合は違う。彼は終わりを知らないんだ。だからどこまでも努力をするし、努力をしただけ強くなる。彼が中学時代有名な陸上選手として名を馳せたのはそのせいだよ」
「ほう、この男は陸上選手だったのですか」
「でも、ちょっとした事故で挫折してしまったんだよね。そこで彼は初めて努力の放棄を知ったわけだが、次にその努力はゲームに向けられた。そこからはもう凄くてね。あるFPSのゲームでは世界ランクの一桁さえ取ったこともあるほど負けず嫌いで、勝つためならどこまでも努力をした。あぁ、ちなみにこれは私の知人から聞いた話だ。えっと、彼は配達の仕事をしていたかな?会ったことがないから分からないが」
「天風颯太の推薦はその男から?」
「うん、そうだよ。一枠空いていたから彼の推薦する颯太君を入れてみたんだけど、これは思いも寄らない発掘だったね」
そしてレーナを改造した部屋に戻り、再びレーナは大剣に戻された。
「さてと、お話もこれくらいにして仕事を始めますか。さぁ、起きたらどうなっているかな?」
「マスターも人が悪い…」
「ふふ、そうかな?まぁ私はどこまで行っても研究者だからね」
エニグマンは不適な笑みを浮かべると管理者コードにアクセスしてレーナの改造を始めた
えっと、2話連続投稿です。
今回のお話としてはエニグマンが何故颯太に執着するのか、そんな話でした。
しっかし颯太くん人間やめてますね。スパコン並みの演算能力のアシストを受けるコンピューター相手に互角に戦うとか正気の沙汰じゃないです。
さてと、こうして颯太くんはエニグマンに気に入れられ、ランゲージバトルの秘密を知る権利を得ますが、レーナはどうなってしまうのか!これからの展開にご期待ください……!
近況報告です。報告記事はあまり書かない私なので、こちらで少し報告させていただきます。
遂にランゲージバトルのアクセス数が11万を突破しました!本当にありがとうございますー!
なんというか、VRMMO作品は数多くあるのでいくら皆さんの目に止まるか最初は不安でしたが、こうして11万アクセスという記録を迎えられてとても嬉しいです。
物語は中盤に差し掛かり、これから激戦と世界の秘密がどんどん続いていくことになります。最後まで頑張りますので、皆さんもこれからもランゲージバトルをよろしくお願いします!




