退屈な日々からの脱出
2020年5月の下旬、1人の少年は目を覚ました。
その少年、天風颯太17歳は至ってどこにでもいる高校生だ。
成績は平均を行ったり来たり。運動はまぁまぁ出来る方。友達もそれなりにいる方だが、休日を消費してまでどこかへ遊びに行くほどの親しい仲ではない。
「今日も学校か…」
ボサボサの黒髪を掻きながらベッドから起き上がる。
身長はこの年齢の男子に平均に比べて少し高い。顔立ちはまぁまぁの方だ。
父親は製造業に勤めている課長。どこの土産屋でも売っているような饅頭を作る工場で、母親もパートで父と同じ製造業に勤めており、父と母はそこで出会ったといういらない情報を昔はよく聞かされていた。
「充電は終わったか」
端末型携帯と暇つぶしに持っていくゲーム機。それと友達にもしかしたらカードゲームに誘われるかもしれないと思って鞄へカードケースも入れる。
「颯太!起きているの!?」
「起きているよ母さん!」
下から母親が自分を呼ぶ声に颯太は少し面倒臭そうに答える。
ちゃんと返事しないと問答無用でノックもなしに部屋の扉が開けられるという前例があったので、その二の舞だけは避けたい。
颯太は顔を洗い、身だしなみを整えて下に降りると今年から社会人になった兄が新聞を読んでいた。
「兄貴、おはよう」
「おっす、今日も遅いな。もう父さんは先に出たぞ」
「俺はまだ高校生だからいいんだよ」
「まぁ高校生のうちはいいか」
スーツを着てコーヒーが入ったマグカップを片手に新聞を読む兄貴の姿は、正直言うとかっこよかった。
昔から兄の背中を見て育ってきた颯太は兄の事だけは尊敬していた。つまらない学校も兄が『とりあえず行っておけ。例えつまらなくても高校だけは出ておくんだ』と言ったのが大きい。
「兄貴、今日は遅いの?」
「いや、今日は早く帰れそうだ。確か今日はあのゲームの発売日だったはず」
「そうだよ。帰ってきたら一緒にやろうよ」
「OKだ。さて、俺ももう出るよ」
「気を付けて行くんだよ」
「行ってらっしゃい。兄貴」
マグカップを置いた兄は鞄を持って家を出て行った。
「母さんももう出ないと行けないから、片づけ頼んだわよ」
「了解。母さんも行ってらっしゃい」
食パンにイチゴジャムを塗りながら母親に手を振った。
バタン―――という音が玄関の扉が閉まる音が鳴り響く。
颯太はいつも通りの日々に少しだけため息をつくとさっさと朝ご飯を食べて母が残して行った食器を洗い始めた。
「でさ~昨日それで母ちゃんがマジ切れしてよ。朝飯作ってくれなかったんだよ」
「それ完全に健太が悪いよね」
「だよな。健太がただ母ちゃんの化粧品壊しただけの話しじゃねえか」
友達の会話にたまに反応してそれとなく交ざる颯太は、何だか薄っぺらい関係だな、と唐突にそう思ってしまった。
廊下を歩く颯太を合わせた3人は移動教室のため教科書を持って移動先の教室を目指す。
途中通り過ぎる教室からは様々な声が聞こえる。
『楽しそうだな……』
この隣で歩く二人も盛り上がっており、自分だけどこかずれている気がした。
「あぁ!」
曲がり角に差し掛かった時、颯太達が一人の女子生徒とぶつかる前にその女子生徒は曲がって来た颯太たちに驚いてプリントをばら撒いてしまった。
「おっと、大丈夫すか?」
「とりあえず手伝うよ」
「だな。休み時間も余りないし、ちゃちゃっと拾っちまおうぜ」
「あ、ありがとうございます!」
メガネをかけた茶髪の女子生徒だ。
颯太は3人協力してプリントを集めると結構な量になったのが分かった。
「これ女子生徒一人に持たせるのは辛くない?」
「だ、大丈夫ですから!拾っていただいてありがとうございました!」
心配する颯太に女子生徒は慌ててプリントを受け取ると立ち去ってしまった。
「なんだか急いでいるようだったね」
「ふむ。まぁ休み時間も少ないもんな」
「急いでいたんだろ?見た感じ科学のプリントだったしさ」
「まぁとりあえず俺達も行こう。遅刻したらあの先生に怒られるのが怖い」
颯太達は次の移動教室に急ぐため今の女子生徒の事は棚上げにした。
今日最後の授業を颯太は寝て受け切った。
「あれ…」
「もう今日は終わりですよ」
「あぁ……俺寝ていたんだったか…」
颯太の担任である教師、小町明美はどうやら颯太が起きるまで待っていたらしい。
「小町先生、普通寝ている生徒は起こすものだと思っていたのですが」
「だって颯太くんぐっすり寝ているようだったし、何だか起こすのも悪いかなぁって」
小町は今年になってやってきた若い女の先生だ。教師になったばかりらしく、颯太のクラスが初めて受け持つ生徒だとか。
ルックスも悪くない事から男子生徒はもちろん明るい性格も女子から評判が高く、よく相談されるそうだ。
「くん付けで呼ぶのはどうかと思います」
「今更直そうと思ってもねえ……だって、皆と私の年齢も近い事だし、呼び捨てはちょっと気が引けるのよ…」
「そういうもんですか」
「そういうものです」
颯太はそこで兄との約束を思い出した。
「あッ!今日は早く帰らないと行けないんだった!」
「あらそうなの?颯太くんともう少しお喋りしたかったんだけどな、先生」
「そういうわけにも行かないんですよ」
「皆楽しそうに学校生活送っているのに、颯太くんだけいつもどこかつまらなそうにしているから先生気になっていたんだ」
鞄を掴んだ手が止まる。
「学校、つまらない…?」
「………――――先生が悩むことじゃないですよ。それじゃ、俺急いでいるんで!」
颯太は逃げるように鞄を掴むと教室を出て行った。
「つまらない、か……」
残された小町は悲しそうに顔を伏せた。
「母さん!もう俺のゲーム届いた!?」
「あぁ、何だか宅急便がアンタ宛てに来たわね」
「よし!それはどこ!?俺の部屋!?」
「ええ、机に―――」
「ありがとう!」
颯太は家の階段をいつもより数倍速く昇りきると飛び込むように自分の部屋に入る。
「あった!」
机に置かれたダンボールを手に取りベッドへ腰掛ける。
「カッターは」
部屋のテーブルに置かれたカッターを手に取り、箱を開けて行く。
もどかしい。早くプレイしたい。
いつもどこか冷めている颯太はゲームの事だけに対しては熱くなれた。
「おっしゃ!開いた!」
箱から頼んでおいたゲームが今ここに――――――――なかった。
「あ、あれ?」
代わりに出てきたのは一冊の文庫本だった。
「もしかして配達業者の品違い?」
宛先は自分の住所だが、中身が一冊の本だけになっている。
「電話をかけてみるか」
「ごめんくださ~い!」
電話をかけようと携帯を手に持った瞬間玄関に誰か来たようだ。
「お届け物です。こちらにハンコをお願いします」
颯太は携帯を置いて下に降りて行くと、そこにはいつもお世話になっている配達の若い男の人が立っていた。
「あ、颯太君。こんばんは」
「五十嵐さんですか。今日もお疲れ様です」
「颯太君の届け物だよ。これ超人気作の奴じゃん。俺も買ったからさ、仕事終わったらオンライン対戦しよう」
「いいですよ。これ、前作結構やりこんでいましたから、負けて泣かないでくださいね」
「言ってくれるね!俺もプレイ時間カンストしてたし、良い勝負になると思うけどね!それじゃ、また今度ね!君の兄さんにもよろしく言っておいてくれよ」
「はい。残りの仕事も頑張ってください」
ここらへんの地域を担当する五十嵐とはもう顔見知りの仲だ。
最初の頃は全く話もしなかったが、偶然ゲームの趣味も合って今では良きゲーム友達として遊んでいる。
「またゲーム買ったの?アンタ勉強の方はどうなの?」
「成績表は見せているだろ。何も問題はないよ。兄貴も心配するなって言っていたばかりじゃないか」
母親のいつもの口文句を冷静に対処しながら颯太は自分の部屋に戻った。
「なぁ兄貴、今日俺に品違いの届け物が来たんだよ」
「そうなのか?電話はしたか?」
兄とゲームをプレイしながら颯太は机に置いた文庫本を指差した。
「いや、してない。その後ちゃんと五十嵐さんが俺の頼んだゲーム持ってきてくれたし、そのまま話が流れてしまった」
「今頃あっちは大慌てだろうな。一体どんな本なんだ?」
「絵柄から見たところファンタジー系っぽいけど」
兄はゲームを中断すると颯太の机にある本を手に取った。
「見たことがないな。でも、なかなかの厚さじゃないか。たまには本を読んでみるのもいいんじゃないのか?」
「俺が本を?」
「本はいいものだぞ。最近はどうも漢字が苦手な若者は増えているらしい。まぁそれが読書云々に影響しているかは分からないが――――」
「つまり良い機会だから本でも読め、と」
「そういう事だ。まぁ俺は学校で本を読んでいたからお前には俺が読んでいる姿など見たこともないだろうけどな」
「学校の暇つぶしにでもしてみるか」
「宛先もしっかりここの家だし…間違ったとも言えないんだよな……」
兄はダンボールに書かれた宛先を見ながら顔をしかめる。
「どうする?やっぱり返すべき?」
「………いや、このまま貰ってしまおう」
「兄貴ならそう言うと思ったよ。実際中身は一度確認しているはずだし、間違える可能性は限りなく低いと思える。でもなぁ、送られてくる意味が分からない」
「まぁこれは天がお前にゲームばかりしないで本を読めって言っているんだろうな」
ニヤリと笑う兄は本を颯太に投げてきた。
受け取った颯太は何だか納得がいかないような顔もするが、学校の暇つぶしになるか、と無理やり自分を納得させた。
「さて、颯太。さっさとストーリーを終わらせてランキング上げに行こうじゃないか」
「了解。今日はいつまで?」
「とりあえず明日は8時出勤だから5時までやろうか」
「あいよ。疲れて寝落ちすんなよ」
「ゲーマーに寝落ちはつきものだ」
二人はコントローラーを握ってゲームに打ち込み始めた。
午前5時。
兄は2時間休憩すると言って自分の部屋に戻って行った。
颯太と言えば、流石に今寝てしまえば起きる可能性が低いので、このまま起きていようと考えていた。
「今日は確か自習があったはずだしな。その時間帯に寝ればいいか」
欠伸を噛み殺しながら颯太はテーブルに置いていた文庫本を手に取る。
まだラッピングがされており、表紙のタイトルを見た。
「ランゲージバトル……」
余り本は読まない方だったが、颯太はカッターでラッピングを切って本を開いた。
「あ?」
見開きにはこんな事が書いてあった。
ちなみにこれは説明書になります。なくしたり――――
「説明書?まぁいいや」
とりあえず今の文を無視して一体どれくらいのページ数なのか確認していると、ページに挟まれていたカードが落ちてきた。
「なんだこれ…」
そのカードはまるで水が入っているかのように透き通る水色だった。
「何で出来ているんだ…これ…?」
颯太は床に落ちたカードを拾おうとそのカードに触れた瞬間視界が急転した。
「な、なに!?なんだよこれ!?」
まるで宇宙空間にいるような無重力と高速で過ぎ去っていくカラフルな景色。
『ようこそ、ランゲージバトルへ』
「え!?」
『あなたのお名前を入力してください』
颯太の目の前に透き通るキーボードが流れてきた。
「一体何が……どうなって……ってこれカウントダウンありかよ!」
右上に浮かぶ秒数が減り始めている事に気付いた颯太は、漢字は控えてソウタとカタカナ入力をする。
『次に、神器を選んでください』
「はぁ!?」
いきなり視界が変わったかと思えば次は洞窟に颯太はいた。
本物と見間違うほどの地面の質感に颯太は驚くが、颯太の驚きは止まらない。
「な…!なんだよこれ…?!」
目の前に広がる光景は想像を絶する物だった。
巨大な試験管の中に入っている生き物は颯太がよくゲームで見るような魔物ばかりだった。
中には人間らしい者もいたが、意識はないようだ。
「カウントダウンは……ないようだな。よほどしっかり選べという事か」
颯太はとりあえず目の前にいる一つ目の巨人に近づいた。
「ギ、ギガンテスなのか…?」
試験管に名前が記載されており、試験管に触れた瞬間電流が走った。
「いてッ!な、なんだよ!」
『その神器はあなたとリンクできません。他の神器をお探しください』
「選べって言っても合う奴と合わない奴がいるのかよ…」
少し痛む右手をさすりながら颯太は他の神器を探しに歩き出す。
「いっつう…!!」
その後何度も電流に阻まれた。
なかなかカッコいいドラゴンに触れた瞬間電流。可愛い精霊に触れた瞬間電流。間違って肩が試験管に触れた瞬間に電流。
もう颯太の身体はボロボロだった。
「全然ダメじゃん!!俺に合う奴はどこにいるんだよ!!」
『ここだよ、颯太』
「え?」
叫んだ颯太の耳に少女の声が聞こえた気がした。
「電流食らいすぎて頭がイカれたか?」
『ここにいるよ、颯太』
「いや、幻聴じゃない?どこだ?どこにいるんだ?」
『私をここから出して』
颯太は声がする方へ歩いて行く。
彼を呼ぶ声はどんどん大きくなる。
「き、君なのか…?俺を呼ぶのは―――って裸!?」
その試験管には裸の少女は眠っていた。
長い金髪に蒼い瞳。華奢な身体にはいくつもの鎖が繋がれている。
「随分と厳重だな……名前は…えっと……カオスモーメント・レーナ……混沌ってまた不吉な……確かモーメントって力学とかそこらへんだったか?」
颯太は少女の試験管に触れた。
「ああああああああああああああああああッ!!!!!!」
その時凄まじい電流が颯太の身体を流れる。
今までとは比較にもならない電流に颯太はただ悲鳴を上げる。
「うっ…くぅうう……」
電流が収まると颯太は苦悶の声を上げながら試験管に目を向けると、それは壊れ始めた。
試験管が壊れると、少女はゆっくりと階段の下で蹲っている颯太に近づいてくる。
「か、身体が動かない…」
「それは颯太の身体が電気ショックを受けて麻痺しているからだよ」
裸の少女は颯太の顔の前でしゃがむと指で身体を突っつく。
「颯太は私のご主人だよね?」
「え……多分?」
「なら、えいっ!」
「は?」
金髪の少女はなんと颯太の目を抉りだしたのだ。
「私の目あげるね。あ、痛くないでしょ?感覚とか全部カットしてるから私の目をあげるまで待っててね」
「お、お前…な、なな何を……しているんだよ」
グチャグチャと聞いたこともないような音が頭に響いて颯太の身体は震える。
身体が麻痺していなかったらきっとこの場から逃げ出していたはずだ。
取り出した眼球を少女は握りつぶすと黒い炎が手から燃え広がる。
炎が収まると、そこには新しい目が出来ており、少女はそれを颯太の目に戻そうとしている。
「よし、出来た。ちょっと気持ち悪い感覚かもだけど、我慢してね」
「や、やめろ!」
「え?でも、そのままだと現実世界でも左目失ったままだよ?」
「はぁ!?これはゲームじゃないのか!?」
「ん~?もしかして説明書読んでないのかな?まぁそれは私がそっちに行ったらでいいか。とりあえず目をほいっと」
「ぎゃああああ!」
「痛くもないのに声を上げないの」
「じょ、条件反射って奴だよ!!」
また左目に指を突っ込まれて颯太は再び悲鳴を上げた。
少女には颯太の言葉の意味が理解出来ないのか小首を可愛らしく傾げている。
「私の目を装着完了っと。これで見えるでしょ?」
「あ、あぁ……なんだか前よりも見えるような…」
「あともう立ち上がれるはずだよ」
少女に言われるまま颯太は左目を抑えながら立ち上がる。
「それで君は―――」
「長いからレーナ。レーナって呼んでね。颯太」
少女はそう名乗った。
どうも前書きを書かないまた太びです。
龍者を読んでくださってる方は毎度ありがとうございます。新規の方は初めまして!
さて、今回のランゲージバトルですが、本当に気まぐれから出来たものなんですよね。私自身龍者を書くのに詰まった時気分転換で書いていたものなんですが、いつの間にか本気になって書いてしまっていて、投稿することにw
あと、ヤンデレとかメンヘラとか書きたかったから、というのもありますかね。あちらの作品ではすこ~し!出すのにはきつい作品だと思いましたので。
では、これからよろしくお願いします!