第9話
お、遅くなりまして・・・(汗
その笑顔に、カイルを含め集まった人々は、息を止めて見入っていた。
この一月、一度たりとも笑わなかったレティシアが微笑んだ。
自分のこの腕の中で、広場に居る誰かを見つめながら。
自分ではない誰かを見つめながら。
その誰かはすぐ見つかった。
皆レティシアの笑顔に見入っている中で、唯一レティシアと微笑み合っていたからだ。
レティシアと同じ黒い髪と黒い瞳の女だった。
『ねえさま』
そう女の唇が動いた。
『探していた妹か!!』
そう分かってもすぐには動けない。まだお披露目は始まったばかりだ。
このバルコニーでの挨拶の後にはお披露目の宴があるし、後宮入りの儀式もある。
何より、まだ民衆の目がある。
気を取り直し、笑顔を無理やり貼り付け民衆に手を振り続けた。
自分もレティシアの笑顔をもう一度見たいと思いながら・・・・。
バルコニーから離れ、民衆の目が届かぬ所まで来ると、レティシアはカイルに詰め寄った。
「陛下!!民衆の中に妹がおります!」
「分かっている。すぐ近衛に迎えに行かせる。」
一瞬レティシアは何故カイルに妹が広場に居たことが分かったのか不思議そうにしていたが、結局言葉にすることはなく、おとなしく「お願いします。」という言葉を返してきた。
レティシアが妹を見つけたとき、彼女の笑顔にその場に居た人々の目が引き付けられていたことなど、彼女自身はまったく気が付いていなかったらしい。
『この分では、自分が笑顔だったことも気が付いていなさそうだ。』
そう苦笑しながら、宴に出るために衣装を変えるレティシアと別れ、近衛に指示を出し、自分も宴に出るための準備に向かった。
『まったく、女の仕度には何故こう時間がかかるんだ・・・』
そう心の中で毒付きながらカイルは大広間の王族専用控え室でレティシアを待っていた。
宴の主役であるレティシアはカイルと共に広間へ入場することとなっていた。広間には他の側室や貴族がすでに集まり、二人の入場を待っている。先に宴の準備のために部屋へと帰したはずなのに、レティシアの妹のことや宴のことに時間を取られた自分よりも遅いとは・・・・。妹の保護に失敗したことも相まって苛立ちはつのっていた。
そう、妹は結局見つからなかった。
月光の民の象徴である黒い髪と瞳なのだから、大勢の人が集まっている広場からでもすぐに見つけ出し、保護できると思っていた。が、帰ってきた近衛の騎士からは保護はおろか有益な情報さえ得られなかったという報告しか上がってこなかった。
『どうレティシアに言えば良いのか・・・。』
王族の控え室の中には立派なソファやテーブルがあり、すぐにお茶や軽食が取れるよう侍従や侍女もひかえていたが、カイルはイライラと部屋の中を歩き回っていた。
『だいたい、何故俺がこんなに必死になっている?彼女の妹がこの国に居るのは間違いないし他の街へ行く街道にも検問を配置した今、この街からは出られないのだからこんなに焦る必要はないはずだ。』
そう思うものの、何故か釈然としない。思考が検討違いの方向に向いている気がしてならない。
埒が明かないことをぐるぐる考えていると、ノックの音が部屋に響き、女官の声がレティシアの入室を告げた。
そこに居たのは、紅のドレスに身を包んだ、大輪の薔薇のようなレティシアだった。
「遅くなり申し訳ありません。」
その姿に見入っていたカイルは、その言葉に意識を現実に戻した。
紅で統一され、何枚ものシフォンを重ねたドレスの裾は、まさに大輪の薔薇を思わせ、白のドレスとは違った美しさを醸し出していた。
だが、礼儀的にカイルに侘びを言うレティシアに、広場で見せたような笑顔はなかった。
昨日まではそれが普通であったのに、カイルは残念に思った。そして、
もし妹を保護出来ていたなら、もう一度笑顔が見れたかもしれない、と
とても残念に思った。
宴では精霊を登場させるつもりです。
レティシアの力の片鱗を見せるつもりなので、乞うご期待!!