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第97話 出発前日と、血の匂いの噂



 王都に来てからの数日間は、

 なんだかんだであっという間に過ぎていった。


 下水路掃除という名のホラー体験をして、

 王都ギルドから正式に護衛依頼を受けて、

 レオンハルト・エルステッドなんていう

 関わりたくない貴族とも遭遇して。


 そして今は――


「よし、これで……だいたい揃ったか」


 宿の部屋の床いっぱいに、

 道具袋の中身をぶちまけて並べていく。


「保存食、予備の水袋、油、小さな鍋、火打ち石、

 傷薬と包帯、縫い針と糸……」


 ひとつずつ指差し確認。


 こうやって並べると、

 旅の荷物って“生きて帰る気満々の証拠”って感じがする。


「秋人、ロープ忘れてる」


 クレハが即座に指摘してきた。


「前にドルガンが言ってた。

 “ロープ忘れるやつは現場に来るな”って」


「物騒な名言だな……」


 言われて、慌てて荷物の山からロープを引っ張り出す。


「ちゃんと持ってくよ。

 今回は盗賊相手だし、

 捕まえた相手を縛るのにも使うだろ」


「それと人を落とす罠にも」


「クレハ、用途が一気に物騒になるからやめて?」


◇ ◇ ◇


 隣では、ユイが静かに荷物を整理している。


 布袋を三つに分けて、


「これは三人共通の分、

 これはわたしの槍と弓用の予備、

 これは医療系……っと」


「ユイの荷物、相変わらず無駄がないよな」


「旅の準備は、

 “あれば安心”と“なくても困らない”の見極めが大事ですから」


 ユイはきっぱりと言う。


「その点、秋人は――」


「今、なんか言いかけたよね?」


「少なくとも、

 “下着は最低でも三組以上持ちましょう”ってことだけは言っておきます」


「……それは、まぁ、はい」


 言い返せないラインで来るのやめてほしい。


◇ ◇ ◇


「でも、なんだか不思議ですね」


 荷物整理の手を止め、ユイが窓の外を見る。


「最初にこの部屋に来たときは、

 “王都ってどんな場所だろう”って不安でいっぱいだったのに。

 今は、“ラグナスに帰る準備”をしているんですから」


「確かにな」


 俺も窓から見える王都の街並みを眺める。


 高い塔、遠くに見える城壁。

 ラグナスよりずっと“都会”で、

 最初は胸がざわざわしてしょうがなかった。


 今は――


(帰りたい場所が、ちゃんとある)


 そう思えるだけ、少しは成長したのかもしれない。


「ラグナスに帰ったら、

 下水路の話、絶対ボルグさんに笑われますよね」


「“ホラー苦手なくせによう行ったな”とか言いそう」


「やめてください……思い出すだけで鳥肌が……」


 ホラーが苦手なユイが、

 ぞわっと肩を震わせる。


「でも、霊槍でアンデッドをまとめて浄化してたの、

 普通に頼もしかったけどな」


「怖いから、早く終わらせたかっただけです」


「合理的な動機だ」


◇ ◇ ◇


「荷物チェックが終わったら、

 ギルドにもう一度挨拶に行きたいです」


 ユイが振り向く。


「ヘルマンさんにも、

 “出発前の顔見せ”はしておいたほうがいいですし」


「ああ、それと――」


 俺は、さっき酒場で耳にした話を思い出した。


「ギルドで変な噂も聞いたんだよな」


「変な噂?」


「最近、この街道で“普通じゃない獣”が目撃されてるらしい」


 ユイとクレハの視線が、ぴくりと俺に向く。


「獣?」


「うん。

 “熊みたいなんだけど、皮膚の一部が黒くただれてて、

 血を嗅ぐと暴走したみたいになる”とかなんとか」


「……普通じゃないね」


 クレハが淡々と言う。


「それって、魔物?」


「魔物っていうより、

 “魔物の中でも状態がおかしい”って感じで話してたな。

 見た奴ら曰く、“ブラッドベア”って呼ばれてるらしい」


「ブラッドベア……」


 ユイが、少しだけ表情を引き締めた。


「C級相当の魔物ですね。

 出血した相手に執拗に食いつく、凶暴な熊……」


「そう。

 それが、王都から少し離れた街道沿いで

 “やけに頻繁に見られるようになった”って話だ」


「……本来なら、

 騎士団かB級以上のパーティが対処すべき相手です」


 ユイの言葉は冷静だけど、

 その奥に警戒が混じっているのが分かる。


「噂が本当なら、

 わたしたちの護衛ルートにも関わってきますね」


「だな」


 俺も真面目モードに切り替える。


(盗賊ギルドだけでも面倒なのに、

 C級魔物が一緒に出てくる可能性まであるのか……)


「それに、“普通じゃない魔物”って表現、

 ちょっと引っかかる」


 クレハがぽつりと言う。


「ドルガンが言ってた。

 “魔物が増えるのは自然の流れもある。でも、

 質の違うものが急に増えたときは、だいたい誰かの仕業だ”って」


「誰か、ね……」


 王都。貴族。盗賊ギルド。

 オークキングの魔石。


 あまり気分のいい連想じゃない。


「今は、想像するしかできないけど」


 ユイが、グッと拳を握る。


「どう転んでも、

 “護衛対象を守る”っていう目的は変わりません」


「ああ」


 俺も頷く。


「魔物でも盗賊でも、

 来るならまとめて叩き返すだけだ」


「うん」


 クレハが、ほんの少しだけ笑った。


「ちゃんと帰って、

 焼き菓子配る」


「結局そこか」


◇ ◇ ◇


 荷物の整理を終え、

 三人でギルドへ向かう。


 王都ギルド本部の中は、

 昼下がりの時間帯のせいか、

 冒険者と職員のざわめきで賑やかだった。


 受付に挨拶すると、

 すぐにヘルマンが時間を取ってくれた。


「出発前の挨拶か」


 執務室で、ヘルマンが腕を組む。


「準備のほうはどうだ、《フロンティア・ライン》」


「問題ありません」


 ユイが代表して答えた。


「装備と物資の確認も終わりました。

 あとは、明日の朝を待つだけです」


「そうか」


 ヘルマンは頷き、数枚の紙を机に広げる。


「念のため、護衛ルートの最新情報を共有しておこう」


 広げられた地図には、

 王都からラグナスまでの街道が線で示されている。


「ここ数日で、

 このあたり――」


 ヘルマンの指が、

 森に挟まれた細い谷のあたりをトントンと叩く。


「盗賊ギルドらしき連中の影が見えたという報告がある。

 おそらく、お前たちが相手にするのはこの辺りだろう」


「やっぱり、いるんですね」


「いる。

 それと――」


 ヘルマンの指が、別の紙に移った。


「“ブラッドベア”の目撃情報も出ている」


「やっぱり、噂だけじゃなかったんですね」


 ユイの表情が引き締まる。


「ブラッドベアは、C級魔物の中でも厄介だ。

 単体なら対処もできるだろうが、

 盗賊と組まれると一気に面倒になる」


「魔物と盗賊が一緒に?」


「最近、そういう動きがある」


 ヘルマンは短く言う。


「“魔獣使い”を名乗る連中が、

 盗賊ギルドの一派に混じっているらしい」


「魔獣使い……」


 ユイが呟く。


「詳細は掴みきれていない。

 ただ、“普通の魔物とは動きが違う熊”がいたという報告もある」


 “普通じゃない”。


 さっきクレハが言った言葉が頭をよぎる。


「依頼書には“盗賊ギルドの襲撃に備えよ”としか書いていないが、

 実際には魔物混じりの乱戦になる可能性も考えておけ」


「分かりました」


 俺たち三人は、顔を見合わせて頷いた。


◇ ◇ ◇


「怖いか?」


 ふいにヘルマンが、俺に問いを投げてきた。


「正直に言えば、

 ブラッドベア相手に“楽勝”とは思ってません」


 俺は素直に答える。


「でも、

 リゼさんもいる。

それに――」


 隣でユイとクレハが、

 当たり前のようにそこにいる。


「三人でやれるだけやって、

 どうしようもないところは師匠格に頼るつもりです」


「それでいい」


 ヘルマンは短く笑った。


「C級の仕事は、“全部自分でやろうとしないこと”でもある。

 無理をすれば、依頼主にもギルドにも迷惑がかかるからな」


「はい」


「だが、“やれる範囲”は全力でやれ。

 そこで手を抜くようなら、

 冒険者やめて帰れ」


「厳しいですね」


「甘やかす年でもないだろう」


 そう言いつつも、

 ヘルマンの目はどこか楽しそうだった。


「――それともう一つ」


 少し声を落とす。


「レオンハルト・エルステッドの名が、

 この件にどこまで絡むかは分からん。

 だが、“王都から出たら安全”とは思うな」


「……はい」


 名前が出た瞬間、

 部屋の空気が少し重くなった気がした。


「エルステッド家は、

 昔から“妙な魔物”と縁がある家だという噂もある。

 真偽は分からんがな」


「妙な魔物……」


 ブラッドベア。

 血の匂いで暴れる熊。

 普通じゃない魔獣。


(まさか、とは思うけど)


「断言はしない。

 だが、“そういう繋がりがあるかもしれない”という前提で、

 状況を見ておけ」


「分かりました」


◇ ◇ ◇


 ギルドを辞して宿へ戻る道すがら、

 俺たちはさっきの話を反芻していた。


「やっぱり、ただの盗賊退治じゃ済まなそうだね」


「ですね」


 ユイが槍の柄を軽く握る。


「“魔獣使い”が本当にいるなら、

 わたしたちの槍や刀だけでは対処しきれない場面も出てくるかもしれません」


「でも」


 クレハが、小さく言う。


「ブラッドベア、

 倒せたら――経験値美味しそう」


「発想が完全にゲームプレイヤーなんだよな、お前……」


「秋人も、そう思った」


「まぁ、ちょっとは思った」


 隠し通せなかった。


「でも今回は、

 経験値より“ニナと荷物と自分たちの命”が優先だからな」


「分かってる」


 クレハの返事は、いつになく真剣だった。


◇ ◇ ◇


 夜。


 荷物を整え終わり、

 三人でランプの灯りを囲んで簡単な打ち合わせをする。


「明日は、

 ギルド前に日の出少し後の集合」


「ニナの荷馬車は一台。

 リゼさんはその横を歩くとして――」


「わたしは、基本は馬車の前か後ろ。

 状況見て動く」


 クレハが短く言う。


「秋人は前衛兼、

 魔物が出たときの受け止め」


「ユイは前衛と中衛の切り替え、

 あと回復とバフ」


「了解」


 役割を確認し終えて、

 一息ついたところで――


「……ねえ、秋人」


 珍しく、ユイが言い淀んだ。


「ん?」


「もし、

 “普通じゃない魔物”が出てきて、

 わたしたちだけだとどうしようもない状況になったら――」


「そのときは、

 全力で逃げながらリゼさんとドルガンさんを頼る」


 即答した。


「まだ俺たちはC級だ。

 背伸びしすぎて折れるのが一番最悪だからな」


「……そうですね」


 ユイが、ほっとしたように微笑む。


「秋人がそう言うなら、

 安心して槍を振るえます」


「それ、俺の信頼度の話?」


「そうです」


 はっきり言われた。


 悪い気はしない。


「クレハも、

 “逃げるときは全力で逃げる”って約束して」


「分かってる。

 死んだら、ドルガンに怒られる」


「基準がそこなんだよなぁ……」


◇ ◇ ◇


 ランプの火を落とし、

 それぞれの寝床に潜り込む。


 まぶたを閉じる前、

 ふと、窓の外の空気が少し冷たく感じられた。


(ブラッドベア。

 魔獣使い。

 エルステッド家)


 点と点が、まだ線にはなっていない。


 でも――

 そのどこかで、

 確実に誰かが糸を引いているような感覚だけはあった。


「……明日は、ちゃんと起こしてよね、秋人」


「逆じゃない? いつもユイが先に起きてるのに」


「“いつも通り”が一番安心するんですよ」


「そりゃそうだ」


 そんな他愛もない会話を最後に、

 意識が落ちていく。


 明日、

 王都を出る。


 そして、

 ラグナスへ帰る道の途中で――


 俺たちはまだ知らない。

 森の奥で、

 血の匂いに鼻を鳴らしながら待ち構えている

 “何か”の存在を。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

少しでも「おもしろかった」「続きが気になる」と思っていただけましたら、

感想・レビュー・ブックマーク・評価などで応援していただけると、とても励みになります。


皆さまの反応を参考に、今後の更新ペースや展開も調整していきたいと思っています。

誤字脱字なども気づいた点があれば、遠慮なく教えてください。


これからもよろしくお願いします。

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