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第95話 焼き菓子と、甘くない再会ない貴族トラブル


 焼き菓子屋の中は、

 甘い匂いと、ほんのりあたたかい空気で満ちていた。


 棚には、個包装されたクッキーやビスケットがぎっしり並ぶ。


「ラグナスのギルド用に、この箱を二つ。

 “青い灯火亭”用に、この詰め合わせ……」


 ユイが店員さんと一緒に、真面目な顔で箱の数を数えている。


「ドルガンの分、多め」


 クレハが小声で言う。


「甘いもの、好きそう」


「間違いなく好きだな……」


 俺は頷きつつ、並んだ焼き菓子を眺めた。


(ボルグさん、エルナさん、タツミさん……

 誰に何渡すか考えるの、ちょっと楽しいな)


 そんなことを思っていた、そのとき――


 カラン、と扉の鈴が鳴った。


「――ふむ。

 まさか、ここで会うとはな」


 背筋に、ぞわっとした嫌な感覚が走る。


 振り返る前から、誰かは分かった。


 レオンハルト・エルステッド。

 王都の中位貴族にして、

 以前菓子店で俺たちにちょっかいをかけてきた張本人。


◇ ◇ ◇


 振り返ると、

 光沢のある上着をまとった若い男が、

 こちらを見下ろしていた。


 二人の従者を従え、

 まるでここが自分の館であるかのような態度だ。


「やはりきみたちか、《フロンティア・ライン》」


 レオンハルトは口の端だけで笑った。


「C級にしては評判のよいパーティだと聞いていたが――

 焼き菓子を選ぶ姿は、ずいぶん平和的だな」


(ああ、ちゃんと名前まで覚えてやがる……)


 そのくせ、

 “人として”見ている感じは微塵もない。


「ごきげんよう、エルステッド卿」


 ユイが、必要最低限の礼だけして顔を上げた。


「わたしたちは、ラグナスへ帰る準備の買い物の最中です。

 何かご用でしょうか?」


「用なら山ほどあるさ」


 レオンハルトの視線が、ユイをなめるように流れる。


「東方の娘、藤原ユイ。

 槍を振るい、霊的な加護を操るC級冒険者」


 次に、俺へ視線が移る。


「そして、佐藤秋人。

 辺境の道場育ちで、妙な“東の剣”を振るう男」


 最後にクレハ。


「忍びの娘、紅葉。

 影に紛れ、毒と罠に長けた小さな刃――」


「……」


 クレハは表情を変えない。

 だが、瞳の奥が警戒色に染まる。


(フロントラインの構成、完全に把握してるな)


 でも、

 そこに敬意は一切感じられなかった。


「きみたち三人――

 《フロンティア・ライン》は、実に“使い勝手が良さそう”だ」


 レオンハルトは、はっきりとそう言った。


「辺境育ちで、腕は立つ。

 ギルドの制約はあるが、

 貴族の庇護下に置けば、動かし方はいくらでもある」


 言い方が、完全に“駒”を見る目だ。


◇ ◇ ◇


「ですが――」


 レオンハルトの視線が、ユイだけに絞られる。


「本命はきみだ、藤原ユイ」


 ぞわり、と空気が冷えた。


「戦場での足さばき、構え、間合いの取り方。

 先日の王都門前での雑兵共との一件、

 実に見事だった」


(……見てたのか、あの時)


 こいつ、想像以上に周囲を見ている。


「きみは、“飾り”にも“矛”にもなる。

 その髪、その目、その所作。

 どれを取っても王都向けだ」


「光栄ですが、聞きたくない評価です」


 ユイは、氷のような声で言い切った。


「エルステッド卿。

 いえ、先日お会いしたときにも申し上げましたが、

 わたしは“誰かの所有物になるつもりはありません”」


「所有物などと言ってはいない」


 レオンハルトは、わざとらしく肩をすくめる。


「私はただ、“庇護”を申し出ているだけだ。

 C級の身で、この王都で立場を得るのは容易ではないぞ?」


「だからこそ、ギルドを通じて、自分の足で立とうとしています」


 ユイは一歩も引かなかった。


「わたしには、

 ラグナスのギルドと仲間たちがいますから」


 その言葉に、

 クレハがほんの少しだけ目を見開く。


 そして、俺の袖をそっとつまんだ。


(……“仲間たち”に、入ってると思っていいんだよな、これ)


 胸の奥が、少し温かくなる。


◇ ◇ ◇


「仲間、ね」


 レオンハルトの視線が、俺とクレハにも降りてくる。


「C級冒険者パーティ、《フロンティア・ライン》。

 ――辺境育ちの即戦力。

 きみたちをまとめて抱え込めば、

 いろいろと便利だと思ったのだが」


 あまりにもあからさまに“オマケ扱い”されて、

 逆に笑えてきた。


「……便利、ねぇ」


 俺は静かに言った。


「“便利に使う”って発想が出てくる時点で、

 話し合いは難しそうですね」


「秋人は、便利じゃない」


 クレハがさらっと補足する。


「放っておくと勝手にトラブル引き寄せる」


「フォローになってない!」


「でも、“便利な駒”じゃない。

 “隣で戦う人”」


 それは、クレハなりの最大級の評価なのだろう。


 レオンハルトはつまらなさそうに鼻を鳴らした。


「その程度の連帯感は、C級でも持てるか」


「C級でも、ですか」


 ユイがじっとレオンハルトを見据える。


「その“上から目線”が、

 ラグナス育ちのわたしたちには一番合わないのかもしれませんね」


◇ ◇ ◇


 ちょうどその時、

 奥から店主の女性が箱を抱えて出てきた。


「あ、あの……お客様、

 商品おまとめしておきましたので――」


「おっと」


 レオンハルトは、店主の存在を思い出したように笑顔を貼り付けた。


「店に迷惑をかけるつもりはない。

 私は紳士だからな」


「……どの口で」


 ユイが小さくぼそっと言ったが、

 聞こえなかったことにされた。


「藤原ユイ。

 きみが辺境に帰るというのは惜しいが……

 決して、私の目はきみから離れないと思っておけ」


 ぞっとするような台詞を、

 平然と言ってのける。


「それは、脅しですか?」


「忠告だ」


 レオンハルトは踵を返す。


「きみたちが、

 “ギルドの庇護だけでどこまで行けるか――

 興味は尽きない」


 従者を連れて、扉をくぐって出ていった。


 鈴の音が、

 甘い菓子の匂いに似合わず不快に響いた。


◇ ◇ ◇


 レオンハルトの姿が完全に見えなくなってから、

 三人分のため息が同時に漏れた。


「……秋人」


「なんだ」


「さっき、刀の柄に手が行きかけてた」


「無意識だった……」


「今ここで抜いたら、

 さすがにまずいので我慢してくださいね?」


 ユイがジト目でこちらを見る。


「分かってるよ。

 あいつ一人だけならともかく、

 レオンハルトって名前がついてる時点で面倒だし」


「名前、ちゃんと覚えてる」


 クレハが小さく言う。


「敵の名は覚える。

 ドルガンも言ってた」


「そういうところだけ真面目だな、クレハ」


◇ ◇ ◇


 店主が、おそるおそる声をかけてきた。


「あ、あの……ご迷惑を……」


「こちらこそ、騒がしくしてしまってすみません」


 ユイが深く頭を下げる。


「お客様が怪我されたりしなくて、本当によかったです。

 あの方、たまにふらっと来ては、

 店員に絡んでいかれるんですよ……」


「常習犯なんですね」


「ええ……名前を口にするのも怖いですが」


「こっちは、名前までバッチリ覚えましたけどね」


 俺が苦笑すると、店主も少しだけ笑った。


「焼き菓子の箱、

 崩れにくいようにしっかり固定しておきました。

 ラグナスまでの旅路、お気をつけて」


「ありがとうございます」


 ユイが箱を受け取り、

 クレハと俺もそれぞれ分担して抱える。


◇ ◇ ◇


 店を出て、石畳の道を歩きながら――

 俺たちは自然と、ギルドの方向へと足を向けていた。


「……ギルドに報告、だな」


「ですね」


 ユイがきっぱり言う。


「ケーキ屋のときは“軽い遭遇”でしたけど、

 今回は名前も身分もわかっていて、

 こちらの素性も把握したうえで接触してきています」


「しかも、“使える駒”扱い」


 俺が付け足す。


「それに、“目を離さない”って明言されましたし」


「ストーカー宣言みたいなものですね……」


 ニナが苦々しい顔で言う。


「ギルドとしても“王都貴族の一部が冒険者に干渉している”証拠は欲しがってるからさ。

 《フロンティア・ライン》がちゃんとログ残すのは、大事だよ」


「分かってる」


 俺は、焼き菓子の箱を持ち直した。


「ラグナスの皆に、

 笑ってこの話をネタにできるようにしないとな」


 ユイが、ふっと口元を緩める。


「じゃあ、きちんと報告して、

 今日は早めに休みましょう」


「甘いもの食べて休む」


「クレハの優先順位ブレないな……」


 そんなやり取りをしながら、

 俺たちはギルド本部へ向かって歩いていった。


 帰り道を守るために。

 そして、“王都の面倒事”に、

 自分たちなりの線引きをする。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

少しでも「おもしろかった」「続きが気になる」と思っていただけましたら、

感想・レビュー・ブックマーク・評価などで応援していただけると、とても励みになります。


皆さまの反応を参考に、今後の更新ペースや展開も調整していきたいと思っています。

誤字脱字なども気づいた点があれば、遠慮なく教えてください。


これからもよろしくお願いします。

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