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第94話 ニナの指名依頼と、帰り道の準備


 下水路依頼から一日。

 たっぷり風呂に浸かって、ぐっすり寝て――

 ようやく「王都ホラー臭」も体から抜けてきた頃。


 俺たちは、いつも通りギルド本部に顔を出していた。


「……特に急ぎの依頼は、なさそうですね」


 掲示板を眺めながら、ユイがぽつりと呟く。


「小型魔物の討伐とか、荷物運びとか。

 やってもいいけど、ここまで来て“王都でしか受けられない依頼”って感じでもないよな」


「今日は“様子見の日”でもいい」


 クレハが、掲示板の端に寄りかかりながら言う。


「体も、頭も、下水路のあと疲れてる」


「それはある……」


 そんな話をしていると――


「――あ、やっぱりいた!」


 聞き慣れた明るい声が、後ろから飛んできた。


「ニナ?」


 振り返ると、キャラバン商人の娘――

 ニナが、手を振りながら駆け寄ってきた。


「ひさしぶり、ってほどでもないか。

 でも、なんか“ひさしぶり!”って言いたくなるね!」


 王都仕様の軽装に、腰には帳簿用の小さな革袋。

 前よりちょっとだけ“商人の顔”が引き締まって見えた。


「オークション、終わったんだな」


「うん! オークキングの魔石、無事に売れたよ!」


 ニナが胸を張る。


「王都の貴族と魔道具師たちが血走った目で札入れてさ〜。

 最終的に、わたしの想定よりだいぶ高くなっちゃった」


「それは……おめでとう、でいいのかな」


「もちろん!

 秋人たちのおかげだしね」


 そう言って、ニナは少しだけ表情を真面目にした。


「で、本題なんだけど――

 もう王都に用はなくなったから、そろそろラグナスに帰ろうと思っててさ」


「そっか。

 護衛依頼の本番だな」


「うん。正式に、ギルド経由で**《フロンティア・ライン》を指名依頼**してきたよ」


「指名……」


 少し胸がくすぐったくなる言葉だ。


「オークキングの魔石のお金、

 全部ラグナスまで無事に持ち帰らないといけないし」


 ニナが腰のポーチをとん、と叩く。


「王都での売上金も含めて、相当な額の金貨が入ってる。

 絶対、盗賊とかに狙われるからね」


「言い切ったな……」


「現実だからねぇ」


 ニナが肩をすくめる。


「だから、信頼できる人たちじゃないと頼めないの。

 王都の傭兵も悪くないけど――

 わたしとしては、“一緒にここまで来た三人”に頼みたい」


 その言い方が、妙にストレートで。

 ちょっとだけ、胸の奥が温かくなった。


「どうする? 秋人」


 ユイが、俺の顔を覗き込む。


「俺は――」


 即答だった。


「もちろん、やるよ。

 ニナ、ラグナスまで無事に送り届ける」


「ありがとう!」


 ニナがぱぁっと笑う。


「クレハは?」


「……帰り道、危ない。

 でも、“どんな危険か”知るのも大事」


 クレハがこくりと頷く。


「わたしも、賛成」


「じゃあ、三人とも決まりですね」


 ユイが微笑む。


「護衛依頼、正式にお受けします」


「やった!」


 ニナは小さくガッツポーズした。


◇ ◇ ◇


「出発は、三日後の朝にしたいんだ」


 ニナが説明を続ける。


「それまでに、こっちでいろいろ荷物の整理して、

 必要なものを買い足して――」


「俺たちも、帰り道の物資を揃えておいたほうがよさそうだな」


「そうだね。

 行きはラグナス発だったから、

 途中補給も慣れてたけど……帰りは王都発ですし」


「街道沿いの宿場町の情報も、

 ニナに教えてもらう必要がある」


「お任せあれ!」


 ニナが胸を叩く。


「じゃあ、今日は物資の買い出しだな」


「はい。

 保存食、水袋の予備、治療用の薬草、矢と忍具の補充……」


 ユイが“必要なものリスト”をすらすら挙げていく。


(こういうところ、本当助かる……)


「終わったら、少し街を見て回ってもいい?」と、クレハ。


「ああ、ラグナスへのお土産とか?」


「うん。

 ラグナスのみんなに渡す、

 日持ちする焼き菓子とか、買いたい」


「……クレハ、そういうところマメだよな」


「秋人も、一緒に選ぶ」


「もちろん」


「わたしも参加します」


 ユイがすかさず手を挙げる。


「ギルドのみんなや、青い灯火亭の人たちにも渡せるように、

 ちゃんと個包装の焼き菓子とかいいと思います」


「わたしも行っていい?」


 ニナもちゃっかり混ざってきた。


「ラグナスの人たち、甘いもの好き多いし。

 “王都土産”ってだけでテンション上がるよ」


「じゃあ決まりだな」


 こうして、

 帰り道の準備&お土産購入ツアーが決まった。


◇ ◇ ◇


 ギルドをいったん出て、

 俺たちは王都の市場通りへ向かった。


「まずは、物資のほうからにしましょう」


 ユイが仕切る。


「食料、道具、予備品を揃えてから、

 お土産コーナーです」


「賢い」


「甘いもの先に見たら、絶対秋人がそっちに意識持っていかれますから」


「信用ないな!?」


「事実だとおも……」


 クレハが口元に手を当てて、こくこく頷いている。


「二人して俺の食い意地をそんなに高く評価しないで?」


◇ ◇ ◇


 保存食を売る店では、

 干し肉・硬い黒パン・乾燥スープの素を大量購入。


「ラグナス行きなら、この辺りの街道で採れる干し果実もおすすめですよ」


 店主にそう勧められ、

 クレハが真剣な目で干し果物の山を見る。


「それ、買う」


「クレハ、そこは即決なんだな」


「甘いもの、大事」


「わかる」


 次に、薬草&ポーションの店。


「回復薬、軽い毒消し、解熱剤……

 道中で手に入るかもしれないけど、

 “手元にある”という安心感は大きいです」


 ユイが真面目モードで品定めする。

 店主も「あら、わかってるね」とご機嫌だ。


「矢はどうする?」


「予備束を二つほど。

 あと、弓の弦も替えを一本」


「忍具は、爆薬と煙玉の材料、少し追加したい」


 クレハ用の忍具素材も揃えた。


 そして、刀の手入れ用の油も少しだけ補充する。

 タツミの教えを思い出しながら、

 俺は瓶を一本手に取った。


(帰ったら、ちゃんと報告しないとな……)


◇ ◇ ◇


 一通り、旅用の物資が揃ったころ――

 ようやく“お楽しみタイム”がやってきた。


「さて、お土産タイムですね」


 ユイのテンションが少し上がる。


「保存のきく焼き菓子、って言ってたけど、

 どんなのがいい?」


「ラグナスのみんなで分けやすいもの。

 一つずつ包まれてて、

 崩れにくいの」


「それなら――」


 ニナが、通りの少し先を指さした。


「あそこの菓子屋、評判いいよ。

 商人たちもよくまとめ買いしてく」


 指さした先には、

 可愛らしい木の看板を掲げた菓子店が見えた。


 焼きたての匂いが、通りにまで漂ってくる。


「……いい匂い」


 クレハの目が、じわっと輝き始めた。


「入ろう、今すぐ」


「クレハ、すごいスピードで前に出たな」


「甘いもののときだけ、反応が鋭い……」


 ユイが苦笑しながら後を追う。


◇ ◇ ◇


 店の中には、

 焼き菓子が棚一面に並んでいた。


 硬めのビスケット、

 蜂蜜を練り込んだクッキー、

 ナッツ入りの薄焼きクッキー、

 香辛料の効いたスパイスクッキーまである。


「わぁ……」


 クレハが完全に目を奪われている。


「個包装できますか?」


 ユイが店員に確認すると、

 「できますよ」とにこやかな返事。


「じゃあ、ラグナスのギルド用に二十個、

 青い灯火亭用に十個、

 あと……ボルグさんたちにも別枠で」


「ドルガンさんの分、多めに入れとこ」


 クレハが小声で提案する。


「甘いもの好きそう」


「確かに」


 俺も笑う。


「エルナさんにも忘れずにですね」


「怒られそうだしな、忘れたら」


 そんなふうに、

 “誰に何を渡すか”を三人で相談していると――


「――おや?」


 背後から、聞き覚えのある声がした。


 背筋に、いやな感覚が走る。


「……やだ。

 よりによって、このタイミングですか」


 ユイのテンションが一瞬で下がった。


 振り返ると、

 そこには、数日前にユイへ絡んできた、

 あの“王都貴族”の男が立っていた。


 今日は従者を二人連れている。

 上等な服に、悪趣味な装飾。


「きみたち、また会ったね」


 貴族は、口の端だけで笑った。


「東方風の嬢ちゃん。

 あのときは、途中で邪魔が入って残念だったよ」


 その視線が、

 舐めるようにユイを見た。


 俺の中で、

 何かがほんの少しだけ軋む音を立てる。


(……最悪のタイミングだな)


 焼き菓子の甘い匂いが、

 一瞬で遠ざかっていく気がした。


 ラグナスへのお土産を選ぶ

 穏やかな時間のはずが――

 再び、“王都の面倒事”に巻き込まれようとしていた。


 クレハの目が、

 音もなく冷たく細くなる。


 ユイは、

 笑っているけれど目が笑っていない。


 俺は、腰の刀の位置を、

 自然に、しかし確かめるように触った。


(……さて。

 どうやって、穏当に済ませるか――

 もしくは、穏当に済ませられないのか)


 焼き菓子屋の、甘い匂い漂う店内で。

 空気だけが、じわりと冷えていくのを感じていた。



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