第92話 王都の下水路はホラー仕様です(主にユイの精神に)
鉄扉をくぐった瞬間、
空気が変わった――いや、“濁った”。
湿気と腐臭が渦を巻くようにまとわりついてくる。
暗く、狭く、足もとはうっすら滑る。
「……うわぁ……」
素直に声が漏れた。
「秋人、マスク絶対外さないでくださいね……?」
ユイの声は震えている。
ホラーが苦手なのに、こういう依頼をやらねばならないのが冒険者という生き物の宿命らしい。
「クレハは平気そうだな」
「里の地下施設、もっとひどかった。
……ここは、まだ普通」
「基準どこなんだよ……」
クレハは軽やかに先頭を歩く。
俺はランタンを掲げ、
腰の刀の柄にそっと指をかけた。
刀は、タツミの師匠が昔打ったという一本。
古いが、鋭さは現役。
重さも、手に馴染む。
(こんな環境でも、こいつがあるだけで落ち着くな……)
ユイは俺の真後ろ。
槍兼薙刀の穂先を軽く構え、周囲を警戒している。
◇ ◇ ◇
「しかしまあ、
しっかり“人工ダンジョン”してるよな……」
壁は石造り、天井はアーチ。
左右には汚水の流れ。
昔の防衛通路や避難路が混ざり、
長い年月をかけて“迷宮”になったと聞く。
「王都に住むなら、ここは避けて通れませんよ。
C級以下は“最低一度はやれ”って言われるそうですし」
「臭いから逃げてる冒険者は、ヘルマンさんに怒られるって言ってたね」
「言いそう……」
そんな話をしながら進んでいたとき――
「……止まって」
クレハの声が響いた。
「正面、小さい気配。たくさん」
「来たか」
ランタンを少し前へ。
暗闇の先で、黒い影がもぞもぞと動く。
「巨大ネズミ、かな」
「たぶん八匹。左右からも来る」
そして――
「チュギャアア!!」
複数の巨大ネズミが一気に襲いかかってくる。
「俺とクレハが前!
ユイは横と後ろのカバー!」
「了解!」
◇ ◇ ◇
俺は刀を素早く抜き放つ。
鞘から刃が滑り出す瞬間、
空気がわずかに張り詰めた。
「ふッ!」
一歩だけ踏み込み、
横から飛びかかってきたネズミの首筋へ
斜めに斬りつける。
斬撃は深くない。
だが刀身は吸い込まれるように滑り、
ネズミの喉を正確に裂いた。
(……切れ味すごいな、これ)
「秋人、後ろ!」
「わかってる!」
振り返りざまに、
刀を“払う”ように横へ流す。
斬るというより、
切っ先で勢いを与えて転ばせるような動き。
巨大ネズミが一回転して地面に叩きつけられた。
「秋人、刀の扱いうまくなってない?」
「タツミさんの鬼稽古のおかげ……!」
クレハは影のようにネズミの間を動き、
喉・後頭部・心臓――急所を正確に突く。
ユイは横抜けしたネズミを薙刀で受け止め、
一度の動作で二匹まとめて吹き飛ばした。
「やっ!」
ネズミの群れは、数分で静かになった。
「……よし、ここはクリア」
クレハが周囲を確認して告げる。
「しかし刀、こんな汚れる場所でも普通に使えるんだな……」
「帰ったらちゃんと拭いてくださいね。
錆びたら泣きますよ?」
「そりゃ泣くわ」
◇ ◇ ◇
さらに進むと、
天井が少し高くなったエリアに出る。
かすかに――羽音。
「……魔物のコウモリ、だな」
「さっきのネズミより嫌いかも……」
ユイが震え声。
でも槍の構えは崩れない。
「種類は“吸魔コウモリ”。
血と、少し魔力も吸う」
クレハが小さな薬袋を取り出した。
「眠り薬入り煙幕、投げる。
合図したら目つぶって」
「了解!」
「今」
ぱんっ、と破裂音。
薄い煙が広がり――
コウモリがばさばさと落ちてくる。
「今のうち!」
俺は刀の柄尻でコウモリの頭を叩き潰す。
斬るより、こういう“打撃”のほうが効く。
「刀、意外と器用ですね……」
「多分俺がまだ使いこなしてないからだな」
◇ ◇ ◇
そして問題の場所に差し掛かった。
古い木箱が積み上がり、
空気が急に冷たくなる。
「……いる」
クレハが足を止める。
「動物じゃない気配。温度がない」
「アンデッド系、ですね……」
ユイが小さく息を呑む。
ランタンの光が木箱の隙間を照らすと――
白い骨が、かちゃり、と動いた。
「スケルトンか」
「秋人……あの、ちょっとだけ言っておきたいんですが」
後ろからユイの声が震えている。
「私、こういうの、ほんとダメなんです」
「知ってる! 聞いてた!」
「だから急に動かないでくださいね!?
叫んだら刺しますから!」
「怖がりと脅しのコンボやめて!?」
◇ ◇ ◇
スケルトンがぎしぎしと前へにじり寄ってくる。
「足運び、変。斬りづらい」
クレハが警告する。
「斬るより、打ったほうが効くかもな……」
「秋人、気をつけて。骨は弾く」
「了解!」
俺は刀を逆手に持ち替え、
骨の膝関節を“叩き折る”ように打ち込む。
ぱきん、と乾いた音。
スケルトンがバランスを崩す。
「ユイ!」
「任せて!」
ユイの槍が淡い光をまとった。
「《霊槍薙刀》――浄化!」
光の一閃がスケルトンの胴をなでる。
その瞬間、骨が粉のように崩れ落ちた。
「……っ、よし。倒しました」
「ユイ、強いけど顔がひきつってるぞ」
「見た目が! 無理なんですよ!
お化け屋敷も! ゾンビ映画も! 絶対無理ですからね!?」
「でも浄化はめちゃ上手いんだよな……」
「そりゃもう、倒さないと帰れませんし!!」
半泣きで言うユイが可愛い……けど怖い。
◇ ◇ ◇
そのあとも、
ネズミ、スライム、ゾンビ、スケルトンがぽつぽつ現れた。
「《ショック・ボルト》!」
俺の魔法剣から雷が走り、
スライムを震わせて蒸発させる。
「アンデッドは浄化します――ふっ!」
ユイが霊槍で次々と浄化。
クレハは常に先を探り、
足場の悪い場所を見つけては教えてくれる。
「そこ、滑る。秋人、落ちそうな顔してる」
「顔で判断しないで!」
「事実でしょ……?」
ツッコミどころ満載だが、
三人の動きは自然と噛み合っていた。
◇ ◇ ◇
ようやく、最後の目印が見えた。
「ここでルート終了。帰れる」
クレハの言葉に、
三人そろって肩の力が抜けた。
「……生きてる……」
「秋人、さっきも言いましたよ」
「でも実感が湧くんだよ……!」
「私も、もうホラーは当分いいです……」
ユイが泣きそうな笑みで空を見上げる。
「でも、浄化すごかったぞ」
「……褒めても何も出ませんよ?」
「じゃあ俺、次の依頼でホラー要素少ないの選ぶよ」
「絶対ですよ?」
槍の切っ先がほんのり俺の背中方向いてたので、
即答した。
◇ ◇ ◇
階段を登り、鉄扉を抜けた瞬間――
太陽の光と、新鮮な空気が俺たちを包む。
「はぁぁぁ……戻った……!」
「すぐお風呂入りたい……」
「わたしも。
秋人、刀も拭く」
「わかってるよ」
刀についた汚れを見て、
俺は改めて思った。
(……この刀で、本当に戦っていくんだな)
王都での初めての“影の仕事”。
臭くて、汚くて、怖くて――でも。
「帰ろう。報告して、風呂入って、ちゃんと休もう」
「賛成」
「……うん」
こうして、俺たちの
“王都下水路デビュー戦”は幕を閉じた。
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