第91話 朝のステータス確認と、“封印中”のなにか
王都三日目の朝。
《銀の輪亭》の三人部屋に、
まだ少し冷たい朝の光が差し込んでいた。
硬すぎず柔らかすぎないベッド。
鼻をくすぐる、パンとスープの匂い。
(……ここ、ラグナスじゃなくて王都か)
一瞬だけ、いつもの《青い灯火亭》と頭の中で混ざりそうになって、
ようやく意識が浮かんでくる。
「……ふぁ」
ベッドの上で大きく伸びをしたところで――
「秋人、起きてますよね?」
隣のベッドから、ユイの声。
「んー……今、OS起動中……」
「比喩がオタクっぽいですよ」
呆れたような声が返ってくる。
反対側のベッドでは、
クレハが毛布を頭からかぶったまま、じっと天井を見ていた。
「クレハは?」
「……起きてる。さっきから、秋人の寝言、全部聞いてた」
「今すぐログ消去してもらっていいかな?」
「無理。保存した」
「やめて?」
◇ ◇ ◇
「で、“ちょうどいい”って顔してるけど、何する気だ?」
まだ半分寝ぼけたまま訊ねると、
ユイがきゅっと背筋を伸ばした。
「ステータス確認です」
「ああ、そういえば最近ちゃんと見てなかったな」
「ラグナスの教会でエルナさんに診てもらったとき、
私たち、レベル十八でしたよね」
「だな」
「そのあと――」
ユイが指を折っていく。
「ロックシェルリザード、盗賊団の拠点、ゴブリンの巣、
オークの群れから村を守る防衛戦、
オークキング戦の前線、
それから王都までの護衛依頼」
「並べるとだいぶハードスケジュールだな」
「なので、レベルが据え置きのほうが不自然です」
「たしかに」
王都に来てからは、上には上がいすぎて、
自分たちがどのあたりにいるのか、感覚がちょっとバグっていた。
「今日は“下水路”みたいな足場も視界も悪い場所に行くんですから。
ちゃんと“今の自分たちの状態”を把握しておきましょう」
「正論すぎて反論できない……」
「クレハも、それでいい?」
「……うん」
毛布をずりずり下げながら、クレハが小さく頷く。
「自分の足の長さ、わかってないと、
落ちる」
「例えが忍びすぎるんよ」
◇ ◇ ◇
「じゃ、やるか」
ベッドの上であぐらをかき、軽く手を組む。
「ステータス・オープン」
短い言葉に反応して、
視界の端に淡い光の板がふわりと開いた。
◇ ◇ ◇
【名前】アキト
【種族】人間
【レベル】30
【職業】見習い剣士
【HP】180/180
【MP】260/260
【筋力】28
【敏捷】28
【知力】30
【精神】32
【器用】20
【運】12
【固有特典】
《魔力適性:全属性》
《???(封印中)》
【スキル】
《実戦剣術・上級》
《回避行動・上級》
《魔力操作・上級》
《初級魔法(火・風・水・土)》
《中級魔法(雷・光)》
《魔法剣・中級》
◇ ◇ ◇
「……おお」
素直に声が出た。
ラグナスに来たばかりの頃は、
筋力も敏捷も十台前半だったのに。
今は、数字だけ見れば、
そこそこ“冒険者やってます”って胸張って言えるラインに来ている。
「三十まで上がってますね」
ユイが、俺のステータスを覗き込みながら言う。
「筋力と敏捷がバランスよく伸びてますし、
知力と精神はさすが全属性魔力持ち、って感じです」
「オークの群れとかオークキング戦とか、
あれだけやって上がってなかったら泣くとこだったな……」
あの村防衛戦の光景を思い出して、
ちょっと背筋が伸びる。
「スキルも、“中級”が増えてきましたね」
「リゼとドルガンに“基礎から叩き込まれた”結果だな……」
「“叩き込まれた”って言い方やめましょう?
一応、指導なんですから」
「体感はスパルタ合宿なんだよなぁ」
苦笑しつつ、視線を固有特典欄に移した瞬間――
「……あ」
そこに並んだ二行目で、思わず声が止まった。
《???(封印中)》
「また出てる、これ……」
女神のステータス画面で一度だけ見た、
“正体不明のなにか”。
こっちのステータスにも、しれっと表示されている。
「前にも、見えてましたよね」
ユイが少しだけ真面目な表情になる。
「女神様のところでステータス見せられたとき」
「うん。あの時も“???”ってだけで、中身は分からなかった」
指で触れてみても、特に説明は出ない。
ただ、“封印中”の文字だけが、こちらを見返してくる。
「……なんだと思う?」
思わず口からこぼれた問いに、
ユイは一瞬だけ言葉を選ぶように黙り込んだ。
「正直、今の私たちがいじっていいものには見えません」
「だよな」
「女神様レベルの存在が“封印中”ってラベル貼ってるんです。
好奇心でつついていい箱じゃない気がします」
「好奇心で箱開けて大惨事になる話、ゲームでもよく見るしな……」
自分で言ってて、妙に説得力を感じてしまう。
「……秋人」
ずっと黙っていたクレハが、
ふいに小さく呼びかけた。
「それ、“ある”ってことだけは、覚えておいて」
「中身は分からなくても、ってことか?」
「うん。
今はいらない。
でも、いつか必要になるかもしれない」
その言い方が、妙に胸に残った。
「……わかった。
今は“封印されてる謎スキル”くらいの扱いで、放置しとく」
「それがいいと思います」
ユイも、ほっとしたように頷く。
「今は、目の前のステータスで精一杯ですよ」
◇ ◇ ◇
「じゃ、次は私ですね」
ユイがするりとベッドから降りて、
俺の正面で手を合わせる。
「ステータス・オープン」
◇ ◇ ◇
【名前】ユイ
【種族】人間
【レベル】30
【職業】槍術士
【HP】170/170
【MP】160/160
【筋力】26
【敏捷】33
【知力】28
【精神】29
【器用】22
【運】13
【固有特典】
《守護の加護》
《霊槍薙刀》
《絆感知》
【スキル】
《槍術・上級》
《薙刀術・上級》
《弓術・上級》
《間合い感知・上級》
《回復魔法・中級》
《強化魔法・中級》
《簡易結界術・中級》
◇ ◇ ◇
「はい、強い」
見た瞬間、思わずそう言っていた。
「敏捷三十三、槍と薙刀の両方が上級、弓も上級。
正直、“前衛に一人いると安心感が桁違いな人”って感じ」
「ふふん」
ユイが、ちょっとだけ得意そうに胸を張る。
「秋人のおばあちゃんの稽古のおかげですから。
こっちの世界でも、身体が先に反応してくれるんですよね」
「オークキング戦のときの動きとか、
横で見てて“あ、これ敵に回しちゃいけないやつだ”って思ったもんな……」
「敵に回さないでくださいね?」
「そこは全力で味方でいてくださいってお願いしたい」
「ならいいです」
口調は軽いけど、
数字を見ると、その“頼りになる感”がよりはっきりした。
「回復と強化も中級か」
「エルナさんのスパルタのおかげですね。
軽傷と、ちょっとした状態異常なら、現場でなんとかできます」
「前衛しながらそれできるの、普通に反則なんだよな……」
「そこは“ありがたい”って素直に感謝しておいてください」
「はい、ありがとうございます」
「よろしい」
なぜか先生に合格もらった生徒みたいな気分になった。
◇ ◇ ◇
「……じゃ、わたし」
毛布からようやく這い出たクレハが、
ベッドの端にちょこんと座って、小さく息を吸う。
「ステータス・オープン」
◇ ◇ ◇
【名前】クレハ
【種族】人間
【レベル】30
【職業】斥候・忍び
【HP】160/160
【MP】200/200
【筋力】24
【敏捷】45
【知力】20
【精神】26
【器用】32
【運】12
【固有特典】
《影走り》
《隠密強化》
《毒と薬の知識》
【スキル】
《短剣術・上級》
《投擲術・上級》
《気配察知・最上級》
《罠術・上級》
《拘束忍術・上級》
《爆薬術・中級》
《煙幕術・中級》
◇ ◇ ◇
「敏捷四十五はやりすぎじゃない?」
思わず二度見した。
「数字バグってない?」
「……ドルガンのしごきの、おかげ」
クレハはいつも通りの無表情だけど、
耳の先がほんのり赤い。
「“速く動けない斥候は、遠くから見える的だ”って言われた」
「あの人、そういうこと平然と言うよな……」
「街から外までの道、
“気配消して全力で往復”とか、何十回もやらされたし」
「聞いてるだけで脚つりそうなんだけど」
「器用三十二も、なかなかの数字です」
ユイが覗き込みながら言う。
「罠も投げ物も、細かい動きも、
全部“手慣れてる”って感じですね」
「《気配察知・最上級》ってのも怖いんだよな……」
「……前より、“嫌な気配”が遠くからわかる」
クレハが静かに言った。
「盗賊のアジトとか、ゴブリンの巣とか、
オークの群れとか。
“ここに行ったらまずい”って場所、
肌で分かる」
「それ、命綱中の命綱じゃん」
「爆薬と煙幕も、中級まで上がってますね」
「村を守るときとか、盗賊退治とか、
いっぱい使ったから」
言い方は物騒だけど、
その爆薬と煙幕に救われた場面は、いくつもあった。
「……まとめると、“敵に回したくない人ランキング一位”だな」
「味方でいてください。ほんとに」
「味方」
クレハは、ほんの少しだけ目を細めた。
「秋人とユイの、味方はする。
約束したから」
「うん、それでいい。それが一番心強い」
◇ ◇ ◇
三人分のステータスウィンドウが、
部屋の空中に並んで浮かんでいる。
こうして並べてみると――
「……ちゃんと“前線パーティ”って感じになってきたな」
ぽろっと言葉が出た。
「前に出て戦う剣士と、
前線維持しながら回復・強化もできる槍術士と、
斥候と撹乱と拘束を担当する忍び」
「バランスは、かなりいいと思います」
ユイが頷く。
「アキトは攻撃と魔法の両立。
私は前衛+支援。
クレハは視界と情報と妨害」
「三人ともレベル三十。数字だけ見れば、
ラグナス時代よりだいぶ“それっぽい”」
「……でも」
クレハが、ぽつりと言葉を足した。
「リゼやドルガン、
タツミ、エルナ見てると、まだまだって感じ」
「それは本当にそう」
王都に来る前、
オークキング戦で見せてもらった“本物のSランク”の動きは、
今思い出しても、完全に別次元だった。
「だからこそ、ですね」
ユイがきっぱりと言う。
「ここで“私たち、もう結構強いし”って浮かれたら――
多分、下水路みたいな場所で足元すくわれます」
「その現実の突きつけ方やめて?」
「でも事実です」
ぐうの音も出ない。
◇ ◇ ◇
「よし。数字の確認は終わりっと」
俺は指先で自分のウィンドウを軽くなぞる。
淡い光がふっと消え、
何もない空間だけが残った。
《???(封印中)》
さっき見た、その一行だけが、
じんわりと頭の片隅に残っている。
(……まあ、今はいいか)
それを無理やりこじ開けるより、
まずは目の前の経験値と依頼を積み上げるほうが先だ。
「じゃ、現実的な問題に戻るぞ」
「現実的な問題?」
「朝ごはんだ」
「重要案件ですね!」
ユイが即答する。
「ご飯は、HPとMPとメンタルの回復に直結しますから」
「それは否定できない」
クレハもこくりと頷いた。
「おなか空いてると、判断鈍る。
里でも、“空腹で任務に出るな”って言われた」
「里の教訓、いちいちリアルなんだよな……」
「だから、ちゃんと食べる」
クレハはベッドからぴょんと降りて、
毛布を軽く畳んだ。
「で、そのあとギルド行って、
下水路の依頼受けて――」
「ヘルマンさんに、“ちゃんと休んだ顔”見せて」
ユイが少しだけ柔らかく笑う。
「それから、王都の“お腹の中”を見に行きましょう」
「その言い方やっぱり胃が痛くなるんだよな……」
でも、昨日ギルドマスターが言っていた言葉を思い出す。
――街を守る者は、街の腹の中を知らなければならない。
◇ ◇ ◇
部屋を出る前、
ふとドアノブに手をかけたところで、軽く目を閉じた。
頭の中で、ラグナスの顔ぶれを順番に思い浮かべる。
ミリアとボルグ。
タツミ。マリーとリナ。
エルナ。エドガーとクラリスとレオン。
ギルドで知り合った冒険者たち。
(ちょっと王都の下水、見てくる)
(ちゃんと生きて帰るから、待ってろよ)
声には出さない。
でも、はっきりとそう決めて。
「……よし、行くか」
「はい」
「うん」
三人で並んで部屋を出る。
ステータスウィンドウは消えた。
《???(封印中)》も、今はただの文字だ。
それでも、
数字に刻まれたここまでの旅路と、
まだ開いていない“何か”の存在を背中に感じながら――
俺たちは、王都の“腹の中”へ向かう一日を始めることにした。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
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