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第9話 キャラバン商人ニナと、財布の中身



「へえ〜、新人さんって感じじゃないねぇ」


 三つ編みの少女は、じろじろと俺たちを眺めながら言った。


 年はたぶん俺たちと同じか、少し下か。

 明るい茶色の髪をきゅっと三つ編みにしてまとめ、腰には小袋がじゃらじゃらぶら下がっている。


「旅のキャラバン“風走り隊”所属、商人見習いのニナちゃんだよ。よろしくね、お兄さんたち」


「よろしくお願いします。ギルド登録したばかりの、アキトです」


「ユイです」


「クレハ」


 三人で順番に名乗ると、ニナはにやっと笑った。


「ふーん、アキトにユイにクレハ……なんか、“物語の主人公パーティ”っぽい名前だね」


「実際、物語やってる気分ですよ、今」


 思わず本音が漏れる。


「で、さっきの匂いは?」


「これこれ!」


 ニナは、荷馬車の横から木箱をガサガサと引っ張り出した。


 中には、小さな焼き菓子がぎっしり詰まっている。

 丸くて、表面に砂糖がまぶされたクッキーみたいなやつだ。


「旅するキャラバン特製、ハチミツとナッツの焼き菓子! 一袋銅貨1枚、今ならオマケで二つ増量!」


「オマケ前提の値段でしょそれ」


「商売は勢いとノリだよ、お兄さん」


 ニナが笑う。


 甘い匂いが、さらに濃く鼻をくすぐった。


(うわ……絶対うまいやつだ、これ)


 俺だけじゃない。

 隣でユイの視線も焼き菓子に釘付けだし、クレハなんてさっきから微妙に尻尾生えてるんじゃないかってくらいわかりやすい。


「……食べたい?」


 小声で聞くと、クレハがこくこく頷いた。


「少しだけ」


「秋人くんもでしょ?」


「そりゃそうだけど」


 問題は、財布事情だ。


(今の持ち金、三人で銅貨16枚。宿代で今日と明日を確保して……)


 頭の中でざっくり計算していると、ニナがニヤッと笑った。


「新人さんでしょ? さっきギルドにいたよね。ウルフ素材売ってた子たち」


「見てたのか」


「商人は観察が命だからね〜」


 胸を張る。


「じゃ、初めまして記念ってことで、特別サービスしよっか」


「サービス?」


「今だけ、“アキトパーティ特別お試しセット”。焼き菓子三人分で銅貨1枚」


「安っ」


 素で声が出た。


「ただし、条件が一つ」


 ニナが指を一本立てる。


「今度、うちのキャラバンが街を出るとき、もし暇してたら護衛依頼、受けてね?」


「あー、そういう……」


 さすが商人。

 ただの好意じゃなくて、ちゃんと先行投資なんだな。


 ユイが俺の顔を見る。

 クレハも、じっとこちらを見ている。


(……断る理由、ないよな)


 まだ依頼を受けられるほどの余裕があるかは分からないけど、将来的な話だし。


「いいよ。ギルド経由で依頼出すなら、そのとき俺たちが空いてたら、優先して受ける」


 そう答えると、ニナの顔がぱっと明るくなった。


「約束だよ?」


「ああ、約束する」


「よし、契約成立!」


 ペチン、と手を叩く。


「じゃあ焼き菓子ね、ちょっと待ってて」


 ちゃっちゃと紙袋を三つ用意し、それぞれの中に焼き菓子を数個ずつ詰めていく。


「はい、アキトの分」


「ありがとう」


 ずっしり、というほどではないけど、ちゃんと“おやつ”って感じの重み。


「ユイの分」


「ありがとうございます」


「クレハの分」


「……ありがとう」


 三人分を渡し終えたニナは、満足そうに腰に手を当てた。


「うん、これで“お腹空きすぎて倒れました”って言い訳は使えないからね?」


「使う予定なかったよ」


「冒険者の新人、結構やるからねぇ? お金ケチってろくなもの食べずに、力出なくてピンチとか」


 言いそうで怖い。


「君は旅の商人なんだよな?」


「うん。ラグナスはよく来るけど、定住はしてないよ。

 山の向こうの街とか、王都とか、季節ごとにあちこち回ってる」


「王都……」


 思わず反応してしまう。


「この国の中心?」


「うん。でっかい城と、もっとでっかいお城みたいなお屋敷がいっぱいあるよ。

 あ、ラグナスの領主様のお屋敷も、あっちの通りをずっと奥に行った先にあるんだ」


「領主様……」


 その単語で、なぜか遠くに感じていた“この街の上の方”の世界が、少しだけ近くなった気がした。


「ちなみにさ」


 ニナが、ふらっと一歩近づいてくる。


「お兄さんたち、どこ出身なの?」


「えっと……東の方の、ちっちゃい村」


 さっきギルドで使った設定をそのまま流用する。


「ふーん。訛りはあんまりないね」


「標準語なんで」


「ひょうじゅ……?」


「なんでもないです」


 危ない危ない。


 ニナは気にした様子もなく、「ふーん」とまた興味深そうに頷いた。


「まあいっか。変なことする人じゃなさそうだし。

 そういう顔してないもんね」


「どんな顔?」


「“人を売ったり騙したりする顔”じゃないってこと」


 にっこり笑って言われると、なんだか少し誇らしい。


「商人って、そこ見るんだな……」


「そりゃそうでしょ。誰と取引するかで、こっちの命も懐も変わるんだから」


 ニナは、ぽん、と自分の胸を叩いた。


「だからさ、あたし、好きだよ。そういう“ちょっと危なっかしいけど真面目そうな冒険者”」


「危なっかしいは余計だと思う」


「だって真面目なだけで強かったら、この世から倒産なくなってるって」


 妙に説得力がある。


「ユイはどう思う?」


 いきなり話題を振られて、ユイが一瞬固まった。


「え、私?」


「うんうん。“秋人くんのことどう思ってるの?”って聞いたら、ここで教えてくれる?」


「聞き方ストレートすぎません?」


 俺が慌てて横やりを入れる。


 ユイは、ほんの一瞬だけ目を伏せてから──


「……放っておけない人、です」


 静かにそう言った。


「昔から、危なっかしいところばっかりで。

 でも、困ってる人を見捨てられないところもあって。

 そのくせ、自分が危ないときは“なんとかなるだろ”って笑ってるから」


 横顔を見ないようにしながら、話を聞く。


「だから、できれば“なんとかする前に止めたい”ですね」


「うわぁ……」


 ニナが感心した声を出した。


「なんか、すっごく伝わってくるんだけど。ねえ、お兄さん」


「はい」


「逃げ道なくなってきてる感じ、してる?」


「すごくしてる」


 心の底からの本音が出た。


「クレハは?」


 矛先が、今度はクレハに向かう。


「アキトのこと、どう思ってる?」


「……主」


「それはさっきも聞いたけど」


「守りたい人」


 クレハは、迷いなく言った。


 それから、少しだけ言葉を探すように目を動かして──


「たぶん、アキトは、自分のことより他の人を先に守る。

 だから、そうなる前に、私が守る」


「……」


 ユイの言葉と、微妙に似ている。


 方向性も温度も違うのに、根っこが同じだ。


 ニナが、これでもかってくらいニヤニヤしながらうなずいている。


「はい、よく分かりました!」


「なにが」


「アキト、モテモテ」


「そのまとめ方雑すぎない?」


 顔が熱い。

 焼き菓子のせいにするには無理があるレベルで熱い。


「でも、いいね」


 ニナは、少し真面目な顔になった。


「この街に来る冒険者って、だいたい最初は一人だったり、バラバラの寄せ集めだったりするからさ。

 最初から“守りたい人”がはっきりしてるのって、案外強いよ」


「……そういうもん?」


「うん。逃げない理由、折れない理由になるからね」


 さらっと、商人に似合わないことを言う。


 でも、この世界を旅してきた人間の言葉って感じがした。


「ま、そんなわけで!」


 ニナはパッと表情を切り替えた。


「焼き菓子は、今食べてもいいし、宿に持ち帰ってもいいよ。

 うちのキャラバンは、しばらくこの街にいるから、また何か買いたいときは来てね!」


「そのときは、ちゃんと正規の値段で買うよ」


「期待してる!」


 ニナが、ひらひらと手を振る。


 俺たちも軽く手を振り返して、屋台から離れた。


◇ ◇ ◇


 少し人の少ない小さな広場まで歩いてから、俺たちは焼き菓子の袋を開けた。


「……うまっ」


 一口かじった瞬間、衝撃が走る。


 外はさくさく、中は少ししっとりしていて、ナッツの香ばしさとハチミツの甘さが広がる。


「やばいねこれ」


「日本円換算でいくらくらいだろ」


「そういう考え方やめよ?」


 ユイも笑いながらぱくぱく食べている。


 クレハはというと──


「……」


 無言で、じーっと焼き菓子を見つめていた。


「どうした、クレハ」


「もったいない」


「もうその発想が子ども」


「でも、食べる」


 一口かじって──目を見開いた。


「おいしい」


「だろ?」


「アキトの分、ひとつちょうだい」


「即おかわり要求すんな」


 言いつつ、一つ余分に渡してしまう。

 クレハが、満足そうに二個目を大事そうにかじる。


「……秋人くん」


「ん?」


「私のも、一個あげる」


 ユイが、ちょっとだけ照れくさそうに焼き菓子を差し出してきた。


「え、いいの?」


「うん。……半分こ、しよ?」


 その言い方が、なんかずるい。


「分かった」


 小さく笑って、それを半分に割って、一緒に口に入れる。


 甘さが、さっきより少し濃く感じた。


(ああ、こういうのが“異世界の日常”なんだな)


 剣や魔法やクエストだけじゃなくて。

 こういう、しょうもない会話と、甘いおやつと、誰かと半分こする時間。


 そういうものも全部セットで、この世界で生きるってことなんだろう。


「午後、どうする?」


 焼き菓子を食べ終えて、ユイが言った。


「武器を取りに行く時間までは、少しあるよね」


「そうだな……」


 ギルドで依頼を覗いてみるのもいいし、街を歩いて情報を集めるのもいい。

 教会や広場、領主の屋敷の外観だけ見ておくのも悪くない。


 選択肢は、急に増えた。


「まずは──」


 そう口を開きかけたとき。


 どこからか、鐘の音が聞こえた。


 街の中心から、ゆったりと響く音。


 その響きが、ラグナスという街のリズムを刻んでいるみたいで、

 俺は一瞬だけ、立ち止まって空を見上げた。


 青空。行き交う人。

 ショートソードと、まだ使い慣れていない魔法。

 そして、隣にいる二人。


(……ちゃんと“ここ”で、何かを積み重ねていけたらいいな)


 そんなことを考えながら、

 俺たちは、次の一歩を決めるために顔を見合わせた。


つづく

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