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第89話 王都中央市場と、“噂より近い火種”



 王都中央市場は、想像以上の熱気だった。


 石畳の広場いっぱいに、色とりどりの屋台と常設の店。

 香辛料の匂い、焼けた肉の匂い、魚と野菜と果物の匂いが、

 ごちゃっと混ざって鼻を刺激してくる。


「わぁ……」


 ユイが素直に感嘆の声を漏らす。


「ラグナスの市場も賑やかだけど、

 こっちは“人の多さ”が一段階違いますね」


「視界に人と物が多すぎて、逆に目が滑る……」


 俺も思わず苦笑した。


 荷車を押す商人、

 値切り交渉をする主婦、

 見慣れない装束の旅の商人たち。


 まさに“王都の台所”って感じだ。


「さっきの地図だと……」


 依頼票と一緒にもらった簡易地図を広げる。


「市場中央に“詰所”があるって言ってたな。

 まずはそこに行って挨拶」


「了解」


「了解」


 三人で人ごみを縫うように歩いていく。


 途中、クレハが小声で言った。


「スリ、三人」


「早いな」


「右側、赤い帽子の少年。あと左の路地に二人」


「今はまだ放っといていい。

 依頼主と話してからだ」


「うん。顔だけ覚える」


 クレハの目が一瞬だけ鋭くなり、

 すぐにいつもの無表情に戻った。


◇ ◇ ◇


 市場のど真ん中に、

 石造りの小さな建物があった。


 「市場管理詰所」と書かれた看板。

 出入りする人の服装からして、

 ここが市場の“役所”的な場所らしい。


「失礼します」


 中に入ると、

 帳簿と書類の山に囲まれた男が、

 机の上の字と格闘していた。


「今忙しい、用件は後に――

 ……って、あんたら見ねぇ顔だな」


 男はペンを置いて顔を上げた。


 年は四十代半ば。

 日に焼けた肌と腕、

 しぶとそうな目。


「ギルドからの依頼で来ました。《フロンティア・ライン》です」


「ああ、あんたらが」


 男の目が少し和らぐ。


「王都ギルド本部経由だって聞いてたからな。

 悪いが、座る椅子はねぇ。立ったまま聞いてくれ」


「大丈夫です」


「俺はここの主任、マルコってもんだ。

 よろしくな、若いの」


「よろしくお願いします」


 マルコさんは机の上の書類をまとめ、

 市場の方角を顎でしゃくった。


「最近な、この市場でトラブルが増えててな」


「盗難、とかですか?」


 ユイが尋ねる。


「それもある。

 スリ、万引き、小競り合い。

 それに――」


 マルコさんは、少しだけ眉をひそめた。


「他領から来た商人と、地元商人の揉め事だ。

 物価の違いだの、税だの、席の取り合いだの……

 細けぇ火種がやたら増えてる」


「それで“見張り”なんですね」


「そういうことだ」


 マルコさんは、俺たちを順番に見た。


「ギルドには、“武力で黙らせろ”って頼んだ覚えはねぇ。

 あくまで“いるだけで抑止力になる目”が欲しいんだ」


「なるほど」


 “剣を抜かないほうが仕事になる依頼”ってことだ。


「市場の奴らもな、

 “ギルドの若いのが見てる”ってわかりゃ、

 そうそう手も出しづらくなる」


「ただ、どうしようもねぇ喧嘩は?」


「そのときは止めてもらいたい。

 できりゃ“怪我人が出る前に”な」


 マルコさんの目が、ほんのわずか鋭くなる。


「ここは“王都の台所”だ。

 血で汚したくねぇ」


 その言葉には、

 この市場への愛情と責任感が滲んでいた。


「任せてください」


 素直にそう言えた。


「今日は、とりあえず様子見も兼ねて歩き回る。

 問題ありそうな場所があれば教えてもらえますか?」


「そうだな……」


 マルコさんは市場の簡易地図を取り出し、

 いくつかの場所に印をつけていく。


「まずここ。南側入口近くの野菜エリア。

 最近他領の商人が安売りしすぎて、地元とちょいピリってる」


「値段の問題……」


「次、魚エリアのここ。

 荷物置き場が狭くて、荷車同士の接触が多い」


「物理的にぶつかるほうの揉め事ですね」


「そういうこった。

 あと――」


 マルコさんは、最後に市場の北側を指さした。


「ここに、最近“新しく店出した連中”がいる。

 身元はギルドと領主が一応確認したらしいが……

 どうにも話し方が気に入らねぇ」


「気に入らねぇ?」


「客は客。

 けど、“他人を見下してる目”ってのは、どうにも好きになれねぇんだ」


 マルコさんは、

 詰め物だらけの机を拳でトンと叩いた。


「だから、そこいらもついでに見といてくれ」


「わかりました」


 俺たちは簡易地図を受け取り、

 詰所を後にした。


◇ ◇ ◇


「どうする?」


 市場を歩き始めながら、ユイが聞く。


「とりあえず、一周して“空気”見るのが先だな。

 問題ありそうなとこは、だいたい雰囲気でわかる」


「秋人、“揉め事レーダー”結構当たる」


「それ褒めてる?」


「褒めてる」


「ならいいけど」


 人ごみの中を歩きながら、

 俺は“目の使い方”を少し変えた。


 道場で祖父に叩き込まれた、“間合い”の見方。


 人の肩の動き、

 足の向き、

 視線の流れ。


 そういうものをまとめて眺めると、

 “ぶつかりそうな場所”や“イライラしてる人間”が、

 自然と目に入ってくる。


「……あそこ」


 荷車が何台も並ぶ一角で、

 二人の男が向かい合って立っていた。


 片方は、地元商人らしい、よく焼けた肌の中年。

 もう片方は、よそ者風の服装をした男だ。


 声はまだそこまで荒くないが、

 互いの距離がちょっと近い。


(ああ、これ“あと一押しで口喧嘩→掴み合いコース”のやつだ)


「ユイ、クレハ」


「うん」


「了解」


 三人で、自然に距離を詰める。


◇ ◇ ◇


「だからよ、この場所は俺の荷車が――」


「そう言われてもだな、こっちも詰所のほうから“今日はここまで下がれ”って――」


 言葉のキャッチボールはまだギリギリ成立している。


 でも、中年のほうの肩はピクピク動き出していて、

 よそ者のほうはわずかに顎が上がっている。


 ここで変な一言が出たら、

 もう止まらないやつだ。


「すみません」


 俺は、二人のちょうど横に入り込むようにして声をかけた。


 距離は、組み手で言う“相手の爪先が届かないギリギリの間合い”。

 両方から簡単には手が出せない位置だ。


「ギルドから市場の見張り依頼で来た冒険者です。

 少しお話、聞いてもいいですか?」


「ギルド?」


 中年商人が目を瞬かせる。


 よそ者のほうは、わずかに表情を引き締めた。


「何だ、揉め事でもないのにギルドが出てくるのか?」


「揉め事になる前に、です」


 ユイが穏やかな笑顔で言う。


「市場の責任者の方から、“上手く回ってないところを見てほしい”と頼まれているんです。

 どちらが悪い、という話ではなくて」


 言い方が上手い。


 “どっちかを責めに来たわけじゃない”ってことを、

 ちゃんと最初に示している。


「……ふん」


 よそ者商人が肩をすくめる。


「悪いが、うちは詰所の指示どおり動いてるだけだ。

 そこのおっさんが“前から俺の場所だ”って言い張って――」


「あぁん? 前からってのは事実だろうが」


「順番に話、いいですか?」


 俺は二人を見比べる。


「まず、今日は荷物が多いのはどっちです?」


「……そりゃ、今日は祭り前だから、うちの荷車は多いが」


「つまり、“いつもより多い荷車を、いつもと同じ場所に詰め込もうとしてる”わけですね」


 中年商人が、少し口をつぐむ。


「で、そちらは?」


「こっちは、詰所から“今日はこっちまで下がれ”と言われてる。

 だからいつもよりこっちに寄っただけだ」


「なるほど」


 だいたい見えた。


「じゃ、提案ですけど――」


 俺は二人の荷車の位置と、

 周囲の流れをざっと一瞥する。


「まず、ここに斜めに停まってる荷車、

 角度をちょっと変えれば、通路がもう少し広くなるはずです」


「そりゃそうだが、

 そうすると今度は――」


「一旦、三台まとめて位置を調整しません?

 俺たち手伝うんで」


 そう言って、

 クレハに目配せする。


「クレハ」


「了解」


 クレハはすぅっと荷車の後ろに回り込み、

 一台を軽く押して角度を変え始めた。


 細い体なのに、意外なほど力強い動きだ。


「……お、おお」


 中年商人が思わず押し始める。


 よそ者商人も、出遅れまいと荷車に手をかけた。


「はい、もうちょい右。

 そっちは少し下がって……」


 ユイが、的確に声を出して誘導していく。


 数分後。


 通路は、さっきより明らかに広くなっていた。


「ほら」


 俺は通路を指さす。


「さっきは、荷車と荷車の間を人一人がやっと、って感じでしたけど。

 今だと、荷物を持った人がすれ違えるくらいにはなってますよね」


「……確かに」


 中年商人がうなずく。


「これなら俺も、“もうちょい詰めろよ”とは言いにくい」


「こっちも、詰所の指示範囲は守ってる」


 よそ者商人も、少し肩の力を抜いた。


「“ここ俺の場所”って言い合うより、

 “今日の荷物どうさばくか”考えたほうが得ですよ」


 そう言うと、

 二人とも苦笑した。


「……なんだ、お前。

 見た目よりよく喋るじゃねぇか」


「道場のじいちゃんが、“口でも間合いを取れ”ってうるさかったので」


「わけわかんねぇじいちゃんだな」


「俺もそう思います」


 少し場が和んだところで、

 クレハが俺の袖をそっと引いた。


「秋人。さっき言ってたスリ、ひとり捕まえた」


「すでに!?」


◇ ◇ ◇


 視線を向けると、

 屋台の陰で、小さな少年がしゅんとして立っていた。


 クレハがその手首を、

 逃げられない程度の力で掴んでいる。


「この人の財布、抜こうとしてた」


 クレハが目線だけで、中年商人の腰のほうを示す。


「なっ……!?」


「ご、ごめんなさいっ!」


 少年は今にも泣きそうな顔になっていた。


 年は十歳前後か。

 痩せた腕。

 薄い服。


(……よくある話だな)


 こいつをどう扱うかで、

 市場の空気は簡単に変わる。


「どうする?」


 クレハが、判断を俺に投げてくる。


 中年商人は、怒鳴りそうになって、ぐっとこらえていた。


「金は……」


「まだ、抜いてない。

 手、伸ばしただけ」


 クレハが淡々と言う。


「未遂」


「未遂、か」


 俺は少年の前にしゃがんだ。


「お前、名前は?」


「……ルト」


「ルト。

 なんでスリなんかしようとした?」


「……腹、減って」


 短い答え。

 嘘ではなさそうだ。


 俺はちらっと中年商人を見る。


「この財布、どのくらい入ってる?」


「そんなにだ。

 今日の仕入れと、明日分の……」


「じゃあ、抜かれてたら、普通に生活死ぬやつですね」


「そうだな」


 中年商人はため息をついた。


「クソガキ、腹減ってるのはわかるが、

 それで人の財布狙っていい理由にはならねぇぞ」


「……ごめんなさい」


 ルトの肩が小刻みに震える。


(さて、どうするか)


 完全に突き出したら、このガキの将来はほぼ詰む。

 かといって、何もなしで帰したら“ギルドが甘い”って話にもなる。


 しばらく考えて――口が勝手に動いた。


「ルト」


「……」


「今日一日、この人の手伝いをしろ」


「え?」


 三人分の声が揃った。


「荷車引くのでも、荷物運びでも、声張るのでもいい。

 働いたぶんだけ、飯と小銭をもらえ」


「ちょ、ちょっと待てお前」


 中年商人が慌てる。


「なんで俺がそんな――」


「“腹減ってて財布抜こうとするガキ”と、

 “腹減ってても働いて飯もらおうとするガキ”、

 どっちがマシです?」


「……」


「前者に怒鳴るのは簡単ですけど。

 後者なら、“まあ、仕方ねぇな”って思えるんじゃないですか?」


「うまいこと言いやがって……」


 中年商人は、頭をガシガシと掻いた。


「ったく、ギルドに話回したら、面倒なことになるのはこっちも同じだしな。

 マルコさんにも“揉め事増やすな”って釘刺されてるし……」


 最後に、ふぅっと息を吐いた。


「……おい、ガキ」


「……はい」


「今日一日、働け。

 サボったら叩き出すからな」


「っ……!」


 ルトの目が、ぱっと見開かれた。


「ちゃんと働いたら、飯と……そうだな。

 パンとスープと、少し果物くらいはつけてやる」


「……ありがとう、ございます!」


 ルトが深く頭を下げる。


「クレハ」


「うん」


 クレハは少年の手を放した。


「逃げたら、今度は容赦しない」


「逃げません!」


 ルトは必死に首を振った。


 中年商人は、

 俺たちのほうをちらっと見る。


「……ギルドの兄ちゃん」


「はい」


「まぁ、その……なんだ。

 助かった」


「いえ。

 俺たちは“見張り”なので。

 市場が無事に回ってくれれば、それで」


「ったく、変な若いの送ってくるな、ギルドは」


 悪態めいた言い方だったが、

 その顔は少し笑っていた。


◇ ◇ ◇


 そのあとも、

 市場を一周するあいだに、

 小さな揉め事がいくつかあった。


 荷台のぶつかり合い。

 値札の読み違え。

 “並んだ順番”の解釈違い。


 そのたびに、

 俺たちは少し距離を詰めて、

 口と視線で間合いを取る。


 ユイは、

 相手の立場をきちんと汲みながら言葉を選んで話すのが上手かった。


 クレハは、

 人ごみの中でのスリや怪しい動きを、

 黙って潰していく。


(剣を抜かない依頼も、案外疲れるな……)


 夕方近くになって、

 ようやく一周し終えたころ――


「お疲れさん」


 背後から声がかかった。


 振り返ると、マルコさんが立っていた。


「市場の連中から、“変な若いの三人が歩き回ってた”って報告が何件か来た。

 たぶん、お前らのことだろうな」


「“変な”は余計だと思います」


「褒めてんだよ」


 マルコさんは、口の端を少し上げた。


「揉め事を片づけつつ、

 変に威張りもしねぇ。

 けど、“見てる目”はちゃんとしてる」


「……ありがとうございます」


「さっきのガキの件もな」


 マルコさんの視線が、一瞬だけ野菜エリアのほうへ向く。


 そこでは、さっきのルトが、

 中年商人に怒鳴られながらも、

 必死に荷物を運んでいた。


「全部を拾ってやる必要はねぇが、

 “拾えるやつくらいは拾ってやる”ぐらいはしてもいい」


 マルコさんは、

 ぽつりと言った。


「こっちもな、

 そう何度もギルドに頼れるわけじゃねぇ。

でも、今日一日でわかった」


 じっと俺たちを見る。


「“また頼んでいい相手”だってな」


「……そう思ってもらえたなら、嬉しいです」


「今日の分の依頼はこれで終わりだ。

 報酬は詰所に用意してある。

 あと――」


 マルコさんは、紙袋を一つ差し出してきた。


「市場の連中からだ。

 売れ残りの野菜と果物、ちょっとずつ集めた」


「え、こんなに?」


 袋の中には、

 トマト、リンゴ、小さめの柑橘、パンの端切れまで入っていた。


「気持ちだからよ。

 “王都は味が薄い”なんて言われたくねぇしな」


「そんなこと言ってませんよ?」


 俺が慌てて言うと、

 マルコさんは「冗談だ」と笑った。


「また来い。

 次は下水路のほうも頼むかもしれねぇ」


「覚悟しておきます」


 そう答えて、

 俺たちは市場を後にした。


◇ ◇ ◇


 ギルドへの帰り道。


 ユイが紙袋を大事そうに抱えながら言う。


「……今日の依頼、なんかすごく“冒険者っぽかった”ですね」


「魔物倒してないけどな」


「それもちゃんと仕事です」


 ユイは笑う。


「ミリアさん、絶対“こういうのもちゃんとやってね”って言うと思います」


「言うな」


 目に浮かぶようだ。


「クレハは?」


「悪くない日だった」


 クレハは、空を見上げた。


「“斬らない仕事”、嫌いじゃない」


「……そっか」


 それは、なんだか嬉しかった。


「でも、たまに斬らないと腕鈍るから、

 ちゃんと斬るほうもやる」


「それはそれで頼もしい」


 三人で笑いながら、

 ギルド本部へと歩いていく。


 王都での、一件目の依頼。


 剣も魔法もほとんど使わなかったけれど――

 そのぶん、“線の引き方”をまた一つ学んだ気がした。


(さて、明日は下水路か……)


 臭い未来を想像して、

 俺は胸の中で小さくため息をついた。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

少しでも「おもしろかった」「続きが気になる」と思っていただけましたら、

感想・レビュー・ブックマーク・評価などで応援していただけると、とても励みになります。


皆さまの反応を参考に、今後の更新ペースや展開も調整していきたいと思っています。

誤字脱字なども気づいた点があれば、遠慮なく教えてください。


これからもよろしくお願いします。

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