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第88話 線を確かめる夜と、王都依頼の朝



 宿《銀の輪亭》に戻るころには、

 空はすっかり群青色になっていた。


 通りの灯りがぽつぽつと灯り始め、

 王都の喧騒も、昼間より少しだけ落ち着いている。


「……疲れた」


 部屋に入った瞬間、ユイがベッドにダイブした。


「甘味も服も楽しかったけど、

 最後のあれで一気に精神削られました……」


「同意」


 クレハも、椅子に腰かけてため息をつく。


 俺も壁に背を預けて、天井を見上げた。


 ――レオンハルト・エルステッド。


 ヘルマンさんが言っていた「妙に親切な貴族」が、

 まさか初日から出てくるとは思わなかった。


「とりあえず、今日はもう外出なしな」


「賛成です。

 このあと“もう一人別の貴族”とか出てきたら、さすがにメンタルが死にます」


「ユイ、だいぶ王都に疲れてるな」


「そりゃそうですよ。

 王都の甘味屋は最高ですけど、

 貴族対応はまだレベル足りてません」


「それは俺も」


 戦闘の緊張とは、別の種類の疲労感だ。


◇ ◇ ◇


 ひとまず荷物を片づけて、

 軽く体を拭いてから、

 簡単な夜食とスープを一階の食堂で済ませた。


 食堂の飯は――正直言うと「そこそこ」レベルだったが、

 さっきの店でお腹は満たされているので問題ない。


 部屋に戻ると、

 ようやく落ち着いて話す空気になった。


「さて」


 ベッドの端に座って、

 俺は二人を見た。


「今日のレオンハルトの件、

 明日か明後日には、ギルド本部かエルナさん宛に話通しとこうと思う」


「賛成」


 ユイがすぐに頷く。


「エルナさん、王都教会にも顔効くって言ってましたし、

 “どのくらいやばい家”なのか、教えてくれそうです」


「あと、領主様にも繋がりある」


 クレハが補足する。


「ラグナスに戻ったら、エドガー様にも話す?」


「そうだな。

 “晩餐会で同席するかもしれない貴族リスト”に、

 今の名前が入ってる可能性もあるし」


 晩餐会の護衛依頼の話は、

 戻ってから正式に来る予定だ。


 そこでいきなり「あの貴族も出ます」なんて言われたらたまったもんじゃない。


「……怖くなかった?」


 俺は、ユイのほうを見る。


「正直に言っていい?」


「言ってくれ」


「怖かったです」


 ユイは、手をぎゅっと握ったまま、

 真正面から答えた。


「“選ばれる側”じゃなくて、“選ぶ側”だって、

 頭ではわかってても。

 ああやって堂々と言われると……

 なんか、“勝手に決められそう”で」


「……」


 あの視線は、確かにそういう種類のものだった。


 “欲しいものは手を伸ばせば取れる”と、

 ずっと思ってきた人間の目。


「でも」


 ユイはそこで、少し口元を緩めた。


「秋人くんが、

 ちゃんと“パーティ単位で断って”くれたから、

 そこまで怖くはなかったです」


「……良かった」


 心底そう思う。


「“ユイだけ別で”って言われたら、

 たぶんもっと嫌だった」


「そっちは無いな」


 俺は首を振った。


「俺たちは三人セットだ。

 どっかに売るにしても“フロンティア・ライン丸ごと”じゃないと」


「売らないでください?」


 ユイが即ツッコミを入れてくる。


 クレハも、くすっと笑った。


「でも、“セット”って言い方、嫌いじゃない」


「そう?」


「うん。

 “誰かだけ引き剥がされる”より、

 ずっとマシ」


 クレハの言葉に、

 なんだか救われる。


「とりあえず、

 今のところ“王都の貴族に専属になる気はない”って線は、

 ちゃんと共有しとこう」


「はい」


「了解」


「それと――」


 俺は、一応確認しておく。


「もし、どうしても“貴族案件”に関わらなきゃいけない依頼が来たら、

 それはそのとき、三人でちゃんと話そう」


「“リーダーが決めて押しつける”じゃなくて、ですね」


「そう」


 ヘルマンさんにも言われたばかりだ。


 線を引くのは俺の役目だけど、

 それによって何を失うかを、

 勝手に決めるわけにはいかない。


「わかりました」


 ユイが笑う。


「じゃあ、あたしも“線引き担当補佐”を名乗りますね」


「それはもう勝手に名乗ってるだろ」


「クレハちゃんは“影から首を締める担当”」


「物騒な肩書き増やすな」


「……悪くない」


 クレハがぼそっと呟いた。


 この子、たまに危険な方向のセンスが光るな。


◇ ◇ ◇


「じゃ、今日は早めに寝るか」


 外はもうすっかり夜だ。

 王都の夜をぶらつくのは、今のところリスクのほうが大きい。


「明日は?」


「とりあえず、午前中はギルド本部。

 王都の依頼掲示板、一回ちゃんと見ときたい」


「軽い依頼、何かあるといいですね」


「だな。護衛とか、街中の調査とか、

 あんま命賭ける系じゃないやつ」


「“王都スタンプラリー”みたいな依頼あったら嬉しい」


「それ依頼じゃなくて観光だろ」


 そんな話をしてから、

 三人で魔道具ランプを落とした。


 暗闇の中で、

 天井の見えないはずの部屋なのに、

 なぜかラグナスの夜の空気を思い出す。


(ちゃんと帰る場所があるって、

 こんなに心が楽になるんだな)


 そう思いながら、

 ゆっくりと眠りに落ちた。


◇ ◇ ◇


 翌朝。


 宿の朝食を軽く済ませて、

 新しく買った“街歩き用”の服に着替えた俺たちは、

 再び王都ギルド本部へ向かった。


「やっぱり人多いですね……」


 ギルドの扉をくぐった瞬間、

 ユイが小さく呟く。


 昨日と同じように、

 ロビーには多種多様な冒険者たちが集まっていた。


 ただ、昨日よりも、

 こちらを“それとなく見てくる視線”が増えている気がする。


(……噂回るの、早くない?)


 Sランクのリゼさんと一緒に来て、

 オークキングの魔石護衛を終えて、

 ギルドマスターと面談までした。


 考えてみれば、それだけで十分“目立つ新参者”だ。


「とりあえず掲示板見に行こう」


「はい」


「あんまり気にしない」


 掲示板の前に近づくと、

 先に何人かの若い冒険者が依頼票を眺めながらわいわいしていた。


「お、王都内の魔物駆除か? これ楽じゃね?」


「いや報酬ひっく……それ生活にならんだろ」


「お前、この前“楽勝”って言って泣きながら帰ってきただろ」


 そんな軽口を叩き合いながら、

 一人がチラッとこちらを見る。


「……あれ? もしかして噂のラグナス組じゃねぇ?」


「声、丸聞こえだぞ」


 俺がツッコむと、そいつは悪びれずに笑った。


「悪い悪い。でも気になってたんだよ。

 ギルマス直通で名前出てたからさ」


 話しかけてきたのは、

 槍を背負った栗毛の青年。

 明るい顔つきで、嫌味のないタイプだ。


「俺、ギリアム。槍使い。

 で、こっちがヘレン。双剣と小魔法持ち」


「よろしく」


 ヘレンは落ち着いた声で軽く会釈した。


 黒髪ボブに鋭い眼差し。

 ギリアムの軽さをほどよく中和するような、理性的な雰囲気の子だ。


「てか、ギリアム。あなた最初から話しかける気満々だったでしょ」


「だって噂に聞く若手有望株だぜ? 気になるだろ」


「噂って……」


「だってさ、オークキング絡みの護衛依頼こなして、

 Sランクのお姉さんと一緒に来て、ギルマス面談までしたって聞いたら、

 そりゃ気にするだろ」


「それ全部ヘルマンさんのせいでは……?」


 俺がぼそっと呟くと、二人は笑った。


「にしても、見た目は普通だな」


 ギリアムが俺たち三人を見て言う。


「もっとこう、“漂う英雄オーラ”みたいなのあるかと思ってた」


「英雄オーラってなんだよ」


「大丈夫、それ褒めてるから。

 地味目のほうが信用できるって意味」


 ヘレンが冷静に補足した。


「王都では格好だけ派手で中身スカスカな冒険者、わりと多いから。

 あなたたちみたいに“普通の見た目で実績ある人”のほうが好感度高いよ」


「なるほど、王都あるあるだな……」


「で、ラグナスってどんな街なんだ?

 飯うまいって噂聞くけど」


「世界一ですよ」


 ユイが即答する。


「世界一は盛ってない?」


「気持ちの問題です」


「お前、故郷愛強すぎない?」


 ギリアムが笑う。


 ヘレンはそんな二人を横目にしつつ、

 掲示板に目を戻した。


「でさ、あんたたち王都ではどんな依頼受けるの?」


「軽めのやつを探しに来た」


「ならこれとかどう?

 “王都中央市場の揉め事見張り”。

 魔物出ないし、死人もまず出ない」


「“魔物出ないしまず死なない”って安心感すごいな」


「王都って、人間のほうが厄介だからね」


 ヘレンの言い方が妙にリアルだった。


「……そういえばさ」


ギリアムが少し声を落とす。


「最近、“若い女冒険者にちょっかい出す貴族がいる”って噂、聞かなかったか?」


 三人の身体が一瞬だけ固くなる。


「おっと、なんか心当たりある顔だな?」


「……まぁ、似たようなのと遭遇した」


「名前、後でこっそり教えて」


 ヘレンが真っ直ぐこちらを見る。


「王都の冒険者は、“危険な貴族リスト”共有してる。

 命に関わるから」


「…それは助かる」


「王都はさ、魔物より“面倒な人間”のほうが恐いの。

 だから仲間内で情報回すのは普通」


 ヘレンの言葉は冷静で、

 でもどこかあたたかかった。


「ま、依頼選ぶなら軽いのからな。

 あんまりバチバチの依頼受けると、

 “あの貴族”にもマジで目をつけられるかもしれないから」


「脅すなよ」


「忠告だって。

 俺ら、同年代だし変に嫌な目に遭ってほしくねぇしな」


 ギリアムは、さっきよりも柔らかい目をしていた。


「じゃ、またギルドで会おうぜ。《フロンティア・ライン》」


「うん、また」


 三人と二人は軽く手を挙げて別れた。


 

 掲示板を一通り見てから、

 俺たちは数枚の依頼票を手に取り、受付へ向かった。


 受付嬢が手際よく内容を確認していく。


「“王都内市場での揉め事の見張り”と、

 “下水路の簡易点検護衛”ですね」


「はい。

 どちらか一つ、今日は軽めのほうを受けたいです」


「でしたら、市場のほうがいいでしょう。

 下水路は、たまに小型の魔物が出ますから」


「“たまに”の中身が気になるな」


 俺がそう言うと、受付嬢は苦笑した。


「今日は市場のほうをおすすめしておきます。

 様子を見て、明日以降下水路のほうも検討されるといいかもしれません」


「じゃあ、今日は市場で」


「かしこまりました。《フロンティア・ライン》様」


 受付嬢が俺たちのギルドカードを受け取り、

 魔道具に通して何やら確認する。


「あの」


「はい?」


「その、“様”付けされるの、慣れないんですけど」


「王都本部認定の印がついている方は、

 一応“そう呼ぶように”と言われておりまして」


「……ヘルマンさん」


 あの人、どこまで布石打ってるんだ。


「印があると、そんなに扱い変わるんですか?」


 ユイが尋ねると、

 受付嬢は少し真面目な顔になった。


「仕事の回り方が、少し変わります。

 “多少面倒でも任せられる相手”という印ですから」


「“多少面倒”ってところが、不安なんだけどなぁ……」


 俺が頭を掻くと、

 受付嬢は小さく笑った。


「でも、“断る権利”は常にあなた方にあります。

 専属にならない限りは」


「そこは、絶対守ります」


「それがいいと思いますよ」


 ギルドカードを返され、

 正式に依頼が受注状態になる。


「市場の依頼人は、中央市場の主任さんです。

 場所はこちらの地図に。

 揉め事の仲裁というより、“見張りと抑止力”がメインですので、

 あまり構えすぎずに行ってきてください」


「はい。ありがとうございます」


 軽く頭を下げて、

 カウンターから離れる。


「よし」


 依頼票と地図を見ながら、

 俺は二人を振り返った。


「王都依頼、一件目は“市場の揉め事見張り”だ」


「いいですね。

 人の動きとか、商人さんの様子とか、色々見れそうです」


「盗難やすり、注意」


 クレハも小さく頷く。


「人が多いところ、

 魔物より人のほうが危ない」


「だな。

 “剣を抜くより先に口で何とかする”練習にもなりそうだ」


 ラグナスでも、

 今後街の揉め事に関わる場面は増えていくだろう。


 その予行演習として、

 王都市場の依頼は悪くない。


「じゃ、行くか」


「はい!」


「うん」


 三人でギルド本部を後にする。


 王都の朝の光が、

 石畳と屋根瓦を明るく照らしていた。


(王都で、どんな線を引くことになるか)


 まだわからないけれど――

 今日のところは、

 人のざわめきの中に紛れ込む、小さな火種を見張るところから。


 それもまた、“守る線”の一つだと信じて。


 俺たちは中央市場へ向かって歩き出した。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

少しでも「おもしろかった」「続きが気になる」と思っていただけましたら、

感想・レビュー・ブックマーク・評価などで応援していただけると、とても励みになります。


皆さまの反応を参考に、今後の更新ペースや展開も調整していきたいと思っています。

誤字脱字なども気づいた点があれば、遠慮なく教えてください。


これからもよろしくお願いします。

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