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第87話 王都の街角と、“丁寧な断り方”の限界



 甘味で満たされた胃と心を抱えながら、

 俺たちは王都の通りをあてもなく歩いていた。


「……甘かった……しあわせ……」


 ユイが、未だに余韻を噛み締めている。


「歩かないと太る」


 クレハが容赦なく現実を突きつけた。


「クレハちゃん!? あとで一緒に訓練しようね!?」


「わたしはいい。ユイだけ走るといい」


「ひどい!?」


 そんな他愛もない話をしながら、

 王都の街並みを眺める。


 石造りの建物。

 並ぶ店。

 通りを行き交う人々の服装も、ラグナスより少し華やかだ。


「……そういえばさ」


「なんですか?」


「王都来たけど、俺たち私服って、わりと“冒険者丸出し”だよな」


 俺は自分の格好を見下ろす。


 丈夫な布の上着に、動きやすいズボン。

 色味も地味で、機能優先。


 ユイも、動きやすいスカート付きの軽装。

 クレハも、忍びっぽい黒系の軽装。


 全員“街で浮きはしないけど、オシャレではない”ラインだった。


「王都だし、一着くらい“街歩き用”持っててもいいかもな」


「それ、いいですね」


 ユイの目がきらりと光る。


「秋人くんの服も、新しいの見てみたいです」


「俺のかよ」


「だって今の、“ラグナスでそのまま訓練できる恰好”ですし」


「事実だから言い返せないのがつらい」


「クレハちゃんも、里の服以外で何か似合いそうなの、見てみたいですね」


「……任せる」


「任せるの?」


「服、よくわからない。

 ユイが選ぶなら、変じゃないはず」


「それはそれでプレッシャーが……」


 でも、ユイはどこか楽しそうだった。


◇ ◇ ◇


 通りを歩いていると、

 ほどよく賑わっている服飾店が目についた。


 ショーウィンドウには、動きやすそうなズボンやシャツ、

 それから少し綺麗めのワンピースなどが飾られている。


「ここ、良さそうじゃない?」


「行ってみるか」


 店内は、思ったよりも“冒険者寄り”だった。


 完全な貴族用ドレスではなく、

 動きやすさと見た目のバランスを取った服が多い。


「いらっしゃいませ。

 王都は初めての方ですか?」


 落ち着いた雰囲気の店員が、柔らかく声をかけてくる。


「はい。ラグナスから来た冒険者です」


「あら、それはようこそ。

 でしたら、“街歩きにも使えて、簡単な依頼くらいならそのまま行ける服”などいかがでしょう?」


「それめっちゃちょうどいいやつだ」


 店員はすぐに、何点か候補を持ってきてくれた。


 俺には、少し落ち着いた色のシャツと、

 今より少し細身のパンツ。


 ユイには、膝丈のスカートに軽いケープ。

 動きやすさを損なわず、それでいて“女の子らしさ”がちゃんと出る。


 クレハには、少し明るめの色が入った軽装ジャケットと、

 体の線を邪魔しないすっきりしたパンツスタイル。


「……どう?」


 試着室から出てきたユイは、

 いつもより少しだけ大人っぽく見えた。


 髪をほどいて肩に流しているせいもある。


「似合ってる。

 いつもの装備とは違う意味で、“それっぽい”」


「それっぽいってなんですか、“それっぽい”って」


 頬を膨らませつつも、

 ユイは満更でもなさそうだ。


 クレハも、鏡の前で自分の姿をじっと見ていた。


「動きやすい。邪魔にならない。

 色も……そんなに派手じゃない」


「似合ってるぞ」


「……本当?」


「ああ。

 “ちょっと都会に出てきた斥候”って感じがする」


「それ、褒めてる?」


「褒めてる」


 クレハは、少しだけ嬉しそうに目を細めた。


「秋人くんのほうは――」


 ユイがじっと俺を見てくる。


「なんか、“ちゃんとした人”っぽく見えますね」


「今まで“ちゃんとしてない人”だったみたいな言い方やめろ?」


「違いますよ?

 今までは“冒険者の秋人くん”って感じで、

 今は“街を歩く秋人くん”って感じです」


「ニュアンスの違いがわかるようでわからん」


 でもまあ、

 “変じゃない”ことだけはわかる。


「三人ともよくお似合いですよ」


 店員が微笑む。


「王都は、見た目で損をすることも得をすることも多いですから。

 冒険者さんでも、こういう服を一着持っておくと便利ですよ」


「見た目で損得、か」


 さっきのギルドマスターの言葉が、うっすらと頭をよぎる。


 ――妙に親切な貴族には気をつけろ。


 見た目を整えたほうが、

 変に舐められずに済む場面もあるかもしれない。


「買おうか」


 俺がそう言うと、

 ユイとクレハが同時に頷いた。


「今日はこれで街を歩いてみましょう」


「うん。

 “王都に来た”って感じがする」


 財布の中身は少し軽くなったけれど、

 それだけの価値はあった気がする。


◇ ◇ ◇


 店を出ると、もう日がだいぶ傾いていた。


 石畳にオレンジ色の光が伸びて、

 王都の建物の影が長く伸びる。


「そろそろ宿に戻るか?」


「そうですね。

 明日はギルドで簡単な依頼も見てみたいですし」


「王都依頼、どんなのあるか楽しみ」


 そんな話をしながら歩いていると――


「――おや? やはり君たちか」


 背筋を、さっきと同じ種類のひやりが撫でた。


 振り返ると、

 昼間、甘味屋の外からこちらを見ていた男が立っていた。


 派手めの服。

 飾りの多いマント。

 取り巻きの若い男が二人。


 近くで見ると、顔立ちは整っている。

 整っているが――その目の奥に、妙な“軽さ”があった。


「やはり《白百合の菓子亭》にいたのは君たちだったのだね。

 随分と楽しそうにしていた」


(……やっぱり見てたんだな)


 俺が警戒心を隠さないまま一歩前に出ると、

 男はひょいと肩をすくめた。


「そんな怖い顔をしないでくれたまえ。

 私はただ、同じ若者として興味を持っただけだ」


「同じ、ですか?」


 ユイが、小さく首を傾げる。


「そうとも」


 男は、まるで舞台の上の役者みたいに大げさな仕草で胸に手を当てた。


「私はレオンハルト・エルステッド。

 この王都の――まあ、そこそこ名の知れた家の者だ」


 エルステッド。

 どこかで聞いたことのある名字だ。


(……ラグナスで、貴族リストの中にあった気がする)


 領主エドガーさんが話していた、

 “他領で晩餐会を開く予定の貴族”の一人にも、それっぽい名字があったような。


「君たちは、《フロンティア・ライン》だろう?」


「ご存じなんですか」


「ギルドの噂くらいは耳に入ってくるさ。

 ラグナス支部の新星若手。

 オークキング絡みの護衛をやってのけたCランクパーティ」


 男――レオンハルトは、

 ユイのほうに視線を滑らせ、にっこりと笑った。


「そして――

 その中でも特に目を引いたのが、君だ」


「わ、私ですか?」


「そう。君だ」


 あからさまに“値踏み”する視線。


 ユイの背筋が、わずかに強張る。


「戦場で槍を振るう女騎士――いや、女戦士か。

 そのうえ、甘味を前にしたときのあの表情。

 軍神と天使を兼ね備えたような存在だ」


「軍神と天使て」


 思わずツッコミが漏れる。


「非常に興味深い。

 是非、今度我が屋敷の茶会に招待したいのだが」


「茶会……ですか?」


「そう、茶会だ」


 レオンハルトは、当たり前のように言った。


「王都に滞在している間、暇な日もあるだろう?

 護衛も馬車も用意しよう。

 美味しい菓子と、香り高い茶を用意して待っている」


「お気持ちはありがたいんですが」


 俺が口を挟むと、

 レオンハルトの視線がこちらに移った。


「おや、君がリーダーかな? 佐藤秋人君」


「……知ってるんですね」


「ボルグ殿の報告書の写しを、少し見せてもらってね」


 どこまで共有されてるんだあの報告書。


「Cランクにしてはよく働いているそうじゃないか。

 このまま順調にいけば、いずれB、Aと駆け上がるのだろう」


「そうなれたらいいですけど」


「だからこそ、だ」


 レオンハルトは、少し声を落とした。


「君たちのような若い芽は、

 今のうちから“正しい後ろ盾”を見つけておくべきだ」


「後ろ盾、ですか」


「そう。貴族の庇護。

 それがあれば、危険な依頼も有利な条件で受けられる。

 装備も揃えやすくなるし、情報も手に入りやすい」


 一理ある。

 一理はあるが――


(“だから俺の庇護を受けろ”って言いたいんだろうな)


 この手の話は、ゲームでも小説でも見慣れた構図だ。


「どうだい? 悪い話ではないと思うが」


 レオンハルトは、またユイを見た。


「特に君には、ぜひ私の側にいてほしい。

 戦場を知る乙女が、貴族の護衛を務める――

 それだけで実に絵になる」


「……すみません」


 ユイが、はっきりと首を振った。


「私、秋人くんたちと一緒にパーティを組んでいます。

 今のところ、その予定を変えるつもりはありません」


「まぁ、そうだろうね。

 いきなり初対面の男の誘いに乗ったら、それはそれで困る」


 レオンハルトは笑った。

 だが、その笑いの奥に、

 微かに“気に入らない”色が混ざる。


「ならば、こういうのはどうだろう」


 そう言って、ほんの少し俺のほうへ近づいてくる。


「君たち《フロンティア・ライン》を、

 私の“専属パーティ”にしたい」


「専属、ですか」


「そう。

 依頼の優先順位を、私の依頼に最初から高くしておいてくれればいい。

 もちろん、対価は十分に払う。

 王都での滞在費、装備費、その他もろもろ――

 君たちにとって悪くない条件を用意しよう」


 言っている内容だけ見れば、

 確かに悪い話ではない。


 だが――


「申し訳ありません」


 俺は、丁寧な口調を崩さないまま首を振った。


「王都に滞在している間、

 ギルドを通した依頼以外を優先する予定はありません」


「ギルドを通せばいい。

 ギルド依頼の形にして出すつもりだよ?」


「そのうえで、“特定の貴族の専属”になるつもりもありません」


 視線を逸らさずに言う。


「自分たちの“線”を、

 誰か一人に握らせる気はないので」


 レオンハルトの笑みが、一瞬だけ固まった。


 周囲の空気が、わずかに冷たくなる。


「……なるほど」


 男は、あからさまにため息をついた。


「“線を引くのが上手い”という評判は、伊達ではなかったようだ」


「ボルグさん、どこまで言ってんだろほんと」


「だが――」


 レオンハルトの目が、すっと細くなる。


「時に、その“線”が、

 貴族の機嫌を損ねる境界線に重なることもあると、

 覚えておいたほうがいい」


「脅しですか?」


 クレハが、静かな声で言った。


 その目は笑っていない。


「いいや、忠告だよ」


 レオンハルトは肩をすくめる。


「私はまだ若いし、

 それなりに柔軟なつもりだ。

 だから、今日のところは“そうか”で済ませよう」


「今日のところは、ですか」


「君たちが、今後何を選び、誰とつながるか。

 それによっては――」


 そこでふと、レオンハルトは表情を緩め、

 ユイのほうを見た。


「また改めて、別の形でお誘いするかもしれないね。

 君のような人材を、

 そう簡単に手放しておきたくはない」


「……」


 ユイは何も返さなかった。

 ただ、その手がわずかに強く握られている。


「では、今日はこの辺りで失礼しよう」


 レオンハルトは帽子のつばを軽くつまみ、

 くるりと踵を返した。


 取り巻き二人が、それに続く。


 その背中が人ごみに紛れるまで、

 俺たちはしばらくその場から動けなかった。


◇ ◇ ◇


 通りの喧騒が、ふっと耳に戻ってくる。


「……嫌な奴だった」


 最初に口を開いたのは、クレハだった。


「笑ってるけど、“自分が上”って思ってる人の笑い方」


「……そうだな」


 俺も大きく息を吐く。


「一応、“丁寧に断る”方向で行けたとは思うけど――

 あれは、今後も絡んでくるタイプだ」


「ですよね……」


 ユイが、少し表情を曇らせる。


「ごめんなさい。

 私が狙われたせいで」


「それは違う」


 即座に否定する。


「悪いのは、“自分の気に入った相手は、自分のものにして当然”って考えてるほうだ。

 ユイが何か悪いことしたわけじゃない」


「……はい」


 それでも、ユイはどこか不安そうだった。


「怖かった?」


「少しだけ。

 でも、それ以上に――」


 ユイは、俺とクレハを見た。


「断るとき、

 “ちゃんと三人の線”を守ってくれたの、嬉しかったです」


「それは、まあ」


 そこだけは、譲る理由がない。


「“専属”になったら、

 ラグナスとも、ニナさんとも、

 ミルダ村とも、

 色んな線が、変なふうに絡まるからな」


 そういうのは、今はまだ要らない。


「とりあえず、今日はこれ以上妙なところに近づかない。

 真っ直ぐ宿に戻ろう」


「賛成」


「うん」


 三人で歩き出す。


 夕暮れの王都の通りは、

 さっきまでと同じように賑やかだった。


 でも、その中で、

 さっき出会った“貴族”だけが、妙に異物のように感じられる。


(ヘルマンさんの忠告、早速刺さったな)


 妙に親切な貴族。

 そして、“若い冒険者を自分の駒にしたがる連中”。


 今日出会ったのは、その一端に過ぎないのかもしれない。


(なら、こっちも覚悟しておくか)


 王都は、

 ラグナスとは違う種類の“線引き”を要求してくる。


 それでも――


「秋人くん」


「ん?」


「帰ったら、ちゃんとエルナさんたちにも話しましょう」


 ユイが、真剣な顔で言う。


「“こういう貴族がいた”って。

 多分、あの人たちなら、

 どう付き合えばいいか、何か知ってると思うので」


「そうだな」


 頼れる大人がいるというのは、本当にありがたい。


「全部自分たちだけで抱え込むのは、

 “線引き担当”の仕事じゃないですから」


「……言うようになったな、ユイも」


「ふふん」


 笑い合いながら、

 俺たちは宿への道をたどった。


 王都の一日目は、

 甘味と、装いと、そして“嫌な貴族”で締めくくられた。


 ――明日から、本格的に“王都の依頼”にも触れていくことになる。


 その前に見せられた“予告編”としては、

 十分すぎるくらい濃かったな、と。


 俺は心の中で苦笑しながら、

 夕焼けに染まる王都の空を見上げた。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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皆さまの反応を参考に、今後の更新ペースや展開も調整していきたいと思っています。

誤字脱字なども気づいた点があれば、遠慮なく教えてください。


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