第86話 甘味と、“嫌な視線”の正体
王都での最初の食事を終えた俺たちは、
店を出るやいなや、ユイに腕を引っ張られた。
「秋人くん、次は甘味です」
「知ってた」
目が本気だった。
戦闘前より集中してるまである。
「どこ行くかもう決めてる感じか?」
「実はですね――」
ユイが胸元から、くしゃっと折りたたまれた紙を取り出した。
「ミリアさんから、“王都に行ったらここ行ってこい”って、甘味屋リストもらってます」
「ミリアさん……抜かりなさすぎない?」
ギルド受付嬢、仕事の範囲を超えてる気がする。
「でも、ありがたい」
クレハが紙をひょいと覗き込む。
「“焼き菓子専門店”“果物のタルトの店”“冷たい甘味の店”……」
「どれも捨てがたいけど、今日は一軒だけにしとこうな。
財布が死ぬ」
「じゃあ――」
ユイが指さした店名は、
「《白百合の菓子亭》?」
「はい。ミリアさんの一押しだそうです」
名前からして、完全に女子向けだ。
場違い感に胃がキュッとなる。
「大丈夫、“女子に連行された彼氏枠”の顔しとけばバレない」
「誰が彼氏だ誰が」
「“枠”です“枠”。まだ」
“まだ”って言ったよこの人。
横でクレハが、じっと俺とユイを見比べているのがちょっと怖い。
「とりあえず行こう」
「はいはい」
◇ ◇ ◇
《白百合の菓子亭》は、
大通りから少し入った石畳の小道の先にあった。
白い壁に、可愛らしい字体の看板。
窓には焼き菓子とタルトが綺麗に並べられている。
中を覗くと、
若い女の子たちと、貴族っぽい奥様層が多い。
男はちらほら、彼女連れか家族連れだ。
(うん、完全に場違いだな俺)
引き返したくなった瞬間、
ユイが振り向きもせずに言った。
「逃げるのは許しませんよ」
「エスパーか君は」
「秋人、甘いもの嫌い?」
クレハが首を傾げる。
「いや、むしろ好きだけど……雰囲気が、な」
「大丈夫。
“女の子二人連れたリーダー”って顔すれば自然」
「お前のそのアドバイス、なんかムカつくんだよな」
そうこう言っているうちに、
ユイはもう扉を押して店内へ入っていた。
「いらっしゃいませー」
ふわっと甘い香りが包み込んでくる。
バターと砂糖と、焼きたての香り。
さっき肉を食べたばかりだというのに、胃がまた動き出した。
「わぁ……」
ユイの目が完全に星になっている。
ショーケースには、色とりどりのタルトやケーキ。
苺、林檎、ベリー、ナッツ、クリーム。
その横の棚には、焼き菓子の山。
クッキー、フィナンシェ、パウンドケーキ。
(あ、これダメなやつだ)
ユイが選ぶのに時間がかかる未来が見える。
「お決まりになりましたらお声掛けくださいねー」
店員さんの笑顔が眩しい。
「秋人くんは何が好きですか?」
「んー……苺系かチョコ系かな」
「わたし、リンゴのタルト気になる」
クレハがショーケースをじっと覗いている。
「じゃあ、三人で違うの頼んで、ちょっとずつ交換する?」
「それ、いい」
「賛成」
結局、
ユイは苺タルト、
クレハは焼きリンゴのタルト、
俺はナッツとチョコのタルトを選んだ。
そして飲み物は、三人とも温かい紅茶。
◇ ◇ ◇
窓際の席に座ると、
すぐに注文した品が運ばれてきた。
「わぁ……」
思わず声が漏れる。
皿の上のタルトは、見た目からして完成度が高い。
苺は艶々に光り、
林檎は薄く重ねられて美しく焼き色がついている。
ナッツとチョコは、黄金色のタルト生地の上で輝いていた。
「いただきます」
フォークで一口分を切り取って、口に運ぶ。
――美味い。
香ばしいタルト生地。
カリッとしたナッツの食感。
とろりとした濃厚なチョコレート。
(うわ、これ普通にハイレベルだな)
甘さも、しつこくない程度にしっかりある。
紅茶と合わせると、いくらでも食べられそうだ。
「やば……」
ユイも感嘆の息を漏らしている。
「苺が……ちゃんと甘くて、でも酸味も残ってて……
クリームが重すぎない……天才……」
「語彙を甘味に全部持っていかれてない?」
「いいんです。甘味にはそれだけの価値があります」
クレハも、自分のタルトを一口食べて目を丸くした。
「……おいしい」
それだけ言って、もくもくと食べている。
もともと感情の起伏が表に出にくいタイプだから、
この一言だけでかなり気に入ってるのがわかる。
「交換するか」
「する!」
ユイが元気よく皿を差し出してくる。
少しずつ分け合って食べながら、
俺たちはしばし無言になる。
それくらい、
甘味には人を黙らせる力がある。
(王都、甘味レベルも高ぇな……)
マリーさんの家庭的な甘味とは方向性が違う、
“専門店の技”って感じだ。
「秋人くん」
タルトをほぼ完食したあたりで、ユイが口を開いた。
「うち、“こういう店”(※元の世界)来たことないんですよね」
「へぇ、意外」
「なんで意外なんですか」
「いや、なんとなく“女子会”とかしてそうなイメージで」
「残念ながら、そんなオシャレな友達いませんでした!」
「甘い物食べれるのは、秋人くんの家で和菓子食べるぐらい。お茶の稽古の正座地獄付きで」
自虐が重い。
「でも、今は来れて良かったと思ってます」
ユイはそう言って、
カップを軽く揺らした。
「異世界で、
秋人くんとクレハと一緒に、
甘味食べてるの、変な感じですけど」
「変かもしれないけど、悪くないな」
そう素直に言うと、
ユイは少しだけ頬を赤くした。
「……はい」
クレハも、紅茶を飲みながら小さく頷く。
「里には、こういうのなかった」
「甘味?」
「うん。甘いもの、たまに出るけど、“訓練のご褒美”みたいな感じ。
“楽しいから食べる”じゃなかった」
「今は?」
「今は、“楽しいから”食べてる」
その一言に、胸のあたりがじんわり温かくなる。
「……そりゃ良かった」
「秋人のおかげ」
「いや、それはだいぶ盛ってない?」
「でも、秋人がいなかったら、
ユイもわたしも、ここにいない」
真正面からそんなこと言われると、
こっちが照れる。
「……まぁ、そうかもしれないけど」
「だから、“ちゃんと守って”」
クレハは、真剣な目でそう言った。
「甘いもの食べてる時間とか、“楽しい時間”、
ちゃんと守って」
「――ああ」
それは、
今までの戦いで、ずっと心のどこかで握りしめていたものでもある。
ミルダ村も。
ラグナスの街も。
青い灯火亭も。
そして今、王都でこうやって笑ってる時間も。
(全部守り切れるとは限らないけど)
だからこそ、
最初に守る線を自分で決めておく。
「……頑張るよ、“線引き担当”として」
「期待してます」
ユイが笑う。
「わたしも」
クレハが小さく微笑んだ――そのとき。
ふいに、背筋にひやっとしたものが走った。
(……ん?)
なんだ、この感じ。
視線。
それも、“狙いを定めている”系統のやつ。
クレハも、微かに眉をひそめていた。
「秋人」
「感じたか」
「うん。
さっきから、ちょっとだけ。
“値踏み”してる感じ」
店の中ではない。
窓の外。
通りのどこかから、
“甘味屋で寛いでいる冒険者三人組”を観察している視線。
(盗賊って感じじゃないな……)
殺気は薄い。
ただ、妙に粘っこい興味の視線だ。
「……ユイ、笑ってて」
「え?」
「なんでもない顔して食べてろ。
外、ちょっと見てくる」
席を立つふりをして、
トイレの方向へ歩き、
その途中でさりげなく窓から外を覗く。
通りには、普通に人が行き交っている――
が、その中にひときわ目立つ存在がいた。
(……なんだ、あいつ)
派手な色の上質な服に、飾りの多いマント。
腰には、一応剣は下げているが、
「実際に使う」というより「飾り」っぽい。
年齢は俺たちより少し上くらいだろうか。
取り巻きみたいな若い男が二人、少し離れて立っている。
そしてそいつは、
甘味屋の窓のほうをじっと見て――
目が合った。
一瞬だけ、
ニヤリ、と笑った。
(うわ、嫌な笑い方)
完全に“気付かせる気で”見てやがる。
向こうも「あ、バレた?」みたいな顔はせず、
むしろちょっと得意げに、
帽子のつばを軽く触ってみせた。
(……貴族系か?)
服装と態度からして、
庶民ではない。
ギルドの冒険者とも、雰囲気が違う。
なんというか――
「俺は守られて当然」の側の人間、という感じ。
じっと見ていると、
そいつはわざとらしく視線を外し、
通りの向こう側へ歩いていった。
取り巻き二人も、そのあとを追う。
(……なんだったんだ、今の)
嫌な予感しかしない。
トイレの前まで行って、
何事もなかったように席へ戻る。
「どうでした?」
ユイが小声で聞いてくる。
「貴族っぽいのが一人、
こっちを観察してた。取り巻き付きで」
「やっぱり」
クレハが、フォークを弄びながら呟く。
「視線、“上から”のやつだった」
「とりあえず、今すぐどうこうって感じじゃなさそうだけど……
顔は覚えた。
またどこかで会うかもしれない」
「“妙に親切な貴族”に気をつけろ、でしたっけ」
ユイが、ヘルマンさんの忠告を思い出すように言う。
「今のが“親切”かはわからないけどな。
まあ、王都にいる以上、何かしら関わることにはなりそうだ」
せっかくの甘味タイムに水が差された感じはあるけど――
それでも、タルトの美味しさまで台無しにはならなかった。
「とりあえず今日は、見かけても近づかない。
それでいい?」
「賛成です」
「うん。
“向こうから踏み込んできたら、対応する”でいい」
甘味の皿を空にして、
紅茶を飲み干す。
カップの底に映る自分の顔は、
さっきより少しだけ引き締まって見えた。
(王都、やっぱり一筋縄ではいかなそうだな)
それでも――
ここでの時間も、
きっと“帰りたい場所”の一部になる。
そう信じて、
俺たちは会計を済ませ、
また王都の喧騒の中へと踏み出した。
背後から、
甘くて優しい菓子の香りが、
いつまでも追いかけてくる気がした。
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