第85話 王都観光と、“美味しいのに物足りない”ご飯
ギルド本部を出ると、
王都の喧騒が一気に押し寄せてきた。
大通りを行き交う人の波。
軋む車輪の音。
焼きたてのパンと肉と香辛料の匂い。
「……はい、解散!」
扉を出た瞬間、リゼさんが手をパンと叩いた。
「え、解散って」
「“お堅い用事”はもう終わり。
ここからは、各自の王都満喫タイムよ」
「満喫タイムって言っても……」
「宿は?」
クレハが即座に現実的な質問を投げる。
「そこよね」
俺も頷く。
「とりあえず、泊まる場所がないと始まらない」
「なら、まず宿だな」
そう言ったのはドルガンさんだ。
「ギルド提携の宿がいくつかある。
“普通”と“ちょい良い”と“金持ち用”と“やべぇの”」
「最後の何?」
「ギャンブル場併設。お前らは行くな」
「行かないです」
即答した。
賭け事に強そうな自信は一ミリもない。
「三人なら、“ちょい良い”クラスで十分だ。
治安と飯がそれなりにいい」
「それなり、なんですね」
「王都で“めちゃくちゃ美味い飯の宿”は、貴族か商会が押さえてるからな」
ドルガンさんの説明に、
ユイがちらっと俺を見る。
「……秋人くん、今なんとなく“青い灯火亭”のご飯を思い出してません?」
「正直、ちょっと」
マリーさんの料理は、
ラグナスどころか俺の元の世界の味覚と比べてもトップクラスだと思っている。
「あそこの飯は特別だ」
ドルガンさんもあっさり肯定した。
「気に入らねぇなら、王都から帰ったらすぐ食いに行けばいい。
そのために今は“比べる経験”をしとけ」
「……はい」
なんかこの人の言い方、いちいち説得力がある。
◇ ◇ ◇
ギルドから少し歩いた路地裏に、
目的の宿はあった。
石造り三階建て、看板には「銀の輪亭」と描かれている。
外見は悪くない。
店先を掃除している若い従業員の動きも、手慣れている。
「はい、ギルド紹介です」
カウンターでドルガンさんが手短に話すと、
対応した女将さんはにっこり微笑んだ。
「でしたら二階の三人部屋が空いてますよ。
冒険者さんなら、多少泥だらけで帰ってきても大丈夫です」
「“多少”の範囲を超えないように気をつけます……」
泥と血まみれで帰ってきたら、
さすがに怒られそうだ。
部屋は――正直言うと、ラグナスの《青い灯火亭》のほうが落ち着いた。
けど、狭すぎるわけでもなく、
ベッドは三つ。窓つき。
荷物を置いても動きづらいほどじゃない。
「十分だな」
「うん、悪くない」
「寝るだけなら、問題ない」
三人とも納得したところで、
廊下からリゼさんの声がした。
「荷物置いたら、ひとまず自由行動でいいわよ」
「自由行動って、具体的には?」
「好きに街見て回りなさいってこと。
魔道具屋でも、武具屋でも、屋台巡りでも」
リゼさんはひらひらと手を振る。
「ただし、二つだけルール」
「ルール?」
「一つ、必ず三人一緒に動くこと。単独行動禁止。
二つ、トラブルの匂いがしたら、“好奇心より先に撤退”」
ユイがこくこくと頷く。
「了解です」
「わたしも、それでいい」
「俺も異論なし」
この街で迷子になったり、
変な奴に絡まれたりする未来は、なるべく避けたい。
「何かあったら、ギルド本部かこの宿に戻ってきなさい。
あとは――」
リゼさんはにやりと笑った。
「せっかく王都に来たんだから、ちゃんと“楽しかった”って思えること、ひとつは探しなさい」
「……了解です」
それは、ちょっとだけ胸に響いた。
◇ ◇ ◇
宿を出て、
俺たちはひとまず大通りへ戻った。
「どこから見て回る?」
ユイが聞いてくる。
「王都の“顔”って意味なら、中央通りの店かな。
武器屋、魔道具屋、服飾店……」
「武器と防具、気になる」
クレハが即答した。
「タツミの工房との違い、見てみたい」
「あー、それは俺も気になるな」
この世界の“平均値”を知らないと、
タツミさんのヤバさも、正確にはわからないままだ。
「じゃ、まず武器屋かな」
「了解です、リーダー」
ユイが楽しそうに笑う。
「“財布の紐担当”も頑張らないとですね」
「そこまでじゃねぇよ俺」
◇ ◇ ◇
王都の武器屋は、とにかく数が多かった。
表通り沿いだけでも数軒。
さらに路地の奥にもちらほら看板が見える。
一軒目に入った店は、
棚に規則正しく武器が並んでいるタイプだった。
ショートソード、ロングソード、槍、斧、弓。
どれも磨かれていて、見た目は非常にいい。
「いらっしゃい。
お、冒険者か? 今日は三人組が多いな」
陽気そうな店主が話しかけてくる。
「見て回っていいか?」
「もちろん。触るときは刃をこっち向きにな」
「はい」
店内を歩きながら、
いくつかの剣を手に取ってみる。
――軽い。
悪い意味ではない。
扱いやすさ重視、といった感じだ。
ただ、タツミさんの打った刀を知ってしまっている身としては――
(芯がないっていうか、
なんか“中身が軽い”感じがするな……)
ユイも槍コーナーを見ながら、
似たような顔をしていた。
「どう?」
小声で聞いてみる。
「扱いやすいと思います。
初級〜中級の人にはちょうどいい感じ、かな」
「けど?」
「タツミさんの槍を知ってると、
どうしても“違い”がわかっちゃいますね」
ユイは苦笑いする。
「こっちは“量産品”って感じ。
タツミさんのは、“誰か一人のための道具”って感じ」
「それ、めちゃくちゃわかる」
俺が頷いていると、
クレハが短剣コーナーから戻ってきた。
「刃は悪くない。
でも、“抜いて刺して捨てる”用」
「使い捨て前提?」
「うん。
“長く付き合う刃”じゃない感じ」
それはそれで需要があるんだろうけど、
俺たちの今の装備をここで総取っ替えする理由はなさそうだ。
「どうだ?」
店主が様子を見に来る。
「悪くない。
けど、今すぐ替えたいほどじゃないかな」
正直に言うと、店主は笑った。
「そうか。
だったらもう少し腕が上がってから、
記念に一本いいやつを買いに来な」
「いいやつもあるんですか?」
「当たり前だろう」
店主は奥のほうを顎で指した。
「あっちの棚は“職人が気合入れて打ったやつ”だ。
その代わり、値段も気合がいる」
「……今は見るだけにしときます」
「それがいいさ」
軽く頭を下げて、店を出る。
外の空気に触れた瞬間、
ユイがぽつりと言った。
「やっぱり、タツミさんってすごいんですね」
「うん。
ここで“王都の武具屋レベル”を知ったうえで、
あの人の工房に戻れるのはデカいな」
「戻ったら、“もうちょっとちゃんと褒めよう”って思いました」
「それな」
なんか、親のありがたみを上京後に知る、みたいな気分だ。
◇ ◇ ◇
次は、魔道具屋を何軒か覗いた。
照明用の魔石ランプ。
冷却箱。
音を出す小さな箱。
簡易結界スクロール。
俺の世界で言うところの電化製品とガジェットを足して、
魔力で動かすようにした感じだ。
「王都、やっぱ文明レベル高いな……」
「でも、魔力効率悪そう」
クレハが、ランプの魔石に指先を添えながら言う。
「すぐ魔力切れ起こす設計。
“買い替え前提”の作り」
「経済回すためには、壊れすぎても困るけど長持ちしすぎても困るってやつだね」
「秋人くん、急に経済の話します?」
「いや、なんか“元の世界で見たやつ”と似ててさ」
便利さと引き換えに、
ちょっとしたモヤッと感が残る構造。
そういうものなんだろう。
どこの世界も。
◇ ◇ ◇
ひとしきり武具と魔道具を見て回ったあとは、
腹も減ってきたので適当な食堂に入ることになった。
表に出ていたメニューには、
肉料理と煮込みとスープのセットが書かれている。
「ここ、そこそこ評判いいはずよ」
ニナが昨日のうちにくれたメモに、
この店の名前があったのを思い出す。
「じゃあ、ここでいいか」
中に入ると、
テーブル席はそこそこ埋まっていた。
客の多くは、商人か冒険者。
店員は手際よく注文をさばいている。
「おすすめは本日の肉料理ですー」
店員に促されるまま、
本日の肉料理セットを三つ頼む。
ほどなくして、皿が運ばれてきた。
大きな肉のグリル。
濃いめのソース。
付け合わせの野菜とパン。
香りは悪くない。
「じゃ、いただきます」
ナイフを入れて、一口。
――美味しい。
香ばしく焼けた表面。
噛むと肉汁が広がる。
ソースは少し濃いが、パンと一緒ならちょうどいい。
「普通に美味しいですね」
ユイも素直に頷いた。
「肉、柔らかい」
クレハももぐもぐしている。
……うん。美味しい。
美味しいんだけど――
(なんだろ、この“もう一歩”感)
ふと、マリーさんの煮込みを思い出す。
香りの層の厚さとか、口に入れたときの広がり方とか、
そういうものがやっぱり違う。
「秋人くん、今ちょっと“顔に出て”ましたよ」
「出てたか……」
「“美味しいのは美味しい。でも青い灯火亭のほうが好き”って顔でした」
「そこまで読み取られるとは」
いや、でも正直そのとおりだ。
「わたしもそう思った」
クレハが淡々と賛同してきた。
「ここも美味しい。
でも、“帰りたい味”はあっち」
「……“帰りたい味”っていいな」
ユイがふっと笑う。
「なんか、それだけでちょっと泣きそうになりました」
「泣くなよ、ここで」
「嬉しいほうのです」
そう言って、ユイはもう一口肉をかじる。
「でも、こうやって比べると――
“ラグナスに帰りたい”って気持ち、強くなりますね」
「それ、多分リゼさんたちの思惑どおりなんだろうな」
「どういうことです?」
「王都を見て、“すごい”って憧れるのは大事。
でも同時に、“自分たちの拠点がどれだけ大事か”も実感しておけってことじゃないか」
ボルグさんもエルナさんも、
そんなことを言いそうだ。
「ラグナスが“帰る場所”ってちゃんと思えてるなら、
王都で迷っても戻る線がある」
俺がそう言うと、
ユイは少しだけ俯いて笑った。
「なんか、“田舎の家族”みたいですね」
「王都が都会で、ラグナスが実家?」
「はい。
たまに都会に出て勉強して、
最後はちゃんと実家に帰る、みたいな」
「それ、いい比喩かもな」
クレハはパンをちぎりながら、ぽつりと言った。
「帰る場所、増えてる」
「増えてる?」
「前は、“秋人の家”と、“里”くらいだった。
今は“青い灯火亭”も“ギルド”も“ラグナスの街”もある」
「あー……」
言われてみればそうだ。
俺たち三人にとって、
もうラグナスはただの“拠点”じゃない。
知ってる顔があって、
帰ったら「おかえり」って言ってくれる人たちがいる場所だ。
「帰る場所、増えるのは悪くない。
でも、増えすぎると、“どこ守るか”迷う」
クレハは、真面目な顔でそう付け加えた。
「だから、“線引き担当”は大変」
「……そういうプレッシャーのかけ方する?」
「事実。
でも、“全部を守ろうとしない”って決めてるから、見ていて安心」
それは、それなりに信頼されてるってことなんだろうか。
だとしたら、嬉しい。けど、やっぱり重い。
「ま、王都のことは、王都にいるあいだ考えればいいか」
ひとまず今は、
目の前の肉を片付けることに集中する。
「そうですね。
あとで“甘いもの”も探したいですし」
「出た、ユイの甘味レーダー」
「旅先の甘味チェックは大事なんですよ?」
そんな他愛もない会話をしながら、
俺たちは王都での最初の食事を終えた。
――美味しい。
十分、美味しい。
でも、心のどこかで、
“青い灯火亭の夕食”を思い出してしまう。
(ちゃんと帰ろう)
王都を見て、学んで、迷って。
それでも最後は、ラグナスに帰る。
その線だけは、
絶対に変えないと決めながら――
「よし、次は甘味だな」
「はい!」
「……甘いものも、“帰りたい味”探す」
三人で立ち上がり、
俺たちはまた王都の通りへと歩き出した。
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