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第84話 王都ギルドマスターの“問い”



 カレンさんとの面談が終わって十分ほど。


 俺たちは、ギルド本部の一角にある待機室でソファに沈んでいた。


「どっと疲れた……」


「まだ本番前ですよ、秋人くん」


「だよなぁ……」


 王都ギルドマスターと面会。


 言葉だけ聞けば名誉っぽいけど、

 実際にその場に呼ばれる側としては、胃がキュッとするイベントだ。


「お前ら、肩に力入りすぎだ」


 壁にもたれて腕を組んでいたドルガンさんが、

 呆れたように言う。


「オークキングの魔石護衛した後だろうが。

 今さら偉い奴一人と話すくらいでビビってんじゃねぇ」


「いや、戦うほうがまだ気楽なんですよ、俺」


「それはそれでどうなんだ」


 そんなやり取りをしていると、

 コンコン、とドアがノックされる音がした。


「お待たせしました。

 ギルドマスターが準備できたそうです」


 顔を覗かせたのは、さっきのカレンさんだ。


 俺は思わず深呼吸した。


「じゃ、行ってらっしゃい」


 ニナが軽く手を振る。


「あたしはこのあと商会のほうにも顔出さなきゃだから、一旦ここでお別れね」


「色々ありがとうございました、ニナさん」


「またラグナス戻ったら遊びに行くから。

 絶対依頼受けてよ、《フロンティア・ライン》」


「はい、そのときはぜひ」


 そう返して、

 俺たちはカレンさんの後ろをついて廊下へ出た。


◇ ◇ ◇


 ギルド本部の奥は、

 さっきまでいたロビーとは別世界だった。


  冒険者たちの喧騒は遠くなり、

 靴音だけが静かに響く石床の廊下。


 壁には、古い地図や、歴代ギルドマスターの肖像画。

 その一つ一つから、“積み重ねてきた年月”が伝わってくる。


「緊張してる?」


 小声で聞いてきたのはユイだ。


「まぁ、ちょっとな」


「大丈夫ですよ。

 秋人くんは、いつもどおり話せばいいと思います」


「いつもどおりって、どのとき?」


「“ミルダ村で村長さんに事情説明したとき”とか」


「あー……」


 あのときも、やたらと緊張した記憶がある。

 でも、なんとか言葉にして伝えた。


 今回も、きっとそれと同じだ。


「わたしもいる」


 反対側を歩くクレハが、ぽつりと言う。


「変なこと言いそうになったら、足、踏む」


「物理で修正に入るのやめてくれない?」


 そんな会話をしていると、

 カレンさんが一枚の重そうな扉の前で立ち止まった。


「ここです」


 ノックの音。

 中からの低い声。


『――入れ』


 カレンさんが扉を押し開ける。


◇ ◇ ◇


 部屋の中は、想像よりも質素だった。


 分厚い机と椅子。

 壁際には本棚と地図。

 窓からは、王都の屋根と空が見える。


 その机の向こうに、

 一人の中年男性が座っていた。


 四十代半ばくらいだろうか。

 短く刈った黒髪には白髪が混じり、

 深く刻まれた皺のせいか、実年齢より少し上に見える。


 目は鋭い。

 でも、ただ怖いだけではなく、

 どこか“疲れと諦観”みたいなものも滲んでいる。


「紹介します」


 カレンさんが口を開く。


「王都ギルド本部ギルドマスター、

 ヘルマン・クラウス様です」


「ヘルマンでいい」


 男――ヘルマンさんは、

 重い声でそう言って立ち上がった。


「遠路ご苦労。《フロンティア・ライン》」


「ラグナス支部所属、《フロンティア・ライン》の佐藤秋人です。

 こちらが――」


「藤原結衣です。お世話になります」


「紅葉。……よろしく」


 三人で順番に頭を下げる。


 ヘルマンさんはそれを見届けてから、

 手でソファを示した。


「座れ。立ったままだと話しづらい」


「失礼します」


 腰を下ろすと、

 ヘルマンさんも椅子に座り直した。


 その隣には、壁にもたれるようにしてリゼさん。

 部屋の入口近くに、腕を組んだままのドルガンさん。


 ――なんか、妙に心強い布陣だ。


◇ ◇ ◇


「さて」


 ヘルマンさんは、机の上の書類に目を落とした。


「オークキングの魔石護衛依頼。

 ラグナス支部からの報告は一通り目を通している」


「はい」


「ミルダ村。盗賊団。ゴブリン。オーク群。

 ……ずいぶん“濃い”経験を積んでいるな、お前たちは」


「たまたま、そういう依頼が続いただけです」


「その“たまたま”を、ちゃんと生き残っている時点で、

 十分異常だ」


 ヘルマンさんの視線が、じっと俺たちに注がれる。


 飲み込まれそうな圧力。

 でも、その奥には、“測ろうとしている目”があった。


「ラグナス支部のボルグから、お前たちの話はよく聞いている。

 “線を引くのが上手いガキどもだ”とな」


「ボルグさんがそんなふうに……」


「ありのままを言ったのだろう」


 ヘルマンさんは、うっすらと笑った。


「線を引く者は、

 この仕事では貴重だ」


「……そう、なんですか」


「ああ」


 ヘルマンさんは、机の上の地図に指を走らせる。


「王都には、強い冒険者は腐るほどいる。

 “自分がどこまで戦えるか試したい連中”は特にな」


 指先が、いくつかの都市や砦をなぞる。


「だが、“どこで引き返すべきか”“何を守るべきか”を決められる者は少ない。

 多くは、強さに酔って死ぬか、

 金と名誉に目が眩んで線を誤る」


 それは、実感を伴った言葉だった。


(この人、何人も見てきたんだろうな……)


 強くなりすぎた冒険者が、

 あるいは、弱さの線引きを間違えた冒険者が、

 どんな最期を迎えたのか。


「お前たちは――今のところ、“まだ大丈夫そうだ”」


「“今のところ”ってついてるのが怖いんですけど」


「若いからな」


 あっさりと言われた。


「この先、王都でもっと多くのものを見て、

 もっと強くなれば、

 線を越えたくなる瞬間は必ず来る」


 ヘルマンさんは、

 まるで昔の誰かを思い出しているかのように、

 少しだけ目を細めた。


「だから、確認しておく」


 重い視線が、まっすぐこちらに向けられる。


「お前たち《フロンティア・ライン》は――

 何を一番に守る?」


 その問いに、

 部屋の空気がぴんと張り詰めた。


 ユイが、膝の上で握った手に力を込めるのが見える。

 クレハはじっと俺を見ている。


 ……さっき、カレンさんにも似たようなことを聞かれた。

 そのときの答えは、もう決めてある。


「――“一緒にいる人たち”です」


 自分でも驚くくらい、すんなり言葉が出た。


「依頼人。仲間。

 その場で“一緒に生き残ろうとしている人たち”。

 まずそれを守ります」


「魔石や金よりも?」


「はい。

 それを投げ捨てないといけない状況なら、

 迷わず捨てます」


 ヘルマンさんは、しばらく俺の顔を見ていた。


 嘘かどうか、試されている感覚。

 でも、言葉を変える理由は何もない。


 やがて――ふっと、口元が緩んだ。


「……よし」


 その一言に、肩の力が一気に抜ける。


「お前たちを、王都本部としても“正式に認める”」


「正式に、って……」


「ラグナス支部が推している若手は、

 王都でも“注目枠”として扱われる。

 これはその確認だ」


 ヘルマンさんは机の引き出しから、小さな刻印器具を取り出した。


「ギルドカードを出せ」


「はい」


 三人分のカードを差し出すと、

 ヘルマンさんはそれぞれに、

 金属の印を軽く押し当てた。


 淡い光が灯り、すぐに消える。


「……?」


「王都本部認定の印だ」


 カレンさんが説明してくれる。


「それがあると、

 王都周辺での依頼ランク制限が少しだけ緩和されます。

 “ちゃんと見たうえで“危険な依頼も任せられる”と判断した印ですね」


「それって、要するに――」


「“面倒な仕事も回ってくる”って意味だ」


 ドルガンさんがぼそっと補足した。


「嬉しいような、怖いような……」


「両方だ」


 ヘルマンさんは立ち上がる。


「王都は、辺境よりもずっと面倒で、

 ずっと利口で、

 ずっと愚かだ」


「……はい?」


「強い奴は多い。賢い奴も多い。

 だが、どうしようもなく愚かな選択をする連中も、山ほどいる」


 窓の外――王都の街並みを、一瞥する。


「そんな街だからこそ、

 “線を引ける冒険者”が必要なんだ」


 その言葉に、

 リゼさんがわずかに口元を緩めた。


「ね? 言ったとおりでしょ」


 小声でそう言われて、

 思わず苦笑する。


「お前たちの拠点はラグナスだと聞いている」


「はい。

 そこは変わらないつもりです」


「それでいい」


 ヘルマンさんは頷く。


「だが、王都にも“線の端”を伸ばしておけ。

 いざというとき、ここからラグナスへ、

 あるいはラグナスからここへ、

 すぐに駆けつけられるようにな」


「……それは、つまり」


「この国全体が“お前たちの帰る場所”になるよう、

 上手く生きろということだ」


 ヘルマンさんの目が、

 一瞬だけ柔らかくなった気がした。


「それができるかどうかで、

 《フロンティア・ライン》が“ただの若手有望株”で終わるか、

 “この時代の名前持ち”になるかが決まる」


「……難しいことを、さらっと言いますね」


「難しいことしか残ってないのさ、この歳になると」


 自嘲気味に笑うその顔は、

 どこかボルグさんに似ていると思った。


「最後に、一つだけ忠告だ」


 ヘルマンさんは、

 今度は少しだけ声を低くする。


「王都にいるあいだ、

 “妙に親切な貴族”には気をつけろ」


「……はい?」


「さっきも言っただろう。

 この街には、強くて賢くて愚かな奴が多い」


 ヘルマンさんは地図の一点――王城の方角を軽く指で突いた。


「力のある若い冒険者を、

 “自分のコマにしたがる連中”もその一部だ」


 ユイが、ピクリと肩を揺らす。


「貴族に限らない。

 ギルド内部にもいる。

 教会にも、商会にも、軍にも」


 ヘルマンさんは、そこで少しだけ口元を歪めた。


「だが、安心しろ。

 あまりに露骨な真似をする奴がいたら――」


 視線が、部屋の隅のリゼさんとドルガンさんへ向かう。


「こいつらが、遠慮なくぶん殴ってくれる」


「そうよ?」

「気に入らねぇ真似してる奴がいたら、遠慮なく教えろ」


 二人が同時に言う。


 その様子に、

 なんだか可笑しさと、心強さが同時に込み上げてきた。


「……わかりました」


 俺は、しっかりと頷いた。


「変に威張ってるだけの“権力持ち”に、

 頭を下げるつもりはありません」


「それでいい」


 ヘルマンさんは満足そうに目を細める。


「――ようこそ、王都へ。《フロンティア・ライン》」


 その言葉に、

 ようやく胸の奥の緊張が解けていくのを感じた。


◇ ◇ ◇


 部屋を出て、

 廊下を歩きながら、ユイが小さく息を吐いた。


「……なんか、すごい人でしたね」


「すごかったな」


 強くて、疲れてて、それでもまだ諦めてない大人。

 そんな印象だった。


「でも、“いい大人”だった」


 クレハがぽつりと言う。


「力があるのに、“全部自分でどうにかしよう”としてなかった。

 ちゃんと、任せようとしてた」


「……そうだな」


 それができる人は、案外少ないのかもしれない。


「ボルグさんとも違う方向に暑苦しいよな、あの人」


「褒めてます?」


「褒めてる」


 そんな話をしていると、

 前を歩いていたカレンさんが足を止めた。


「とりあえず、今日の“お堅い用事”はここまでです」


「助かりました。

 色々、ありがとうございました」


「いえ。こちらも、有望株を直接見られて収穫でした」


 カレンさんは、少しだけ表情を緩める。


「残りの滞在期間、

 王都観光なり、軽い依頼なり、

 好きに有意義に過ごしてください」


「軽い依頼も、受けていいんですか?」


「もちろん。

 ただし――」


 カレンさんは、いたずらっぽく笑った。


「ヘルマンの忠告は、忘れないように」


「“妙に親切な貴族に気をつけろ”、ですね」


「そう。あと、“妙に話しかけてくる王都ギルドの若手冒険者”も、

 ちょっとだけ警戒しておくといいかもしれません」


「なんでそこで若手も入るんです?」


「ライバル心、嫉妬、興味本位。

 色々混ざると、面倒なことになりやすいので」


 カレンさんは肩をすくめた。


「でもまあ――

 トラブルも含めて、“王都に来た経験”ですから。

 せいぜい楽しんでください」


 その言葉に、ユイがふっと笑った。


「……はい」


 王都。


 ラグナスから伸ばした線の先にある、“国の中心”。


 その腹の中に、一歩踏み込んだ実感が、

 ようやく足元からじんわり湧いてきた。


(迷うだろうな、多分)


 たくさん見て、たくさん羨ましくなって、

 たくさん凹むこともあるだろう。


 それでも――


(ラグナスから引いてきた、この線だけは、

 絶対に切らない)


 そう心に決めて、

 俺はギルド本部の玄関へ向かって歩き出した。


 外の喧騒が、

 さっきより少しだけ近く感じられた。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

少しでも「おもしろかった」「続きが気になる」と思っていただけましたら、

感想・レビュー・ブックマーク・評価などで応援していただけると、とても励みになります。


皆さまの反応を参考に、今後の更新ペースや展開も調整していきたいと思っています。

誤字脱字なども気づいた点があれば、遠慮なく教えてください。


これからもよろしくお願いします。

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