第83話 王都ギルド本部という“腹の中”
王都の大通りをしばらく進むと、
やがて“空気の流れ”が変わった。
人の流れ。視線の向き。
歩いている人間の服装や武器。
直感的にわかった。
――この先が、冒険者の縄張りだ。
「ほら、見えてきた」
ニナが御者台の上から指さす。
大通りが少しだけ広くなった先。
左右の建物より頭一つどころか三つくらい飛び出している、巨大な石造りの建物。
中央には、ギルドの紋章。
ラグナス支部で見慣れたそれより、装飾が一段豪華だ。
「おー……」
思わず声が漏れる。
ラグナスのギルドも十分大きいと思っていたけれど、
ここは、もう“施設”というより“要塞”に近い。
正面玄関とは別に、横には大きな搬入口。
荷馬車が何台も出入りしていて、
装備をつけた冒険者や、書類を抱えた職員が忙しそうに走り回っている。
「まずは荷馬車ごと、あっちね」
リゼさんが搬入口のほうを顎で示す。
「オークキングの魔石は、そのまま金庫室直行。
あんたたちは、報告と挨拶。流れはそれだけ」
「“それだけ”って、軽く言いますけどね……」
胃がきゅっとなるのを、なんとか顔に出さないようにする。
◇ ◇ ◇
搬入口には、門番とはまた違うタイプの兵士――というか、
ギルド警備隊らしき連中が立っていた。
鎧は軽めだが、動きは明らかに鍛えられている。
そのうちの一人がこちらに歩み寄ってきた。
「荷の搬入か。ギルドカードと書類を」
「はーい。ニナ・キャラバン一行と、《フロンティア・ライン》、それから――」
「リゼリア・フェルンライトよ」
リゼさんがカードをひらひら見せると、
警備隊の男は一瞬だけ目を見開き、すぐ真顔に戻した。
「……Sランク本人確認。
オークキング関連依頼、搬入受理。こちらへ」
手続きは、さすが王都本部というか、
驚くほどスムーズだった。
木箱にはさらに二重三重の封印札が追加され、
専用の台車に乗せられて、
屈強そうな職員たちによって奥の金庫室へと運ばれていく。
「ふぅ……終わった、のか?」
「荷物としてはね」
ニナが肩を回す。
「“運ぶ”部分はこれで完了。
あとは“運んできた人たち”の処理」
「言い方」
「事実じゃん?」
ニナが笑う。
「本部の偉い人たちがね、“ラグナスの有望株”をちょっと見ておきたいわけ。
ギルドってそういうとこ、抜け目ないから」
「ですよねぇ……」
◇ ◇ ◇
荷馬車と一旦別れ、
俺たちは正面玄関からギルド本部に入ることになった。
「わぁ……」
ドアをくぐった瞬間、ユイの感嘆の声が漏れる。
ラグナス支部のロビーもそれなりに広かったが、
王都本部は、その倍はある。
高い天井にはシャンデリア型の魔道具。
壁際には、巨大な依頼掲示板がいくつも並び、
その前で多種多様な冒険者たちがひしめき合っている。
受付カウンターは一直線ではなく、
用途別にいくつかの島に分かれていた。
通常依頼受付。高難度依頼窓口。
ギルドカード発行・更新窓口。
貴族や商人のための“専用応接窓口”まである。
「人、多い……」
クレハがわずかに眉をひそめる。
「視線も、多い」
言われてみれば、そこかしこからちらちら見られていた。
理由はだいたいわかる。
Sランクのリゼさんが歩いていれば、そりゃ目立つ。
その後ろにくっついてる俺たちも、否応なしに目立つ。
「緊張する……」
「ユイ、大丈夫か?」
「だ、大丈夫です。
ちょっと“高校の全校集会で前に立たされてる”気分なだけで……」
「それは大丈夫じゃない気がするんだけど」
「慣れて」
クレハが横から小さく言う。
「今のうちに慣れると、あとが楽」
「その“あと”が怖いんだよなぁ……」
そんなやり取りをしている間に、
リゼさんは慣れた様子でカウンターの一つへ向かっていた。
「すみませーん。オークキング関連依頼の報告と、事前連絡してた件なんだけど」
呼びかけに応じて顔を上げた受付嬢は、
一瞬だけ固まった。
「……リゼリア様!?」
「はい、本人よ。そんな驚かなくていいから仕事して」
「も、申し訳ありません!すぐに担当者を――!」
受付嬢が慌てて奥に向かって手を振る。
少しして、
肩までの茶髪をきちっとまとめた、眼鏡の女性職員が現れた。
年齢は二十代後半くらいだろうか。
ラグナスのミリアさんより、少しお姉さんっぽい雰囲気。
「お待たせしました。王都ギルド本部、副官のカレン・ハートリーです。
リゼリアさん、お久しぶりですね」
「久しぶり、カレン。元気そうで何より」
「ええ、おかげさまで。
――そちらが、《フロンティア・ライン》の皆さんですね?」
カレンさんの視線が、俺たちに向く。
その目は、
笑ってはいるのに、どこかで“測っている”ような感触があった。
「ラグナス支部から、ずいぶんと熱のこもった報告書が届いていますよ」
「熱のこもった……」
ボルグさんの顔が頭に浮かぶ。
あの人の“熱”は、だいたい筋肉と汗と根性で構成されているイメージだが、
書類だとどう変換されているんだろう。
「改めまして。
ラグナス支部所属Cランクパーティ《フロンティア・ライン》の佐藤秋人です」
俺は軽く頭を下げた。
「同じく、藤原結衣です。
前衛と支援を担当しています」
「紅葉。斥候と偵察、あと暗器」
クレハは相変わらず自己紹介がシンプルだ。
カレンさんは一人一人の顔と名を確認し、
ふむ、と小さく頷いた。
「噂通り、“年齢のわりに落ち着いている”印象ですね。
……それに、目が戦場を知っている」
「戦場ってほどじゃないですけど……」
「ミルダ村の件。
盗賊団の拠点急襲。
ゴブリン巣の殲滅。
オーク群からの村防衛。
そして、今回のオークキング絡みの護衛」
カレンさんは、淡々と読み上げる。
「これをたった一季節の間に経験したCランクは、そう多くありません」
「……改めて並べられると、すごいな俺たち」
自画自賛じゃなく純粋な感想として、そう思った。
「評価は王都本部としても共有済みです。
――ただし」
カレンさんは、表情を少しだけ引き締める。
「書類と噂だけで判断するつもりはありません。
王都は、それで何度も痛い目を見ていますから」
「……ですよね」
納得しかない。
「なので、オークキング魔石搬入の正式な報告書の作成と、
皆さんからの直接の聞き取り。
それと、いくつか簡単な質問にお付き合い願えますか?」
「取り調べっていうやつですか?」
ニナが茶化すように言う。
「取り調べではなく“確認”です。
こちらも命と金がかかった荷物を受け取ったわけですから」
カレンさんは苦笑した。
「もっとも、今回の場合――
リゼリアさんが護衛に付いている以上、
よほどのことがない限り問題視するつもりはありません」
「よほどのことって?」
「例えば、護衛同士で内輪揉めして荷を投げ出して逃げたとか」
「しませんよそんなこと!?」
ニナが全力で否定した。
「でしょ?
……まぁ、形式的なものだと受け取ってください」
カレンさんは、
俺たちを奥の応接室へ案内しながら言った。
◇ ◇ ◇
応接室の中は、
ラグナスの会議室より少しだけ豪華だった。
ソファと机。
壁には地図と、いくつかの魔物の頭蓋骨が飾られている。
「では、まず簡単なところから」
カレンさんは資料を広げ、
ペンを走らせながら質問を投げてきた。
「オークキングの魔石護衛依頼。
ラグナス発、宿場経由、王都行き。
道中での襲撃は、計何回?」
「明確な襲撃は一回です」
俺は答える。
「盗賊ギルドの一団と思われる一味に狙われました。
ただし彼らの目的は、あくまで“戦力の観測”と“妨害”で、
本気で奪いに来ている動きではありませんでした」
「戦いの中で、そう感じたと?」
「はい。
“奪い切る”というより、“どこまで対応できるか試している”動きでした」
カレンさんはペンを止めずに頷く。
「盗賊ギルド側の動きは、こちらでも把握しています。
――ドルガン殿が、付かず離れず見守っていたと聞いていますが?」
「ああ」
部屋の隅に座っていたドルガンさんが、面倒くさそうに頭を掻いた。
「ギルドから、“余計な真似はするな。ただ“ライン”から外れそうになったら戻せ”って言われてな。
だから基本は見てただけだ」
「その“ライン”って、どこに引いてたんですか?」
ユイが興味深そうに聞く。
「そうだな……」
ドルガンさんは一瞬考え、
にやりと笑った。
「“三人の誰かが死ぬか、荷が確実に奪われるか”のギリ手前、だな」
「十分ギリギリなんですけど!?」
「おかげで、いい経験になっただろう?」
「……否定できないのが悔しい」
思わず頭を抱えたくなる。
カレンさんはそんなやり取りを見て、
小さく笑った。
「なるほど。
ラグナス支部が彼らを“実戦向き”と評価する理由がよくわかりました」
「褒めてます?」
「ええ。もちろん」
カレンさんは真顔に戻る。
「――では、少しだけ意地悪な質問もしていいですか?」
「意地悪って、宣言するんですね……」
「そのほうがフェアでしょう?」
カレンさんはペンを置き、こちらをまっすぐ見た。
「たとえば道中。
“魔石を守るか、キャラバンの人間を守るか”の二択を迫られたら、
あなた方はどう判断しました?」
部屋の空気が、すっと冷えた気がした。
ユイとクレハが、同時にこちらを見る。
俺は、一瞬だけ迷い――すぐに、答えを口にする。
「……まず、ニナたちキャラバンの人間を優先して守ります」
「ふむ」
「そのうえで、可能な限り魔石も守れるように、
戦場を組み立て直します」
王都までの道のりで、何度も頭の中で繰り返した線引きだ。
「“荷物を守るために人を切り捨てる”のは、
《フロンティア・ライン》のやり方じゃないです」
ユイが小さく頷く。
「線がほしいなら、“最初にどこを守るか”はっきりしたほうがいい。
そうしないと、あとで迷って全部失うから」
クレハもぽつりと言った。
「……ラグナスの報告書どおりですね」
カレンさんは、わずかに口元を緩める。
「ボルグ支部長は書いていました。
“この三人は、優先順位を間違えない。
荷を守るために人を捨てるような連中には、決して育たない”と」
「あの人、そんなこと書いてたんだ……」
ちょっとだけ、目頭が熱くなる。
(帰ったら、ちゃんと礼言っとこう)
「安心しました」
カレンさんはペンを再び取る。
「王都は、ものも金も人も集まる場所です。
だからこそ、“何を一番に守るか”がぐらついている者は、
すぐに飲み込まれてしまう」
「……そんな気はします」
「あなた方は、まだ若い。
ですが、“守る線”を持っている」
カレンさんは、書類を一旦閉じた。
「オークキング魔石護衛依頼――
王都本部としても、正式に“完了”と認めます」
ほっと、肩の力が抜ける。
「それともう一つ」
カレンさんが、別の封筒を机の上に置いた。
「本部ギルドマスターが、
“時間をとって会いたい”と言っています」
「ギルドマスター……って、王都本部の?」
「ええ。
ラグナスのボルグ支部長からの推薦状の件もありますから」
カレンさんは、いたずらっぽく笑った。
「王都の“腹の中”に入るつもりがあるのかどうか、
少しだけお話をしたいそうです」
「腹の中って物騒な表現ですね……」
「事実ですから」
やっぱりこの人、ラグナスのミリアさんと同じ系統だ。
俺は、ユイとクレハの顔を確認してから、
カレンさんのほうを見た。
「……わかりました。
予定が合うなら、ぜひお会いしたいです」
「はい。では時間を調整します」
カレンさんは立ち上がると、
ドアのほうへ向かいかけて――ふと振り返った。
「王都で迷っても構いません。
ただ――」
その視線は、どこか優しくも厳しかった。
「ラグナスから伸びてきた“線”だけは、
絶対になくさないでくださいね」
その言葉に、自然と背筋が伸びた。
「努力します。
――いえ、絶対に、なくしません」
そう答えたとき。
ようやく俺は、
“王都のギルド本部に来た”実感を、
少しだけ掴めた気がした。
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