第82話 王都へ続く門
翌朝、俺たちはまだ空気がひんやりしている時間に宿場を出発した。
荷馬車の前後を、俺たちとリゼさん、ドルガンさんが固める。
荷台の真ん中には、例の“オークキングの魔石”が封じられた木箱。
表面にはギルド本部の刻印と、魔術師用の封印札がびっしり貼られている。
――何度見ても、物騒な荷物だ。
「いよいよ、だね」
御者台の横を歩きながら、ユイがぽつりとつぶやいた。
視線の先には、濃い霧みたいに遠くに浮かぶ巨大な壁。
昨日は遠目だったそれが、今ははっきりと形を持ち始めている。
塔。見張り。旗。門。
ラグナスや宿場とは、そもそもスケールが違った。
「……近くで見ると、やっぱりデカいな」
思わず本音が漏れる。
俺の世界で言うところの“城壁都市”なんだろうけど、
実物を目の前にすると、ゲーム画面のそれとは迫力が段違いだ。
「王都の外壁、高さは二十メートル以上はあるはずだよ」
ニナが得意げに言う。
「厚さもあるからね。
戦争のときは、あの上に兵士と魔術師がずらっと並ぶんだ」
「想像したくないな……」
「でも、そういう場所なのよ、王都は」
前を歩くリゼさんが振り返る。
「“国の顔”であり、“最後の砦”でもある。
だからこそ、こんなものまで運び込める」
そう言って、リゼさんは荷台を軽く叩いた。
「王都の連中に、あんたたちの“仕事の結果”を見せてやりなさいな」
「……はい」
なんか、それだけでちょっと背筋が伸びる。
◇ ◇ ◇
壁が近づくにつれて、
道の両側に並ぶ人や馬車の数がどんどん増えていった。
行商人。旅芸人。軍馬を連れた騎士団の一団。
異国風の衣装の商隊や、貴族っぽい馬車。
「わぁ……」
ユイが素直に声を上げる。
「人、多いですね……」
「ここまで来て王都に用がないやつはいねぇからな」
ドルガンさんがぼそっと言う。
「稼ぎたい奴。出世したい奴。逃げたい奴。
色んな思惑が、あの門んとこに全部集まる」
「ドルガンさんの言い方、いちいち重いんですよね」
「事実だ」
とことんマイペースなおっさんだ。
やがて、列の最後尾が見えてきた。
ラグナスの門とは比べ物にならないくらい長い列が、
ゆっくりと、でも確実に前へ進んでいる。
「うわ、本当に行列だ……」
俺の世界のテーマパークを思い出す。
開園ダッシュを逃した客みたいな気分だ。
「これでもまだマシなほうよ」
リゼさんが肩をすくめる。
「祭りの期間中とか戦争前後は、日をまたぐ行列になるわ」
「日をまたぐってレベル超えてません?」
「途中でテント張ってミニ市ができるの。楽しいわよ?」
それはもう“行列”じゃなくて“野営”では。
「ま、とりあえず並ぶわよ。
ニナのキャラバン枠とギルド書類があるから、
完全な一般列よりは早く進むはず」
「はいはーい。あたし出番!」
ニナが荷馬車の先頭に躍り出て、門番の兵士に声をかけに行った。
◇ ◇ ◇
それからしばらく、俺たちは“王都の行列”に飲み込まれた。
前の馬車の荷台からは干し肉とスパイスの匂い。
後ろの隊商は、色とりどりの織物を積んでいる。
頭上には、王都の旗と王国の紋章が風にはためいていた。
「……緊張してる?」
隣に並んだユイが、小声で聞いてくる。
「まぁ、ちょっとな」
隠しても仕方ないので素直に答えた。
「ラグナスのときは、“とりあえず知らない街”って感じだったけど」
「ここは、“国の中心”ですもんね」
「そう。なんか、“試される”ところに来たって感じがする」
俺がそう言うと、ユイは少し笑った。
「秋人くん、あんまり構えすぎると胃が死にますよ?」
「最近みんな俺の胃の心配しすぎじゃない?」
「リーダーの健康管理も仲間の仕事ですから」
「そういうものなのか……?」
納得しかけてる自分がちょっと悔しい。
「クレハは平気そうだな」
後ろを振り向くと、クレハはいつも通りの無表情で景色を眺めていた。
「……人、多い。でも、見張りの配置は規則的」
「見るとこそこなんだなお前は」
「兵士の視線、足運び。慣れてる。
“突然の襲撃”は、すぐには通らない」
「それは、良い情報?」
「良い。今は“正面から襲ってくる敵”は少ない」
少しだけ安心する。
この国、ちゃんと守られてるんだなって実感が湧いた。
◇ ◇ ◇
半刻ほど進んだころ、
俺たちの番が近づいてきた。
王都の門は、近くで見るとさらに巨大だった。
上にはずらりと兵士と弓兵、魔術師らしき robed 人影。
門の内側にも、槍を持った兵士が二重三重に並んでいる。
行列の前方では、門番が一組ずつ問いかけをしていた。
「国籍と目的は?」「滞在予定は?」「武器は携帯のみか?」
そんな問いになるたびに、
旅人たちは書類やギルドカード、紹介状を見せている。
俺は自然と背筋を伸ばした。
「次、ニナ・キャラバン一行」
兵士の一人が声を張り上げる。
ニナがすっと荷馬車を進めた。
「はいはーい。東方交易路登録隊商、ニナ・キャラバンでーす。
事前通達済みの“特別護衛付き”だよ」
ニナが書類束を差し出す。
門番の隊長らしき男は、
無精ひげの下で表情を動かさず、それを受け取った。
「確認する。……ふむ、ニナ・ルーベルト商隊。
ラグナス支部および本部ギルドからの事前申請あり」
目を細め、後ろの俺たちに視線を向ける。
「護衛は――Sランク冒険者、リゼリア・フェルンライト」
「はいはい、ここよ」
リゼさんが軽く手を挙げると、
周囲の兵士たちがざわっとどよめいた。
「まさか本物の《蒼牙の女王》か……」
「本当にいたんだ……」
「うちの城壁より有名人じゃねぇか」
ささやきが飛び交う。
リゼさんは慣れた様子で、適当に受け流していた。
「それと――」
門番の視線が、俺たち三人に移る。
「ラグナス支部所属、Cランクパーティ《フロンティア・ライン》。
……指名依頼、およびオークキング関連依頼の履歴あり。間違いないか?」
俺は、いつものクセで少し腰を折った。
「ラグナスの冒険者ギルド所属、《フロンティア・ライン》リーダーの佐藤秋人です。
こちらがパーティメンバーの、藤原結衣、紅葉です」
目上相手だから、自然と口調も丁寧になる。
兵士はじっと俺たちを見た。
まだ俺たちのことを知らない目だ。
でも、全く相手にしていない目でもない。
「身分はギルドカードで確認済みだ。
“オークキングの魔石”の搬入は……」
門番の視線が、荷台の木箱へ移る。
封印札を見た瞬間、眉がぴくりと動いた。
「……本物か。よくこんなものを運んできたものだな」
「途中で盗まれたら、たぶん私たちの首が飛んでますからね」
ニナがケロッと言う。
「だからこそ、あんたらみたいな“まともな門番”がいると安心するわ」
「おだてても何も出ん」
兵士はわずかに口元を緩めた。
「魔石は本部の指示どおり、ギルド金庫室行きだな。
護衛一行については――」
そこで、門番は少し声を落とし、俺たちにだけ聞こえるトーンで言った。
「王都は、辺境の街とは“勝手が違う”。
冒険者が多い分、トラブルも比例して多い。
気を引き締めて行け」
それは脅しではなく、純粋な忠告だった。
俺は自然と頭を下げる。
「ありがとうございます。肝に銘じます」
「よし、通れ」
号令とともに、巨大な門が少しずつ開いていく。
分厚い木と鉄がこすれ合う、低い音。
外の光と、内側の薄暗さが混じり合う瞬間――
足元が、ほんの少しだけ震えた気がした。
「行こうか、《フロンティア・ライン》」
ユイが小さくつぶやく。
「……ああ」
俺たちは、荷馬車の横を並んで歩き出した。
◇ ◇ ◇
門をくぐった瞬間、
空気が変わった。
外よりも、空気が密度を増したような感覚。
人の声。車輪の音。商人の呼び声。
それに混じって、魔道具の微かな振動音や、
どこかから聞こえる音楽の旋律。
「すご……」
思わず呟くと、ユイも同じように目を丸くしていた。
「これが……王都……」
目の前には、広い石畳の大通りがまっすぐ伸びている。
左右には二階建て、三階建ての石造りの建物。
看板には、武器屋、魔道具店、服飾店、飲食店の文字。
ラグナスも、それなりに栄えている街だと思っていた。
でも、王都はその“もう一段上”にいた。
「秋人」
横にいたクレハが、袖をくいっと引く。
「うん?」
「感想、“すごい”以外、ない?」
「う……」
言われてみればそうだ。
ボキャブラリーが小学生並になってる。
「高い建物。人、多い。馬車多い。
でもみんな、慣れた動き。
“ここが当たり前”って感じ」
クレハは淡々と言葉を並べる。
「だから、“よそ者”はすぐバレる」
「……そういうところ見てるお前は、すごいと思う」
「ふふん」
珍しく、ちょっとだけ得意げな表情を見せた。
「うわ、あれ見て!」
今度はニナの声だ。
指差す先には、
空を飛ぶ……何か。
よく見ると、人間くらいの大きさの“鳥型の魔道具”のようだった。
翼の一部が金属とクリスタルでできていて、
そこから淡く光が漏れている。
「王都限定の“飛行監視魔道具”だよ。
空から街を見張るやつ」
「ドローンかよ……」
「どろん?」
「元の世界の話。こっちで言う魔道具みたいなもん」
まさか異世界でドローン的なものを見るとは思わなかった。
さすが王都。文明レベルがおかしい。
「さて、と」
リゼさんが、くるりと振り返る。
「感動してるところ悪いけど、
最初の目的地は観光じゃなくてギルド本部だからね」
「ですよね」
「オークキングの魔石搬入報告、護衛依頼の完了。
それと――」
リゼさんは俺たちを順番に見た。
「ラグナス支部が“推している若手”が、
どれだけのものか、王都に顔見せすること」
「うぇ……プレッシャーが」
「大丈夫。
“何もしてないのに期待される”のと、
“ちゃんと実績持って来て会う”のは全然違うわ」
リゼさんはにやっと笑う。
「今回は後者。
胸張って行けばいいのよ、線引き担当さん」
「その肩書き、ここでも定着させます?」
「もちろん」
ユイが楽しそうに笑う。
「王都本部に、“線引き担当”“守護担当”“影走り担当”って覚えられたら、
それはそれで面白いじゃないですか」
「面白い……のか?」
「少なくとも、変な印象ではない」
クレハがこくりと頷く。
「“何するパーティか”が、わかりやすい」
「……そうか」
なんか、そう言われると悪くない気がしてくるから不思議だ。
視線を上げると、
大通りの向こうに、ひときわ大きな建物が見えた。
重厚な石造りの外壁。
冒険者ギルドの紋章。
人の出入りが絶えない巨大な玄関。
「あれが、王都ギルド本部」
ニナが教えてくれる。
「ラグナス支部より人も多いし、面倒ごとも多いけど――
それだけ“仕事”も“情報”も集まる場所」
「じゃあ、まずはそこに挨拶だな」
「うん」
ユイがきゅっと表情を引き締める。
クレハも、いつもの無表情のまま、
でもほんの少しだけ目を輝かせていた。
――ラグナスから伸びた線は、
確かに王都まで届いた。
次は、この街でどんな線を引くことになるのか。
俺は、荷台の“重たい荷物”を一度振り返ってから、
ギルド本部の方角へと視線を向けた。
「行こう」
そう口にした瞬間、
王都の喧騒が、少しだけ近くなった気がした。
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