第81話 王都前夜と、線に名前を
王都を遠目に眺めながら進んでいくと、
夕方前には、もう一つの“街の影”が見えてきた。
「――あれが『王都手前宿場』」
リゼが、前を指さす。
王都本体の城壁とは別に、
少し手前に、小さめの壁と門が築かれている。
旅人と商人が一旦足を止め、
王都に入る準備を整えるための場所だという。
「なんか……“前室”って感じですね」
「そう。“王都の玄関マット”みたいなところ」
ニナが笑う。
「ここまで来てる時点で十分すごいんだけどね。
旅人の中には、この宿場まで来て満足して帰る人もいるくらいだし」
「へぇ……」
分からなくもない。
遠くに見える城壁の迫力だけで、
心臓がちょっとだけ落ち着かないのだ。
◇ ◇ ◇
宿場の門を抜けると、
ラグナスより少し整った雰囲気の通りが現れた。
石畳はしっかり固められていて、
店も宿も“王都価格”を意識してか、ちょっと洒落ている。
「お金、飛びそう……」
ユイが小声でつぶやく。
「今日はギルド補助も出てるし、
ニナのキャラバン枠で宿も多少は優遇されてるから心配しなくていいわよ」
リゼがさらっと言う。
「“王都の手前で死なれたら困る”って意味でも、
ここまではギルドも気前がいいからね」
「言い方の問題では?」
◇ ◇ ◇
ギルドの簡易支部で「盗賊ギルド遭遇」の報告と通行確認だけ済ませ、
俺たちはニナ推薦の宿へ向かった。
「ここ! 王都前で泊まるならここ一択!」
ニナが胸を張る。
外観は普通の木造宿屋だが、
中に入ると、清潔で落ち着いた雰囲気の広い食堂があった。
「三人部屋ひとつ、二人部屋ひとつでいいわね」
リゼが女将と手早く話を済ませる。
「秋人は、今日も一人部屋?」
「いや、さすがに人数的に無駄だろ」
俺が言う前に、ニナがさらっと口を挟んだ。
「男部屋ひとつにまとめよ。
ドルガンおじさんも入れるなら、そのほうが楽でしょ?」
「……別に俺は野宿でも構わんが」
いつの間にか、ドルガンは宿の柱にもたれていた。
「“王都前夜に弟子ほったらかして野宿してる師匠”とか、
ただの変な人になるのでダメです」
ユイが即座に否定する。
「……変な理屈だが、まぁいい」
ドルガンは苦笑した。
◇ ◇ ◇
荷物を部屋に運び、
順番に風呂と着替えを済ませたあと。
夕食前のちょっとした空き時間に、
三人で食堂の一角を確保した。
「――で、本題」
ユイが真剣な顔でテーブルに肘をつく。
「パーティとしての“名乗り”と“方針”、
ちゃんと決めよ?」
「名前はもう“フロンティア・ライン”でいくって決めてるけどな」
「意味とか、どう説明するか。
王都のギルド、本気で根掘り葉掘り聞いてくるからね?」
ニナが横からひょこっと顔を突っ込んできた。
「“ただのカッコいい響きでつけました!”だけだと、
新人扱いのまんまだよ?」
「ぐ……」
それはちょっと困る。
◇ ◇ ◇
「まず、確認させて」
ユイが指を一本立てる。
「“フロンティア・ライン”って名前、
もともと秋人くんが口にした言葉だよね」
「あー……うん」
ラグナスでパーティ名を決めたときのことを思い出す。
「“辺境と、王都みたいな中央を線で結ぶ”って意味で、
そこを往復しながら、色んなもの運んだり守ったりする……みたいなイメージ?」
「そうだな。
ラグナスも、ミルダ村も、この宿場も、王都も――
全部、線の上に乗っかってる感じで」
「いいと思う」
クレハが、ぽつりと言った。
「“どこか一つの街に根を張る”んじゃなくて、
“線のほうを自分の場所にする”」
「それそれ!」
ニナが勢いよく手を叩く。
「ギルドの中でそういう役割を持つパーティ、
実はそんなに多くないんだよね。
地元密着型か、王都張り付き型か、傭兵型かに偏りがちだからさ」
「……じゃあ、説明文としては」
俺は指折り数えながら言葉を探す。
「“辺境と中央を結ぶ線上で、人と物と情報を安全に運ぶことを目指すパーティ”……とか?」
「堅いけど、間違ってない」
ユイが笑う。
「“線路”みたいなイメージかな」
「線路?」
「元の世界の話。
人や荷物を運ぶための道具。
レールが敷かれた上を、でっかい箱が走るやつ」
「あー……」
クレハは首をかしげている。
紅葉の里に線路はないだろうし、そりゃピンとこない。
「と、とにかく」
ユイが咳払いをして続ける。
「わたしは、その方向性でいいと思う。
“どこで戦うか”よりも、“どこを繋ぐか”を大事にするパーティ」
「クレハは?」
「賛成」
即答だった。
「アキトの“したいこと”、わかりやすい。
ユイの“守りたいもの”とも、合ってる」
「……そっか」
“二人ともちゃんとそう受け取ってくれてる”ってだけで、
ちょっと救われる気がした。
◇ ◇ ◇
「方針は、それでいいとして」
ユイが、少しだけ顔を赤くしつつ言った。
「もう一つ、“名乗り方”も決めとかない?
王都の人って、わりとそういうところこだわるから」
「名乗り方?」
「ほら、“誰がリーダーで、誰がどういう役割か”とか」
「あー……」
パーティ登録上は、一応俺がリーダーってことになっている。
でも、明言したことはなかった。
「リーダーは、秋人くんでいいよね?」
「え、そこで俺に確認する?」
「当たり前でしょ?」
ユイがじっとこちらを見る。
「今日の戦いの“線引き”、
秋人くんがしてたじゃない」
「……まぁ、結果的には」
「倒すか止めるかの判断も、
“荷と仲間のどちらを優先するか”の判断も、
まず秋人くんが決めて、そのあとわたしたちが動いた形になってたよ」
「……そうだね」
クレハも頷く。
「わたしとユイで、勝手に違う判断してたら、
たぶん誰か死んでた。
“秋人の線”があったから、“もう一歩踏み込めるかどうか”を決められた」
「……なんか、改めて言われると胃が痛いな?」
「慣れて」
今日何回目だその言葉、ってくらい聞いてる気がするけど、
クレハが言うと妙に反論しづらい。
「じゃあ――」
俺は観念して、口にした。
「リーダーは、佐藤秋人。《フロンティア・ライン》の“線引き担当”」
「線引き担当って肩書き、新しいけどいいかも」
ニナが爆笑する。
「で、ユイは?」
「うーん……」
ユイは少し考えてから、
胸元を押さえるようにして言った。
「“守護担当”かな。
前衛も回復も支援もやるけど、
根っこはやっぱり“仲間守るのが最優先”のポジションだから」
「“守護担当”か……」
口に出してみると、しっくりきた。
「じゃあ、クレハは?」
「隠密と偵察と、
“必要なときだけ牙を出す”係」
クレハは、いつも通りの口調でさらっと言った。
「“影走り”担当」
「かっこいい」
ユイの目がきらっと光る。
「“線引き担当”“守護担当”“影走り担当”の三人パーティ……
なんか、王都ウケはしそう」
「王都ウケ意識する必要ある?」
「あるよ?」
ユイが即答する。
「王都のギルドで、“あ、あのパーティね”って認識されるの、
地味に大事なんだよ? 仕事増えるし」
「増えすぎても困るけどな」
「そこは振り分けるのがリーダーの仕事でしょ、“線引き担当”」
「また胃が……」
◇ ◇ ◇
ひとしきり笑ったあと、
テーブルの上にしばし静寂が降りた。
ニナが、少しだけ真面目な顔で言う。
「――あたしから一個だけ、言っていい?」
「なに?」
「あんたたち三人、
王都に来ても“ラグナスの子”だってこと、忘れないでね」
「……」
その言葉に、胸の奥がきゅっとなる。
「王都はさ、なんでもあるけど、なんでも飲み込んでいく場所だから。
“強いパーティが欲しい”ってギルドも、貴族も、商人もいっぱいいる。」
ニナは指を折りながら続ける。
「“いい装備あげるから専属にならない?”とか、
“うちの騎士団に入らない?”とか、
“もっと儲かる仕事紹介するよ”とか」
「……そういう話、来るんですかね俺たちに」
「今すぐは来ないだろうけどね。
でも、“今日みたいなことを何回か繰り返したあと”には、
きっと来ると思う」
ニナは、にやりと笑った。
「そのとき、“あたしたちは《フロンティア・ライン》で、
ラグナス支部の線を守ってます”って、
胸張って言えるといいねって話」
「……言えるように、なりたいな」
自然と、そう答えていた。
「王都を見て、羨ましいって思うことも、
自分のちっぽけさに凹むことも、たぶん山ほどあると思うけど」
「それでも、
“自分たちのスタート地点”を忘れないようにってことですね」
ユイが静かに言う。
「うん。
ラグナスの教会でステータス見てもらった日のこととか、
ミルダ村で一緒にご飯食べた人たちの顔とか――」
クレハが、ぽつりと続けた。
「オークキング倒したときの、みんなの顔とか」
「……そういうの全部含めて、
《フロンティア・ライン》なんだろうな」
言いながら、少しだけ背筋が伸びる。
◇ ◇ ◇
「――おーい」
そこへ、食堂の別テーブルから声が飛んできた。
振り向くと、リゼとドルガンがこちらを見ていた。
テーブルには酒とつまみが乗っている。
「そろそろ飯来るぞ。
パーティ会議は終わったか?」
「だいたい」
「じゃ、最後に一個だけ質問してもいい?」
リゼが、グラスを指で回しながら言った。
「何ですか、リゼさん」
「王都のギルド受付に、こう聞かれたとして――」
リゼは少しだけ声を低くする。
「“《フロンティア・ライン》は、何のために旅をしているの?”」
その問いに、テーブルの空気がわずかに固まる。
ユイとクレハが、俺を見る。
(何のため――)
魔法の練習のため。
生活のため。
強くなるため。
戦えるようにならなきゃいけないから。
それは全部本当だ。
でも、どれも“それだけじゃない”。
「……俺は」
言葉を探しながら、ゆっくりと口を開く。
「――“帰る場所を、増やすため”です」
自分でも意外な答えだった。
「ラグナスだけじゃなくて、
王都にも、ミルダ村にも、ニナのキャラバンにも。
“ここに帰ってきたい”って思える場所を、
旅しながら増やしていきたい」
ユイとクレハが、ほんの少し目を見開く。
「そのうえで――
どこかが困ってたら、
その“帰る場所の一つ”として助けに行けるようになりたい。
……そんな感じです」
言い終わると同時に、
自分でも驚くくらい、胸の中がすっと軽くなった。
(あぁ、俺、そう思ってたんだ)
言葉にすることで、ようやく自分でも理解できた感覚だった。
◇ ◇ ◇
しばらく黙っていたドルガンが、
ふっと、声を立てずに笑った。
「……悪くねぇ」
「え?」
「“帰る場所を増やすため”か。
線を引く仕事しながら、ずいぶん欲張りなこと考えるじゃねぇか」
「や、欲張り……ですかね?」
「欲張りだ。
だが――」
ドルガンは、グラスを軽く掲げた。
「そのくらい欲張りじゃねぇと、
この世界で“長く生きて、長く旅する”なんざできねぇ」
リゼもグラスを持ち上げる。
「じゃ、決まりね」
いたずらっぽく笑った。
「“辺境と中央を結ぶ《フロンティア・ライン》――
旅の目的は、帰る場所を増やすこと”」
「……なんか、すごく恥ずかしいですけど」
「大丈夫。
“王都ではそういうの、案外ウケる”」
ニナが爆笑しながら同意する。
「ってわけで、改めて」
ユイが、少しだけ照れた顔で手を差し出した。
「リーダー、《フロンティア・ライン》をよろしくね」
「……おう」
その手を、しっかり握り返す。
クレハも、無言で手を重ねてきた。
「線引き担当、頼んだ」
「胃薬、用意しとく」
「そこまでプレッシャーかけるのやめて?」
笑いがひとしきり弾けたところで、
厨房から温かい料理の匂いが流れてきた。
王都前夜。
巨大な城壁はまだ遠くにそびえているが、
心の中には、はっきりとした一本の線が引かれていた。
それは――
ラグナスから始まり、
ミルダ村や砦や宿場を通って、
王都へと続く《フロンティア・ライン》。
そして、いつかはまた、
ラグナスへ帰っていくための線でもある。
その線に、自分たちはどこまで名前を刻めるのか。
それを確かめる明日が、
もうすぐそこまで来ていた。
つづく。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
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