第80話 戦いのあとと、王都の影
盗賊ギルドとの一戦から、どれくらい時間が経っただろう。
森の中の空気は、少しずつ落ち着きを取り戻していた。
さっきまで矢と怒鳴り声で騒がしかったのが嘘みたいに、鳥の声が戻ってきている。
「――馬、歩ける」
クレハが前脚を撫でながら言う。
盗賊たちの矢は、《ガード・サークル》でほとんど防げたし、
馬やニナにも致命的な怪我はない。
馬の目も、もうさっきのパニックは抜けて落ち着いていた。
「荷も無事。封印札も問題なし」
ニナが木箱をぺちぺち叩いて確認する。
「改めて見ると、この箱、めちゃくちゃ重いんだよね……
ほんと、これ奪われたくないなぁ」
「奪われたくないから、ここまで全力で守ったんだろ」
俺は刀の柄に一度だけ触れ、すぐ手を離した。
「ここから先も、“最後まで守る”でしょ」
「……そだね」
ニナがふっと笑う。
「じゃ、行こっか。
ここに長居してると、また別の“お客さん”呼び込みそうだし」
◇ ◇ ◇
荷馬車を再び街道に乗せ、ゆっくりと進み始める。
ドルガンは、相変わらず“少し離れたどこか”にいる。
姿は見えないが、時々風の向きや気配で位置だけは分かった。
「過保護オッサン、尾行続行中だね」
ニナが小声でつぶやく。
「言い方……」
「でも、実際そうだからね。
安全と引き換えなら、ちょっとくらい過保護のほうがありがたいでしょ?」
「まぁ、それはそう」
ユイが苦笑する。
「でも、今日はちゃんと“私たちだけで”やった部分も、多かった気がする」
「うん」
クレハも頷いた。
「弓、ほとんど自分たちで潰した。
先生たちは、“抜けたところ”だけ」
「そういう意味では、“本番の近さ”を実感したよな」
俺は、さっきの戦いを頭の中で巻き戻す。
矢の雨に対する初動、
近接と弓への役割分担、
煙幕と荷馬車への同時対処。
(ギリギリの場面は、いくつもあった)
特に、荷馬車の下から煙が上がった瞬間。
あと一拍遅れていたら、箱に刃が届いていたかもしれない。
「――反省会、する?」
ユイが、ぽつりと言った。
「エルナさんやドルガンさんに言われた通り、
“自分でちゃんと振り返る”やつ」
「ここでやる?」
「今のうちに、ざっくりだけでも」
ニナが前を見ながらうなずく。
「王都に着いちゃうと、やること一気に増えるからね。
今はまだ、森と道と荷馬車しかない時間帯だし」
「じゃ、歩きながら簡単に」
俺は少し考えてから口を開いた。
「俺からでいい?」
「どうぞ、“リーダー”」
「その呼び方、ほんと定着してきたな……」
軽くため息をついてから、続ける。
「まず良かったところは――
“弓に対して、近接で無理に突っ込まなかったこと”かな」
「土煙の《エア・カッター》?」
「うん。
真正面から走ったら、多分どこかで矢を食らってた。
ああやって視界を切って、“列の端から削る”のは、
自分でも良い判断だった気がする」
「わたしもそう思う」
ユイが頷いた。
「秋人くんが“正面は任せろ”じゃなくて、
“正面は危険だから端から行く”って言ったのが良かった。
“守る人”って、そういう部分で差が出ると思う」
「……なんか、褒められ慣れてなくて落ち着かない」
「慣れて」
クレハが相変わらずのトーンで挟んでくる。
「ダメなところは?」
「ダメなところは――」
俺は少しだけ間を置く。
「荷馬車の位置取りかな。
倒木のあと、隊列を組み直したとき、
“逃げ道”を一つしか考えてなかった」
「逃げ道?」
「もしさっき、矢と一緒に“火の魔道具”が飛んできてたら、
あの配置だと馬も荷も片側に寄せるのが難しかったと思う。
一応森の火災対策はリゼが見てたけど、
俺たちの位置取りはそこまで考え切れてなかった」
「あー……」
ニナが妙に納得した顔をする。
「確かに、“荷馬車の横転”って最悪のパターンだもんね。
火も飛んできてたら、本気で詰んでた可能性ある」
「次は、“火を使ってくる相手”も想定しておいたほうがいい。
魔術師や、火の魔道具持ちとか」
「それ、完全に王都寄りの敵がやってきそうなやつだね……」
ユイが苦笑する。
「じゃあ、わたしの反省も」
「お願いします」
「良かったところは――
《ガード・サークル》と《守護の加護》を、
ちゃんと“温存と集中”のバランス取って使えたところかな」
ユイは少し考えながら続ける。
「前みたいに、怖くなって全体にかけっぱなしにするんじゃなくて、
“今ここ”って範囲を絞って出せたのは、
エルナさんの修行のおかげだと思う」
「同意」
クレハが短く言った。
「ユイの加護、今回は“要所だけ”だった。
助かった」
「逆にダメだったところは――」
ユイの眉が、わずかに寄る。
「“煙が出た瞬間の、心の揺れ”かな。
……一瞬、“火事だ”って思って、頭が真っ白になりかけた」
「あー……」
あれは、そりゃ怖い。
「秋人くんの“違う、煙幕だ”って声で、
ようやく頭が切り替わったけど。
もし誰も気づかなかったら、
わたし、あの一瞬で判断間違えてたと思う」
「それに気づいてるだけでも、次は違うよ」
俺はそう言った。
「“次に同じ仕掛けが来たときどうするか”を、
今ここで考えとけばいい」
「うん。
“火か煙か”を見分ける方法、
エルナさんやボルグさんにも今度聞いてみる」
「それは良いと思う」
◇ ◇ ◇
「クレハは?」
視線を向けると、
クレハはいつも通りぽやっとした顔で前を見ていた。
「良かったところ――
弓を半分以上潰した。
足、ちゃんと止めた。
喉元に刃を置いて、“降参させる”のもできた」
淡々と、自分を評価していく。
「悪かったところ――
“本当に殺すべきかどうか”で、一瞬迷った」
その言葉には、俺もユイも口を挟まなかった。
「ドルガンは、“最低限でいい”って言ってた。
でも、“あの隊長だけは、ここで殺すべきなんじゃないか”って、
少しだけ思った」
クレハは、拳を握ったまま続ける。
「人身売買の盗賊団のときみたいに、
“完全なクズ”って雰囲気はなかった。
でも、“仕事だから”って言って人を殺そうとする人を、
“本当に生かしておいていいのか”って、
心の中でぐるぐるしてた」
「……」
正直、それは俺も少し思った。
だからこそ、余計に口を挟めなかった。
「でも、ドルガンが言ってた」
クレハの声が、少しだけ柔らかくなる。
「“お前が勝手に“世の中の悪い奴”全部に線引こうとするな。
“今守るべき線”だけ守れ”って」
「ドルガンさん、ほんと良いこと言うな……」
ユイが、ぽそっとつぶやく。
「だから――」
クレハは、小さく息を吐いた。
「“今回は、生かしたままで良かった”って、自分に言い聞かせてる。
それで、どうしても納得いかなかったら、
ラグナスに戻ってから、ドルガンに直接聞く」
「それでいいと思う」
俺は頷いた。
「どこまでを“許さない”って決めるかは、
多分これから先、何度も自分で決めていくんだろうし」
「うん」
クレハは、ほとんど表情を変えないまま、
ほんの少しだけ口元を緩めた。
「それに――」
「それに?」
「今日、“秋人が全部守るって言ったから”」
ごく当たり前のように言われて、
ちょっと言葉に詰まった。
「線、決めたの、秋人。
だから、“今日はそれでいい”って思った」
「……責任、重くない?」
「うん。だから、それでいい」
クレハとユイの視線が、同時にこちらに向く。
なんだろう。
戦いたあとの疲労とは別の意味で、
胃がきゅっとなる感覚。
「……ん、まぁ。
言った以上は、ちゃんとやるよ」
そんな答えしか返せなかった。
◇ ◇ ◇
そんな風に話しているうちに、
森の密度が少しずつ薄くなってきた。
木々の間隔が開き、
斜面が緩やかになり、
風が広い空からまっすぐ降りてくる。
「そろそろ――見えるわよ」
先頭を行くリゼが、前を指さした。
「王都が?」
ユイが思わず声を上げる。
小高い丘を一つ越えた瞬間――
視界が、一気に開けた。
「うわ……」
思わず足が止まる。
遠く、地平線の向こうに、
巨大な城壁が見えた。
ラグナスやこの宿場町とは比べものにならない高さと長さ。
石を積み上げた灰色の壁が、
まるで一枚の線のように横たわっている。
壁の向こうには、塔や屋根がいくつも突き出ていた。
煙突から立ち上る煙の量も、ラグナスの何倍も多い。
「……あれが」
ユイが、息を呑む。
「王都……」
「うん」
リゼが隣で頷いた。
「正式名称は色々あるけど、
みんな“王都”とか“中央”って呼ぶわね。
――あんたたちの旅の、“次のステージ”」
「でっか……」
俺の口から出てきた感想は、それだけだった。
想像していた“大きな街”を、普通に超えている。
壁の高さも、広がりも、
ちょっと現実感が追いつかないレベルだ。
「通信魔法で話してたときも思ったけど」
ニナが荷馬車の上から笑う。
「こういうの、実際に見てみないとピンとこないよね。
“王都こっっっわ”って感覚」
「怖いの?」
「怖いよー? お金も権力も情報も、人も魔道具も、
“一番濃い場所”だもん」
ニナは肩をすくめる。
「だからこそ、
“ラグナスに帰りたくなる”って気持ちも出てくるんだけどね」
「帰りたくなったら?」
「帰ればいいのさ」
ニナは、あっさりと言い切った。
「王都は“終点”じゃなくて、“通り道”だよ。
わたしたちにとっては特にね」
それを聞いて、胸の中の緊張が少しだけほぐれる。
(“ここが全て”じゃない)
遠くの巨大な壁を見ながら、そう思えた。
◇ ◇ ◇
「今日は、もう少し進んだところにある
“王都手前の宿場”で一泊ね」
リゼがスケジュールを説明してくれる。
「明日、日が高くなる頃に王都の門をくぐる感じ。
門番も、朝一番は混むからね」
「うわぁ、行列とかあるのか」
「あるわよ。
“身分証”が必要な国だからね、ここ」
ユイが少し緊張した顔になる。
「わたしたち、ギルドカードで大丈夫ですか?」
「ラグナス支部でちゃんと“王都行き”の書類用意してる。
ギルドカードとセットで見せれば、入城は問題ないわ」
「よかった……」
「代わりに、“変な目”では見られると思うけどね」
「変な目?」
「若いCランク三人組+Sランク+有名キャラバンの看板娘+
“あからさまにフツーじゃない荷物”だもの」
リゼがくすっと笑う。
「“何を運んでるんだろう”って、
好奇心と警戒心で見られるのは当たり前よ」
「……がんばろう」
ユイが、自分の頬をぺちぺち叩く。
「変な目で見られても、ヘラヘラ笑ってやり過ごせるメンタル、大事」
「それは同意」
ニナがにやりと笑った。
「あと、王都に入る前に、
まだ一つだけ、決めてないことがあるでしょ?」
「あ」
俺とユイとクレハの声が、同時に漏れた。
「パーティ名……はもう決まってるけど」
ユイが続ける。
「**“どう名乗るか”**を、ちゃんと話してなかった」
ラグナスでは、なんとなく流れで“フロンティア・ライン”として扱われていた。
でも王都のギルド本部は、
きっと詳しく聞いてくる。
――どういう意味の名前なのか。
――どんな方針で活動しているのか。
「今夜の宿場で、もう一回ちゃんと話そうか」
俺は王都の城壁から視線を外し、
前に伸びる街道を見た。
「名前の意味とか、“俺たちがどうなりたいか”とか。
王都で聞かれる前に、俺たち自身の答え決めといたほうがいい」
「うん」
「わかった」
ユイとクレハが、同時に頷く。
巨大な城壁は、夕日の光を受けて、
少しだけ赤く染まり始めていた。
ラグナスから伸びた線は、
いま、その壁の手前まで届こうとしている。
その先に何があるのかは、まだ分からない。
それでも――
「行こうか」
俺は、馬の首筋を軽く撫でて言った。
「《フロンティア・ライン》として」
その言葉に、馬車の揺れが少しだけ力強くなった気がした。
王都の影は、着実に近づいている。
それでも、今はまだ“線の途中”だ。
――その先を見に行く権利を、
今日の戦いで、少しは掴めた気がしていた。
つづく。
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