第8話 鍛冶屋タツミと「カタナ」という言葉
部屋で一息ついてから、俺たちは再び一階に降りた。
「お、もう出かけるのかい?」
カウンターのマリーが声をかけてくる。
「はい。街の様子も知りたいので」
「そうかいそうかい。日が高いうちはそう危なくないけど、変な路地には入り込まないんだよ?」
「はい」
ユイがきっちり返事する。
マリーは、ふっと目を細めて笑った。
「……あんたたちなら大丈夫そうだね。何かあったら、ギルドか教会か、ここに戻っておいで」
その言い方が、妙に心強かった。
◇ ◇ ◇
宿を出て通りに出ると、昼のラグナスはさっきよりさらに賑やかになっていた。
パン屋からは焼き立てのパンの匂い。
露店では、野菜、果物、干し肉、見たことのない香辛料。
子どもが走り回って、商人が値段交渉で声を張り上げる。
「……本当に、ちゃんとした“街”だね」
ユイが感心したように周囲を見渡す。
「生活してる人のほうが多い。戦いの匂いより、こっちの方が濃い」
クレハも、落ち着いた目で人の流れを追っていた。
「で、まずどこ行く?」
「私は、鍛冶屋に一票」
ユイが即答した。
「秋人くんのショートソード、ちゃんと見てもらった方がいいと思う。私の槍も、穂先修理したいし」
「確かに。刃こぼれしたまま使うと折れそうだしな……」
ガルドも言ってた。
新品なんてとても買えないし、今ある武器をなんとかするしかない。
「ギルドで鍛冶屋の場所、聞いておけばよかったな」
そう言いかけたところで──
「鍛冶屋なら、あっちだよ」
少し先で露店を片付けていたオッサンが、指をさした。
「この通りをまっすぐ行って、右に曲がると“タツミ鍛冶屋”って看板が見える。腕は確かだが、気難しいから気をつけな」
「ありがとうございます」
素直に頭を下げて、教えられた方向へと歩く。
◇ ◇ ◇
通りの喧騒を抜けて少し進むと、空気が変わった。
金属の匂い。
熱気と、カン、カン、と規則正しい打撃音。
「あ、ここだね」
ユイが指さした先。
石造りと木を組み合わせた建物の正面に、鉄製の看板がぶら下がっている。
【タツミ鍛冶屋】
扉は開け放たれていて、中から熱気が流れてきた。
「入るよ」
声をかけてから中に入る。
すぐに、目に飛び込んできたのは──火だった。
炉の中で真っ赤に燃える炭。
その前で、上半身を軽くはだけた男が一人、鉄を打っている。
黒髪を後ろでひとつに結び、腕には火傷の跡。
無駄な肉のない、職人の体。
男は、こちらに視線だけ一瞬よこしてから、すぐに鉄に意識を戻した。
「……いらっしゃい」
低く、ぼそっとした声。
「すみません、武器のことで相談があって」
ショートソードの柄に手を添えながら言う。
男──タツミは、焼いた鉄を水にじゅっと浸けてから、ようやく金床から離れた。
タオルで汗を拭き、こちらに向き直る。
「武器、見せろ」
挨拶も名乗りもなく、それだけ。
でも、不思議と嫌な感じはなかった。
必要な言葉だけ出すタイプなんだろう。
俺はショートソードを。
ユイは例の槍を。
クレハは……腰の小太刀だけを出した。他の暗器は出さない。正解だと思う。
タツミは、順番に黙って手に取っていった。
ショートソードをひゅん、と軽く振る。
重さ、重心、刃の状態を確かめているのが見て取れた。
「中古だな。……悪くない」
「ほんとですか?」
「元はちゃんとした鍛冶屋の仕事だ。刃こぼれも浅い。
研ぎ直せば、しばらくは使える」
次に槍。
柄の握り、バランス、穂先の欠けた部分に指を触れる。
「よくこれで戦えたな」
タツミがユイを見る。
「秋人くんの命がかかってたので」
ユイがさらっと言う。
「そうか」
一言だけ返して、また槍に視線を戻す。
「穂先は打ち直しがいる。予備の穂先があるから、それを付ける。柄はまだもつ」
最後に、小太刀。
これは、タツミが手に取った瞬間、少しだけ表情が変わった。
静かに鞘から抜く。
細身の刃。片刃。
武骨というより、どこか“和”を感じる造形。
「……お前、どこの出身だ」
タツミが、クレハに尋ねた。
「山の、里」
「そういう答え方をするということは、言いたくない場所なんだろう」
タツミはそれ以上追及しなかった。
「悪くない。少なくとも、この街じゃ珍しいタイプの刃だ」
小太刀を丁寧に鞘に戻し、クレハに返す。
それから、俺のショートソードをもう一度見た。
「研ぎ直しと、軽い手入れで銅貨5枚。槍の穂先交換込みなら、まとめて銅貨8枚でやる」
俺とユイの間に、少し気まずい空気が流れる。
(銅貨8枚……)
今の手持ちが、一人あたり8枚。
三人で合計24枚。
ここで8枚払うと、残りは16枚。宿代と食費を考えると、確かに痛い。
でも──
「やってもらおう」
俺はそう言った。
「武器が駄目だと、命が危ないし」
「同感」
ユイも頷く。
「じゃあ、お願いします」
タツミは、軽く顎を引いた。
「昼過ぎに取りに来い。それまでに仕上げる」
「そんなに早く?」
「この程度ならな」
さらっと言う。
「……あの」
ついでだ、と思って、俺は前から気になっていたことを口にした。
「タツミさんって、東の方の出身なんですか?」
「どこでそう思った」
「その小太刀とか、さっきの鉄の打ち方とか……
あと、“カタナ”っていう武器、知ってますか?」
タツミの目が、ほんの少しだけ細められた。
さっきまでよりも、じっとりとした観察の視線になっている。
「お前、“カタナ”という言葉を、どこで覚えた」
「昔から、そういう形の剣に憧れてて。
まっすぐじゃなくて、少し反ってて……片刃で、よく切れて、折れにくい剣です」
手振りで、なんとか伝えようとする。
タツミは、しばらく黙って俺を見てから、ふっと息を吐いた。
「……知っている」
「やっぱり!」
声が少し大きくなってしまった。
「東の島国には、そういう剣がある。
だが、この辺りで見たことがある奴は少ない」
「ですよね……」
期待と同時に、現実的な重さも感じる。
「すぐに一本作ってくれ、とは言わん」
先にそう言っておく。
「ちゃんと金を貯めて、素材も持ってきて。
それなりに腕も磨いて、“この男にカタナを持たせてもいい”って思ってもらえたら……」
タツミの目をまっすぐ見る。
「いつか、俺専用の一振りを打ってほしいです」
沈黙が落ちた。
炉の火の音と、外からのざわめきだけが聞こえる。
しばらくして──
「……東の方でな」
タツミがぽつりと言った。
「カタナを打っていた親方がいた。俺はそこで弟子をやっていた」
「やっぱり」
「だが、俺は最後まで“本物”は打てなかった」
それは、自嘲とも悔しさともつかない声だった。
「この街に流れてきたのも、半分は逃げだ。
それでも、鉄を打つことだけはやめなかったがな」
タツミは、もう一度俺を見た。
「……本当に、カタナが欲しいのか」
「はい」
迷いはなかった。
「かっこいいとか、強そうとか、そういうのもあるけど──
ちゃんと守るために持ちたいです」
ユイやクレハ。
この街で出会った人たち。
この先出会うであろう誰か。
「剣と魔法、両方使えるようになって、
ちゃんと自分の足で立てるようになってから、その剣を持ちたいです」
言葉にしながら、自分でも「ああ、そう思ってるんだな」と改めて確認する。
タツミは、ほんの少しだけ口元を緩めた。
「……大口叩く割には、目は悪くない」
「それ、褒めてます?」
「褒めている」
あまりにも素直に言われて、逆に照れた。
「では、こうしよう」
タツミが、炉の火の方へちらっと視線を向ける。
「カタナを一本打つには、金も素材も手間もかかる。
この街の周りには、その素材になりそうな鉱石もいくつかある」
「鉱石……」
「山の方の鉱山は、今魔物が増えていてな。
腕の立つ冒険者がいないと、まともに採掘もできん」
ここまで聞けば、誰でも分かる。
(あ、これ完全に将来のクエストだ)
タツミは続ける。
「俺が“カタナを打ってもいい”と思えるくらいに、お前が生き残って腕を上げて──
その鉱山の調査依頼か護衛依頼か、何かしらで俺に関わることがあったら」
硬い手が、ガツン、と俺の肩を叩いた。
「そのときもう一度、その話をしろ」
「……はい」
返事は一つしかなかった。
ユイが、隣でふっと笑う気配がした。
「秋人くん、目標増えたね」
「うん。増えた」
クレハも、静かに頷いた。
「カタナ。アキトに似合う」
「まだ似合わんよ」
苦笑しながら答える。
「似合うようになるために、頑張るんだよ」
ユイの言う通りだ。
◇ ◇ ◇
鍛冶屋を出ると、外の空気がひんやりしているように感じた。
さっきまで熱気の中にいたせいもあるし、
少しだけ、胸の中の熱が違う形に変わったせいもある。
「……よかったね、秋人くん」
ユイが隣で言った。
「ちゃんと“目標の形”が決まったみたいで」
「まあ、先は長そうだけどな」
「長い方が楽しいよ」
ユイがくすっと笑う。
「ね、クレハさん」
「長い方がいい」
クレハも、珍しくすぐに同意した。
「アキトと一緒にいる時間、長い方が嬉しい」
「それを真正面から言うのやめよ?」
照れ隠しでツッコみながら、ショートソードのなくなった腰に手をやる。
(いつか、この位置に“カタナ”が来るのか)
想像してみる。
重さ、感触、抜き心地。
それを振るって、誰かを守る自分。
──悪くない。
「さて、と」
気持ちを切り替えて、二人を見る。
「昼飯どうする?」
「大事なこと!」
ユイが即座に食いついた。
「ギルドの食堂行く? それとも、さっきの通りのパン屋?」
「パンもいいけど……」
そこで、鼻に何かの匂いが引っかかった。
甘い匂い。
焼いた砂糖と、果物の匂い。
「……なんか、いい匂いしない?」
「あっち」
クレハが、迷いなく路地の方を指さす。
その先で、カラカラと車輪の音がした。
「さあさあ見てっておくれー! 旅するキャラバン特製、焼き菓子に果実酒に保存食ー!」
やたら元気な女の子の声。
通りの角を曲がると、荷馬車を改造した屋台みたいなのが見えた。
色とりどりの布で飾られたその屋台の前で、
三つ編みの少女が大きな声を張り上げている。
「安くしとくよ、お兄さんお姉さん、そこのカップルと……あれ? 三角関係?」
「違います」
反射的に全力で否定した。
少女──商人っぽいその子が、ニヤッと笑う。
「へえー、面白そうなお客さん来たね」
ちゃきちゃきしたその目が、俺たちを面白そうに見ていた。
この街での、また新しい出会いの予感がした。
つづく




