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第79話 本気の盗賊ギルド戦



 矢の雨を、《ガード・サークル》の光が弾いた。


 耳に残る、矢じりと見えない壁がぶつかる甲高い音。

 その隙に、俺は一気に前へ出る。


「ユイ、円の外に出ないように! クレハ、左右の弓から!」


「了解!」


「わかった!」


 森の影から、二射目の矢の雨が来る――が、

 一射目ほど勢いはない。様子見の間合いだ。


(今、前に出る)


「《フット・エンチャント・ウィンド》!」


 脚に風をまとわせ、一気に加速する。


 視界の端で、外套の男――盗賊隊長らしき奴が舌打ちした。


「近接に来やがるか。弓隊、前に出すな――!」


 指示の声。

 だが、その声が届く前に、俺はもう一人目の前にいた。


 短剣を構えた盗賊が、驚き混じりに突きを出してくる。


 刀で受けず、半身でかわす。

 肩口をかすめた刃の感触より早く――


「《エンチャント・フレイム》!」


 刃に炎の膜をまとわせ、盗賊の手首を狙ってなぎ払う。


「ぐっ……!」


 悲鳴とともに短剣が落ちる。

 致命傷ではないが、武器を握る力は奪えた。


 追撃で頸動脈を狙うことだってできる。

 だが――


(ドルガンさんが言ってた)


 ――“本当に殺す必要があるやつと、

  戦闘不能にすりゃいいやつを、ちゃんと分けろ”


 だから、柄で側頭部を打ち抜くにとどめる。

 盗賊が白目を剥いて崩れた。


「一人!」


 短く数え、すぐ次へ視線を走らせる。


◇ ◇ ◇


 ユイの《ガード・サークル》の光は、まだ持っている。


 円の外縁に迫ってきた盗賊二人分の矢が、弾かれ地面に落ちる。


「――《スピード・ブースト》!」


 自分の脚に、簡易強化の魔法を乗せる。

 エルナに教わった“燃費のいい補助魔法”だ。


 光の輪の内側から飛び出し、

 槍が弓手の腕を正確に払う。


「っぎゃ!」


 ほぼ同時に、逆方向の弓手の足を薙ぎ払う。

 動きの軸を折るだけで、弓は戦力を失う。


「殺さなくても、矢を撃てなくなれば十分です」


 ユイの声は冷静だ。


 その背後で、


「《影走り》」


 クレハが、矢を放っている“根”の場所を潰していく。


 影から影へ、一瞬だけ姿を浮かべ、喉元に短剣の切っ先を突きつける。


「動いたら、刺す」


「っ……!」


「刺さなくて済むなら、それでいい」


 短く告げ、相手が武器を落とした瞬間、

 足を払って気絶させる。動きに迷いがない。


(ゴブリンの巣と盗賊団のときより、

 明らかに“対人戦の躊躇い”が減ってる)


 ドルガン仕込みの“線引き”が、クレハの中で固まってきてる証拠だ。


◇ ◇ ◇


 外套の男が、舌打ち混じりに叫ぶ。


「てめぇら、素人じゃねぇな……!

 前に出ろ! 二列目、槍構えろ!」


 矢の雨が一瞬やみ、

 代わりに、前面に近接戦用の盗賊たちが列を作ってくる。


 剣、槍、棍棒。

 どれも扱いは悪くない。

 “盗賊”というより、半分は傭兵崩れに近い動きだ。


「秋人くん!」


「分かってる!」


 正面から突っ込めば、囲まれる。

 だから――


「《エア・カッター》!」


 風の刃を、足元の土に向けて放つ。


 土煙が一気に舞い上がり、視界を遮る薄いカーテンができた。


「なっ――」


「《フット・エンチャント・ウィンド》!」


 自分だけが“どこに何を撃ったか”を把握している。

 煙幕の中を、迷わず斜めに走る。


 真正面には行かない。

 “列の端”を削る。


 視界の悪さに戸惑った槍持ちの脇腹へ、

 滑り込むように刀を叩き込む。


「ぐぅっ……!」


 息を奪う位置だけ、的確に。

 気絶か戦闘不能で止める。


(あの時の人身売買盗賊団ほど、“根っからのクズ”でもない)


 命の扱いについては、まだ迷いがある。

 でも――


(“今ここで荷馬車を狙ってる以上、

 俺たちも遠慮しすぎるわけにはいかない”)


 それもまた、ドルガンとリゼに叩き込まれたことだ。


◇ ◇ ◇


 土煙の外側では、リゼが静かに動いていた。


 盗賊たちの輪の、さらに外側。

 向こうが「見えていない」と思っている位置。


 そこから、何本かの弓手の後頭部を“軽く小突いて”倒していく。


「Sランクが本気を出すまでもないわね。

 今日は“教師モード”で十分」


 それでも、彼女がそこにいるだけで、

 盗賊たちの陣形には目に見えない穴が開いていった。


 森の影から、一人の盗賊が背後を狙って飛び出す。

 リゼは振り向きもせず、その足を刃先で軽く切った。


「いってっ……!」


「後ろから刺そうとするなら、

 せめて足音と呼吸は消しなさい。基礎中の基礎よ?」


 そのまま柄頭で後頭部をこつんと叩く。

 盗賊は沈黙した。


◇ ◇ ◇


 ……と、そのとき。


 全体の空気が、ふっと変わった。


(――何だ?)


 視界の端。

 森の中、盗賊たちのさらに後ろで、“何か”が飛んだ。


 黒い影。

 獣のような、しかし人間の動き。


「っ!」


 次の瞬間――


 盗賊の一人が、悲鳴を上げるより早く倒れた。


 足首に、短い刃。

 喉元には、冷たい感触だけ。


「ひ、ひぃっ――!」


「落ち着け。殺しはしねぇ」


 低い声。

 俺には聞き覚えのある声だった。


(ドルガンさん……!)


 森の影から現れては消え、

 盗賊たちの“弓と指示役”だけを、

 正確に戦闘不能にしていく。


「なっ……!? どこから――!」


 外套の男が、怒鳴り声を上げる。


「チッ……ラグナス支部、余計なモンまで付けてやがったか」


「“余計なモン”で済むならマシなほうだろ」


 ドルガンの声が、別方向から飛ぶ。


「……あいにく、俺は“過保護なオッサン”でね」


 その一言に、妙な安心感が込み上げた。


◇ ◇ ◇


 戦況は、一気にこちら有利に傾いた。


 弓の援護が消え、

 近接も、リゼが本気を出さない範囲で削り続けている。


 俺たち三人も、徐々に息を合わせ、

 “無理な突撃はしない”戦い方に徹した。


「ユイ、右!」


「分かってる!」


 槍が、棍棒男の肘を打ち抜き、

 クレハの短剣が、その男の足首を切る。


 倒れたところへ、俺が柄で後頭部を叩き、戦闘不能。


 一人倒すのに、三人で手を分け合う。

 派手さはないが、堅実で確実なやり方だ。


(……これが、“パーティ戦闘”)


 自分一人の力を見せるんじゃなくて、

 互いの「これが得意」を順番に出していく。


◇ ◇ ◇


 外套の男は、それを見ながら、

 徐々に顔をしかめていった。


「クソが……話が違うな」


 矢で足を止めるつもりが、ほぼ無効化。

 獣の威嚇も、倒木も、全部見破られた。


 そして何より――


 自分たちの「本気」をぶつける前に、

 弓と指示系統を潰されている。


(このまま続けりゃ、こっちの損失がでかすぎる)


 盗賊ギルドは、馬鹿の集団じゃない。

 「撤退」という選択肢も持っている。


 ――それでも、手ぶらでは帰れない。


(せめて、“次に繋がる一手”だけは残す)


 男は素早く状況を見渡し、

 視線を荷馬車と、俺たち三人へと走らせた。


(Sランクと獣人のジジイは、今はあくまで“保険”として動いてる。

 “弟子三人の戦い方”を見るのが本命だ)


 ならば。


(敢えて“弟子のほう”を狙えば――)


 将来の芽を、ここで折ることができる。


◇ ◇ ◇


「――おい、小僧」


 外套の男が、不意にこちらを呼んだ。


 盗賊同士に、何やら目配せを送る。

 囲みが、微妙に形を変えた。


「なんだよ。降参なら、早めにしてくれたほうが助かるんだけど」


「降参? 誰が?」


 男は、にやりと笑う。


「“本命はここからだ”って、教えてやろうと思ってな」


 その瞬間――


 男の背後で、煙が上がった。


「……ッ!?」


 ニナの荷馬車の近く。

 荷台の下から、白い煙が立ち昇っている。


「火事!?」


 ユイの表情が凍る。


「違う、“煙幕だ”!」


 ニナの叫び。


 俺たちの視界が、一瞬で乱された。


 煙が、風に乗ってこちら側にも流れてくる。


(まずい――)


「秋人くん、荷馬車!」


「分かってる!」


 俺は煙の中へ跳び込んだ。

 ニナと馬たちを守る位置へ、一歩で戻る。


「ニナ、下がれ! 御者台から離れろ!」


「もう離れてる!」


 輪郭しか見えないが、声は聞こえる。


(煙の向こうから、誰かが――)


 足音。


 煙の中から、刃の気配。


「させない!」


 風の魔力を、反射的に《感知》に回す。


 空気の流れが、“一箇所だけ不自然に割れて”いた。


 そこに、刀を振る。


 金属音。

 刃と刃がぶつかる。


「っ、くそっ!」


 呻き声とともに、影が後ろへ飛ぶ。


(煙の中から荷だけさらっていくつもりだったか)


 男の声が、少し離れた位置から聞こえた。


「今の、見えてたかよ……!」


「見えてたっていうか、風の流れが教えてくれた」


 正直、ほとんど反射だ。

 怖いくらいに、体のほうが勝手に動いた。


(リゼに魔力操作を叩き込まれてなかったら、多分間に合ってない)


◇ ◇ ◇


 同時に、別方向。


 煙の縁から飛び出した盗賊が、

 ユイを庇う位置へ向けて突進していた。


「ユイ、下が――」


「《守護の加護》!」


 光の膜が、一瞬ユイの周囲に展開される。


 盗賊の刃が、それに弾かれる。


「甘いです!」


 距離が詰まった瞬間、槍の柄で顎を打つ。

 盗賊が勢いよく後ろにひっくり返る。


 クレハは――煙の内側に消えた盗賊の足だけを見て、

 そこに短剣を投げ込んでいた。


「逃げる足、止める」


 刃は、踵すれすれに刺さる。

 盗賊が足をもつれさせて転んだ瞬間、

 クレハは影から現れ、喉元に刃をあてる。


「ここまで」


 静かな声で告げると、

 盗賊は、観念したように力を抜いた。


◇ ◇ ◇


 煙が、徐々に薄れていく。


 その頃には、盗賊たちの半数以上が地面に転がっていた。

 動いているのは、外套の男と、数人の部下だけ。


 それでも、男の目はまだ死んでいなかった。


「……なるほどな」


 外套の男は、ゆっくりと息を吐いた。


「こっちが“本命”ぶつける前に、

 ここまで削ってくるとは思ってなかったぜ」


「そっちも、けっこう本気出してるように見えたけど」


 俺が言うと、男は口の端だけを吊り上げた。


「本気の半分だ。

 “ギルド全体から見たら”な」


 その言葉は、虚勢だけとは思えなかった。


 この辺りを縄張りにしている盗賊ギルドは、

 おそらくまだ何層か“上”がある。


 ――だとしても。


「今日は、“あんたらの負け”だろ」


「そうだな」


 あっさり、男は認めた。


「今ここで、お互い死人出すほど殴り合っても、

 得するのは“第三者”だけだ」


 ちら、と森の奥を一瞥する。


「……向こうも、“ここらで手打ちにしとけ”って顔してやがる」


 その視線の先には、

 ドルガンと思しき気配が、静かにこちらを見ていた。


「条件は一つだ」


 男は、指を一本立てる。


「今ここで倒れてる連中に、止めは刺すな。

 こいつらを連れて、森に引く」


「元々、そのつもりだよ」


 俺は刀を納める。


「俺たち、そっちを皆殺しにしに来たわけじゃないし」


「……そうかよ」


 男は、肩で笑った。


「だから嫌いなんだよ、ラグナス支部は。

 “生かして帰す分、あとでより面倒なことになる”」


 その愚痴混じりの言葉には、

 どこか妙な敬意すら混じっているようだった。


「覚えとけ、小僧」


 去り際、外套越しに、鋭い視線だけを投げてくる。


「“今日の借り”は、そのうち王都かどこかで返す。

 盗賊ってのは、“借り”も“恨み”も、妙に覚えてるタチだからな」


「その前に、こっちがもっと強くなってますよ」


 口が勝手に動いた。


「そしたら、そのときは――

 “今日よりラクに勝てる”」


 一瞬、男の目が丸くなる。


 次の瞬間、ふっと笑った。


「……ああ。

 そういうの、嫌いじゃねぇ」


 ひらりと手を振り、男は森の中へ消えていった。

 残った盗賊たちを、器用に回収しながら。


◇ ◇ ◇


 森の中に、気配が薄くなっていく。


 完全に消えたのを確認してから、

 俺たちはようやく息を吐いた。


「……はぁぁぁ……!」


「つ、疲れた……」


 ユイが地面にぺたんと座り込み、

 クレハはその隣で、いつもの無表情のまま息を整える。


「二人とも、お疲れ」


 歩み寄って、水袋を渡す。


「喉、カラカラでしょ」


「ありがとう……」


「ありがと」


 二人が水を飲む横で、

 ニナがへなへなと腰を落とした。


「ひぇ……生きてる……荷も無事……

 よかったぁぁぁ……!」


 その肩を、リゼが軽く叩く。


「よく頑張ったわよ、ニナ。

 “声を上げるタイミング”も、“下がるタイミング”も、ちゃんと出来てた」


「ぐずっ……褒めないで、泣く……!」


「泣いていいわよ、今日ばかりは」


 リゼが笑い、

 ふっと視線を森の奥に滑らせる。


「……で。

 おじさんは、そろそろ顔出してもいいんじゃない?」


「やれやれ、相変わらず目ざといな」


 木の影から、ドルガンが姿を現した。


「ご苦労さま、過保護なオッサン」


「自分で言うな」


 そんなやり取りに、

 張りつめていた空気が一気にゆるむ。


◇ ◇ ◇


「全員、生きてるな」


 ドルガンが、一人ずつの様子をざっと見て頷いた。


「致命傷もなし。

 こっちから盗賊に死人も出してねぇ。たいしたもんだ」


「……正直、途中からいっぱいいっぱいでしたけど」


「いっぱいいっぱいでこれなら上等だ」


 ドルガンは、俺の頭をわしゃっと乱暴に撫でた。


「よく“線”を守った。

 荷も仲間も、きっちり守り切った」


「……はい」


 胸の奥が、じわっと熱くなった。


「ただし」


 ドルガンの声が、少しだけ低くなる。


「“今回は運も味方してくれた”ってことだけ、忘れんな」


「運……」


「相手が本気じゃなかった部分もある。

 ギルドとしての“試し”の意味合いも強かった。

 次に会うときは、今日と同じ条件とは限らねぇ」


「……ですよね」


「だからこそ、“今日の戦いを自分でちゃんと振り返ること”だ」


 ドルガンは、俺だけでなくユイとクレハにも視線を向ける。


「どこで何が上手くいって、どこがダメだったか。

 それをちゃんと言葉にしておけ。

 それが、“次に死なないための稽古”だ」


「うん」


「はい」


 自然と、三人の返事が揃った。


◇ ◇ ◇


 リゼが少しだけ笑って言う。


「それにしても――

 “荷も仲間も、全部守って帰る”って宣言して。

 ちゃんとそれを、最初の一回目でやってのけたわけよね?」


「……結果的には、そうなりましたね」


「結果的じゃなくて、“やったのよ”。

 そこはちゃんと胸張りなさい」


 リゼはわざとらしく肩をすくめた。


「弟子のくせに、生意気な宣言するんだから。

 先生としても、“ほら見たことか”って言いたいじゃない」


「先生って言い方やめてください、こそばゆい……」


「じゃあ、“師匠”がいい?」


「それはそれで重い……!」


 くだらない掛け合いができるくらいには、

 もう場は落ち着いていた。


◇ ◇ ◇


「さて」


 ニナが、立ち上がって両手をパン、と叩く。


「ここでいつまでも座り込んでるわけにもいかないしね。

 荷の確認して、馬の様子見て――

 “王都までの後半戦”、もうひと頑張りしよっか」


「そうだな」


 俺は荷馬車のほうを振り返る。


 オークキングの魔石が入った木箱は、

 分厚い鎖と封印札で、相変わらず無口に鎮座していた。


(こいつを守るって決めたんだ)


 さっきの盗賊隊長の言葉が、頭の片隅に残る。


 ――“今日の借りは、そのうち王都かどこかで返す”。


「上等だよ」


 小さく呟いた。


「その頃には、

 俺たち、《フロンティア・ライン》のほうがもっと強くなってるから」


 その言葉に、ユイとクレハも、

 何も言わずに頷いた。


 王都は、もうそう遠くない。


 けれど、今回の一戦で、

 俺たちの旅はまた一段階、違う“重さ”を持ち始めた。


 ――それでも、進むしかない。


 ラグナスから伸びた“線”の、

 その先を見たいと願ってしまったのだから。


つづく。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

少しでも「おもしろかった」「続きが気になる」と思っていただけましたら、

感想・レビュー・ブックマーク・評価などで応援していただけると、とても励みになります。


皆さまの反応を参考に、今後の更新ペースや展開も調整していきたいと思っています。

誤字脱字なども気づいた点があれば、遠慮なく教えてください。


これからもよろしくお願いします。

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